第47話:買い出し5/7 初めてのランジェリー

「お待たせしました、まずはサイズ合わせも兼ねてこちらをお付けください」


 クラリスさんと入れ替わるようにして、今度はドローレスさんがやって来る。

 その手に持っている私の初めてのブラジャーとショーツは、白を基調としたシンプルなデザインで、青い蝶が縁のところに刺繍されているものだった。


「……やって、ください」


「かしこまりました。では少し前かがみになっていただいて……」


 下着のつけ方なんて知るわけもないから、私はドローレスさんに着けてもらうことにする。


「これからはご自分でできるよう、手順の説明書を同封いたしますね。お洗濯などのお手入れも細かく記しておきますので」


 ドローレスさんの提案に「よろしく……」とだけ返しつつ、私は入学前に下着をつける練習をしないとだなと思う。

 魔術よりも、もしかしたら習得が難しいかもしれない。


「さあ、できました。鏡をご覧ください!」


「これが、下着……」


 鏡に映った装着後の姿の私は、まさに地上に舞い降りた静寂の天使といった風貌をしていた。

 これまでは顔が良すぎて神聖さばかりが際立っていたけれど、下着の可愛さがいい塩梅にバランスを保ち、年相応の美しさが滲み出ている気がする。

 自分の美学的センスにはまったく自信がないけれど、それでもこの下着はかなり似合っているはずだ。

 そう思ってドローレスさんを見ると、感極まった表情で私に向かって手を合わせ、祈りの言葉まで唱えていた。


「ああ、なんとお似合いなのでしょう……少女の純真と大人の円熟のまさに中間……淡い成長の予感に誘われ、その胸元に青き幸せの蝶が舞い降りていらっしゃる……」


「……あの、次を、お願いします」


 大げさすぎる褒め言葉が嘘偽りでないと分かるからこそ、顔以外を褒められ慣れていない私は照れてしまった。

 ドローレスさんは瞳を輝かせ、「おまかせください!」と立ち上がる。


「お次は新製品でして、学園での普段使いを重視して作られております!」


 そうして着けてもらったのは、ラベンダー色を基調として全体に白い刺繍が入れられているセットだった。

 刺繍はカップ部分だけでなく、縁やストラップ、バックベルトにまで施されている。


「……さっきのと、着け心地は一緒だけど?」


 相変わらず似合いすぎている装着姿を鏡で確認しつつ、私はドローレスさんに目を向ける。

 彼女は再び大粒の涙を流して女神様に感謝してから、ニコニコ顔で説明をする。


「このデイリースウィートシリーズの刺繍に使われているのは、魔力を通す性質のウィンタースパイダーの糸でございます。平時は普通のブラジャーですが、魔力の集中を感知することでバストの揺れを軽減するよう強めにフィットいたします。もちろん、直接の魔力消費はございません」


 説明を受けて、私は試しに魔力を循環させてみる。


「おっ、おお……グッときた……」


 すると、優しく包み込んでいたブラジャーが胸を抑え付けるように締まってきたではないか。

 しかも、痛くはならないが揺れを抑える絶妙な加減だ。


「座学の際にはストラップについている金具を裏返していただければ、この機能をオフにできます。ここ、ですね」


 ドローレスさんは鏡越しに、ストラップの表側についているスイッチをパチンと反対に倒す。

 すると、途端に締め付けはなくなり、魔力を循環させても発動しなくなった。


「お手数ですが、もう一度オンオフ両方の状態で身体を動かしてみてください。フィット感を確認いたしますので」


「了解……オン」


 背中に手を伸ばして締め付けをオンにし、腕を上下したり、身体を左右にひねったりして動いてみる。

 次にオフでも同じ動きをし、ずれたりしないか確かめた。


「大丈夫そうですね。それと念のため、ムーヴィングシリーズのブラジャーもご用意いたします。こちらは元々締め付けが強い分頑丈なタイプですので、激しい戦闘が確実に見込まれる遠征の際にご使用ください」


 ドローレスさんがそう言って見せてきたのは、ブラック、グレー、ホワイトの三色のセットだった。

 上下共に厚手かつ柔軟性のある布で作られており、吸水性もよさそうだ。


「それでは他の商品も合わせてしまいましょう」


 ドローレスさんに促され、私は次々と下着をとっかえひっかえしていく。

 その度に周囲の人々は歓声を上げて喜び、女神様と私に向かって感謝の言葉を口にする。

 最初は恥ずかしかったけれど、五着を超えた辺りで疲れ始め、全十四着を試し終えた頃にはだいぶぐったりとなってしまった。

 ちなみに私は、特に違和感もなかったのでそのぜんぶを購入することにした。

 

「今お付けいただいているものは、そのままで帰っていただいて構いません。また、ご指定の日数分はお鞄の方に入れさせて頂き、入学式以降の分はリリス魔術女学園にお送りいたしますね」


「……よろしく」


「サイズに違和感が出てきたり、夏用下着と冬用下着の季節になりましたら、お早めに当店にお越しください。もちろん、それ以外でもお気軽に」


 冒険者時代は安い下着を三着買って洗濯して使い回していた私が、まさかこんなに大量の下着を買うことになるなんて。

 そう思っていたら、まさかまだまだ増えるらしい。


「じゃあ、次は、制服だね……」


 とにもかくにも、ようやく本題に入れる。

 そう思って、すでにクラリスさんたちによって用意されている白のブラウスに手を伸ばす。


「お待ちください!」


 しかし、慌てた様子のドローレスさんに止められる。


「下着に直接服を着るのはいけません。まずはキャミソールをおつけください!」


 そう言って手渡されたのは、細い肩紐のついた袖のない薄い服だった。

 丈はウェストが隠れるくらいで、要所要所に控えめな刺繍がしてある。


「こちらは透けを防止し、衣服のラインを整える効果があります。また、ご覧のようにつるりとしていますから、服も着やすくなるのですよ」


 言われるがままにキャミソールを着てから、今度こそブラウスに裾を通す。

 すると、確かに素肌よりもしっかりと滑るのでとても着やすかった。

 メイドさんたちにボタンを留めてもらい、青みがかったブラックのスカートも合わせて履かせてもらう。

 リリスの校則で膝が見える長さは制限されているため、無難だという膝下十五センチメルケルの長さだ。

 そして、春用の黒のソックスを履かせてもらい、スカートのプリーツを整える。


「最後にリボンですが、こちらはネクタイと選択できます」


「……リボンで」


 ネクタイなんて結べないし、これ以上覚えることが増えたら頭がパンクしてしまう。

 リリスのリボンは学年ごとに違う色で、私たちの代は落ち着いた深い朱色だった。

 模様は個人で好きなものを選んでいいが、ベースの朱色より目立ってはいけないという。

 私は特にこだわりもないので、得意な風魔術の渦状意匠を選んだ。


「首元はきつくないですか? はい、ではこれで……ああ、これぞまさにリリス生の理想ですわ……さあ、ご覧になってください!」


 クラリスさんに背中を押され、私は鏡の前に立って全身を眺める。


「おぉ……」


 私は思わず感嘆の息を漏らす。

 鏡の中には、どこからどう見ても元冒険者とは思えない、一人の美しい魔女見習いの姿があった。

 アルサを見て馬子にも衣裳だってちょっと失礼なことを思っちゃったけれど、その言葉は粗野な冒険者出身の私にこそ相応しいのかもしれない。


「サイズも、ピッタリ……動きやすいし、柔らかい」


 その場でくるりと回ってみれば、艶のある黒髪と共に同系色のスカートが優雅に広がる。

 身体を守る白いブラウスにはくすみ一つ見当たらず、糸のほつれやきつい感じもどこにもない。

 そんな白と黒の落ち着いた対比の中で、アクセントとなるのは首元のリボンの控えめな朱。

 モノクロの世界に現れた一滴の主張は、私の良すぎる顔面に自然と視線を集める効果を発揮している。


「とても、とてもお似合いです……形の崩れもなく、キャミソールの効果もしっかりと確認できますね」


 ドローレスさんが細部を確認して、満足げな顔で頷く。

 確かに、キャミソールのおかげで動いても肌がくすぐったくなることはない。

 また、ゆったりと余裕のある肩から、キュッと締まったウェストを経て、丸みを帯びたヒップへとたどり着く女性らしいラインも、これまで私が着てきたどんな服よりもしっかりと出ている。

 子どもから大人へと成長中している証拠であるその緩やかな曲線は、「ルシア」という人間を最も美しく見せるために職人たちによって計算されつくしたものだ。


「念のため、スリップとタップパンツもご用意しておきましょう。加えて、運動に備えた厚めのタンクトップも何点かセットにしておきますね」


 説明によれば、同じランジェリーでもスリップはキャミソールよりも丈が長いため、ウェストの丈が丸まって上がってしまうことがないという。

 また、キャミソールとタップパンツのように上下で分かれていないため、身体のラインが直接出るワンピースのような服ではスリップをつけるのがいいらしい。

 リリスのスカートには裏地がついているため、タップパンツを着用する必要はないが、私服によっては今後使う機会があるかもしれないとのことだった。


「では仕上げにローブを失礼しますね……腕を上げて、こちらを通して……」


 ブラウスの確認が済んだ瞬間、早く着せたくてたまらないといった表情のクラリスさんとメイドさんたちが、私を取り囲んでローブを着せる。

 キャミソールやブラウスと違って、確かな布の厚みが肩にグッとかかるけれど、冒険者時代のマントに比べれば全然苦しくもないし、重くもない。


「これで、できました! さあ、ご確認ください!」


「おぉ……すごく、魔女っぽい……!」


 ローブを羽織って完成形になった私は、両手を横に広げた状態で鏡に向かう。

 清楚で純真だった制服姿に、重厚で伝統的なローブが合わさると、子ども側から大人側にグンッと見た目の印象が変わる。

 裏地の銀色も目立ちすぎず、それでいていいアクセントになっているように思う。


「ああ、こちらも良くお似合いです……まさにすべての魔女見習いのお手本……『フルードリス』始まって以来のお美しさ……生きていてよかった……」


 クラリスさんはメイドさんたちと手を取り合って、顔面をくしゃくしゃにしながら泣いている。

 その輪にドローレスさんも加わって、職人特有の歓喜に打ち震えながら、再び女神様への祈りと私への感謝が叫ばれる。

 はたから見たら怪しげな宗教か何かにしか見えないその光景を無視して、私は歩いたり、跳ねたりして着心地を確かめる。


「……私、リリス生だ」


 前も、後ろも、左右も、どこから見ても、私はきちんとリリスの学生に見える。

 その日暮らしの冒険者なんかじゃなくて、未来を見据えて勉学に励む、一人の美しい魔女見習いに見える。


「ちょっとずつ、だけど……変わって、いけるのかな……」


 我ながら単純だけど、制服っていう外見から変わったことで、心に新しい風が吹いてきた。

 魔術資格のためってしぶしぶリリスに入ることにした私だけど、今は少しだけ学園生活が楽しみだって思えてきている。


「……がんばろう」


 私はグッと拳を握って、鏡の中の自分とコツンと冒険者の挨拶を交わすのだった。 

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