第53話:それぞれの出会い ルシア編3/5 超級魔術

『ほう、今のを躱すか! だが、いつまで保つかな?』


「……マギカ・スケルトンか」


 地上をサッと見て、私は先程の攻撃の正体を確かめる。

 今も湧いて出ているスケルトンたちのうち何体かは、剣ではなく杖を持っているマギカ・スケルトンだった。

 そいつらは私に杖を向け、C級魔術を次々放ってくる。


「くっ……こいつら、けっこう強いっ!」


 私は空中を飛翔しながら反撃の魔術を撃ち返すが、何せ相手の数が多い。

 風を制御して飛ぶのにもそれなりに集中力を使うから、私が飛びながら放てるのはせいぜいB級魔術までだ。

 その威力だと単体でC級魔術の弾幕と相殺するばかりで、マギカ・スケルトンを討ち取るには至らない。

 そうしている間にも、マギカ・スケルトンは増え続け、私に対する魔術攻撃の弾幕はさらに濃密になっていく。


『そ奴らはこの領域で朽ちた者たちの成れの果てよ! どうだ、中々に精強であろう?』


「ああ、反則に近い……ねっ!」


 メランコリアの言葉が本当なら、少なくとも腕に覚えがある魔術使いを百以上相手にしなければならないということだ。

 ここまでの傾向から、どうやらC級までの魔術しか使えないようだけど、それでも熟練の魔術使いが百体同時に放てば、ゆうにA級=特級魔術を超すくらいの威力は出る。

 このまま飛んでいても、敵が増えるばかりでじり貧だ。


「覚悟、決めるかっ!」


 かくなる上は、地上に下りて短期決戦を仕掛けるしかない。

 私は三連続で"風乱舞"を放ち、一時的に敵の弾幕を遮断する。

 同時に、"風檻"を足元に放って敵を一掃、地面に降り立つ。


「"吹き荒ぶ風よ、天の誇りは舞い落ちて、地の戒めは忘れ去る、我が祈りを……"」

 

『これは……超級魔術の詠唱かっ! 無駄なことを!』


 メランコリアはぎしりと笑うように頭蓋骨を歪め、マギカ・スケルトンに一斉掃射の命令を下す。

 これまでバラバラだった魔術の弾幕が一つの巨大な光線となり、六つの属性をまといながら私に向かって放たれる。

 盾となった私の"風乱舞"が、光線に触れて一秒と持たず消滅する。

 それでも光線の威力は衰えず、私に向かって一直線に飛んでくる。


『終わりだ小娘ぇ!』


 通常、超級魔術の詠唱には短くとも一分以上の時間がかかる。

 それだけでなく極度の集中力が必要となるため、目の前に光線が迫っているなんて状況じゃ、普通の魔術使いは詠唱を続けられない。


「"……、絶望よ出でよ、風絶天濫・断罪ノ球"!」


 だけど私は、普通じゃない。

 シスレーの弟子として、勇者パーティーの魔女として、超えてきた修羅場の数が違うんだ。

 超級魔術の詠唱短縮、集中力の維持、その両方を完璧にこなし、光線が当たる寸前で風魔術の極致が顕現する。


『なっ、何だと——っ』


「——潰れろ」


 私の一言で、視界に映るすべての景色がぐしゃりと歪む。

 光線は軌道を変えて空へと打ち上がり、スケルトンたちは雑巾のように絞られ、メランコリアもまたギュッと全方位から押し潰される。


『ぐっ、ぐぅぅ……こっ、この魔術はっ!』


 メランコリアは咄嗟に黒い魔力を漲らせて抵抗するが、そんなものおかまいなしとばかりに私は魔力を注いで圧力を強める。

 歪みはどんどん大きくなって、ついにメランコリアの全身の骨にひびが入る。


「全方位圧力魔術……私の檻から、逃げる術は、ないっ!」


 最後の一押しとばかりに、私は前に伸ばした両手を広げ、グッと握り込むようにして莫大な魔力を込める。


『小娘がぁぁぁあ!』


 断末魔の絶叫と共にメランコリアの全身が押し潰され、グシャッと骨の砕ける音が荒野に高々と響いた。

 人間大だった人骨は目に見えぬ塵ほどに圧縮され、漲っていた魔力はすべて放出されて霧散する。

 後に残されたのは、黒き荒野とうねる雲だけ。


「……やったかな」


 超級魔術、風絶天濫・断罪ノ球。

 私の魔力が届く最遠の物体までの距離を半径とし、私を中心とした円を描く。

 そして、円内のすべての魔力を帯びた物質に対して、発動時の気圧の千倍の圧力を任意の方位から加え続けるS級=超級魔術である。

 私の使える最大の広域殲滅型にして、使用法によっては大量虐殺もできてしまう極めて危険な魔術だ。

 人は誰でも魔力を帯びているし、魔術具などは家と一体化している場合がある。

 もちろん細かい調整は可能だけれど、私がトチ狂って街中で全力で使えば目も当てられない大惨事になること間違いなしの術だ。


「久しぶりに使ったけど、やっぱり過剰なんだよね、この術。調整しなくてよかったのは、楽だったけど……」


 何もなくなった荒野を眺めつつ、私は新たに魔力を練り直す。

 さすがの私でも、超級魔術を放てばある程度ガリッと魔力が消費される。

 回復のためのポーションなどがない以上、体内で魔力を循環させ、自己回復力を高めるしかない。


「にしても、まだ崩れないのかな。メランコリアは倒したし、そろそろ解放されそうなものだけど……」


 領域の主を倒したら、普通は領域そのものが崩れるけれど、その兆候は見られない。

 私は相変わらず渦を巻いている不穏な空を見上げ——


『"出でよ、死の軍勢"!』


「——"風翔"っ!?」


 不意に、倒したはずのメランコリアの詠唱が無人の荒野に高らかと響いた。

 私はとっさに飛び上がり、再び魔術で空中に退避する。


「……マジか」


 浮かび上がりながら荒野を見下ろせば、黒い大地から無数のスケルトンが湧き出してくる悪夢のような光景が再び目に入る。

 その数はこれまでよりもさらに多く、たちまち大地は白く染まっていく。

 敵の中には倒したはずのマギカ・スケルトンたちの姿もあり、さらにスカル・ドラゴンまで複数体湧いて出ていた。


『素晴らしい魔術だったぞ小娘……いや、ルシアよ!』


 空の雲から暗黒の竜巻が降り注ぎ、それに呼応するようにして地面から白い骨の玉座が築かれる。

 そして、竜巻が晴れれば黒い霧を身にまとったメランコリアが、玉座の上に堂々と座っていた。

 倒す前と格好は一切変わっておらず、装飾品などもそのままだ。

 

「メランコリア……そうか、そういうことか……」


 メランコリアのそんな姿を見て、私はこの領域の真の仕組みに気付く。

 

「魔術具と同じで、一つの領域に付与できる効果は四つ……ここのは、接触者を領域内に強制的に入れるのと、閉じ込めるの。それに、スケルトンの呼び出し……あと一つが、ずっと分からなかった」


『うむうむ、それで?』


 メランコリアは余裕な態度でふんぞり返る。

 その様子に、私はますます確信を強くする。


「魔術阻害がそうだと思ったけど、それはあなたの技量。復活しているから、永続再現かとも思ったけど、スケルトンは前回よりも増えている」


 骸骨の戦士たちによって染められた白い大地には、もはや黒の部分は見当たらない。

 湧き出す量だけでなく、速度もまた速くなっているのだ。


「だとすれば、考えられるのは、"魔力の無限循環"……この領域内から外へは、魔力が拡散しない。いわば、完全密閉された瓶の中の水と同じ」


 私たちは、基本的に体内の魔力を消費して魔術を発現させる。

 その時、魔力は様々なエネルギーに変換され、対象物に働きかける。

 そうして使われた魔力の残滓は、体外に放出された時点で極小の"魔素"となって拡散し、長い時間を経て再び誰かの体内に溜まっていく。

 それが、外の世界では当たり前の『魔素変換の法則』だった。


「普通、魔力を使えば使うほど、その場の魔力総量は減るものだけど……この領域内では、常に魔力総量が変わっていない」


『よくぞそこに辿り着いた! 正解だ、ルシアよ!』


 メランコリアは椅子から立ち上がり、両腕を広げて高らかに笑う。


『ふははは、ふはははは! わらわの"転元冥界"では魔力の総量が変わらない! しかも、魔素はすぐさま自然魔力へと還る! すなわち、永久に魔力を使い放題ということだ!』


「あなただけが、でしょ?」


『ふっ、そうだ! そうだとも! わらわの黒紫雲が自然魔力を吸収しておるからなぁ! そなたには無理な芸当であろう!』


 ぐるぐると不穏にうずまく雲が闇の魔力を放ち、メランコリアの全身に黒い霧を漲らせる。


(そりゃ余裕なわけだ……空気中の魔素が集合した自然魔力、特別な場でもない限り、そんなの自力で集められるのなんて、人類でも三人くらいしかいないし……)


 ようするに、領域内の魔力総量は常に一定だけど、自分の体内魔力しか使えない私は魔術を使うほど、メランコリアに魔力を吸い取られることになるってわけだ。

 時間をかければかけるほど、メランコリアは強くなり、私の魔力は枯渇してしまう。


(しかも多分、メランコリアは魔力だけでこの領域を維持してる……魔術陣式ならそこを壊せばいいけど、この形だと魔力を枯渇させるしかない……)


 つまり正攻法でメランコリアを倒すには、魔力循環が間に合わないほどの大損失を短期間で与えるか、メランコリア以上の速度で自然魔力を吸収するかしかない。

 範囲攻撃だったとはいえ、超級魔術をくらっても何事もなく復活した相手だ。

 前者は現実的でないし、後者ももちろん私には不可能だ。


『ふはははは! 絶望のあまり言葉も出ないか!』


 メランコリアは完全に勝ち誇り、手をバッと横に振る。

 すると、私の足元からメランコリアの玉座までのスケルトンが消滅し、白い大地に黒い道ができあがる。


『ルシアよ、そなたの超級魔術は見事だった! 魔術阻害を見抜いた観察眼も称賛に値する! その年にして、わらわが出会ったどの魔術使いよりもそなたは強い……だからこそ、わらわの軍門に下れ! さすれば、その腕前は永久にわらわの中で生き続けようぞ!』


 メランコリアの提案を無言で受け止めつつ、私はゆっくりと地面に降り立つ。

 スケルトンの大群の中にできた、直径五メルケル程度の広場。

 手に手に武器を持った骸骨戦士たちに囲まれ、私は自分の中の魔力量を確かめる。


(残り八割ってとこか……超級魔術はまだ何発か使えるけど、倒し切るには心許ないか……)


『無駄な抵抗はやめることだ、ルシアよ』


 メランコリアは私に向かって、やれやれといった感じに首を横に振る。


『そなたほどの魔女ならば分かっておろう? いくら超級魔術を放ったところで、すべてはわらわの糧となるのみ。わらわの"転元冥界"は究極にして無敵。まさに死を司る至高の死領域なのだ!』


「……、だって?」


 私を煽るメランコリアの言葉に、つい反応してしまう。

 死領域。

 それはかつての、私の二つ名。

 領域に入った者の命を握る、私こそが死を司る者。

 冒険者の資格を失っても、"死領域"の誇りまでは、私はこの胸から手離してはいない。


『そうだとも! 恥じることはないぞ、ルシアよ! 死の前では誰もが無力よ! さあ、わらわの前に跪き、この足に口付けるのだ!』


 メランコリアは玉座に腰掛け、足を組んで私を見下ろす。


「足に、口づけ、ね……」


 脳裏をよぎる、最悪の記憶。

 アン王女の靴を舐め、顔を蹴られた追放の夜。

 意図してはいないのだろうが、降伏を勧めるメランコリアの言動すべてが、逆に私の精神を逆なでする。


「ねぇ、メランコリア。あなたの固有魔術はすごいよ。練り上げられてる。それは認める」


 私は顔を上げ、一歩、メランコリアの方へと近づく。

 同時に全身を防御の意味で覆っていた魔力を、すべて心臓に集めていく。


「だから私も、に、行かないとだね」


 メランコリアは私の言動と言葉を『降伏』と受け取ったのだろう、ギシギシと骨を軋ませて高らかに笑う。


『ふはははは! そうだ! 来い、ルシアよ!』


「……領域、解放」


 ぼそっとつぶやき、私は両手の人差し指を両目に添える。


『んっ、なんだ、なにをやって——?』 


 メランコリアが困惑の声を上げるが、私はもう止まらない。

 この領域内にいる限り、正攻法では絶対勝てない。

 それならば、私が相手するべきなのは、メランコリアではなく領域自体。

 固有魔術には、固有魔術で決着をつけてやる。


「——ここからは、命を賭けた、本気の喰い合い……ッ!」

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