第37話:リリスの受験を終えて……

 面接を終えて教室を出ると、そこには真っ直ぐな普通の廊下があった。

 私はソフィアとの待ち合わせ場所に行き、適当なベンチに腰かける。

 同じように面接を終えた受験生が、一人、また一人と校舎を出ては、正門の方へ歩いていく。


「……疲れた」


 試験というものに不慣れな私にとって、今日は冒険者時代よりもハードな一日だった。

 同世代に囲まれて緊張したり、魔術を下手に見せなくちゃだったり、面接で慣れない敬語をがんばったりと、精神面が特にすり減ってしまった。


「これからは、こういうのが日常になるんだ……少しずつ、慣れなくちゃ……」


 たとえ誰とも交流をしなかったとしても、女学園にいるだけで百人の同期と、四百人の先輩と、千人以上の教員に囲まれることになる。

 そこに私の顔の良さも加わるのだから、精神面のケアは今から考えておかなくちゃいけない大問題だ。


(まずはソフィアを防波堤に……チャンスがあればアルサとか、『魔女の海百合亭』の二人とかも組み込んで、ちょっとずつしゃべれるようになっていきたい……)


 冒険者時代にパーティー構成を考えていたのと同じ思考で、私は学園生活を生き抜くためのメンバーをあれこれ考える。

 手持ちの四人だけでも、庶民や下級貴族への対応はできるだろう。

 しかし、実技で私に舌打ちしてきたレベッカのような厭な上級貴族や、リリスに慣れた先輩への対応は心もとない。


(公爵級以上の大貴族の娘とも、知り合っておきたいなぁ……)


 そう考えたところで、私は自分の心境の変化に驚く。

 誰かと知り合いになりたいだなんて、今まで一度も思ったことがなかった。

 それが、生き抜くためとはいえ、自ら他者との繋がりを求めようと考えて始めているのだ。


「成長、なのかな……」


「ルシア様! お疲れ様でした!」


 ぼんやりと空を眺めながらつぶやいたところで、試験を終えたソフィアがやって来た。

 その表情は晴れやかで、動きも朝よりふわふわしているように思える。

 試験の出来がよっぽど良かったのだろうか。


「お疲れ」


「ルシア様と離れ離れで寂しかったです!」


 私がベンチから立ち上がると、ソフィアは狙っていたかのようにするりと私の腕を取って横におさまってくる。


「……行こうか」


 もうちょっと元気だったら振り払ったりするかもだけど、もう今日は対応するのが面倒くさい。

 それに、ソフィアも試験をがんばっただろうから、これくらいの戯れは目をつぶってあげてもいいだろう。

 私たちはそうして、べったりとくっついたまま正門の方へ歩き出す。


「試験の方はいかがでしたか?」


「ぼちぼちかな……ソフィアは?」


「筆記はおそらく八割は堅いかと。実技は分かりませんが、ミスはありませんでした。面接は……そうですね、楽しかったです!」


「へぇ……」


「得意な魔術やどんな魔女になりたいか、好きな娯楽小説に尊敬する魔女まで聞かれまして、楽しくお話しさせていただいたんです!」


「私はそんなの、聞かれなかったな……」


 私は色々やらかした気がする自分の面接を思い出す。

 ノックは大きすぎたし、入室の段階で転がり込んでしまい、敬語のミスもしてしまった。

 顔の良さには驚かれたけど、その後は信じられないほど淡白な対応をされたように思う。


「っていうか多分、顔の良さだけで生きてきたクズ人間だって思われた」


「そ、そんなことないですよ! ルシア様は顔も中身も最高の超絶美少女大天使様なんですから!」


「ソフィアにとってはね……現実は、実際顔だけのコミュ障世間知らずだし……」


 ラ・ピュセルに来て、私は自分の社交力のなさを実感した。

 無言という設定に加えて、S級の圧力ですべてのコミュニケーションを無視できていた冒険者時代が特別だったのだ。


 ソフィアがいなければ、私はスリのアルサを骨折させていただろうし、『魔女の海百合亭』での相席も断って何も食べずに帰宅していただろう。

 そうしたら、今日の試験にアルサは出られなかったろうからご飯も一人ぼっちだったろうし、知り合いも増えず、今後の学園生活を生き抜くための見通しもつかなかったはずだ。


 ラ・ピュセルに来てから曲りなりにも前向きにやれているのは、ぜんぶソフィアのコミュ力のおかげだ。

 だからこそ、せめて生活するための最低限のコミュ力は身につけておきたい。

 今後ずっとソフィアにおんぶに抱っこでは情けなさ過ぎるし、ソフィアが卒業とかしていなくなった後、一人で生きられない状態で放り出されたら困ってしまうから。


「だ、大丈夫ですよ! これから慣れていけばいいのです! 私がお手伝いしますから!」


 ギュッと腕を掴んで励ましてくれるソフィア。

 二の腕に発生した柔らかな膨らみの感触が、落ち込んだ心を包み込んでくれる気がする。


「うん……がんばってみる」


 生まれて初めてコミュニケーションに積極的になろうと決意した私は、ソフィアの腕をそっと握り返すのだった。

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