第49話:セシリアの魔術具の説明が分かりやすすぎる件

「またのご来店を心よりお待ちしております!」


 たっぷり一時間も談話室でもみほぐされた私は、すっかり元気になって『フルードリス』を後にした。

 仮面を被り直したら、ソフィアだけでなく全員が「あぁ……」と名残惜しそうな顔をしたが、さすがに往来で素顔は私にはまだ無理だ。


「あと買うものは魔術具と教科書ですね」


 ソフィアが手にしたリストを眺めながら言う。


「それでしたら、まずはオーシック通りを尋ねてはいかがでしょう。わたくしたちもこれから行くところでしたので、よろしければ是非ご一緒に」


 セシリアの言葉に、私たち四人は当然といった感じで頷く。

 そして、自然と私を他の五人が真ん中で守るみたいな陣形になって歩き出す。


「こん中で、もう魔術具持っとる人っておる?」


 さっそくのカーラの質問に、私とミーシャが手を挙げる。


「ボクは氏族で受け継いでるリングがあるねぇ~。今日は杖を探す予定~」


 ミーシャはそう言って制服をめくり、腕に巻かれたシルバーのリングを見せる。

 ちなみに『フルードリス』を出た時から、ミーシャは再び帽子をかぶっている。


「私は指輪。杖は持ってない」


 私の左右の中指には、付け根のところに銀と金のシンプルな指輪がピッタリとハメられている。

 これは"死領域"時代には使っていなかった二流品だけど、魔女見習いが持つにはちょっとレベルが高い品だ。


(いざという時に備えつつ、身バレしないためには、この辺りが限界……)


 冒険者としての任務中は五指すべてに最高品質の指輪をハメて、他にも色々と魔術具を使っていたのだけれど、実は杖は所持していなかった。

 というのも、師匠の教育方針が「杖でできることは、素手でもできないといけません!」という意味不明なほどに厳しいものだったせいである。

 さらに、私の得意な領域魔術は性質上、杖よりも指輪やリングなどの方が効率が良かったというのもある。


「あの~……」


 ふと、アルサがおずおずと手を挙げる。

 珍しくテンションが控えめなので、どうしたのかとみんなが注目する。


「あたしって独学で魔術やってたからさぁ、試験に出ない分野は詳しくなくて……」


 アルサは恥ずかしそうに前置きし、頭をかきながら言う。


「魔術具って、なに?」


 その言葉に、私を含めて全員が信じられないという表情でアルサを見つめる。


「た、たしかに魔術具については入学後に習うため、試験には出ませんが……アルサさん、あなた、本当に魔術具について知りませんの?」


 セシリアの震える声の質問に、アルサは「そ、そんなにヤバいって顔しないでよみんな~!」と慌てたように手を顔の前で振る。


なら知ってるけど……違うものだよね?」


「どうやらホンマに知らんらしいなぁ……ええか、ってのはな、使のことやねん。代表的なんは杖やね。対しては、のことや」


 教科書的なカーラの説明に、アルサは「杖……」と復唱して首を傾げる。


「なんでそんなの使う必要があるの? 試験の時とか、みんな手でやってたじゃん!」


 アルサの疑問は、魔術具の知識がなければ当然浮かんでくるものだ。


「アルサさんは魔術の発動条件は知っていますわよね?」


「起動、設定、発動でしょ?」


 セシリアの問いかけに、「それは試験範囲内だからね!」とアルサは親指をぐっと立てる。


「正解です。私たちは魔術を行使する際、全身を巡っている魔力を一点に集め、イメージを想像し、指向性を持たせた上で発動させます。そのため、ほぼすべての魔術は、身体のある一点を始点として発生するのですわ。このように……"火球"」


 セシリアは人差し指をピンと立て、その先端にロウソクの火ほどの"火球"を作り出す。

 簡単にやっているように見えるが、本来の"火球"より小さい火を維持する集中力、その場にとどまるという難易度の高い指向性の付与などから、セシリアの高い魔術の技能が窺える。


(まだ新入生なのに、冒険者でいうD~C級くらいの腕はありそうだな)


「ですが、魔術具を用いると『起動』と『設定』の部分を大幅に省略できるのです。まず起動ですが、これは必要な魔力を全身から集めて、属性に対応させ、その場で保持する必要があります。この役割を、杖などの芯に使われる"芯材"が担ってくれます」


「それって魔力を注ぐわけだよね。その点は魔道具と一緒ってこと?」


「そうですね。ただ、魔道具はいくら魔力を注いでも発動する効果は同じですが、杖の場合は注いだ魔力量によって効果も異なります」


 セシリアの説明は、かなり分かりやすい。

 私やソフィア、ミーシャはうんうんと聞いているが、座学に不安のあるらしいカーラは口にこそしないが「そんな仕組みやったんか」という顔をしている。

 多分、この子は教科書通りに言葉だけ覚えていて、その仕組みは理解できていないタイプなんだろう。


「次に『設定』ですが、これは術に指向性を付けることです。杖は棒状ですので、手のひらを向けたりするよりも正確に狙えますし、発射後もタクトのようにして魔術を操ることが可能です。これを指で行う猛者もおりますが、人とは不思議なもので、道具である杖を使った方が正確性が増すようなのです」


 ちなみに指は、手のひらよりも発射する始点が小さいため魔力を密に集めなければならず、起動の段階からかなり難易度が高い。

 あの師匠でさえ、必要がないなら基本的に杖を使う。


「じゃあ、リリスの試験でみんなが手の平を向けてE級魔術を発動してたのは……」


「ええ、杖があれば必要ない行為です」


「そんなぁ……あたし、けっこうカッコいいなぁって憧れてたんだけどな」


 アルサは身体強化で無理やり的を破壊していたから、放出系の魔術に憧れがあったんだろう。

 肉体派っぽいし、杖じゃなくて素手から出す方がカッコいいと思っていたに違いない。


「大丈夫ですわよ、アルサさん。あの程度は素手でできなければ、今後リリスでやっていけません。初日から、熱心な先生方が居残りで面倒見てくれますわ」


「それはそれでいやだぁ……」


 げっそりした顔でうなだれるアルサ。

 しかし、セシリアの言うことは正しいので「がんばって」としか言えない。

 よく見ればカーラもミーシャに泣きそうな顔を向けており、「ボクが付き合ってあげるから~」と慰められている。


「がんばるしかないのかぁ……あっ、ってかさ、じゃあミーシャのリングとか、ルシアの指輪は何なの? 杖とは違う系?」


 アルサの質問に、カーラをよしよししながらミーシャが答える。


「こういうのは、自分自身に向かって魔術を放つ身体強化系に向いてる魔術具なんだ~。他にも、東方じゃ杖の代わりに小刀使ったり、南方じゃ宝石使ったりもするらしいよぉ~」


「へぇ……じゃあなんであたしらは杖なんだろう?」


「かの国では誰しも生まれた時に小刀を授かるそうなので、どこにでもそれと知られずに持ち込める利点がありますわ。ただ、小刀は敵の刀を受け止める用途などにも使える分、迷いも生じますし、損傷もしやすいです。一方、杖は杖でしかないため、いざという時に使用用途を限定でき、素早い対応が可能なのですわ」


 セシリアが話しているのは、かなり実戦的で高度な内容だ。

 相手に切りかかられた際、小刀で受け止めるよりも魔術を発動してしまった方が確実に攻撃を防げる場合が多い。

 小刀を使っていると、受け止めるという選択肢が脳裏に浮かぶ分、杖よりもコンマ一秒判断が遅れる。

 その時間差が致命的だと、セシリアは言っているのだ。


「ふ~ん、よく分からないけど、杖って便利なんだねぇ~。あたしも身体強化得意だけど、やっぱり杖は買った方がいいんだよね?」


「そうですわね。むしろ、杖からはじめて他の魔術具を買うのが一般的ですわ。杖は長くても三十センチメルケルと携帯しやすいですから、今日買ったら常に一緒にいてあげると良いでしょう」


「りょーかい! セシリアってメッチャクチャ詳しいんだね! 尊敬しちゃうよ!」


 アルサにお礼を言われると、セシリアは満更でもなさそうな表情で「この程度でしたら、みなさんも知っていますわよ……」と謙遜する。

 その顔は、大人っぽくて落ち着いた普段の印象と大いにギャップがあり、もっと褒めてやりたいと私たちにイタズラ心にも似た気持ちを起こさせる。


「そうでもないでぇ~? うち、杖は効率的ってことしか知らんかったし。いやぁ、ホンマ勉強になったわ!」


「ボクも感覚でしか分かってなかったから助かるよぉ~。セシリア先生はすごいねぇ~」


「本当に分かりやすい説明でした、セシリアさん! おかげで杖を選ぶのが楽しみになりましたよ!」


「説明、上手かった」


 口々に褒められたセシリアは、真っ赤になった顔を両手で押さえながら「皆様大げさですわ!」と照れに照れるのだった。

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