第50話:杖との出会いは運命であると言われている
「この先がオーシック通り、通称"杖の森"ですわ」
ラ・ポルタ横丁から"魔女の散歩道"に戻って歩くこと十五分、私たちはそれまでとはまったく様相の異なる通りに到着していた。
二本の魔木がアーチのように交差して生えている入り口でセシリアは足を止め、ご覧あれとばかりに腕を広げる。
「なんやこの通り……ぜんぶの建物がまったく違う形しとるやないか!」
「しかも建材もいっぱいだねぇ~。石に、木に、金属に、あっちは魔獣の骨だよ~!」
カーラとミーシャの言う通り、オーシック通りには一つとして同じ形状の建物が存在していなかった。
ある建物は重厚な石造りでショーウィンドウを備え、ある建物はねじれた金属の柱とねじれた魔木で全体的にねじれており、ある建物は大口を開けたメガロシャークの骨が入り口のアーチとなっている。
他にもレンガ造りやらコンクリートの真四角な箱、東方風の寄棟づくりに、歴史を感じさせる伝統家屋など、世界中のあらゆる建物が揃っているように感じられる。
そんな、あまりにも個性的なお店たちに共通しているのは、軒先に誇らしげに掲げられた"雷と杖"のマギカフラッグだ。
「これだけあると、どこのお店に行けばいいのか分かりませんね……」
ソフィアが、数百メルケルに渡って続く"杖の森"を眺めながら唖然とした顔で言う。
「それな。こっから一本を探すの無理じゃね? 杖選びだけで一日終わっちゃうよ?」
「アルサさん、心配には及びませんわ。ルシアさんとミーシャさんはご存じかもしれませんが、『杖との出会いは運命である』と言われていますの」
「運命?」
アルサが首を傾げて私とミーシャに目を向ける。
「杖が人を選ぶって言葉もあるねぇ~。杖ほどじゃなくても、魔術具って大体そういうものでさぁ、相性みたいなのがあるんだよぉ~」
ミーシャは腕のリングを外して、アルサに付けてみるように言う。
アルサは何事もなくリングを装着し、「別に普通じゃね?」とつぶやく。
「身体強化、発動してみな~」
「ん、分かった……"聖なる光よ、我に暁の加護を与えたまえ、身体強化・光"!」
力ある詞の詠唱と共にアルサの全身が光を発し、魔力が魔術具に込められる。
その直後、"身体強化・光"の発動がキャンセルされ、アルサの身体から光が急速に失われた。
「えっ……なんで? いつも通りやったのに……」
「この子は獣人フェチだからねぇ~。それ以外の種族が魔力を込めても、術に使わせてくれないんだぁ~」
アルサからリングを受け取って腕にハメ直したミーシャは、「アルサちゃんの魔力だけいただきました~」とリングを撫でる。
「何かしてやられた感じあるけど……分かったよ! あたしも運命のお相手を探すわ!」
「なぁ……相性は分かったけど、杖から歩いてくるわけやないんやろ? 結局探すのに時間かかるんとちゃうの?」
カーラの質問に、分かった顔だったアルサが「確かにそうじゃん!」と再びげっそりした表情になる。
「いいえ、それほど時間はかからないかと……ルシアさん、指輪の数から見ても、あなたが一番お詳しそうですわ。お手本を見せてくださいませ」
セシリアは意味深な笑みを浮かべながら私に話を振ってくる。
ミーシャのリングは代々受け継ぐ系のものだし、確かに私以外は魔術具探しに疎いのだろう。
けれども、セシリアの知識と言い回しにはどこか含みがあった。
(本当はもう魔術具を持ってるんじゃないのかな……まあ、どうでもいいけど)
私は一歩前に出て、両手をオーシック通りにかざす。
「"吹き荒ぶ風よ、回廊を渡る旅人となれ、風舞"」
力ある詞を受けて、私の手の平からそよ風が発生する。
それはオーシック通りに吸い込まれていき、すぐに跡形もなくなった。
セシリア以外の四人は私が何をしたのか分からず、はてなと首を傾げる。
「今のはE級魔術の"風舞"ですよね? 見たところ、ルシア様はかなり風を薄くしていたようですが……」
「ソフィア、うん。それとなく、オーシック通り、全体に吹かせた」
「さすがルシアさん! お見事な杖探しの魔術ですわ!」
セシリアが満足げに拍手し、他の面々に向き直る。
「皆様、これが杖探しの第一歩、"囁き"ですわ。今のように風を吹かせたり、わたくしなら指に火を灯したりして、自分の魔力が馴染む場所に見当をつけるのです」
「杖に会うのを"対面"、振るうのを"逢引き"、購入するのを"婚姻"、なんて言う」
私としては別にこんなのできて当然なんだけど、褒められたからお返しにセシリアの説明を補足してやる。
「本当に運命の相手のような言い方をするのですね……まるで私とルシア様のような……」
「ソフィアは非売品だから、一生"婚姻"は無理だけどね」
「ああ、そんな!」
出会った時から何度も繰り返している私たちの定番のやり取り。
しかし、あまり見慣れていない四人はそれが新鮮に映ったようで、特にカーラは「なんや、コントみたいやな!」と爆笑する。
「フフフ……何はともあれ、探し方はこれで分かったでしょうか?」
セシリアは口元に手を当てて上品に笑いつつ、みんなに問いかける。
「魔力を磁石みたいに使うんやんな? うちは火ぃ灯すやり方でやってみるわ!」
「風吹かせるのが楽そうだけど、調整が面倒だしぃ……うん、ボクは身体強化して歩いてみるよぉ~」
「私は光を灯してみます!」
「あたしも身体強化しよっ」
「大丈夫そうですね……ではいったんバラバラに別れましょう」
セシリアはそう言って、通りの向こうを指さす。
「真っ直ぐに通りを抜けた先に"ヴァルダザール"というカフェがあります。古くて大きな木造の建物なのですぐ分かるかと。杖を見つけた方からそこに集合ということでいかがでしょう」
「了解しました!」
ソフィアが頷き、私以外のみんなも同意する。
(確かに各自で探した方が効率的だけど……人ごみで、一人になっちゃう……)
オーシック通りは魔術具のお店しかないため、これまでの通りに比べればまだ空いていると言えるだろう。
でも、それはあくまで誰かとぶつからないってくらいの空き方であって、人がたくさんいることには変わりない。
「……ルシア様? 大丈夫ですか?」
躊躇している私を心配してくれたのか、そっと手を握ってくれるソフィア。
でもその顔には「早く自分の杖を探しに行きたい!」とはっきり書かれている。
「……大丈夫。ちょっと、考え事、してただけ」
杖との出会いは魔術使いにとって大事なイベント。
私の憶病でそれを邪魔するわけにはいかない。
私はソフィアの手を感謝の意味も込めて握り返すと、「行ってらっしゃい」とでも言うようにパッと離す。
「では、良き出会いがあらんことを」
私たちの密やかなやり取りが終わるのを見計らって、セシリアがそう言って指に火を灯す。
それを合図に、私たち六人の魔女見習いはそれぞれの運命を探すべく、"杖の森"に散っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます