第36話:リリス受験~面接編~
実技試験はその後も滞りなく進み、一時間と少しで全員終わった。
最後の面接は順に別室に呼ばれる形式で、自分が呼ばれるまで演習場で待つように言われる。
「はぁ~、ついに面接かぁ。一人十五分って話だけど、絶対短いよねぇ! どうやってアピろう……」
面接では、知らない面接官三人と、自分のことについて話し合わないといけない。
私としては十五分は死ぬほど長いって思うけど、アルサ的には短いらしい。
「ルシアは作戦とかある?」
「ない」
「そっかぁ~、いつも通りの姿が一番いいってことかぁ。なるほど、さすがルシアだね!」
アルサは私が意図しない所まで勝手に読み取ってうんうんと頷いている。
こんな観察眼で本当にスリとして生計を立てられているのか疑問になるが、訂正するのも馬鹿らしいので放っておく。
「それじゃ、今度はリリス生になって会おうね!」
やがて、一人、また一人と別室に呼ばれ始め、アルサも私より先に演習場から姿を消した。
「ルシアさん、来てください」
五分後、私も呼ばれて案内係の人について演習場を出る。
彼女はリリスの現役学生のようで、三年生の色のタイをつけている。
「ここです。では、ご健闘を祈ります」
三分ほど廊下と階段を歩いてついたのは、やや小さめの講義室だった。
見た感じでは広さは横五メルケル、奥行き十メルケルくらいだろうか。
廊下からは左右にそれぞれ出入口があり、どちらも教室の小ささには不釣り合いなほど重厚な木の扉となっている。
「たしか、三回ノックして返事が来たら入室……」
師匠に散々言われた手順通り、私は扉をこんこんこんとノックする。
けれども、どうやら力が弱すぎたようで、十秒待っても返事が来ない。
仕方なく、足で思い切りガンッ、ガンッ、ガンッと扉を蹴とばした。
「ど、どうぞ!」
すると、音に驚いたのか上ずった声の返事が返ってきた。
私は扉を開けようとするが、思ったより重くて片手じゃ開けられない。
「ふんっ!」
両手をドアノブの添え、身体全体で押してようやくギギギ……と扉が開いた。
「し、失礼、します!」
扉を開けた勢いのままにたたらを踏んで教室内に入ると、面接官たちから生暖かい視線が注がれる。
「大丈夫ですよ。おかけください」
三人の面接官のうち、真ん中に座っている三十代後半くらいの丸メガネをかけた女性がニッコリと笑い、一つだけ置かれた椅子を指し示す。
他の二人は二十代前半に見えるまだ若い獣人族の女性と、ふわふわの白髪がモリモリになっている恰幅のいい七十代くらいの女性だった。
「それでは面接を始めます。お名前は?」
「ルシア」
メガネの面接官に聞かれて率直に名前を答えると、場の空気が何となく悪くなった感じがした。
私は「ルシア、です」と慣れない敬語で答え直す。
「ルシアさん。事前にいただいた資料によると、あなたは『受験生に著しい影響を与える顔』とあります。故に、入室までの仮面着用は認めますが、『面接時は素顔で』とも注にありますので、仮面を外していただけますか?」
「……どうしても、外さないとダメ、ですか?」
念のため尋ねると、狐耳を生やした獣人族の女性が諭すような声で言う。
「あなたは顔に何か怪我を負っているのかな? それとも、呪いや先天的な異常かな? それなら当校としても考慮できるんだけど……」
隠形で隠されてはいるが、彼女は"鑑定眼"を発動していた。
と言っても、私の受験用の仮面には特に細工も何もない。
「いや、ない……です」
顔が良すぎるのは呪いってことにしちゃダメなんだろうか。
「ではなぜ素顔をさらしたくないのですか?」
白髪の老魔女が、厳しくも慈愛に満ちた声で聞いてくる。
「それは……私が、私の顔を、嫌いだから……です」
その答えを聞いて、三人の面接官は顔を見合わせて頷いた。
そして、老魔女が代表するようにゆっくりと言葉を続ける。
「あなたの年頃になると、顔のことが気になるのは仕方ないわ。でもね、リリス生になったなら、自分の好きなところも、嫌いなところも、両方と向き合っていかなくちゃ。大丈夫、たとえ人に何を言われようと、あなたが気にする必要はないのよ」
どうやら三人の目には、私が自分の顔面にひどいマイナスのコンプレックスを抱えている魔女見習いに映っているようだ。
他人、特に同世代に顔を見せたくないあまり、受験でもできるだけ顔を隠しているトラウマを抱えた少女。
そんな感じに思われたらしく、三人は口々に優しい言葉をかけてくる。
初対面の相手にここまで親身になってくれるなんて、きっと立派な人たちなんだろう。
だからこそ、本当に申し訳ない。
「あの、違う……違うんです」
私は三人の温かな言葉を遮り、仮面の留め具をパチン、パチンと外していく。
「何が違うのかしら?」
真ん中の面接官がメガネをくいっと持ち上げる。
他の二人も、よく分からないといった表情で私を見つめてくる。
「私が、顔を、隠すのは……」
留め具をすべて外し終え、私は仮面の縁を抓んで静かにそれを取り去った。
「顔が良すぎる、からなんです」
その言葉と共に、教室の中に沈黙が舞い降りた。
「……あの?」
十秒経っても、誰も何もしゃべらない。
獣人族の女性は大きく口を開けたまま、真ん中の女性はメガネを持ち上げたまま、白髪の老魔女は口元に手を当てたまま、まるで石になってしまったかのように静止している。
顔が良すぎるから隠しているって理由に呆れているのかとも思ったが、これはそうじゃない。
私の顔が良すぎて、みんな気を失っているんだ。
「あ、あのっ!」
滅多に出すことのない大声で呼びかけると、ハッと息を呑む声と共に三人が一斉に動き出す。
何度も瞬きを繰り返し、荒くなった呼吸を整える三人の様子は、完全に今の今まで気絶していた人のそれだ。
「しっ……失礼、しました……面接を、続けます」
それから、心ここにあらずの状態となったメガネの女性によって、きわめて事務的かつ形式的な面接が行われたのだった。
その内容はあまりにも薄っぺらくて、面接というより決まり切った手順の確認みたいだった。
なお最後まで、他の二人は言葉を失ったまま、私の良すぎる顔面をひたすらジッと凝視していた。
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