第48話:買い出し6/7 顔がいいって試しに教えてみたら愛でられまくった

(……ソフィアはもう、終わったみたいだな)


 自分の試着が済んで、会計や搬送などのこまごました話を聞かされつつ、私は隣のブースに意識を向ける。

 試着というのがそもそも人生初のため、長いのか短いのか分からないけれど、ソフィアたちの気配は隣にはすでに見当たらなかった。


(仮面をつけるの、もったいないなぁ……)


 メイドさんに髪の毛をかしてもらいつつ、私は鏡に映る美しすぎる自分を眺める。

 あまりに制服姿が似合いすぎているから、この完成度を誰かに自慢したい気分だ。

 クラリスさんたちにはもう散々褒められたから、するとやっぱりソフィアたちに見せてあげるのがいいだろう。

 同世代たちの反応を知れるし、入学式の予行練習にはちょうどいい。


(私、ホントに制服が気に入ってるんだなぁ……思えばこうやって似合う服を着たのって、初めてかも……)


 今までの私は顔が良すぎるあまり、良くも悪くもそれ以外の外見のことを気にする心の余裕がなかった。

 冒険者時代は実用性重視の装備だったし、師匠と旅していた頃は、服装はぜんぶ師匠に任せていた。

 師匠の方も、私の顔面が良すぎたせいで悲劇が起こったのを知っていたから、人前で私を華美に飾るということはしなかった。

 外に出る時はいつも、師匠はフード付きかつ、私の良すぎる顔面を少しでも平凡に見せる服装を選んでくれていたように思う。


(師匠が私用のパジャマをいっぱい用意してたのって、もしかして……せめて室内では、弟子を飾ってやりたかったからなのかな?)


 制服を着てみて初めて、私は着飾るのも楽しいかもって思えるようになった。

 他人からの褒め言葉も嬉しいし、何より服が似合っている自分自身を見ると、明るい気持ちになれるのだ。

 今なら師匠の用意してくれたパジャマを、一着くらい着てやってもいいかもしれない。


(自分の顔は、相変わらずキライだけれど……着飾った自分を、素直に綺麗だって思えるのは、成長だよね)


 顔が良すぎるからって国を追放されて、不満まみれでも学生になるしかなかった私。

 だけど、冒険者という死と隣り合わせの職業から解放されたおかげで、心に余裕ができたのかもしれない。


(素顔で生活しなくちゃいけないって、覚悟を決められたのも大きいんだろうなぁ……)


 良すぎる顔面のせいで失ったものもあるけれど、新しく得たものもある。

 顔のせいで災いばかりだったこれまでを考えれば、それは大きな進歩だった。


「手順は以上になります。お客様、入学式用の制服はお届けとお持ち帰りのどちらにいたしますか?」


 制服について色々感慨深くなっていたら、いつの間にか説明が済んでいた。

 髪の毛も、横のところが後ろで編みこまれており邪魔にならないアレンジがされている。


「……持ち帰りで」


「かしこまりました」


 届けてもらった方が楽だけど、師匠の家に私がいるとバレたら色々とマズい。

 収納鞄にはまだスペースがあるから、そこにしまって持って帰ろう。


「こちら、お会計になります」


「ん……」


 私はトレーに制服一式の代金である小金貨三枚を置き、ついでに小銀貨五枚で店内にあった「あるもの」も包んで入れてくれるようにお願いする。


「それでは、お隣の談話室にてみなさまがお待ちしておりますので、ご案内いたします」


 すべてが済むと、クラリスさんが談話室への扉をそっと開けてくれる。

 その先はやはり短い廊下になっており、目隠しのカーテンの向こうからみんなの話し声が聞こえてきていた。


「……よし」


 私は最後に鏡を見つめ、新しい自分の姿を目に焼き付ける。

 そして、胸の奥まで息を吸って覚悟を決めると、短い廊下をゆっくり歩いてカーテンをくぐる。


「みんな、お待たせ」


 談話室はフィッティングルームの半分くらいの広さの、シックな内装の落ち着いた部屋だった。

 マホガニーの机を挟んでそれぞれ左右のソファに腰掛けていた面々は、入ってきた私を見て目を丸くして凍り付く。


「制服……どうかな?」


 ローブの裾を少しだけ持ち上げて、私はくるりとその場で回る。

 しかし、五人はまったく反応しない。

 ソフィアは口元に手を当てて小刻みに震え、カーラは紅茶のカップを口につけた状態で停止し、ミーシャは全身の毛を逆立てて目を見開いており、アルサは顎が外れるくらい口を大きく開けていて、セシリアは不意の出来事に真っ白になった表情で静止していた。


「……あの、制服——」


「——ルシア様! ルシア様ルシア様ルシア様ぁ!」


 と、手前に座っていたソフィアが突然私の名前を連呼しながら立ち上がり、私に向かってすごい勢いで詰め寄ってくる。


「ソ、ソフィア?」


「お似合いですルシア様! ああ、何ということでしょう! これぞまさにリリス生! リリス生という概念の結晶! さすがはルシア様! 初めてお会いした時からずっと似合うだろうとは思ってはいましたが、まさかこれほどとは!」


 ソフィアは私の手をギュッと握るとすぐに離して、私の周りを何度も回りながら制服の細部を見つめて歓声を上げる。

 褒められたいとは思っていたけれど、いざ過剰すぎる反応をされるとやっぱり恥ずかしいものだ。


「ソフィアも、似合ってるよ」


 それだけ何とかつぶやくと、ソフィアは笑顔をさらに輝かせて「ありがとうございます!」とくるりと回る。

 美しい金髪と白い肌を持つ清楚なソフィアに、リリスのお淑やかな制服はバッチリ似合っていた。

 ローブの裏地の落ち着いた緑色も、ソフィアの包容力のあるイメージにピッタリだ。

 私の持つ美しさとはまた違った種類の美が、そこには確かに存在していた。


「……やべぇ、マジでルシアなの? マジやべぇんだけど。やべぇ……」


 その時、ようやく我に返ったらしいアルサが「やべぇ」を連呼しながら立ち上がる。


「ホンマや……ホンマにルシアちゃんや……うち、天使様が舞い降りたのかと思ったで……ほら、ミーシャも起きぃや!」


 カーラはゆっくりと紅茶を元に戻し、震える手でテーブルに何とか置く。

 そして、隣で白目を剥いて気絶しているミーシャの肩を何度も揺する。


「うぅ……何か、ルシアちゃんを語る漆黒の天使がいたような……えっ……」


 目を覚ましたミーシャは私を見つめ、再び毛を逆立てて目を見開く。


「ルシア、ちゃん……?」


「そう……制服、着た」


 ミーシャはギギギと錆びたブリキ人形のようにカーラに顔を向け、小さく頷かれてもう一度私を見る。


「こんなの……こんなの、ただの天使じゃん……」


「ええ、皆様の言う通り……ルシアさんの美しさは、ちょっと常識では考えられませんわ……」


 セシリアは目に涙を浮かべながら、ゆっくりと立ち上がる。


「世の芸術家がルシアさんを見たなら、その美しさの一片も再現できないであろうことを瞬時に悟り、己の腕前に絶望することでしょう……」


 セシリアの発する、大げさで遠回しないかにも貴族らしい賛美。

 だけどその表現が誇張じゃなく聞こえてしまうほど私の顔面が美しいってことは、私が一番よく知っている。

 そしてだからこそ、ソフィア以外の誰も制服について褒めてくれないことに、私は少しだけ腹を立てた。


(いや、初めて見たら仕方ないけどさぁ……)


 私は、なぜかどや顔になって「やっぱりルシア様しか勝たん!」などとワケの分からないことを言っているソフィアをジッと見つめる。


「……ソフィア、ありがとう」


「へっ……あ、はい、こちらこそ、お美しい姿をありがとうございます」


 きょとんとした顔で答えるソフィア。

 分かっていないようだけど、それ以上言うのは恥ずかしいから告げないでおく。


「あの……ルシア。うち、お願いがあんねんけど……」

 

 その時、カーラがゆらりと立ち上がって手を挙げる。


「うちな、ルシアのお手てを……その、揉みたいんやけど……」


「ボクは足にスリスリしたいなぁ~。ボクのネコミミ、柔らかいよ?」


 ミーシャも続いて立ち上がり、二人は私の良すぎる顔面を常に視界に入れながら近づいてくる。


「ル、ルシアさん! わたくしにどうか頬っぺたを……頬を、触らせてはもらえませんか?」


「あたしは髪! やべぇ光沢ですげぇ触りたいんだけど、お願い!」


 セシリアとアルサも、期待に満ちた眼でそんなことを言いながら私に接近してくる。


「え、ええ……」


 ソフィアとは出会い方が特殊だったから、実質これが冒険者になって以来初めての同世代への顔見せだ。

 最初の驚いて停止するって反応までは、これまでの経験上予測できていた。


(でも、これは予想外だったな……)


 私に触りたいっていう四人のお願いは、その表情を見れば性的で厭らしい意味ではないことは分かる。

 どちらかというとそれは、最高級の愛玩人形を見つけて愛でるのを我慢できなくなった少女の表情だ。

 みんな魔女見習いとはいえ十五歳、そういう乙女っぽい心を持っていることは理解できなくもない。


(それにしても、普通は躊躇しそうなものだけど……みんな制服を買った嬉しさで、頭のねじが外れちゃってるのかな?)


 あるいは、私の顔があまりにも良すぎるから、人間に頼む感覚じゃないのかもしれない。

 いずれにせよ、普段の私だったら身体を触らせるなんて絶対許可しない。

 というか、性的な意味じゃないにせよ、他人に触れられることに慣れていなさすぎるんだ。


(だけどこの表情の真剣さ……断っても泣きついてくるんだろうなぁ……)


 試着ラッシュで疲れているのに、その上で本気の四人を説得するのは面倒くさすぎる。

 それに、今後リリスに入ったら、こうやって同級生からスキンシップを求められることもあるかもしれない。

 普通に断るとは思うけど、断らなかったらどうなるかのパターンも、ここで学習しておくのが吉じゃないだろうか。

 ソフィアもいるし、お店の談話室だし、変なことはされないはずだ。


(……まあ、変なことしてきたら半殺しにするけど)


 これも社会勉強だ。

 心を決めた私は、四人に向かって「条件がある」と告げ、真っ直ぐに歩いてソフィアの手を取る。


「えっ? ルシア様?」


「来て。座って」


 そして、包囲網を抜けてソファの奥側にソフィアを座らせると、自分もその隣に腰掛ける。


「ちょっと遅いけどお昼だし、食べてる間、好きにして」


 それだけ告げると、私はごろりと横になって、ソフィアの太ももに頭を乗せる。

 俗にいうひざ枕という体勢に、ソフィアが「ひっ」と謎の悲鳴を上げる。

 私としては、ソフィアが制服を褒めてくれたから、そのご褒美にいつも好き好き言ってくるその心を満たしてあげようって魂胆がある。

 師匠は私と旅をしている時、「ルシアちゃん好き~」といつも私のお世話をしたがった。

 好きというのはつまり、お世話のことなのだろうから、ソフィアもきっと私のお世話をしたいに違いないのだ。


(昨日だってお世話返しをさせてくださいねって言ってたもん……存分にさせてやろう)


「ソフィア、サンドイッチ、食べさせて」


 私は口をぱかっと空けて、ソフィアに向かってお願いをする。

 制服の上からでも目立つ二つの膨らみによって、ソフィアの顔は半分くらいしか見えないが、どうも困惑しているようだ。


「ルシア様……えっと、はい……」


 それでも私が口を開け続けていると、ソフィアは仕方なくといった感じでテーブルに手を伸ばす。

 その際、前かがみになってせいで私の顔面に豊かな胸がむにゅっと押し当てられ、甘い匂いと一緒に窒息しそうになる。


「うぐっ……くっ……」


 逃げ出そうにも、姿勢からして起き上がれない。

 横に転がっても、ソファから落ちて痛い目を見る。

 ソフィアは死にかけている私にまったく気付かず、一生懸命手を伸ばしてサンドイッチの入ったバスケットを取る。

 そして、元の体勢に戻ると「お待たせしました、ルシア様」と少し困った風な顔で微笑む。


「はぁ……はぁ……凶器……」


 私はそびえる二つの山に向かって警戒の視線を送りつつ、呼吸を整えて口を開く。

 サンドイッチは、エルグランド王国の貴族・サンドイッチ伯爵が忙しい書類仕事中にも食べられるようにと開発された軽食である。

 一口大の柔らかなパンに様々な食材を挟んだその料理は、いつしか庶民の間にも広がり、今では専門店もあるほど一般化していた。

 この『フルードリス』では、どうやら伝統的とされている「レタス&トマト」「卵」「ハム&チーズ」「ツナ&オニオン」「カリッツ」の五つのサンドイッチが用意されているようである。


「あ~んしていてくださいね……いきますよ~……」


 私の生野菜嫌いを覚えていたソフィアは、豚肉をパン粉で揚げたものを挟んだ「カリッツ」をひとまず口元に運んでくれる。


「はむっ……んっ、んっ……美味しい」


 噛んだ瞬間、冷めてなおジューシーな肉の旨味が口の中にワイルドに広がっていく。

 その濃厚な味わいを受け止めるパンはふんわりと甘く、薄く塗られたマスタードが肉の臭みを消し去って、全体を見事に調和させている。


「ソフィア、もう一つ……」


 私がそうお願いすると、ソフィアは今度は少し楽しそうな顔で、傍らのバスケットから「卵」を取り出してくれる。

 そして、私の口元に着いたマスタードをハンカチで拭ってから、サンドイッチを口元に差し出す。


「どうぞ、ルシア様……あ~んしてください……」


「あ~……んっ、もぐっ、もぐっ……んっ、これも、美味しい」


 マヨネーズの食欲を誘う風味が、とろりとしたスクランブルエッグの甘さと交わって、シンプルかつ深みのある味が完成している。

 柔かなパンは具材の味を邪魔せず、それでいて卵にはないもっちりとした歯ごたえを与えてくれている。


「初めはどういうことかと思いましたが……これは、楽しいですね……何より、ルシア様が美味しそうにしているお顔を、こんな近くで独り占めできるなんて……」


 ソフィアは恍惚とした表情で、次の「ハム&チーズ」に手を伸ばす。

 その隙に、私はチラリと他の四人に目をやり、くいっと顎を一度だけ引く。


「……今の見てたやんな? やるで、ミーシャ!」


「がってんだ~」


 それをきっかけに、まずはカーラとミーシャが動く。


「あ~、ルシアの手や~! ちっこいのにマメの痕もあって、こりゃ職人の手やで~! たまらんな~!」


 カーラはソファの背もたれに外側からもたれ、投げ出された私の左手をもみもみする。

 本人は愛でているつもりかもしれないけれど、実質手のマッサージとなっているから普通に気持ちいい。


「ルシアちゃんの足すご~! すべすべだけど筋肉もついてて、なのに形が理想的だよぉ~!」


 ミーシャはソファに投げ出された私の足に抱きつくようにして、太ももやふくらはぎにほっぺやネコミミをスリスリこすりつけている。

 さらに、もう一本の足には長い尻尾を巻き付けて、くすぐるみたいにこすこすする。

 獣人族には詳しくないから、ミーシャの行為がどういう意味を持つのかはまったく分からない。

 でも、ふわふわの毛皮にモフモフされるのは気持ちいいから、私としては意味なんてどうでもいい。


「んっやべぇ~! ルシアの髪、マジ絹なんだけど! なんかいいニオイするし!」


 カーラとミーシャを見て「あたしも!」と参戦してきたアルサはソフィアの右隣、肘置きの向こうでしゃがむ。

 そして、私の髪の束を手に取って、嗅いだりいたり好き放題する。

 メイドさんに事前に整えてもらったおかげで枝毛なんかはまったくないから、アルサに梳かれても違和感などは感じない。

 そのうちアルサは私の頭も撫で始めるけど、気持ちいいので止める必要もない。


「……わ、わたくしも、失礼いたしますわね」


 最後にセシリアがそう言って、ローブの裾を巻き上げてソファとテーブルの間にしゃがむ。


「で、では……ぷにっ……はぅ!」


 私が口の中身をすべて呑み込むのを待ってから、セシリアは人差し指を伸ばして私の頬っぺたを恐る恐る突っつく。


「これは、何という柔らかさときめ細かさ……ぷに、ぷに……はぁ~、たまりませんわ!」


 セシリアは私の頬っぺたを突っつくだけでは飽き足らず、そのうち撫でたり、優しく抓んだり、揉んだりし始める。

 もちろん、私がソフィアにあ~んをしている時はセシリアは素直に手を引く。

 だから不快ではないし、セシリアの手もすべすべしていてひんやりと気持ちがいいので問題ない。


(なんか、お風呂に入ってる時と同じような感覚だな……)


 身体を触らせたらどうなることかと思ったけれど、全身を柔らかいもので揉みほぐされて気持ちよくなるだけだった。

 ソフィアの太もももいい感じに筋肉がついている分、弾力があって師匠の家の枕よりも心地がいい。

 しかも口を開けるだけでサンドイッチが食べられて、お腹いっぱいになったら目をつぶって眠ればいいのだ。


(これを快適と言わずして何と言おう……)


 そんなこんなで、私は五人に全力で愛でられながら、癒しの時間を堪能するのだった。

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