第35話:リリス受験~実技編~

 筆記試験の後、三十八番教室の百人は試験官に連れられて五番演習室へと向かった。

 廊下の魔術はかけられたままだけど、おかげで他の教室の受験生たちと鉢合わさないため、移動はスムーズだった。


「一時間後から実技試験です。お昼はこの教室内で取るように。お手洗いは後ろの扉です」


 五番演習室は、師匠の家にあった演習場と似た造りをしていた。

 ただ、広さはゆうに三倍くらいあり、三十メルケル先に五つの的があるレーンが四つある。

 また、レーンの反対側には学園らしく、長机と教卓が用意されていた。


「では、一時間後にお会いしましょう」


 説明を終えて試験官が退出すると、張り詰めていた空気がやんわりと緩くなる。

 グループによっては先に面接してから食事をし、最後に実技となるらしく、「実技が先でよかった。面接が先だったら、結果が気になって集中できないもん」という声があちこちから聞こえてきた。


「どこで食べようかな……」


 辺りを見回すと、すでに多くの席が魔女見習いたちで埋まりつつあった。

 同じ中等魔術女学園や予備校の出身なのだろうか、同色のローブを羽織った集団があちこちで固まっている。

 一人で食べている者たちもいるにはいるが、多くがノート片手に黙々と予習をしている。

 その真剣な態度を見ていると、私みたいに適当な態度の受験生が隣に腰掛けちゃ、何となく悪いような気がする。


「ねぇ、だよね?」


 立ち尽くしていると、後ろからわざとらしく私を様付けで呼ぶ声が聞こえた。


「……スリの」


「アルサね。アルサ・リンガー。あの時はお世話になりました、


 くすんだ茶髪にたくさんのピアス、北方訛り。

 そこにいたのは、一昨日ソフィアにスリを働こうとした少女だった。

 初めて会った日に比べて小綺麗な印象を受けるのは、足をほとんど露出していないのと、面接試験に備えてかうっすら化粧しているからだろう。

 こうして改めて対面すると、私ほどじゃないけどけっこう線が細く、いかにもすばしっこい感じがする。


「様付けはやめて」


「じゃあルシア。そんなとこに突っ立ってないで、一緒にご飯食べようよ」


「……分かった」


 思いもかけない遭遇だったけれど、最悪地面に座って食べようと思っていたから好都合だ。

 それに、相手はスリの少女。

 貴族のソフィアや、『魔女の海百合亭』で出会ったミーシャとカーラみたいな育ちの良さそうな相手よりも、孤児出身の私としては接しやすそうな相手だ。


「いやぁ~、まさかこんな偶然があるなんてね。あたしには他の連中みたいに仲間ってのがいないから助かったよ」


 端っこの席に座ると、アルサはペラペラしゃべりながら肉と野菜を挟んだパンを頬張り始めた。

 他の受験生がお弁当を持参しているのに対して、アルサが食べているのはどう見てもその辺の屋台で買ってきたものだ。

 しかも、口元についたマスタードをローブの裾で拭ったり、舌でぺろりと舐めとったりする。

 明らかに庶民、それも下級階層の生まれの仕草だ。


「この食べ方を見ても無反応ってことは、ルシアも相当下の階層の出身だよね。その立派な弁当はあの目隠しの子がくれたの? 随分豪勢な作りだけど、あんまり食べすぎると眠くなっちゃうよ」


「……」


 元々、私はコミュニケーションが苦手だ。

 だけど、たとえ普通に喋れたとしてもアルサ相手には黙ってしまうだろう。

 それくらい矢継ぎ早に、アルサは無意味な言葉を繰り出してくる。


「う~ん、筆記は例年より難しかったね。拝借した参考書を見比べると、今年は魔術基礎と史学が多く出るって言われてたんだよ。ふたを開けてみれば呪文学と工学寄りだったけどね。あたしは対策してきたけど、最後の魔術陣なんかあれ、完全にリリスに入ってから習うやつだよ。マジ意味分かんなかったし」


 アルサの言葉を信じるなら、今年はボーダーが下がりそうだ。

 それにしても、「拝借した参考書」ということは、そんなものまでスらざるを得ないほど生活が苦しいんだろうか。

 もしもそうだとしたら、困窮した生活を送りつつリリスの受験料を貯め、「参考書を見比べる」ことができる程度には勉強してきたってことになる。


(こんなにうるさいけど、実は努力家なのかな)


 アルサに対して抱いていた印象が、少しだけ良いものに変わる。

 私も師匠と世界を旅していた頃は、一庶民、一放浪者として生きていたから、アルサの苦労が並大抵のものじゃないと分かるのだ。


「見間違いかもしれないけど、ルシアさっきの試験で寝てたでしょ。余裕だったのか諦めたのか……その様子だと余裕だったっぽいね。あ~、すごいなぁ、私もけっこう頑張ってたけど、さすがに試験中に寝るのは余裕すぎてマジ憧れるわ」


 アルサの目を見る限り、本当に「すごい」と思っているらしい。

 どうやら、私がアルサを見直したように、アルサも同じ庶民出身として私を認めてくれたみたいだ。


「いやぁ~、次の実技にかかってるんだよねぇ、あたし。的撃ちはともかく、ゴーレムはけっこうキツそうだなぁ。正確に撃ち抜くか、大火力で消し飛ばすか。あたしの魔力量的には~……」


 アルサはそこから、実技試験の定番対策をしゃべり続ける。

 私が無反応なのにもかかわらず、ひたすら言葉を並べていく。


(……この子、おしゃべり好きなんじゃなくて、不安なんだ)


 私はそこでようやく、アルサが不安を紛らわすためにしゃべっているんだと気づいた。

 よく観察してみれば、その額には汗が浮かんでいるし、手は緊張で小さく震えている。


(これが普通、なのかな……)


 周囲の受験生を観察すると、ある者は仲間たちと過剰なほど大声でしゃべり、ある者は穴が開くほどノートを睨み、ある者は真剣な表情で魔力操作の練習をしている。

 どうやらここで異端なのは、私だけのようだ。


「だから面接ではガツンとかますよりも丁寧な態度を心がける方があたし的には——」


「——おやすみ」 


 私は食べ終えたお弁当を包むと、アルサのおしゃべりを無視して机に突っ伏す。

 異端だからと言って、周囲に合わせても疲れるだけだ。

 食後はやっぱり、寝るに限る。


「はい、おやすみ……って、寝るのっ? マイペース過ぎるでしょ! いや、でも受験じゃマイペースが大事だって参考書にもあったような……」


 アルサはまだぶつぶつ言っているが、私はそのすべてを無視してまどろんだ。

 そして、筆記試験とは別の試験官四人が入って来るまで、私はぐっすり眠ったのだった。


「実技試験を始めます! まず、一つの魔術だけを発動し、五つの的に攻撃を命中させること。制限時間は三十秒。次に、三体のゴーレムが開始線を超える前に停止させること。魔術の回数は無制限とします。では、呼ばれた者から四人ずつ出てくるように!」


 実技試験が始まると、受験生たちは教卓とレーンの間にある空間に集められた。

 私は寝ぼけ眼をこすって、アルサの隣に立つ。


「うわぁ~、緊張するなぁ! あっ、見て、フランツ公爵家のレベッカ様だよ!」


「……フランツ公爵? どっかで聞いた名前」


「エルグランド王国の大貴族家だよ!」


 そう言われて、アン王女の裏で権力を振りかざして私を追放した奴だったって思い出す。


「レベッカ様はフランツ公爵家の長女で、ここだけの話だけど、権力を笠に来た厭な奴だってウワサだね。ほら、取り巻きがあんなにいる」


 レベッカは、金髪の縦巻き髪に吊り目のいかにも気の強そうな少女だった。

 彼女が開始線に立つと、その後ろで五人ほどの集団が黄色い歓声を上げる。


「どうして同じ教室に取り巻きが?」


 いくらフランツ公爵が権力者でも、リリスの受験には絡めないはず。

 三千人からレベッカと同じ組に分けるなんて、たとえ一人でも不可能だ。

 それが五人。


「あれは全員エルグランドの貴族や大商人の娘だからさ。今後に備えて媚び売ってるんでしょ」


「そういうことか」


「いけ好かないけど、魔術の腕前は確かなんだよねぇ……」


 アルサが呆れたように言ったところで、試験官から開始が告げられる。


「"紅蓮の炎よ、我が障壁を消し飛ばす、炎獅子の牙となれ、爆塵双牙"!」


 レベッカの"力ある詞マギカルーン"が発動し、その手のひらから超巨大な炎の獅子の頭部が発射される。

 獅子はどう猛な雄たけびを上げながら突進し、的にあたった瞬間に大爆発、五つの的すべてを跡形もなく吹き飛ばした。

 取り巻きたちの拍手と、他の受験生たちの畏怖の混じった視線を受け止め、レベッカは「おーっほっほっほ」と高笑いしながら胸を張る。


「すっごい火力……さすがはD級魔術だわ。ルシアもすごいって思うでしょ?」


 アルサは羨望と嫉妬の入り混じった目でレベッカを見つめる。


「あー、うん……」


 私も一応アルサに同意しておくけれど、本当はあくびが出そうなのをがんばってこらえていた。


(見た目の派手さだけで、全然制御できてない。あの魔力量と、その変換精度じゃ効率悪すぎ。それに、的やゴーレムは直線にしかいないからいいけど、実戦では敵も自分も動くわけで、あんな遅い獅子じゃどんな相手にも当たらないよ)


 その後、ゴーレムも同じように吹き飛ばしたレベッカは、これ以上ないほどのどや顔で取り巻きたちの元へ戻っていく。

 

「じゃあ次、あたしだから行ってくるね!」


 名前を呼ばれたアルサが、そう言って開始線へと歩いていく。


(変に影響されてないといいけど……)


 レベッカのやり方は、魔力量に相当自信がなければできない方法だ。

 アルサは見た限り平均以下の魔力量しか持っていないから、影響されて大火力を出そうとすれば失敗するだろう。


「開始!」


 試験官の声を合図に、アルサを含む四人が詠唱を開始する。

 アルサの隣に立った受験生は、さっそくレベッカに影響されてE級の中でもかなり上位の魔術を発動していた。

 しかし、制御に無理があったのだろう、注がれた魔力の半分も生かせず、的を三つ破壊しただけで終わる。

 彼女はそのまま魔力を使い果たし、その場に膝をついてしまった。

 他の二人は堅実に"連射"を発動するが、レベッカの印象が残っているのか火力重視でコントロールをしくじり、いずれも的を外して終わる。


「"聖なる光よ、我に暁の加護を与えたまえ、身体強化・光"!」


 一方、アルサはいたって冷静だった。

 F級光魔術で自身の身体能力を強化すると、開始線から一気に飛び出し、素手で五つの的を瞬く間にたたき割ったのだ。


「はっ、邪道ね!」


 レベッカとその取り巻きたちは、的を殴るアルサを見てそう吐き捨てる。

 他の受験生たちも、開始線に戻ってくるアルサに軽蔑するような視線を向ける。


「……そんな手もあるんだ」


 だけど私は、純粋に驚いていた。

 いや、感動したと言ってもいい。


 普通、この試験を受ける魔女見習いなら誰もが、開始線から魔術を発射して的を撃つことを考えるだろう。

 しかし、開始線を超えてはならないというルールはなく、一つの魔術だけを発動して三十秒以内にすべての的を攻撃すればいい。

 身体強化の状態で的を殴るというのは、ルール的には何も問題ないのだ。


(遠くから敵を討つのが王道の魔術使いからしたら邪道だろうけど、アルサのは冒険者的には称賛されるべき発想だよ)


 アルサはゴーレムの方も、少し強化したF級の光魔術"身体強化・光改"で接近し、腕を振り回す反撃を避けながら殴りまくって倒し切った。

 粉々になった土の破片と、足元から立つ土煙でその顔は汚れていたが、実に見事な戦闘だった。


「お疲れ」


 私がそう声をかけると、アルサは額の汗をぬぐって破顔する。


「いやぁ~、ルール的にどうなることかと思ったけど、セーフで良かったよぉ! あたしって放出系苦手だから、これしかなかったんだよねぇ!」


 放出系とは魔力を具現化して火球なんかを創り出す魔術だ。

 一方、身体強化は私の得意な付与系と似ていて、自身の能力を魔力で底上げする魔術だ。


「いい戦いだった」


「ありがと! お貴族様たちには泥臭いって散々バカにされてるの聞こえたけど、ルシアが褒めてくれたから嬉しさのが大きいや」


 アルサはやり遂げたって表情で、近場の椅子に座り込んだ。

 そして、タオルで顔や手の泥を拭きながら「ルシアもがんばって~」と軽く手を振る。

 私は頷き、自分の名前が呼ばれるまで待ってから、いよいよ開始線に立つ。


「開始!」


 合図と同時に、隣の子が"水球連射"を発動して的を攻撃する。

 やはりこれが常套手段らしく、他の受験生もみんな得意属性の"連射"を使っていた。

 一回の魔術で五つの的を攻撃しなくてはならない試験の特性上、その選択は当然とも言える。


「"吹き荒ぶ風よ、我が敵を射抜け、風球"」


 しかし、私は師匠の言い付け通りに初歩中の初歩であるF級魔術"風球"を発動する。

 私の掌に発生したのは、魔力を雑に集めた影響もあって眼球ほどの大きさしかない"風球"だ。

 これまでの受験生は全員F級以上の魔術を使っていたため、後ろのギャラリーが軽くざわつく。

 まさかE級が使えないのかしら、風球一つで何になるのよ、見てよあの小さな風球、リリスは記念受験なのね、変な仮面。

 そんな感じの声を無視して、私は風の弾丸を発射する。


「なにそれっ!?」


 直後、大声で叫ぶアルサの声が私の耳に入ってきた。

 他の受験生たちも、私の風球を見て大いにざわめく。

 私の風球は一番左の的を破壊すると直角に折れ曲がり、次々に的を破壊して飛んでいった。

 そして、最後の的を破壊し終えたところでフッと消滅する。


(……大丈夫そうかな?)


 会場からは、レベッカの時よりも大きな拍手と、畏怖ではなく尊敬の視線が私に向かって注がれる。

 さすがにリリスを受験するだけあり、見た目が派手なだけのD級魔術より、精度の高いF級魔術の方に感心するだけの眼を、ほとんどの者が持っているようだ。


「つ、次、ゴーレム!」


 続くゴーレムの試験でも、私は同じサイズの"風球"を発動し、頭に埋まったゴーレムの核だけをピンポイントで貫いた。

 会場を包む拍手の中、私は席に戻りながら試験官をチラリと見る。

 受験生の魔術を見慣れているはずの彼女たちも、私の"風球"の見た目の小ささと、それに反する威力と精度の高さには驚いたようだ。

 手にしたボードに、これまでにないほど必死に何かを書き込んでいる。


「いいもの見せてもらったよぉ、ルシア~! 魔力制御は手ぇ抜いてたみたいだけど、魔術自体の制御はすごすぎじゃん!」


「魔力制御、手抜きに見えた?」


 ハイタッチしようとしてくるアルサを無視して、私は尋ねる。


「えっ、うん。だってほら、街であたしを防いだ時は完璧に制御してたし……」


 アルサは何か失言しちゃったかなって顔で頷く。


(アルサは知ってるから手抜きに見えた……知らない人からすれば、大丈夫だよね?)


 私は受験生たちの会話に耳を澄ませる。

 すると、みんな「あの方は魔力量の少なさを、魔術の精度で補ったんですのよ」とか「"風球"の見た目を小さくすることで、その分圧縮して威力を上げたのではないかしら」などと持論を述べて、私の"風球"を分析していた。

 これならきっと、「満点の取り方を考えてね」っていう師匠の言いつけも、いい感じに守れただろう。


「あー、なんかごめん。あれ、手抜きじゃなくてもしかしてガチ? 街の時は放出系じゃないから完璧だった的な?」


「……まあ、そういうこと」


 私は適当に誤魔化してアルサの隣に座る。


「……ちっ」


 と、ざわめきに交じって盛大な舌打ちが聞こえてきた。

 それは取り巻きに囲まれたレベッカが発したもので、明らかに不満そうな顔で私を睨みつけている。


「うっわぁ~、厄介なのに目ぇつけられたねぇ……」


 親とも子とも、私はどうやらフランツ公爵家と相性が悪いらしい。

 リリスに入れたら、どうかレベッカには私のことなんて忘れてどこかで楽しく生きていってほしい。

 親のことは怨んでるけど、子どもに八つ当たりする気はないのに、絡んでこられたら「ついうっかり」親の分もやり返しちゃうかもしれないから。


「……めんどくさい」


 そうつぶやく私の肩にポンと手を置いて、アルサは「ご愁傷様」としみじみとした声色で言うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る