第45話:買い出し3/7 ラ・ポルタ横丁での出会いと再会
「あそこを曲がるとラ・ポルタ横丁やで」
ソフィアの勘違い事件から歩くこと十分、カーラが指さしたのは建物と建物の間にできた馬車一台分くらいの路地だった。
路地の入口に建つ二つの建物は他と違って石造りで、一階部分が全面ガラス張りのショーウィンドウになっている。
そして、そこにはオリジナルのローブや魔女衣装を着たマネキンが数体、誇らしげに飾られている。
「人が吸い込まれて行っていますね……」
「ラ・ピュセルの魔女服って言ったらここだからねぇ~。まっ、リリスの指定店はいくつかあるし、混んでないとこ選べばいいでしょ」
何だかんだ言いながらも高揚している表情の三人とは違い、私は仮面の下で冷や汗をかいていた。
これまでの通りでさえ人混みがきつかったのに、ラ・ポルタ横丁は一気に道幅が半分になる。
しかも、通りの狭さ故にバルコニーの"魔女の抜け道"もない。
「……これしかない」
私は前を歩くソフィアとカーラの真ん中に挟まるように身体を入れる。
「えっ、なになにルシア?」
「ルシア様?」
突然のことに驚く二人。
でも、後ろで察しのいいミーシャが「そういうことね」とつぶやいて、私の背中に身体をくっつけてくる。
後頭部に豊かな膨らみがぽよんと当たって、私の首がガクンと前のめりに曲がる。
「ラ・ポルタ横丁は狭いからねぇ~。ルシアちゃんの小ささだと、こうしないとはぐれちゃうよ~」
「ああ、確かにミーシャの言う通りやな! あそこ、人の出入りも激しいからくっついとかんとあかんわ!」
「なるほど、この輪形陣でルシア様をお守りするのですね! では、手を繋ぎましょう!」
あれよあれよという間に、私は左右の腕をカーラとソフィアに掴まれ、後ろからはミーシャに肩を持たれるという貴族のお子様みたいなフォーメーションに組み込まれてしまった。
「い、いや、ここまではしなくても……」
私が想定していたのは、知らない人の波にもみくちゃにされる前に、知人にくっついておこうって程度の密着だった。
しかし、三人は何を思ったのか、私を肩掛けバッグみたいに抱え上げ、ほとんど歩かせてさえくれない。
「ええやないか! うちらだって、こうすることで濁流から身を守ってんねんから。お相子やで!」
「そうだよ~。団結こそ勝利の鍵なんだからさ~!」
「ですです! ルシア様はお身体が華奢で儚く尊いですから! 私たちが責任をもってお守りします!」
三人はさらに私に密着し、私の足は完全に地面から浮き上がる。
屈辱的な扱いに抗議したくなるが、解放されたらされたで人ごみに耐えなければいけなくなるので、どっちも最悪で身動きが取れない。
しかも、見たところミーシャの身長は私よりも頭半分ほど高い百五十五センチメルケル前後で、カーラはそれよりもやや高く百五十七センチメルケルくらい、ソフィアは百六十センチメルケルは超えているから、はたから見ると妹を抱える姉三人に見えなくもないのがさらに落ち込むところだ。
「……子ども扱い、しないで」
やっとそれだけ抗議するが、聞き入れられる様子はなく、私は宙に浮いたままでラ・ポルタ横丁に突入した。
(ここがラ・ポルタ横丁……確かに魔女見習いが好きそうな感じの店がたくさんあるな……)
ラ・ポルタ横丁はそれまでの通りとは違い、建物と建物の間に屋根がついているアーケード式の通りだった。
建ち並ぶ石造りの店舗には、各店を象徴するマギカ・フラッグが堂々と掲げられ、ガラス張りのショーウィンドウには職人渾身のドレスが煌びやかに飾られている。
師匠の覚書によれば、有名ブランドの高級店も、大量生産のチェーン店も、個人経営の小規模店も、すべての店舗がこの通りではライバルにして戦友であるらしい。
ちなみに、横丁というのはメイン通りから外れている通りを指す言葉で、本来のラ・ポルタ通りは横丁を真っ直ぐ抜けた突き当りに位置している布問屋が集まっている通りの名だという。
「……ルシア様、私のすねを思い切り蹴ってはくれませんか」
そんなラ・ポルタ横丁に足を踏み入れた途端、私の右腕をがっちりとホールドしているソフィアが意味不明なことを口にした。
「イヤだけど……なんで?」
「ここのお店、どれも素晴らしすぎるからです。自分の衣類はもちろん、ルシア様にも着ていただきたい服が、こうして見るだけでもニ十着はあります! このままでは、私は一瞬で欲望に呑まれてしまうでしょう」
「あ~、分かるよぉ、その気持ちぃ。ボクも買い出し資金ぜんぶここで使っちゃいそうだもん~!」
「あんたらなぁ……服は実用性が大事なんやから、何着も持っていたって仕方ないやろ」
いかにも商人らしいセリフを口にするカーラ。
私も考え方としては同じなので「わかる」と小さく頷く。
「可愛い服だって実用的ですよ! なにせ、可愛いんですから! 心が晴れやかになります!」
ソフィアはなおも力説する。
よく考えたら、ソフィアは幼少期の頃は除いて、つらい境遇で育ってきたんだった。
服だって自由にはならなかっただろうし、たくさんの服を着て楽しみたいって思うのは当然なのかもしれない。
「そうそう~。カーラだって本当は、あれとか着たいんじゃないの~?」
ミーシャが尻尾の先で指したのは、『キャンディー&ポップ』というお店に飾られた、ひらひらしたフリルがたくさんついたピンクのワンピース。
スカートのところがふわりと広がっており、花柄が刺繍されたレースが光を浴びて輝いている。
「だだだ、誰があんな甘~い系統の乙女服好きやねん! でっかいリボンにぬいぐるみが似合いそうな服やねぇ~なんて思ってへんぞ!」
顔を真っ赤にして騒ぐカーラの分かりやすさに、ソフィアと私もその好みを一瞬で察する。
「カーラさんはスレンダーな体型ですから、りんご飴のように赤くて大きなヒールもよくお似合いかと思います!」
「うんうん、ショートヘアにヘッドドレスも実はすごく似合うんだよぉ~。カーラの赤髪にはやっぱり紅のレースを基準に緑のおっきい蝶々リボンかなぁ~」
「わかります! そこに大きめの深紅の日傘と、アクセントにトープのベストはいかがでしょう?」
「それもありだけど、ボクとしては~……」
「もうやめや! それ以上うちの話すんの禁止ぃ!」
よっぽど恥ずかしかったのだろう、髪の毛と同じくらい真っ赤な顔でカーラは二人の乙女服談議を中断させた。
「こっそり買う時は、私も誘ってくださいね!」
最後に小声で付け加えるソフィアに、カーラは「あんた、けっこうグイグイくるタイプなんやね……」と疲れた顔で答える。
私もソフィアの突破力にはいつもたじたじになっているから、カーラにご愁傷さまって視線を向ける。
「あっ、リリスの指定店、あれじゃないかなぁ~」
そんなところにミーシャの声が降って来て、私たちは顔を上げて前を見る。
緩やかにカーブしている行く道の、ちょうど正面に佇んでいるのは、百合の紋章を冠したマギカ・フラッグを掲げた白い石壁の建物だ。
ショーウィンドウはなく、縦長のガラス窓がいくつか開けられた重厚な造りのそのお店の名は『フルードリス』。
これだけ混んでいるのにもかかわらず、『フルードリス』の入り口周辺だけは結界でも張られているかのように人が避けて通っている。
たまに入店していく魔女見習いはいかにも育ちが良さそうで、その隣に付き添う保護者や使用人も身なりからして一流の人物ばかりのようだ。
「なんか、場違い……」
私がつぶやくと、左右と後ろからも「たしかに……」と息を呑む声が聞こえた。
一氏族とはいえ仮にも王女と、設定とはいえ侯爵令嬢と、間違いなく大商会の娘のくせに、どうしてこんなにビビっているんだろう。
「でも、三人は慣れてるでしょ?」
「いやいや、ボクの地元は狩猟メインだからさぁ……衣類はぜんぶ侍女の手作りだったわけで~」
「私も、その、おうちにあるものを着せられていただけなので……こういったお店には疎く……」
「うちの商会やって布の扱いはあっても、服の扱いはないんやから! あんな格式高そうな店、近づいたこともないわ!」
私たちは『フルードリス』の前まで来て、結界と人ごみの境界線部分で尻込みする。
そこで私はようやく地上に下ろされ、両足で石畳を踏みしめることができた。
「でも、誰かが行かなアカン……」
「ボクまだ死にたくないよぉ……」
「わっ、私も死ねません……」
三人は期待を込めた目で私を見つめるけれど、この中で一番のコミュ障に何を期待しているのだろう。
「いや……無理でしょ……」
私がそう言って、途方に暮れた目でお店を眺めた時だった。
「ルシアじゃん! 何やってんの、そんなとこで!」
お店の中からひょこっと顔を覗かせた魔女見習いが、私に気軽に声をかけてくる。
「……アルサ? 受かったんだ」
そこにいたのは、ピカピカのリリスの制服を着たアルサだった。
馬子にも衣裳、一見全然スリには見えない。
「うん! マジギリギリだったけどね! ルシアも当然受かったしょ?」
「受かった」
「っしゃ~! ほれ、ハイタッチ! 弁当仲間の絆最強~!」
満面の笑みで私のところまでやって来たアルサは、右手を軽く上げる。
断り切れないノリに押され、私は目の前にかざされた手の平にぺちっと手のひらを合わせる。
すると、アルサは私の手をそのままグッと掴んで「あたしらリリス生~!」と上下にブンブンする。
「あ、あの、ルシア様? こちらの方はもしかして……」
そんな時、ソフィアがおずおずと手を挙げて尋ねてくる。
「あっ、あの時の目隠しの子じゃん! それじゃあ、他の子たちもリリス生? 確かに育ちが良さそうだ! あたしはアルサ・リンガー。ルシアとは同じ教室番号で、そこで仲良くなったんだ! 見ての通りバリバリの庶民! よろしくね!」
アルサは相変わらずのマシンガントークで、ソフィアの言葉を遮って自己紹介をする。
私としてはひたすらしゃべられていただけで仲良くなったとは思えないけれど、ひとまずこの場では訂正せず流れに身を任す。
アルサの登場で、どうやら私たちは境界線を踏み越えられそうだからだ。
「アルサさん、ですね。何やら浅からぬ縁を感じます……私の名前は——」
「——アルサさん、まだ用事は終わって……あら、こちらの方々は?」
ソフィアが名乗ろうとしたところで、お店の中からリリスの制服に身を包んだ少女がもう一人現れた。
緑かがった金髪を側頭部で編み込んだ、身長はソフィアよりもさらに大きい百七十センチメルケルオーバー、キリッとした目元が印象的な、貴族然とした美少女だ。
「こっちはルシア! ほら、さっき話した弁当仲間だよ!」
「あなたが……」
編み込みの美少女は一瞬探るような鋭い目つきで私を見つめ、すぐに穏やかで知性に満ちた大貴族特有の表情でふわりと微笑む。
「わたくしはセシリア・ヌボワ・サラ=ボラール。サルビア連合共和国ボラール公爵家の長女ですわ。皆様、以後お見知りおきを」
セシリアは私たちに向かって、左胸に右こぶしをとんと当てながら、左手でスカートを抓んで頭を下げるサルビア式の礼を優雅に行う。
「ボラール公爵家って言えば、三大魔術家の……」
「しかも長女やって……」
セシリアの自己紹介を聞いて、ミーシャとカーラは圧倒されたように一歩身を退く。
それもそのはず、ボラール公爵家はサルビア連合共和国最大の貴族家にして、世界三大魔術家の一翼を担う魔術の名門中の名門なのだ。
そこの長女ともなれば、同世代の魔女たちからは畏怖と敬意をもって見られる存在になるのは当たり前だろう。
ちなみに、私も冒険者時代に何度かボラール公爵直々の魔物討伐の依頼をこなしたことがある。
彼は几帳面な性格らしく、いつも下調べがしっかりしていたから戦いやすかった。
「私はソフィア・アバランシス・フォン・ローレンス。エルグランド王国アバランシス・フォン・ローレンス侯爵家の三女です。お見知りおきを」
しかし、ソフィアはさすが貴族の娘だった。
やや動揺は見られたものの、セシリアの権威に気おされることなく堂々と淑女の礼を取る。
「う、うちはソヴリン商会のカーラ・ソヴリン言います!」
ソフィアに続いて、カーラがたどたどしくも淑女の礼を取る。
さすがに名刺を渡す余裕はなさそうだ。
「ボクはミーシャ・ネル・ライオネル。ライオネル王国ネル=ネコミミ族の第三王女だよ~。よろしくね~」
ミーシャは比較的落ち着きを取り戻したようで、帽子をくるりと脱ぎながら頭を下げる。
「ルシア。よろしく」
最後に私がそう言って軽く頭を下げると、セシリアは何が面白いのかニヤリと謎の笑みを浮かべる。
「お知り合いになれて嬉しいですわ。皆様、これから制服をお求めですの?」
「はい……お恥ずかしいですが、勝手が分からず立ち往生を……」
ソフィアがシュンとなって答えると、セシリアは「そういうことでしたのね」と優しく微笑む。
「それでしたら、微力ながらお手伝いいたしますわ。この『フルードリス』は今でこそリリスの制服関連のみ販売していますが、普段はオートクチュールのお店ですの。わたしくも幼い頃から何度か系列店を利用していますので、ご案内できますわ」
「そんなご迷惑を……」
「いいじゃんソフィア! もうあたしらリリス生なんだし、困った時はお互い様だってぇ~! 大丈夫、あたしみたいなド庶民でも何とかなったからさ!」
アルサの言葉に、ソフィアは「どうしますか?」という表情でみんなを振り返る。
「願ってもない申し出やと思うで!」
「そうだねぇ~。お世話になっちゃおう~」
カーラとミーシャに続いて、私もこくんと頷く。
どうしてセシリアが初対面でここまで面倒見てくれるのかはナゾだけど、断る理由は特にない。
あえて言えば私に時折向けられる探るような目つきが気になるけれど、敵意というより興味のようだから大丈夫だろう。
「でしたら、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、喜んでお引き受けいたしますわ」
こうして私たちはセシリアについて、『フルードリス』の店内に足を踏み入れることになった。
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