第30話:リリス魔術女学園の試験内容

「それでは、明後日はがんばりましょうね!」


「うん、二人もな~。次会う時は、リリス生やで!」


「やでぇ~」


 私たちは『魔女の海百合亭』を出ると、軽く言葉をかわして別れた。

 こちらに大きく手を振ってから人ごみに消えていくカーラとミーシャを見送り、私たちも手を繋いで歩き出す。

 通りは相変わらず騒がしいが、完全に日が暮れたこともあって、淡い魔術灯の明かりがより一層幻想的に映る。


「楽しい方たちでしたね。パスタも美味しかったですし、大満足です!」


「そうだね」


 海鮮パスタが美味しすぎて四杯も食べてしまった私は、重くなったお腹をさする。

 冒険者時代は常に動けるよう、腹八分目を心がけていた。

 だから、こんなに気兼ねなく美味しいものを食べたのは本当に久しぶりだった。

 価格の方も、学生向けだけあって一皿が小銀貨一枚だったのもすごい。


(エルグランドで食べたら三倍はする味だったなぁ……)


 貨幣の種類は国によって様々だが、ラ・ピュセルとその周辺国では、安い方から銅貨、銀貨、金貨となっており、それぞれに小中大の等級がある。

 小貨は十枚で中貨となり、以降同じように繰り上がっていく。

 つまり、海鮮パスタの大銅貨五枚という値段を中銅貨で表すと、中銅貨五十枚ということになる。

 ちなみに、端数用の鉄貨もあるが、これに大中小の区別は存在しない。


 私がアン王女に渡された手切れ金の中銀貨三十枚が、都市の裕福な庶民が一か月に稼ぐ額だったことを考えると、大銅貨一枚の価値は大体推し量れるだろう。 


「ルシア様、リリスに合格したら、またこのお店に来ましょうね!」


「うん。今度は別のメニューも食べてみよう」


 リリスに受かれば、私は最低でも五年間ラ・ピュセルで過ごすことになる。

 初日から、あんなに美味しいお店を見つけられたことは幸いだ。

 こういうことに関しては、師匠の選別眼はさすが頼りになる。


「ずいぶん暗いし、馬車を拾おうか」


 職人街の手前辺りで、私はそう提案する。

 少し歩いてお腹もいい感じだから、後は馬車でいいだろう。


「はい。安全第一、ですよね」


 ソフィアも同意してくれたので、適当な二人乗りの馬車を掴まえて乗り込む。

 ラ・ピュセルを走るほとんどの馬車は二人乗りか四人乗りで、決まった駅を回っている駅馬車だけが八人から十人乗りだった。


 私たちを乗せた馬車は専用路地を軽快に飛ばしていき、十分ほどで師匠の庭の正門へとたどり着いた。

 魔女見習いということで料金は無料。

 他の国では考えられない使い勝手の良さだ。


「家の中でも馬車使わなきゃなの、面倒だよね」


 私たちを待っていたユニコーンの馬車に乗り込みつつ、ソフィアに愚痴る。


「はい、少しだけ……箒を習ったら勝手も変わるのでしょうか」


 ソフィアは頷いて天井を見上げる。

 魔術女学園に入ると、早い段階で箒に乗って飛ぶ方法を教わることになる。

 これは魔女見習いの憧れの授業らしく、箒を習うためだけに魔術女学園に入学する者もいるらしい。


 なお箒で公共の空を飛ぶには免許証がいるため、箒で空を飛んでいるのは仮免許の見習いたちか、魔術学園/女学園を卒業している者、あるいは難関試験を突破した者たちだけだ。

 ちなみに私は五歳の時から、師匠に違法に箒を教わり、けっこう自在に飛ぶことができる。


「空の移動は早そうだけど、大港の混雑ぶりを見てたら飛ぶのも怖いね」


「確かに、交通事故を起こしちゃいそうですね」


 そんな感じで緩い会話を交わしつつ、私たちは馬車に揺られた。




「ルシアちゃぁ~ん! 三人で一緒にお風呂入りましょう! うちのはラ・ピュセルでも一、二位を争う最高のお風呂なのよぉ!」


「イヤだよ」


 師匠の家に帰ってくると、胸元の大きく開いた部屋着になった師匠がいきなり私に抱きついて来た。

 私はその豊満な胸を鷲掴みにして、思い切り押して拘束から逃れる。


「ひどいよぉ~! 昔は『師匠が一緒じゃなきゃやっ!』って言ってたのにぃ!」


「そ、それは六歳まででしょ! 一番風呂はソフィアが入るべきだよ。色々あって疲れてるだろうし」


 そう言ってソフィアの方を見ると、やや眠そうに舟を漕いでいるところだった。


「ソフィアちゃん、お風呂入れる? 先生が入れてあげよっか?」


「あー……あっ、だっ、大丈夫です! 入れます!」


 師匠に肩をトントンされて目を覚ましたソフィアは、真っ赤になって跳び上がる。


「そっか~、残念~」


 師匠は肩を竦めると、着替え一式とバスタオルを手渡してソフィアを送り出す。


「お風呂にあるものは気軽に使っていいからねぇ。でも、湯船で眠って溺れないようにすること」


「はい、気を付けます。それではルシア様、行ってきますね」


「うん。ゆっくりね」


 ソフィアが去ると、師匠はソファに腰掛けた私にハーブティーを持ってきてくれる。


「それでルシアちゃん。試験のことだけどね」


 師匠が先程までとは違う真面目な口調で話を切り出す。


「あー、明後日なんだよね。適当にやればいいかな?」


「いえ、適当じゃダメ。特に実技は力を抑えてもらわないと困るわ」


 師匠はテーブルの下から書類の束を取り出して、ドカッとテーブルに置く。

 そして、銀色のメガネをかけて私を見つめる。


「試験の配点は……知らないわよね。じゃあ、ちょっと説明するけれど、筆記二百点、実技二百点、面接百点の五百点満点なの。他に特記事項っていう項目もあって、これは特筆すべき特技に五十点が与えられる制度よ。ただし、五百点の上限は変わらないわ」


「ふぅん、特殊な才能の持ち主は見逃さないってわけか」


 たとえば、すごく算術に秀でているけれど合格点に届かなかった者がいたとする。

 その場合、特記事項として算術が認められていれば五十点が最終得点に加算されるということだ。


「ええ。だけど、特記事項を獲得できる子は例年三人もいないから、あまり気にしないで。普通の子はそんなの無視して全体の点数を上げにくるから」


「ボーダーはどの辺なの?」


「去年の合格圏は三百十七点だったわ。筆記六割、実技六割、面接七割といったところね。まあ、試験とか受けたことないルシアちゃんには伝わりづらいけど……」


「だね。六割って言われても、部隊の損耗率か何かとしか思えないや」


 私はハーブティーを飲みつつ頷く。


「他の女学園で九割取れてもリリスじゃ半分も取れないって子もざらだから、まあ難しいって理解してくれればいいわ。筆記では、選択式のものが二十五問と、小論文形式のものが五問、出題されるわ。一つずつだと前者は四点、後者は二十点ね」


「ふぅん……」


「自分が受けるんだから少しは興味持ってよぉ! って言っても、ルシアちゃんが十歳の時にはもうみんな覚えていたことしか出ないんだけどね……」


「つまり、筆記で満点取れちゃうから実技は控えめにしろってこと?」


「いえ、そうじゃないわ。実技で満点取ってもいいけど、取り方を考えてねって言ってるのよ」


「ああ、そういう……」


 最初は実技で初歩の魔術しか使うなって意味だと思ったけど、それだけじゃないらしい。


 実は、魔術の熟練度は弱い魔術を使うほどはっきりと表れる。

 なぜなら強い魔術使いほど、基礎である魔力制御を徹底的に極めた上で応用を行っているからだ。

 そうしないと、強大な魔術を使った時に制御が疎かになって失敗してしまう。

 だから、使う魔術だけでなく魔力制御でさえも手を抜かないと、私の正体がバレてしまうかもしれないってわけだ。


「使う魔術自体も、そうね……E級くらいがちょうどいいんじゃないかしら」


「E級……」


 師匠によれば、受験生のほとんどはE級の魔術を使うのでやっとらしい。

 稀に得意分野でD~C級の魔術を使える子がいるくらいだという。


「不満そうねぇ」


「そりゃ、元S級冒険者だから……せめてC級くらいの魔術を使っちゃダメなの?」


「絶対ダメとは言わないけど、あんまり目立っちゃったら主席になっちゃうわよ? そうしたら、入学式でみんなの前に立って挨拶しないと。キライでしょ、そういうの」


 リリスの合格者は毎年きっちり百人だという。

 五年制だから全校生徒は五百人いるわけだ。

 他に式典に出てる講師とか、関係者を含んだら余裕で千人は超えるだろう。

 その前に立って挨拶をすることを考えると……。


「……E級でがんばります」


「よろしい。あとは面接だけど……それはいつも通りでいいわ」


 師匠は私を上から下まで見て、何の期待もしていない声色で言い捨てる。


「なんで? ここでも加減しないと満点取っちゃうよ?」


「その心配はないわ。だって、面接で見られるのは一般常識とリリス生に相応しい品格。後はその人物の特筆すべき点だもの」


 私にリリス生に相応しい品格がないのはソフィアと比べたら分かるし、特筆すべき点だって顔くらいだ。

 でも、師匠の言い方だと、私って人間として顔以外最低みたいな感じになる。


「……私ってそんなに常識ないかな?」


「もちろんよ。例えば、用がある部屋のドアをノックしても返事がなかったらどうする?」


蹴破けやぶる?」


「ぶっぶー。普通はちょっと待ってからもう一回ノックして、要件を告げたりするものよ」


「へぇ……」


「ルシアちゃんは筆記と実技で四百点。これで合格だから大丈夫」


 師匠はそう言ってニコリと笑うけれど、完全に馬鹿にされた気がしてちょっとムカつく。


「私を育てたのは師匠ってこと、忘れてないよね?」


「……ルシアちゃんに常識を教える前に、冒険者になっちゃったんだも~ん!」


 師匠は口笛を吹きながらそっぽを向く。

 その横っ面を殴りたくなるけれど、殴ったところで今更常識は身につかない。


「まあいいや。それで、他に気を付けることは?」


 リリスで五年間も生活していれば常識くらい身につくだろう。


「えっとね……ああ、そうだ。面接は仮面禁止だからね」


「えっ……」


「当たり前じゃない。本当は他の試験もダメなんだけど、『受験生に著しい影響を与える顔』だからってことで、わざわざ私が許可をもらったのよ? ソフィアちゃんの許可は『著しい外傷』だからすぐ下りたけど、『顔が良すぎる』なんて理由を通すの大変だったんだからぁ! あと、試験中は効果のない仮面を使ってよね!」


「大変だったとか関係ないよ! 師匠だって私の顔面が良すぎることは知ってるでしょ! 面接でも絶対ヤバいことになる!」


「そんなこと言ったら、リリスに入ったら校内で仮面は禁止なのよ! 早めに慣れておかないと!」


「ええっ! それはヤバイって!」


 私は思わずソファから立ち上がる。


 私の顔面の良さを舐めてもらっては困る。

 なにせ物心つく前から村一つを虜にしていたのだ。

 師匠と旅をしていた時はまだ幼さが残っていたし、心を操ることに関しては世界一の"シスレー様"が隣にいたからどうにかなった。


 だけど、今の私はかなり魅力的に成長してしまっている。

 間違いなくろくでもないことが毎日発生して、私の精神をすり減らしまくるだろう。

 当初抱いていた穏やかな学園生活なんて、素顔じゃ絶対望めない。


「そこは安心していいわ。私もいるし、何てったってリリスなんだから。生徒の安全は保障します!」


 師匠はドンと胸を叩く。


「そりゃ、身体的には安全かもだけど……」


 さすがに師匠でも、生徒の日常生活までは干渉できない。

 私の良すぎる顔面のせいで、勇者パーティーで起こったみたいないざこざが生徒間で発生したらどうしよう。

 欲情して襲われるのならまだ魔術で撃退できるけど、精神的に粘着されるとかそういうのはどうしようもないから最悪だ。


(善意ある粘着のソフィアだけで大変なのに……)


「ルシアちゃんもそろそろ自分の顔面と向き合う時なのよ。顔を隠して生活した結果が、今のあり様よ。それなら今度は先に顔を晒しておいて、対処の仕方を磨かなくっちゃ!」


「それは……そうだけど」


「いきなり社会に出る前に、女学園で予行演習できるんだからラッキーじゃない!」


「私は一回、社会に出てるのに……」


「仮面被ってずっと無言、言われたことだけやっていただけでしょ! 知ってるんだからね?」


 取り付く島もない様子の師匠。

 私は絶望的な気分でソファに身体を横たえた。

 冒険者になってから顔を隠して生きてきた。

 師匠の言う通り最後はそれが仇となったけれど、少なくとも普段は快適な生活を送れていたのに。


「……リリスに入ったら、人の来ない場所を見つけよう」


 それから、お風呂から上がったソフィアがやって来るまで、私はソファで不貞腐れていた。

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