第44話:買い出し2/7 褒められて嬉しくなる

 その後、私たちは八時の位置にある『フーバー焼き物&ガラス工房』で陶器類とガラス製品の買い出しを済ませ、十時の位置にある『トム・ゲーシーの森林なんでも工房』で木製の食器や小さな棚などを購入した。

 フラスコや小皿などの実験用具は女学園にもあるが、師匠のメモによれば自分用も持っておくと休日も使えて便利らしい。

 日常的に使うコップ類や食器は当然必要だし、小さな棚も枕元においておけば何かと便利だ。


「次は教科書類かなぁ~?」


 そうして円形広場で出来る買い物をすべて終えた私たちは、次の目標を決めるべく噴水の前で地図を広げる。


「教科書は比較的多くの場所で買えるようですので、先にラ・ポルタ横丁のリリス専属店に行きませんか?」


 ソフィアがそう言って指差したのは、"魔女の散歩道"の中間あたりの一点だ。

 そもそも、"魔女の散歩道"とは、"巨人の口"から旧市街地の"黒猫公園"まで伸びる一本の道の通称である。

 その道沿いには魔女向けのお店が多く軒を連ね、周辺の路地にもまた魔女向けのお店が多いとのことだ。

 ラ・ポルタ横丁はそんな路地の一本であり、魔女向けの服飾店が軒を連ねる魔女見習い憧れのお買い物スポットだという。


「おっ、ええなぁ~! やっぱ制服そろえるとテンション上がるもんなぁ!」


「それもそうだねぇ~。じゃあ、さっそく行こっか~!」


 私たちは円形広場の六時の方角に向かって歩き出す。

 そこには建物と建物に挟まれた小道があり、その先は曲がりくねっていて見通せない。

 人がギリギリすれ違えるくらいの小道を一列になって進んでいくと、やがて通せんぼするかのような背の高いレンガの壁が現れる。


「二人は"魔女の散歩道"は初めて~?」


 先頭を行くミーシャの問いかけに、私とソフィアはこくんと頷く。


「なら教えておくね~。"魔女の散歩道"は乗り物禁止なの。だから、道に通じる路地には必ずこういう壁があるんだぁ~。交差する大きい道とかは、橋かトンネルで道を避ける形になってるんだよぉ~」


 ミーシャは説明しつつ壁に手を当てて「開けごま~」と唱える。

 すると、レンガが勝手に組み変わっていき、三秒ほどで壁だったところが人一人が通れるレンガのアーチに変わる。


「い、今のが呪文なのですか?」


 ソフィアがびっくりした顔で尋ねると、カーラが「せやで~って、んなわけあるかい!」とすかさずノリツッコミして、ミーシャの肩を軽く叩く。


「合言葉式やなくて、魔力を注げばええんや! なのにミーシャは『それっぽいから~』っていつも適当なことを抜かしよるんよ!」


「だってせっかくの"魔女の散歩道"なんだからさ~。こっちの方がワクワクするじゃん~」


 ミーシャは悪びれた様子もなくレンガのアーチをくぐってしまう。

 その後にツッコミを続けるカーラが続き、ソフィアと私もアーチをくぐる。


「五分もすればまた壁に戻っちゃうから注意ね~」


 そして、建物の間の小道を行くこと一分、曲がり角の先から喧騒が漏れてきた。

 心なしみんな早足になって小道を抜けると、これまで空を圧迫していた左右の建物が一気に取り払われ、急に視界が広くなる。


「ここが"魔女の散歩道"……素敵な通りですね!」

 

 "魔女の散歩道"はその名の通り、散歩するのにちょうどいいくらいの小規模な広さの道だった。

 馬車が通ったとしたら、四台がすれ違うのでやっとというところだろう。

 そんな通りの左右には、白い土壁と黒い木材の支柱が印象的な瀟洒しょうしゃな家々が並んでいる。

 そして、各建物の二階部分には外へせり出した屋根付きのバルコニーがあり、両隣とシームレスに繋がっているのだった。


「あそこは"魔女の抜け道"って言って、元々は隣のお店にすぐ行けるようにって作られたのが、通り全体に広がったんだってさぁ~。雨の日でも使えるから便利なんだよねぇ~」


 ミーシャに言われてバルコニーを眺めるついでに、私は空に箒の姿がほとんどないことにも気が付く。


「飛行は禁止?」


「あー、横切るのはありやけど、道をなぞるのは禁止やったなぁ」


 カーラの答えに、おそらく乗り物禁止と同じ理由なのだろうと察しが付く。

 元々広くない通りをバルコニーで左右からさらに狭めているのだ。

 箒で乗りつけて良しとなったら、上空が混んでしまって収拾がつかなくなるのだろう。


「さすがに今日は人出がすごいねぇ~。いつもはこの半分くらいなんだけどなぁ~」


 ミーシャは魔女見習いとその保護者でごった返す通りを見て、うんざりしたような顔をする。

 どこもかしこも人で溢れ、歩けばすぐ誰かと肩がぶつかってしまうその混雑は、クリスマスの市場や戦勝パレード中の街路にそっくりだ。

 しかも通行人たちの多くが、これから始まる新しい生活への希望に目を輝かせており、どこかウキウキとお祭り気分だからさらに厄介だ。


「……地獄だ」


 私のようなコミュ障にとって、浮かれた人間というのは、吸血鬼における太陽みたいな存在で、近くにいるだけでどんどん疲れてしまう。

 私はこうなる日はことごとく引きこもって生きてきたため、目の前の人間の海を見ただけで軽くめまいさえ覚える。


「ですが、進まなければ辿り着けません。私が先陣を切りましょう!」


 すると、まだナイフの喜びが残っているのか、やや大げさで芝居がかった口調でソフィアがやる気を見せる。


「せや! うちらの制服を手に入れるんや!」


 当然のごとくカーラも感化され、二人が先頭に立って人ごみの中へ斬り込んでいく。

 私は慌てて二人の背を追い、ソフィアのローブの裾を何とか掴んではぐれないようにする。

 見知った人間と少しでも繋がっているという事実は、コミュ障の私にとって人ごみでの生命線だ。


「おっ、ボクもそれやろうかなぁ~」


 隣に並んだミーシャが私の手を見て、そっとカーラのローブの裾を抓む。

 彼女の場合、コミュ障とかではなく単純な迷子対策だろう。

 なお、前を行く二人はリリスの制服への憧れを熱く語っており、私たちの行為には気づいていない。


「ねぇ、ルシアちゃんって弟子制の出身なの~?」


 ふと、ミーシャがそんなことを尋ねてくる。

 確かに私は師匠の弟子だけど、高名な七賢者との関係性はできれば公表したくない。


「まあ、そう」


「やっぱりか~。貴族とか名家の出じゃなさそうなのに尋常じゃない気配、ずっと気になってたんだよねぇ~。それに、家名なしでリリスを受けるって相当珍しいしぃ~?」


 ミーシャは納得したように頷く。

 私のような孤児が魔術の才を開花させるには、師匠の元で魔術を習う以外に道はない。

 お金が必要な魔術塾には、そもそも入れるわけがないからだ。


「きっと高名な師匠なんだろうねぇ……誰か教えてくれたりは?」


「しない」


 即答すると、ミーシャは残念そうに耳をぺたりと曲げた。


「そっか~。いやね、ボクって著名な人物マニアなんだよぉ。ラ・ピュセルはもちろん、各国の有名人の逸話を集めてるんだぁ。二つ名持ちの冒険者とかねぇ~」


 それは、いかにもライオネル王国の氏族の王族らしい趣味だった。

 ミーシャが所属するライオネル王国は様々な獣人の氏族が集まって作られているため、名目上の王はいても実際は連合国の色合いが強い。

 各氏族の代表は基本的に自分の氏族の利益を優先し、対外戦争など有事の際にだけ氏族を超えてまとまるという。

 お金次第で何でもする有力な冒険者の情報を確保しておくことは、それだけで氏族の利益に大いに繋がるのだ。


「最近だと、エルグランド王国の勇者パーティーが何かと話題だよねぇ~。知ってる? S級で一番地味って言われてた"死領域"が追放されて、代わりに新しいS級が二人加わったんだって」


「へ、へぇ……」


 突然、自分の話題が出されて私は大いに動揺してしまう。

 ミーシャは私の声が上ずったのを、「興味がある」と解釈したようで、ちょっと得意げに顛末を語る。


「"死領域"って巷での評価は地味だったけど、ボク的にはむしろ縁の下の力持ちだったと思うんだよぉ~。逸話や目撃談だと、攻防一体って感じだし……実はすごい実力者だったと思うんだよねぇ!」


 その言葉で、私の中のミーシャへの評価は一気に最高付近まで上がる。

 我ながらチョロいけれど、今までこんな的確な指摘をする人には出会ったことがないから仕方ない。

 そうだ、私は地味だけど必要な存在なんだ。


(というか、目立ちたくないから地味に振る舞っていただけで、本当はもっと派手にすることだってできたし!)


「それに引きかえ、新しいメンバーは"人工災害"と"廻葬廻忌"だってさぁ。サイコパスと大犯罪者……勇者ったら何考えてんだろうねぇ」


「……それは、ヤバいね」


 出てきた名前は想像していた以上に頭のイカれた奴らだった。

 きっとアイザックは何も考えず、ただ「攻撃力を上げよう!」とかの思いつきでやったに違いない。

 どうやらこの先は、私が予想した通りの展開になりそうだ。


(破滅しろ、アン王女……)


「ヤバいよねぇ~……っていうか、ルシアちゃんもけっこうS級冒険者に詳しそうだねぇ。普通、リリスの受験生は冒険者のことなんて名前も知らないんだけど。シスレー先生の話題が出た時も語りたそうだったし? もしかして同志ぃ?」


 ミーシャは期待に瞳を輝かせ、私にずいっと迫ってくる。

 冒険者、それも身近すぎる話題だったからつい反応してしまったけれど、言われてみれば確かに温室育ちのリリス生は冒険者に疎いはず。


「べ、別に……エルグランド出身だから、知ってるだけ」


「本当かなぁ? 何か隠してるんじゃないの~?」


 ミーシャは私に間近まで接近し、スンスンと髪のニオイを嗅ぐ。

 これは別にミーシャが変態なんじゃなくて、獣人族特有の嘘の見分け方だった。

 獣人族は聴覚以上に、嗅覚において優れている。


「あー、でも薔薇の香りしかしないやぁ~。ソフィアと同じ香りなん——」


「——ミーシャさん!」


 突然ソフィアがすごい勢いで振り返り、私をグイっと抱き寄せた。


「ぐぇ」


 その剛腕によって私は息が詰まり、潰れたカエルのような声を出す。


「ルシア様は渡しませんよ!」


「あ~、勘違いさせちゃったねぇ~。ボクはただ、有名人トークがしたかったんだけど……」


 ソフィアに抱きつぶされる私を困ったような表情で見つめつつ、ミーシャはネコミミを片方ピクピクと動かす。


「なんや、うちのミーシャがえらい迷惑かけたみたいやな! この子は有名人の話になると周りが見えんくなるんや! 他意はないから、堪忍したってや!」


 カーラがそう言って、子どもがいたずらをした時みたいにミーシャの後頭部をガシッと掴んで強引に頭を下げさせる。


「そ、そうそう! 他意はないんだよ~!」


「私ったら早とちりを! すみません、ミーシャさん!」


 当事者たちが頭を下げ合ってその場が収まると、そろそろ人通りの邪魔になるからと私たちはすぐにまた歩き出す。

 ようやくソフィアの腕から解放された私は、首をさすりながら「私は、ソフィアのじゃ、ないんだけど……」とつぶやく。

 すると隣のミーシャがそれに答えるように、「ボクも、カーラのじゃないんだけどねぇ……」と哀愁漂う表情でつぶやいた。

 私たちは顔を見合わせ、前方を歩くそれぞれの背中を見つめ、同じタイミングでため息をつくのだった。

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