第38話:リリス受験~面接編~(side:メリダ・アルカンシエル)


 時は少しだけさかのぼり、リリス受験日の朝。

 リリス魔術女学園で古ノストーク語の講師を務めるメリダ・アルカンシエルは、受験生の馬車で混雑する正門前の『トネリコ坂』をゆっくりと歩いていた。


「今年はどんな子たちが来るのかしら」


 自身もリリスを卒業し、講師として滞在すること十五年。

 メリダにとって受験日は、色々な魔女見習いの子たちと触れ合える幸せな一日となっていた。

 特に、十年前に面接担当になってからは、その幸せはさらに深まったと言える。


「受験生のみなさんが、自分らしさを発揮できますように」


 メリダは正門をくぐり、リリス・ムーン像に礼をしつつそんなことを祈る。

 実は、メリダの専門は古ノストーク語ではなく魔術基礎学に含まれる魔女教育学だった。

 ただ、卒業までに魔女教育学のポストが見つからず、とりあえず古ノストーク語の講師としてリリスに残り、今に至っているのである。


「さあ、私もがんばるわよ!」


 メリダはグッと拳を握り締めて気合いを入れると、軽快な足取りで面接官待機教室へと向かう。


「ごきげんよう、先生方! 今日はよろしくお願いします!」


 メリダは元気よく挨拶して教室に入ると、割り当てられたテーブルスペースへと赴く。


「ごきげんよう~。今日は進行、よろしくお願いしますね~」


 狐耳をぺこりと曲げて挨拶してきたのは、若干二十五歳でリリスの助教授となった天才魔術基礎学者ルール・カラー・エルールリーである。

 メリダにとってはかつての教え子で、難しいと評判の『古ノストーク語精読』という上級授業で全学期最高評価を与えたこともある思い出の生徒だ。

 そんな桁外れの優秀さを持つルールは、面接では主に特記事項について見抜くのを担当する。


「ごきげんよう、メリダ先生。いいお天気になってよかったですねぇ。三年前は土砂降りで、受験生も可哀想でしたもの」


 いい香りのする紅茶をメリダに淹れてくれるのは、"歴庭の魔女"として知られる魔術史学者エレノア・フォン・エルトランゼである。

 その分かりやすい講義内容とおっとりした性格から、生徒にとても人気のある教授だ。

 長らくサルビア連合共和国の王宮付き学者をしていたという経歴から、面接では主にマナーの面を見ることになっている。


「そうですね。受験生のみなさんには憂いなく実力を発揮してほしいですから。さて、さっそくですが打ち合わせといきましょうか」


 メリダは面接についての注意事項が書かれた資料を配布し、三人で話し合いを開始する。

 特にルールは今年初めて面接官となるため、確認することは多い。


「敬語は崩しすぎないように。緊張している受験生には、できるだけ優しく話しかけてください。また、プライベートなことは基本的に魔術関係のみ尋ね、家族関係には決して触れないよう注意してください」


 リリスを受ける受験生は実に多種多様で、地位で言えば貴族から庶民まで、種族で言えばヒューマンから妖精まで、世界中のあらゆる魔女見習いが集まってくる。

 その能力を正しく計り、公平な基準でリリスに相応しい生徒を選ぶには、受験生のメンタルケアは非常に重要だった。


「それでは、午後はよろしくお願いします」


 三十分ほどかけて打ち合わせを終えると、しばらくは各自の仕事に専念する。

 もうすぐ新学期が始まるため、三人とも授業の準備で忙しいのだ。

 そして、時間になったら早めの昼食を取り、面接会場へと移動する。

 魔術によって空間が歪められた廊下では、会場案内係の現役生たちが走らない最大限の速度であちこちに移動している。


「いつ見ても慌ただしいですねぇ」


 エレノアが近くを通る生徒たちに手を振りながら穏やかに笑う。


「マニュアル通りやってもミスが出ますから。私も現役生の時は仲間のフォローが大変でした」


 午後は、前半千五百人、後半千五百人の計三千人の面接を、三百人の講師が一斉に行う。

 それに加えて実技試験もあるため、ボランティアの案内係たちはいつも手一杯なのだ。


「メリダ先生は行事になると張り切るからなぁ~。教員なのに現役生五人分は働いてましたよね~」


 ルールがそう言って遠い目をする。

 彼女は現役生の時、リリス最大の行事"ヴァルプルギスの夜祭"で、メリダの元でアルバイトをしていたのだ。


「ルールさっ……先生がいてくれて助かりましたよ。いつも以上に頑張ってくれて、私も嬉しかったです」


「メリダ先生のやる気にあてられちゃったんですよ~。だから今日の面接も、少しはがんばろっかな~って思います」


「期待していますよ、ルール先生。エレノア先生も、今日は一緒にがんばりましょう!」


 メリダはメガネをクイッと持ち上げ、気持ちの良い笑顔を見せる。

 そんな熱意溢れる同僚の姿に、エレノアは目を細めて「はい、がんばりましょう」と微笑むのだった。




 それから約一時間後、最初の三人の面接が終わり、メリダたちは次のグループの面接をしていた。


「ありがとうございました!」


「はい、気を付けてお帰り下さい」


 新グループ一人目の受験生を見送り、専用の紙に評価を記していく。


「う~ん、大人しい子が多いなぁ。もっとアピールしてくれていいんだけどな~」


「マナーの面ではみなさんよく教育されていますよ。庶民出身の子も貴族の子と大差ないマナーを習得しています」


 ルールとエレノアの会話を聞きつつ、メリダは今日面接した四人のデータを見比べる。

 出身国はエルグランド王国とザクセンブルグ帝国と異なっているが、「流派」という項目はみな『スピカ・マギカスコラ』となっている。


「……塾生が増えてきた、ということなのでしょうね」


 面接も試験である以上、他の受験生との差を見せなくては合格できない。

 故に個性が最も重視されるのだが、それだけで合格できるほど強力な個性を持つ者は極めて少ない。

 したがって、多くの受験生は筆記と実技を重視し、面接では加点を増やすよりも、減点を減らすことに注力する。

 そのためのマニュアル化した手段を教育するのが、『スピカ・マギカスコラ』に代表される『魔術受験塾』だ。


「弟子制は時代遅れなのでしょうか。少し、寂しい気もしますねぇ……」


 頬に手を当てて嘆息するエレノア。

 これまで数百人の弟子を育成してきた大魔女の寂しそうな表情に、同じく弟子制出身のメリダはやり切れない想いを抱く。

 メリダの時代の受験生は、昼には中等魔術学園/女学園に通い、夜と休日にはそれぞれ師匠について魔術を学ぶ『弟子制』で育ってきた者がほとんどだった。

 しかし、ここ数年は受験対策のみを専門に教える『魔術受験塾』が増えてきた。

 おかげで受験生全体のレベルはグンと向上したが、尖った個性を持つ者が減ってきたのもまた事実なのだった。


「二人とも、そのための特記事項ですよ。私がしっかり見抜くんで、任せてくださいって~」


 暗くなってしまった二人の空気を照らすように、ルールが明るく声をかける。

 メリダはかつての教え子の成長を嬉しく思うと共に、面接官として気合いを入れ直す。


「そうですね。マニュアル化されたとはいえ、個性は隠しきれないもの。私たちがそれをしっかり読み解くことが大事、ですね!」


 そして三人は、次の受験生の資料を手に取る。


「ルシア……家名はないみたいだから、庶民、それもかなり下層の出身かしらね。興味深いわ……」


「エレノア先生、しかもこの子、面接以外では仮面着用の申請が許可されていますよ。『受験生に著しい影響を与える顔』……戦争孤児で傷痕がある、とかですかね?」


「何にしても、家名なしの庶民でここまで来るってそうとうですよね~。やっと特記事項の出番かな?」


 そんな会話を交わしていると、突然扉がガンッガンッガンッと大きく鳴った。


「ど、どうぞ!」


 メリダはびっくりして上ずった声で返事をする。

 これまで、そんな乱暴なノックをする受験生はいなかった。


「し、失礼、します!」


 思い切り開いた扉から、一人の受験生が勢いよく教室内に転がり込んできた。

 彼女は完全に転ぶ前に何とかふんばり、恥ずかしそうにメリダたちの方を見る。

 その顔は無個性なマスクに覆われているが、明らかに「やってしまった……」と落ち込んでいる様子だった。


「大丈夫ですよ。おかけください」


 メリダは安心させようと優しい声色でそう言い、椅子を指し示す。

 そこにちょこんと座ったルシアの体格は、同世代と比べてもかなり小さかった。

 ノックが乱暴だったのも、全身で押して扉を開けたのも、その身体を見れば納得だ。

 

(それにしても綺麗な黒髪ね……長すぎて、地面についてしまいそうで心配だけれど)


 メリダは資料をトントン、とまとめルシアを真っ直ぐに見つめる。


「それでは面接を始めます。お名前は?」


「ルシア」


 面接ではあり得ないぶっきらぼうな答えに、メリダたちは思わず耳を疑う。


「ルシア、です」


 そんな試験官たちを見て、ルシアは慌てた様子で敬語を使って言い直す。

 どうやら、こういった場には慣れていないようだ。


(まずは緊張をほぐしてもらわないといけないわね。仮面を外すのも忘れているようだし……)


 メリダは肩の力を抜き、できるだけ優しい声でルシアにお願いする。


「ルシアさん。事前にいただいた資料によると、あなたは『受験生に著しい影響を与える顔』とあります。故に、入室までの仮面着用は認めますが、『面接時は素顔で』とも注にありますので、仮面を外していただけますか?」


 するとルシアは目を泳がせ、何やら考え込んでから「……どうしても、外さないとダメ、ですか?」と小声で尋ね返してきた。


「あなたは顔に何か怪我を負っているのかな? それとも、呪いや先天的な異常かな? それなら当校としても考慮できるんだけど……」


 メリダの隣に座っていたルールが身を乗り出し、子どもに言い聞かせるような調子で問いかける。

 なお、その際こっそり"鑑定眼"を発動しているのを、メリダは感じ取っていた。


「いや、ない……です」


 ルシアは"鑑定眼"に気付いた様子もなく、小さく首を横に振る。

 その答えを聞いたルールが、メリダたちに向かって耳を片方ぱたんと折る。

 それは「嘘をついてはいない」という合図。


「ではなぜ素顔をさらしたくないのですか?」


「それは……私が、私の顔を、嫌いだから……です」


 ルシアの答えを聞いて、メリダも思春期には自分の鷲鼻がコンプレックスだったことを思い出す。

 ルシアというこの少女は、ただでさえ教育を受けづらい階層からリリスを受験しに来ているのだ。

 それに加えて、申請が認められるほどの精神的負荷を、自分の顔に対して抱いている。

 状況から考えるに、魔術を学ぶことを周囲に反対され、その際に顔について何か言われたのではないだろうか。


「あなたの年頃になると、顔のことが気になるのは仕方ないわ。でもね、リリス生になったなら、自分の好きなところも、嫌いなところも、両方と向き合っていかなくちゃ。大丈夫、たとえ人に何を言われようと、あなたが気にする必要はないのですよ」


 エレノアが穏やかにそう言ったのに続いて、メリダとルールも次々に「心配ない」という旨の言葉をかける。


「あの、違う……違うんです」


 しかし、メリダたちの言葉を遮って、ルシアは申し訳なさそうに頭を下げた。

 そして、仮面の留め具を一つずつ外し始める。


「何が違うのかしら?」


 メリダはメガネを持ち上げ、ルシアをジッと見つめる。

 ルシアは顔に傷や呪い、異常はなく、誰かに何かを言われたという類のコンプレックスもないらしい。

 それなのに、他の受験生に著しい影響を与える顔というのは、一体どんな顔なのだろう。


「私が、顔を、隠すのは……」


 ルシアは言いながら仮面の縁に指をかけ、静かにそのヴェールを脱ぐ。


「顔が良すぎる、からなんです」


 その瞬間、超級魔術が直撃したかのような前代未聞の衝撃が、メリダの全身を駆け巡った。


(かっ……顔が……顔が、……ッ)


 知恵の詰まったメリダの脳内が、ルシアの良すぎる顔面で覆いつくされていく。

 目の前にあるのは、すべてのパーツが単体でもこれ以上なく美しく、さらにそれらが至高のバランスで並べられている究極の顔面。

 古ノストーク語をはじめ、メリダの知るすべての言葉を尽くしても、ルシアの顔の良さを表現するには足りないだろう。

 あらゆる言語の美しいという言葉は、ルシアの顔を讃えるためにあるとさえメリダは思う。


(これは美の女神様が創り出した芸術作品……いえ、それどころじゃない……この顔面は、まさに美の女神様そのもの……いいえ、もしかしたら美の女神すらも超えた美の概念そのもの……っ!)


 ルシアの顔を見れば見るほど、メリダの心臓は高鳴り、足りないと分かっていても賛美の言葉が次々と脳内に浮かんでくる。

 世界のすべてが光り輝いているような気がする。

 ルシアの良すぎる顔面が、遍くすべてを美化し、祝福してくれているかのようだ。


「あ、あのっ!」


 至上の美に溺れていたメリダの鼓膜を、大きな声が引っぱたいた。

 その出所がルシアの口だと遅れながらに気が付いて、メリダはハッと我に返る。


(しまった……私としたことがっ!)


 メリダの教育者としての熱意が、自分は面接官で、相手は受験生であるということを思い出させる。

 と同時に、長らく息を止めていた肺が酸素を求めて動き出す。


「っはっ、ぁ……すぅー……はぁ……ふぅ……」


 メリダは何度か呼吸をして平静さを取り戻そうとするが、ルシアの顔を少しでも見ると再び意識を持っていかれそうになる。

 チラリと両隣を見れば、ルールは縦長の瞳孔を大きく開いて全身の毛を逆立てており、エレノアは心臓に手を置きながら涙にぬれた目を何度も瞬いている。

 二人もまたルシアの美しさに襲われ、感動の嵐の真っただ中にいるようだ。


「しっ……失礼、しました……面接を、続けます」


 メリダがその言葉を紡げたのは、僅かばかり残った教育者としての意地のおかげだった。

 しかし、そこがメリダの限界だった。

 その後は書類に記された基礎的な質問を読み上げるので精いっぱいで、何も突っ込んだことは尋ねられなかったのだ。

 ただ、がんばって敬語を使おうとするルシアの可愛さに心をキュンキュンのズタボロにされ、気が付いたらすべての項目に最高評価を与えていた。

 他の二人も同じく即刻最高評価を与え、残った時間はがんばってしゃべるルシアの姿を脳のしわ一つ一つに刻もうと、瞬きもせずに目を見開き続けるのだった。




「ありがとう、ござい、ました」


 面接を終えたルシアは頭を下げて立ち上がると、仮面を被って扉に近づき、また全身をぶつけて開ける。


「失礼、しました」


 ぺこりと頭を下げ、ルシアは廊下の暗がりに消える。

 ギィィィ……バタン、という扉が閉まる音を合図に、教室の中に漂っていた神聖かつ荘厳な緊張感がフッととぎれる。

 輝きに溢れていたメリダの世界の色が急速に落ち着き、見慣れた教室の色彩がぼんやりと戻ってくる。


「すごかった、ですね……」


 網膜に焼き付いたルシアの美を遠い目で眺めながらメリダが呟く。


「ええ……私も各地の王宮を巡りましたが、あそこまで良い顔はちょっと見たことがありません……心臓が止まりかけ、寿命が縮むのを感じました」


 エレノアはそう言って、「歴史上のどの美姫も、あの子ほど美しくはなかったでしょう」と呆けたような顔で付け加える。


「あの顔になら、殺されたい……」


 戦場で生き残ることを誉とする戦士を多く輩出する『カラー』の出であるルールにとって、その言葉は最上級の褒め言葉である。

 三人はしばし無言でルシアの美の記憶を楽しむ。

 これが面接中でなかったなら、三人とも寝るまでその状態でい続けたことだろう。

 しかし、次の受験生が来るまでに残された時間はもう十分を切っている。


「ねぇ……あの顔さ……さすがに特記事項ですよね?」


 最高評価の並んだ用紙、その一番下の項目を見て、ルールが言う。

 メリダはそれに反射的に頷きそうになるのを必死に堪えつつ、面接における基準と注意事項を思い出す。


「容姿の美醜を合否の基準に入れるのは違反ではないでしょうか」


「でも、所作振る舞いのところには、見た目の清潔さとかリリス生に相応しい品目も含まれてるよ?」


「それは外部的な要因であって、生来の容姿自体は含みません」


 メリダはルールの意見に反論しつつ、しかし、と思う。

 少し冷静になって考えてみると、三人もの一流魔女を放心状態に追い込むほど整った顔面というのは異端すぎる。

 それほどの容姿はもはや兵器であり、醜美という個人的な基準がそもそも通用する範囲を超えているのではないだろうか。


「エレノア教授はどうお考えですか?」


 ここは経験豊富な魔女の意見が欲しい。


「確かに、原則容姿の美醜は判断に含んではいけないわねぇ……けれど、あの顔の威力はそれ以前に、研究すべき事案ではないかしら」


 メリダの質問に、エレノアは神妙な面持ちで腕を組む。


「……研究ということは、あの良すぎる顔には隠された呪いか祝福がかけられている、と?」


 メリダは極めて理論派の魔女であり、"鑑定眼"を始めとした実戦系の魔術の腕はからっきしだ。

 故に、相手に呪いや祝福がかけられているかどうかも、見ただけでは判断できないことが多い。


「いんやぁ、それはないね。私の"眼"には何も映ってなかったし」


 メリダに視線を向けられたルールが、そう言って肩を竦める。

 ルールは実戦においても天才であり、特にその"鑑定眼"はリリスの教員内でも五本指に入る精度だと有名だ。

 そこに映っていないということは、やはりルシアの顔の魅力は天然のものなのだろう。


「だからこそ、ですよ。呪いや祝福もない顔を見ただけで、リリスの教員が放心してしまった。歴史上でもそれほどの美貌は記録にありません。ぜひ、私たちリリス魔術女学園が研究して解き明かさなくては!」


 そのエレノアの主張は、教育者というより宮廷魔女のものに近かった。

 ルシアの美しさを、リリス魔術女学園という組織が「所有」し、研究する。

 そこで優先されるのは女学園側の利益であり、ルシア当人の自由は二の次となる危険性がある。

 普段の生徒想いのエレノアならば、決して口にすることはない過激な意見。

 しかし、ルシアの予想外の美貌にあてられ興奮しているのだろう、当人は自分が何を言っているのか分かっていない様子で言葉を続ける。


「そうです、リリスこそが相応しい。あの歴史に残る美しさを解き明かすのです! それができるのはラ・ピュセル広しと言えど——」

 

「——エレノア先生」


 メリダはメガネをクイッと持ち上げ、ゆっくりと椅子から立ち上がる。


「お言葉ですが、ルシアさんは一人の魔女見習い。合格したならば……いえ、受験生となった時点で、その身の安全は保障されなければなりません。生徒の安全と自由を守ることこそ、リリス教員の最大のお仕事です」


 メリダの言葉に、エレノアはハッと我に返ったように口元を手で押さえる。


「それ以上研究などとおっしゃるのなら、私は全力であなたを告発せねばなりません」


「私としたことが……すみません、お二人とも。あまりの美しさに、我を失ってしまいました」


 エレノアはその場で立ち上がると、心の底から後悔しているように深々と頭を下げた。


(あの生徒想いのエレノア先生がこんな風になるなんて……ルシアさんが合格したら、リリスはどうなってしまうのでしょう)


 メリダは「お顔を上げてください。分かっていますから」とエレノアをフォローしつつ、今後のことを思ってごくりと唾を飲む。


「じゃあ、特記事項には一応、『注意。他者に著しい影響を与える美貌』とでも記しておきましょっか~。後は筆記と実技が優秀なことを祈るって感じで~」


 二人の先輩のやり取りを眺めつつ、ルールがそう提案する。


「そうですね、それが無難でしょう」


 メリダが同意し、エレノアもまた無言で頷く。

 ルシアを研究対象として入学させたいとは、メリダは微塵も考えていない。

 しかし、ルールが言うようにあれだけの顔を持つ魔女見習いともなると、一度その素顔が知れ渡れば最後、誘拐、勧誘、乱暴など様々な苦難に襲われるだろう。

 そういった有事の際、生徒を守れるだけの力を持つ女学園は、ラ・ピュセル広しといえどもリリスを置いて他にはない。

 リリス生のローブをつけているだけでも抑止力になる上、実際ことに及べばリリスに所属する世界最強の魔女たちが黙っていないからだ。


「ルシアさんには早々に身を守る術を学んでもらう必要がありますね」


 庶民出身のルシアは、きっと相当苦労してこのラ・ピュセルを訪れ、リリスの門を叩いたのだろう。

 ここでなら顔が良すぎる自分でも安全に魔女になれると、その希望をすべて女学園に託したのだ。

 もしも彼女が受かったのなら、仮面なんてしなくても大丈夫なように全力で守り、全力で育て、全力で学園生活を楽しんでもらえるようにがんばろう。

 メリダはそう強く決意し、教育者としての熱をその心に燃え上がらせるのだった。

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