第46話:買い出し4/7 初めての採寸

「それでは、さっそくご案内いたしましょう」


 セシリアはそう言って一礼すると、先頭に立って『フルードリス』のガラス扉を開ける。

 店内は大きく左と右の展示ゾーンに分かれており、それぞれの床には魔獣ゴリアテ猩々の真っ赤な毛皮が敷かれていた。

 二階分の高さがある壁の棚は高級感のあるマホガニーで統一され、赤い布を敷いた上には様々な装飾品やリボン、タイなどが並べられている。

 熱調整機能のある魔石・アストラル石で作られた白と黒のブロックチェックの床には傷一つ見当たらず、頭上で輝くホワイトフライ魔石のシャンデリアの穏やかな光を受けて誇らしく輝いている。

 控えめに並んだマネキンたちはみなリリスの制服を身にまとい、裏地の色が違う高級なローブをその上から羽織っていた。


「ひょえ~……なんや、背筋が勝手に伸びよるわぁ……」


 店内に足を踏み入れた瞬間、カーラがため息をつきつつそんな言葉を零す。

 私を含めて他三人も同様に、店内の圧倒的な高級感に気おされて自然と縮こまってしまう。

 そんな中、神経の図太いアルサは壁の宝石を手にとっては「本物はこうなってるのか~」などと暢気にはしゃいでいる。


「まず皆様方の採寸をいたします。奥に個室がありますので、二人ずつ分かれて入ってください。もちろん、スタッフは女性の方だけですのでご安心を」


 セシリアに促され、私とソフィア、カーラとミーシャに分かれてカウンター奥のドアを開ける。

 ちなみに、セシリアとアルサは両部屋の真ん中にある談話室で待っていてくれるという。


「この時点で、すでに豪華……」


 ドアの奥には、壁に絵の掛けられた短い廊下が続いていた。

 突き当りに下がった赤い目隠しのカーテンをくぐると、店舗の半分ほどの大きさのフィッティングルームに出た。

 左右にそれぞれ半円形の鏡に囲まれた空間があるルーム内は、やはり店舗と同じく高級感に溢れた造りになっている。


「ようこそお越しくださいました」


 そんなルームの真ん中に、クラシカルなロングメイド服に身を包んだ女性スタッフさんが五名も立っているものだから、私はもうお腹いっぱいになってしまった。


 お金持ちは服を買うだけでこんなに大変なのか。


 冒険者時代は服なんて防具の下に着るだけの使い捨てだったから、安いお店で試着もせず適当に購入していたのに。


「私は店長のクラリスと申します。これより、お嬢様方の採寸をさせて頂きます。その後、制服とローブの試着を行い、お身体に合わせて細部を調整いたします。ご希望がございましたら、その都度お知らせください。誠心誠意、ご対応いたします」


 メイドたちの真ん中に立つ、髪を後ろになでつけた五十代くらいの女性がそう言って頭を下げる。

 私とソフィアも名前を言って礼をすると、さっそくとばかりにそれぞれの鏡の前に案内される。


「失礼いたしますね」


 ものすごい自然な手つきでローブを脱がされ、シャツとスカートも取り払われ、私は下着姿にされる。

 ソフィアの方は間に鏡があるせいで見えないが、聖布があるため上は自分で脱ぐという会話が僅かに聞こえた。


「……失礼を承知でお聞きしますが、お客様」


 下着姿になった私を見て、クラリスさんが眉をひそめる。


「なに?」


「普段から、これを下着に?」


「そうだけど……変?」


 私は鏡に映った自分の身体をじっと見つめる。

 寒さの残る陽気に合わせて、やや厚手のシャツと毛糸のパンツを身に着けた、幼さの残る肢体。

 冒険者出身であるとはいえ、後衛魔女という役柄故に玉の肌には傷一つない。 


「まずインナーですが、これは下着とは言えません。カップも入っていないようですし……ショーツは見たところ男性冒険者用ではないですか? これではデリケートな部分が傷つきやすく、発育にもよろしくありません」


 クラリスさんは、今にも怒り出しそうな表情で私の下着を吟味する。

 それでも言葉遣いが丁寧なのは、さすが高級店の店長だ。


「そんなこと言われても……」


 今まで私は下着を気にしたことなんてなかった。

 師匠といた頃はぜんぶお任せだったし、冒険者になってからは安いシャツとパンツで特に困ったことはなかった。

 そりゃ、ソフィアやミーシャみたいに胸が大きければ、ブラジャーをつけないと色々不便だろう。

 だけど、私のサイズなら何の問題もない。

 ここ二年くらいでちょっと胸が膨らみ始めたり、クビレができ始めたり、何となく身体が変わっていく気はしていたけれど、対策を打つほどのことでもないと放置していた。


「お客様はリリスで使用する下着や普段着も今日、お買い求めする予定でしょうか?」


「あー、うん。多分」


「それでしたら、下着も私共でご用意させていただきます。ご安心ください、お隣の『サフラン』はランジェリーのトップブランド。すぐに係の者を呼んでまいります」


 有無を言わせず、クラリスさんはメイドさんに用事を頼み、自分は私を素っ裸に脱がす。

 ロザリオ以外何も身に着けていない状態っていうのは、さすがの私でも少し恥ずかしい。

 けれども、クラリスさんの目がものすごく真剣だから、嫌がるのも悪い気がして何も言えない。

 ちなみに試着室には温度調整の魔道具が設置されているようで、裸になっても寒さは感じない。


「大変お美しいお身体です。成長期ですから、服のサイズは少し幅を持たせておきましょう」


 クラリスさんはもう一人のメイドさんと分担して、私の身体の太さや長さを測ってメモに記していく。

 その際に、足が細くて羨ましいだの、指が長くて美しいだの、筋肉の引き締まり方が理想的だの、褒め言葉を次々と口にする。

 はじめはお客に対するお世辞だと思っていたけれど、クラリスさんとメイドさんの表情からしてどうやら本気で言っているらしい。


「……ありがとう、ございます」


 顔を褒められるのには慣れていたけれど、冒険者として鍛えた身体も十分鑑賞に堪える美しさであると褒められるのは初めてのことだ。

 ぼそっとお礼を言うと、クラリスさんは「こちらこそ、『フルードリス』を選んでくださりありがとうございます」と満面の笑みを浮かべる。

 その態度は完全に衣服のプロのものであり、別分野でS級というトップまで上り詰めた私としても称賛に値するものだった。


(もう、ぜんぶ任せよう……)


 思えば、クラリスさんは毎年新入生の制服を担当しているのだ。

 下着に関するアドバイスも含めて、リリス生に求められる外見上の品格というものを熟知しているはずだ。

 郷に入っては郷に従え、リリスに入るなら制服だけでなく、下着も女学生らしいものにするのが自然だろう。


「……あの、質問が、一つ」


「どうしました?」


「この仮面……入学したら外すんですが、今も、着けないで試着した方が、いいですよね?」


 慣れない敬語を何とか操り、私は仮面に手をかける。

 プロの仕事をしてもらうなら、こちらもできる限り協力したい。

 素顔を知らないままで作られた服が、もし素顔と調和しなかったら、『フルードリス』の名が傷つくし、私自身も不愉快だ。


 今後私は素顔で生活するわけで、どんなに気を付けていても様々な災いが襲ってくるだろう。

 それらを解決する際に、顔と合わない服を着ていては、しまりが悪いし格好もつかない。

 せめてバッチリ整った服装と顔面で、災いを蹴散らしてどや顔の一つでもかましてやろうじゃないか。


(身体を褒められて、開き直ってるような気もするけど、間違ってはいないはず……)


「お客様がよろしいのでしたら、確かに素顔の方が調整はしやすいです。しかし、ご事情があるのでしたら無理にとは……」


「大丈夫。ただ、私の顔が良すぎるだけ、だから」


「えっ?」


 私の言葉に、クラリスさんとメイドさんは一瞬呆けた顔をする。

 そのタイミングで、私は留め具をすべて外して、隠されていた顔を白日の下にさらした。


「なっ……これは……なんと美しい……」


「ああ、女神様……女神様だわ……」


 二人は私の顔面を目にし、大粒の涙を流しながらその場に膝をつく。


「お待たせいたしました……って、どうしっ……っ……女神様……」


 そこに『サフラン』の店員を一人連れてメイドさんが戻ってくる。

 そして案の定、二人とも私の顔面を見て号泣しながら崩れ落ちた。

 無意識に口にしている「女神様」というのは多分、美神ライトマリアのことだろう。


「あの……採寸を……」


 私はその辺の布で顔を拭きつつ、四人に呼び掛ける。


「そ、そうでしたわね……申し訳ございません、あまりのお美しさに腰が抜けてしまいました……ほら、ドローレスも立ってください」


 クラリスさんは壁に手をかけて何とか立ち上がると、『サフラン』のドローレスさんに腕を貸す。

 ドローレスさんはゆったりとした衣装に身を包んだ白髪の女性で、どうやらクラリスさんと同世代の友人らしい。

 二人は手分けしてメイドさんたちを立たせると、職人の目つきになって私をじっくりと眺める。


「クラリス、私をこの場に呼んで下さったこと、感謝します」


「ドローレス、それならば今日このお店に訪れて下さったお客様にこそ感謝を」


 二人は頷き合い、私に向かって大げさな言葉で感謝を述べる。

 ついでにメイドさんたちも涙を流しながら感謝の言葉を述べ、いよいよ全裸の私の採寸を再開する。


「お客様、腕をこのように両方上げて……それで視線はまっすぐに……はい、ではバストを測りますね」


 ドローレスさんはランジェリーに必要な肩や胸、腰回りの細かな採寸を、他三人はまだ測り終えていない全身のデータを入念に採寸していく。


「これまで下着をつけていなかったとのことですが、お客様の胸の形はとてもお綺麗です」


 ドローレスさんは採寸を終えると、数値の書かれた紙を私に見せながら私の胸の綺麗さについて説明する。

 あんまりよく分からないけれど、とにかく私の胸は美しさの黄金比で、これ以上ない完璧なバランスの膨らみらしい。


(これがねぇ……)


 私はまだしこりの残る膨らみかけの双丘をぷにぷにと触る。

 長らく基準が師匠しかいなかったため、胸といえば大きいのが良くて、それ以外は良くないのだと何となく思っていた。

 だけど、どうやら胸の美しさとは千差万別、サイズがすべてではないらしい。


(今まで他人の胸に興味なんてなかったからなぁ……というか、他人に興味がなかったわけで……)


 ソフィアやミーシャにくっつかれた時も、柔らかいとか大きいとかは思ったけど、それ以外は特に何も感じなかった。

 だけど今なら、自分の胸と他人の胸との違いに少しだけ目を向けられるような気がする。

 というか、胸以外にも人間の身体というのは同じ個体が一つとして存在していないのだ。

 私は顔が良すぎるあまり、他人を見る時も顔ばかり気にしていたのだろう。

 これからは、もっとその人間の全体を見られるようになっていきたい。

 そうすることで、相手にちゃんと興味を持てて、コミュニケーション能力の方も向上していくんじゃないだろうか。


「リリスでの学生生活は、意外なほどに身体を動かす機会が多いのです。また、お客様はまさに成長期。その点を踏まえますと、美しい形を維持しつつも締め付けすぎない商品をご提供させていただくのが一番かと存じます」


 ドローレスさんはそう言って説明をしめくくり、精密に描かれた下着のイラストカタログを開く。

 そこで初めて知ったのだが、どうやら下着は上下セットで買うのが普通のようだ。


「じゃあ、それで」


「かしこまりました。好みの柄や色などはございますか?」


「特に……派手過ぎなければ」


「ではこちらの二番と三番、こちらの一番と五番、こちらの六番をそれぞれ色違いでご用意いたしましょう」


 ドローレスさんが急ぎ足で試着室を出て行くと、今度はクラリスさんとメイドさんが何着かローブを持ってくる。

 

「こちらがリリスの指定ローブです。エルグランド王国産『真珠蚕』の糸を職人の手で紡ぎ、ドレープ藍で下染めした上に、東方原産の檳榔樹びんろうじゅの実『檳榔子びんろうじ』とアーケン石の粉末で黒染めした最高級品です」


 クラリスさんから手渡されたローブは、すべすべと肌触りが良く、それでいて革の頑丈さと毛皮の断熱性を備えていた。

 アーケン石のおかげで魔力の通りもすこぶる良く、たくさんの魔術式を刻んでも快適に作用してくれそうだ。


「リリスの学生は、授業やプライベートでこのローブに様々な術式を施していきます。そして、卒業までに自分だけのローブを創り上げるのです。サイズはやや大きめのもので始めますが、もちろん成長に合わせて調整が可能です」


 クラリスさんとメイドさんはローブをそれぞれマネキンに羽織らせ、私の前にいくつも並べる。


「こちらから、裏地の色をお選びください」


 目の前に並んだローブたちを、私はじっくりと眺める。

 さすがに裏地となると派手な色は存在しないが、たとえば紺色系統と緋色系統では、暗くても明らかに異なった印象を他者に与えることだろう。

 私の良すぎる顔面と調和し、なおかつ目立ちすぎないベストな色。


「……これで」


 私が選んだのは、錫色に近い落ち着いた銀色の裏地だった。

 これならば、厳かさと地味さを両立できる気がする。


「かしこまりました」


 クラリスさんは頭を下げると、メイドさんたちに何やら指示を出して慌ただしく動き始めた。

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