第34話:リリス受験~筆記編~

「それにしても変な造りの校舎だなぁ……」


 案内図に従って大きな階段を上り、目当ての教室がある階層までたどり着く。

 しかし、目の前に現れたのは変に入り組んだ廊下と、上や下へ続く意味不明な無数の階段だった。

 外からは真っ直ぐな廊下の窓しか見えなかったけれど、実際の校舎内には真っ直ぐな廊下なんてないように見える。

 廊下の天井が普通の建物の二階分くらいあるせいもあって、校舎というよりダンジョンに迷い込んでしまったような気分になる。


「というかこれ、魔術だよね」


 私は壁を観察して、すぐにそこに魔術が付与がされていると気づく。

 どうやら校舎内の空間が、魔術によってぐちゃぐちゃに歪められているらしい。

 壁の案内図は正しいルートを示しているようだが、その通り歩いていたらかなり時間がかかりそうだ。


「ダンジョンの魔術の応用かな。これだけの規模となると、元々校舎に含まれていた機能なのかも……」


 時間内に目当ての教室に辿り着くのも、きっと試験の一環なのだろう。

 正門前の坂にあまり受験生の姿がなかったのは、これを見越して早く来ていたのかもしれない。


「何にせよ、私相手にこんなでっかい領域、探ってくださいって言ってるようなものだよ」


 私は壁に目を凝らして魔術の繋ぎ目を見つけると、強引にその中へ割り込んでいく。


「……やっぱりこうなってたか」


 繋ぎ目の中に広がっているのは、いわば「壁の内側」とも言える別の空間だった。

 そこは全面鏡張りのもう一つの校舎といった感じで、入り組んだ廊下を立体的に観察できるようになっている。

 上下左右を見れば、この廊下の攻略方法をすでに知っているらしき受験生の姿もちらほらと見える。

 彼女たちは目当ての教室を見つけると、別空間内の透明な階段なんかを使ってさっさと移動していた。


「ソフィアは大丈夫かな……大丈夫か」


 一瞬心配になるけれど、よく考えれば私たちには師匠がついている。

 もしも事前にソフィアがダメそうだって思ったのなら、師匠のことだからそれとなく仕組みを教えているに違いない。

 私には何も教えてくれなかったけれど、これは私の専門分野の付与魔術なんだから当然だ。

 むしろ師匠からこの仕掛けを事前に教えられていたら、ネタバレだって拗ねたかもしれない。

 

「ここか……」


 呆気なく辿り着いた三十八番教室に入ると、受験生はもうほとんど集まっていた。

 私は受験番号に書かれた席に腰かけ、筆記用具を取り出す。

 教室は広いが平凡な造りで、正面に大きな黒板と高くなった教卓があり、そこから八人掛けの長机が四列、奥行き十列で並べてあった。

 受験のため、席は一つずつ空けられて四人掛けになっている。


(……この子たち、みんな十五歳なんだ)


 周囲に百人も同世代がいるという状況は、私にとって異質すぎて落ち着かない。

 これなら百匹の魔獣に囲まれて襲われた時の方が、まだ百倍は気が楽だ。


「それでは、試験の注意点をお伝えします」


 しばらくそわそわした状態で待っていると、試験監督の教員が二名入って来て説明を始めた。

 そして、開始時間の五分前に風魔術に運ばれて問題文と答案用紙が配られる。

 もちろん、すべての用紙に魔術がかけられており、時間が来るまでは両方とも何も書かれていない白紙状態だ。

 これは重要書類の保管などにも使われる光属性のD級魔術"ミスティック・サーフ"で、冒険者時代にもよくお世話になった。


「では、試験開始!」


 試験監督の合図とともに、用紙に問題文と答えを書く枠が浮かび上がってくる。


(選択式は広い範囲の出題……魔術基礎学、魔術史学、呪文学、魔術生物学、魔術工学、占星学、理論魔術学、その他諸々……いかにも見習い魔女向きだな)


 魔術の研究分野は多岐に渡るけれど、基礎となる部分は共通している。

 アカデミックな分類では、先に挙げた七つの分野が根幹をなし、そこから無数に派生していく。


 たとえば師匠の専門は薬草学だけど、それは魔術生物学の中に含まれる区分けだ。

 私の専門である付与系の魔術でも、付与内容は呪文学、付与対象は魔術工学、付与理論は理論魔術学といった感じに分解できる。

 だから、見習い魔女たちはまずは広く浅く学んで、自分の得意分野を見つけていく必要があるというわけだ。


(五歳の私だったら苦戦してたかもなぁ……)


 問題を解いていくにしたがって、慣れない状況に戸惑っていた心は平静を取り戻していく。

 そして、代わりにじんわりと懐かしい記憶がよみがえってくる。

 師匠は試験こそ課さなかったが、いつも課題本を私に読ませ、日常会話の中にさりげなくその知識を挟み込んできた。

 私は大好きな師匠と楽しく会話するために貪るように本を読み、「ルシアちゃんは物知りねぇ」と頭を撫でられるのを最高の幸せだと感じていた。


(あ、あくまで幼い頃は、だけど!)


 なぜか試験中にノスタルジックな気持ちになってしまった私は、小さく頭を振って集中を取り戻す。

 そして、残った選択式の問題を素早く終わらせた。

 ここまでかかった時間は約十分。


(記述式は……構成は去年とあんまり変わらないっぽいな。問題文が長い最初の二つは、かなり基礎的な内容。次の二つは、問題文が短い、つまりヒントが少ない応用問題。最後のは、解答欄の大きさ的に一番難しいやつ……)


 最初の二問は魔術基礎学と呪文学からの出題だ。

 問題文が長いっていうのは、言い換えれば受験者により多くのヒントを与えてくれているってことになる。

 つまりこれらはサービス問題で、最低限これは答えられないと高等学園には通えないぞ、っていう感じの難易度となっている。


(魔力制御の方法と、"力ある詞マギカルーン"の基礎構造……魔女見習いなら最初に教わるところだね)


 私はささっと回答を書いて次へ進む。

 応用の二問は、魔術生物学と理論魔術学からの出題だ。


(去年は占星学と魔術史学だったから、今年の方が王道って感じだな)


 月光草の光を保ったまま保存する方法を三つ記すのと、死霊魔術における魂の拡散の理論値計算。

 応用問題だけあって、難易度はグッと上がるけど、他の魔女見習いたちでも時間さえあれば解ける問題だ。

 ちなみに私は、前者は師匠から三歳の時に教わっているし、後者は七歳の時に読んだ本でマスターしている。


(最後は……理論込みの魔術工学か。しかも結界魔術。つまんないの……魔術史学とかだったら、少しは苦戦できそうだったのに)


 まさかここで専門分野が来てしまうとは。

 十五分ほどで回答を書き終えた私は、第五問を見てため息をつく。

 試験監督たちからは難問で苦しんでいるようにしか見えないかもしれないが、実際は逆で簡単すぎてつまらなくなってしまったのだ。


(ミスリルで作られた図のようなベストがある。このベストに、次のF級魔術三つの効果を付与するための魔術陣を記せ。耐熱F、耐寒F、自動魔力回復F。また、液体ミスリルに鉄粉を加えた際に起こる変化を五つと、その対処を施した魔術陣を記せ……楽勝すぎでしょ)


 解答欄が広いのは、魔術陣を描くためだった。

 私はさっそく、円を描いてその中に諸々の術式を記していく。

 あまりにも簡単だから、ついつい付与効果を増やしてしまいそうになるけれど、何とか自重する。

 変化と対処法の方もすらすらと書き、一応ぜんぶを見直して完璧なことを確認した。


(まだあと一時間以上残ってる……暇だ……)


 試験中だから周囲を眺めるわけにもいかず、私は仕方なく腕を組んで目をつぶる。

 そして、そのまま脳内で『魔導蛇口・ひねるくん』にヒントを得た術式の開発を進める。

 そんな私の姿は、試験監督たちからは完全に諦めてしまったように見えるかもしれない。


(ペンの音と、たまに聞こえる無意識の唸り声……真面目なことを考えるには、けっこういい環境かも……)


 誰かが周りで集中していると、自分もまた集中しやすくなる。

 私は残りの時間をたっぷり使って、新しい魔術式を心行くまで思い浮かべるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る