第29話:面白そうな魔女見習いの二人(side:ミーシャ)

 一目見て、これは面白そうな子たちだなぁ、とミーシャは思った。

 明後日に迫ったリリス受験の壮行会に、幼馴染のカーラと『魔女の海百合亭』を訪れた時のことである。

 店は自分たちと同じ魔女見習いで溢れかえっており、注文を済ますと同時に相席を頼まれた。


「ご相席、失礼いたします。私はソフィアと申します」


 エルグランド貴族特有の礼をするソフィアは、その目を聖布で隠しつつも、周囲の景色が見えているようだった。

 ミーシャの故国ライオネルでは、布で目を隠すのは怪我人か盲人に限られる。

 しかし、一か月前ラ・ピュセルに来てからは、そのような人物も時折見かけるため、魔術的な意味があるのだろうと納得していた。


「ルシア」


 ぶっきらぼうに名乗った背の低い少女は、最初ソフィアの護衛に見えた。

 地味な仮面で顔を隠しているのも、存在を極力隠して主の邪魔をしないためだと思った。

 しかし、ソフィアの方が「様」付けをしており、聞けば命の恩人だという。


(二人とも家名を名乗らないんだ……それに同じ薔薇のニオイがするし、妙な関係性……訳ありなのかな?)


 普通、貴族は家名を明かして相手にも相応の態度を要求するものだ。

 たかが食堂の相席だから遠慮されないようにと家名を隠した可能性はあるが、ぬるま湯で育っているはずの貴族令嬢のほとんどは、そこまで気を回せない。

 人間観察を趣味とするミーシャは、この時点で二人への興味をかなり強めた。


「うち、カーラ・ソヴリン言います! ザクセンブルグの商都・ミュンヘルでソヴリン商会っていう店やってます。お見知りおきを!」

 

 一方、カーラは相手が貴族と見るや、素性を完全に明かして名刺まで渡した。

 同じ小中一貫の魔術女学園で学んできた幼馴染の商魂たくましさに、ミーシャは呆れつつも感心する。

 どんな相手にも物おじせずに自分を売り込んでいくコミュニケーション能力。

 カーラの隣にいれば自然と初対面の人物とも交流ができ、面白い話が山ほど聞ける。


「ボクはミーシャ。獣人だよ~。よろしく~」


 ミーシャはキャスケットをずらして、ネコミミを見せた。

 それはいつもやっている初対面の相手への値踏み行為だ。

 獣人は差別されやすいため、この行為で差別されたならその程度の相手だったと最初から思って行動できる。

 仲良くなってから「獣人だなんて思わなかった」と言われるより、よっぽどお互いのためになるのだ。

 獣人差別意識の強いエルグランド人相手なら、なおさら最初にやっておいて損はない行為。


(へぇ……面白いじゃん~)

 

 ルシアは獣人を見慣れているのか、特に反応を示さなかった。 

 興味深かったのはソフィアの方で、目が見えてたら輝かせているんだろうなってくらい興奮した態度を見せてきた。

 もちろん言葉では何も言わなかったが、明らかにネコミミに興味津々と言った感じだ。


(これは、貴族の中でも特に箱入りっぽいねぇ。なんにせよ、悪い子たちじゃなさそうだ)


 そこからミーシャは少し警戒を緩め、カーラのおしゃべりに付き合いつつ、ルシアの方を重点的に観察する。

 所作からして庶民出身らしいルシアは、ほとんど会話に入ってこない。

 そのくせに、魔女見習いがみんな大好きなはずのシスレー様の話題になると、何故かものすごく恥ずかしそうな顔をする。


(さてはシスレー様の隠れファンだなぁ? もしリリスで同じ寮に入れたら、ボクのシスレー様グッズを分けてあ~げよ)


 ミーシャがそう心に決めたところで、四人分の海鮮パスタが運ばれてきた。


「お待たせしました~」


 皿全体から立ち昇る湯気からは、トマトソースと海鮮の合わさった香ばしい匂いがしている。

 シスレーの話題で盛り上がっていた面々は、「うわぁ!」と歓声を上げてナプキンの準備をする。

 ずっと無表情だったルシアでさえ、海鮮パスタの匂いには目を輝かせている。


「見た目からしてもう美味しそうですね! 豊穣の神アナトミアよ、今日の糧を感謝いたします」


「せやろ? ラ・ピュセルに来たら絶対これ食べな! 豊穣の神アナトミアよ、今日の糧を感謝いたします」


 ソフィアとカーラが口にするのは、この世界で広く普及している食前の祈りの言葉だ。

 それは創世教の元となった「創世神話」から取られており、創世教徒もそうでない者も好んで口にする。


「ニャサト・ハル・ロンダート」


 一方、ミーシャは両手の指を複雑な形に絡ませて、獣人が使うビーズール語の食前祈りを唱える。

 ちなみに、セストラル語に翻訳すると「地母神ロンダートに仕える者としてこの糧を食します」となる。


「……すっ」


 そして、ルシアはというと、パスタが来た瞬間にはもうフォークを持って食べようとしていた。

 しかし、他三人がそれぞれ祈りの言葉を唱えたため躊躇し、何となく皿に向かって頭を下げた。

 その様子を他二人は見逃したが、ミーシャだけはばっちり見ていた。


「う~! やっぱ美味いわぁ!」


「すごく濃厚な味わいですね! 玉ねぎの甘みとトマトの酸味が絡み合うトマトソースに、ムール貝とエビの旨味が融け合っています!」


「はむっ……ん~! 今日もいい仕事してるねぇ~」


「はむっ……はむっ……はむっ……はむっ」


 祈りを終えて食べ始めた四名は、それぞれ違った反応を見せるが、共通しているのはこの店のパスタが口に合ったということだ。


「エルグランドでも海鮮パスタは頂きましたが、これほどの物は初めてです。麺の質もすごいですね」


 ソフィアはそう言って、ソースを絡めて麺をくるくると巻き取る。


「しっかりとソースを保持できるもっちりとした麺。細くつるつるした麺ばかりのエルグランドとは全然違います」


「ここの麺はやね、はむっ、もぐ、もぐ……ごくっ、イベリア麦なんよ。エルグランドは寒いから保存優先やん? でも、ラ・ピュセルは温かいから、はむっ、もぐ、もぐ……」


「食べながらしゃべるのやめなよ~」


 ミーシャに言われ、カーラは赤くなって「んぐっ、ぐ……ごくっ、ごめん!」と謝る。


「みんなが美味しそうに食べてるから嬉しくてさ! あんな、この店にイベリア麦を卸してるの、うちの商会なんよ。だから麺を褒められると、自分のことみたいでついな」


「そうだったのですね。たしか、イベリア麦は長期保存には向かないと聞いたことがあります。なので、私の中では高級パンに使うものとばかり。このもっちり感はそういうことですか」


 ソフィアは感心したように頷き、再びパスタを口に含んで幸せそうな顔をする。


「へぇ~、そんなすごい麺だったんだぁ。今までちっとも気づかなかったよ~」


「ミーシャには教えたはずやで!」


「そうだっけ~? 忘れちゃったなぁ~」


 ミーシャとしては、麺もソースも美味しければ何でもいい。


「……おかわり」


 その時、ソースまで綺麗に空っぽになったお皿がテーブルの真ん中辺りにスッと出された。


「ルシア様、もう食べちゃったのですか?」


 ソフィアが驚きつつ、店員を呼んでおかわりを注文する。


「そんな小っこいのによく食べるわ! いや、小っこいからたくさん食べなアカンのかな?」


「ルシアちゃんさぁ、海鮮好きなの~?」


 ミーシャが質問すると、ルシアは視線を左右にさ迷わせ、たっぷり五秒ほど考えてから「……美味しければ、なんでもいい」とボソッと呟いた。


「あ~、ボクもそのタイプだよぉ。美味しければ何でもいいよねぇ~」


 ミーシャはニコニコ顔で同意しつつ、ルシアに奇妙な点を一つ感じ取っていた。

 ここまでの態度で、ルシアが極度の人見知りであることは理解できた。


 通常、庶民で魔術の才能がある者は、カーラのようにコミュニケーション能力に長けていく傾向にある。

 そうしないと、小中の魔術女学園で貴族に目をつけられてやっかみに遭ったり、貴族出身の家庭教師にバカにされたりするからだ。


 しかし、ルシアからはまったく集団生活を乗り越えてきた感じがしないのだ。

 まるでずっと一人で生きてきたかのような孤高さ、悪く言えば協調性のなさがすさまじい。


(もしかしたら、魔術女学園に通っていないのかもなぁ……それでも普通は家庭教師とか、その辺の隠居魔術使いに教わるわけで、コミュ力はつくよねぇ? さすがにここまで色々と雑なのって、冒険者くらいしか思いつかないけど……)


 ミーシャはルシアが冒険者に育てられた可能性を一瞬だけ考えたが、すぐにそれはあり得ないと否定する。

 なぜなら冒険者はその日暮らしの危険な職業であり、魔女見習いなんて足手まといでしかないからだ。


「ルシア様、お口にソースがついていますよ。これで……はい、取れました」


「んっ、ありがと」


 貴族のソフィアに甲斐甲斐しく世話を焼かれつつ、黙々とおかわりのパスタを食べているルシア。

 カーラは「二人は仲良しやなぁ!」などと暢気だが、ミーシャ的にはやっぱりその関係性は奇妙に思える。

 ソフィアは明らかに育ちがいい。それに対して、ルシアはお世辞にも育ちがいいとは言えない。

 それなのに、ソフィアの方がルシアを"様"付けまでして慕っている。

 命の恩人と言うが、ここまで劇的に関係性を構築する「命がかかった出来事」とは、一体どんなものだったのだろう。


(ドラマのニオイ……気になるけど、さすがに初対面じゃ聞けないよねぇ……)


 ミーシャはくるりと巻いたパスタを口の中に放り込む。

 海鮮の旨味が凝縮されたソースが、歯ごたえのある麺に受け止められ、噛めば噛むほど口の中が幸せに溢れていく。


「ん~、美味しい~! 来てよかった~」


「せやろせやろ!」


「ここは受験前の定番なのですよね? 何か謂れがあるのですか?」


 ソフィアの質問に、カーラが「よくぞ聞いてくれました!」とばかりに身を乗り出す。


「この店はリリスの卒業生がやってんねん。パスタで回転率も高いし、味もこの通り絶品やからね。普段からリリス生がよく利用していて、魔女見習いは受験前に来るとご利益があるって噂になったんよ。おかげでうちらも儲けさせてもろうてますっちゅうわけや!」


「なるほど……では、私たちもご利益を祈りましょうか」


「カーラは祈っといた方がいいかもねぇ~。模擬試験じゃボーダーすれすれだったしぃ~」


「あ、あれは実技が難しかっただけや! うちには筆記があるんやから!」


「カーラさんは筆記がお得意なのですか?」


「せやで! 幅広い知識は商売に不可欠やねん。特に算術は、大人も出とるザクセンブルグ算術大会で一等賞取ったこともあるんやで!」


「一等賞! すごいです!」


「魔術実技も一等賞だったら良かったのにねぇ~。可哀想なカーラ、よよよ~」


「うるさいわ! 自分が優秀やからって舐め腐りおって!」


 カーラに軽く小突かれながら、ミーシャは心の中でカーラの合格を強く祈る。

 家の事情で引っ込み思案だったミーシャを、外の世界に連れ出してくれたのはカーラだ。

 この底抜けに明るい幼馴染が、ミーシャに世界の楽しさを教えてくれて、灰色の日々に彩りを与えてくれたのだ。

 もしもカーラが不合格となってしまったら、周囲に何と言われようとミーシャは入学を辞退する気でいた。


(そんなことにならないよう、付きっ切りで教えてきたけど、試験ばっかりは当日になってみないと分かんないからなぁ~)


「……絶対受かろうね、カーラ」


 ぼそっとミーシャが呟くと、カーラは鳩がおもちゃの矢を食ったような顔をした後、「もちろんやで!」と満面の笑みで親指をぐっと立てた。

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