第28話:同世代との相席は怖い

「横柄な方でしたね、ルシア様!」


 冒険者ギルドを出ると、ソフィアが自分のことのようにぷんぷん怒って言う。


「冒険者なんてあんなものだよ。会話できるだけまし」


 ストレンジャーは高く見積もってもD級の、冒険者としてはパッとしない男だった。

 ギルド長は何を思って、あんな奴に重要そうな品を渡してくれと頼んだんだろう。

 少し気になるけれど、首を突っ込んだら多分厄介なことになる。

 リリスの受験も控えているし、もうあの木箱のことは忘れちゃおう。


「それより、せっかく中銀貨二枚もせびれたんだ。夕食は豪華に取ろう」


 夕日もほとんど沈んだラ・ピュセルの大通りは、夕食を求める大量の人でごった返している。

 ソフィアがはぐれないようにと、私から手を繋ぐ。

 ソフィアはものすごく嬉しそうに笑って握り返してくる。


「……迷子防止のためだからね?」


「分かってますって♪」


 全然分かってないみたいだけど、これ以上言ってもどうしようもないだろう。


「そう言えば、ルシア様はキライな食べ物はあるのですか?」


 人ごみの中に突入してすぐ、ソフィアが話題を提供してくる。

 私は沈黙はキライじゃないというか、むしろ望むタイプだけど、ソフィア相手だと話すのもいいかなと思っちゃうから不思議だ。


「ないかな。師匠ってそういうところ、厳しかったから。それに、冒険者は何でも食べないと、やっていけない場面があるんだ」


「やっぱり冒険者とは厳しい世界なのですね……ルシア様、尊敬します!」


 ソフィアは褒めてくれるけれど、私は顔が良いわりに味覚が悪い。

 正直何を食べてもあまり違いが分からないのだけれど、言ってもしょうがないので黙っておく。


「ソフィアはあるの、キライな食べ物?」


「ええ、実はタコが苦手でして……エルグランドは海産物が多く取れるでしょう? それなのに、貴族が海のものを嫌うのは恥だと、祖父によく叱られていました」


 叱られた、という割には嬉しそうな顔なので、きっとおじいさんとのいい思い出なのだろう。


「海百合亭っていうくらいだから、タコもあるだろうね」


「はい、できれば遠慮したいですが……」


 ソフィアは苦笑しつつ、繋いだ手に少し力を込める。


「ところでルシア様。先程から迷いなく歩いていますが、『魔女の海百合亭』の場所はご存じなのですか?」


「知らないよ」


 私はラ・ピュセルに来るのも初だし、師匠も何も教えてくれなかった。


「ではなぜ?」


「……何でだと思う? ちなみに魔術は使っていないよ」


 私が聞き返すと、ソフィアは頭をひねって考え始めた。

 その間にも、私は迷うことなくソフィアを導いていく。


「場所を知らず、魔術も使わず、それなのにお店の位置が分かるなんて……神の啓示……いえ、さすがにそれはない……書籍で読んだなら、場所を知っているに含まれるでしょうし……」


 ソフィアはあれこれ口に出して考えるけれど、どれも正解からはほど遠い。

 そして、結局正解を導けないまま、十分ほどで私たちは『魔女の海百合亭』に辿り着いた。


 お店は木造三階建ての洒落た建物で、一階部分はオープンテラスになっている。

 マギカ・フラッグは「ウミユリに腰掛ける魔女」で、客層は家族連れや見習い魔女がメインのようだ。

 特に目を引かれるのは、すべての窓にはめ込まれた青いガラスと、漆喰の壁に埋め込まれた貝殻だろう。

 海鮮が売りというのを、建物全体で表現しているというわけだ。


「答えを教えてください、ルシア様! このままだと私、気になってご飯が食べられません!」


 さっそくお店に入ろうとすると、ソフィアが腕にすがり着いてきた。


「単純な推理だよ」


 私は周囲を見渡しながら説明する。


「このお店を師匠が薦めてくれた時、『魔女見習いが集まるお店』と言っていた。加えて今日は試験の二日前。試験前日は軽いものを食べて早く寝たいはずだから、前々日に壮行会をやるのはごく自然。だから私は、浮かれている魔女見習いやその家族の流れを追ってきたというわけ」


「言われてみれば……」


 こうしている間にも、魔女見習いがあちこちからやって来ては、明るいお店の中に吸い込まれて行っている。


「答えはずっと、目の前にあったのですね……さすがルシア様です!」


 ソフィアは感極まったように私に抱きついてくる。


「大したことないって……それより、私たちも入ろう」


 この程度のことでそんなに褒められると、逆に恥ずかしい。

 私はソフィアを引っぺがすと、その背中をグイグイ押して店内に入る。


「いらっしゃいませぇ!」


 広い店内は、手前のテーブルスペースと奥の調理スペースという風に前後に分かれていた。

 テーブルスペースは正面扉から続く通路で左右に分かれており、テーブルごとの間仕切りなどはない開放的な作りになっている。

 お店のちょうど真ん中辺りには、三階までを吹き抜けにした大きな螺旋階段が設置されていた。


「お二人様ですか?」


 やって来た案内役の店員さんは、私たちとあまり年齢の変わらない女性だった。

 というか、店内を見る限り、店員さんはみなお揃いの青い制服に身を包んだ若い女性だ。

 もしかしたら、金銭に余裕のない女学生たちが学業の合間に働いているのかもしれない。


「はい、二人です!」


「今ちょっと混んでまして、相席になってしまうのですがよろしいでしょうか?」


「もちろんです。ルシア様も、よろしいですか?」


「うっ……えっと……」


 ソフィアに尋ねられ、私は反射的に断りそうになる。

 お客のほとんどは魔女見習いだから、相席相手もきっとそうだろう。

 見ず知らずの同年代と席を並べて食事するなんて、考えただけで緊張してしまう。

 ソフィアは例外、スリの少女も冒険者モードで対応したから話せただけ。

 私の同世代への対人スキルはF級、それも最底辺なんだ。


「私がお助けしますから」


 小声で囁くソフィアの顔には「こんな素敵なお店でルシア様とご飯なんて!」とあからさまに書いてあった。

 その期待溢れる表情を裏切れるはずもなく、私は仕方なく頷いた。

 いざとなったら冒険者時代みたいに、ずっと黙って無言でいよう。


「二名様ご案内~!」


 店員さんについて、私たちは螺旋階段を上る。

 手すりは細い金属でできていて、様々な海の生物の意匠を模って作られている。

 どこもかしこもオシャレな装飾ばかりで、武骨な冒険者としてやってきた私には場違いすぎてくらくらしてくる。


「素敵なお店ですね、ルシア様!」


 とはいえソフィアはやたらと嬉しそうだし、他の魔女見習いたちも幸せなオーラを出しているので、同世代の女の子たち的にはこういうのが人気なんだろう。


「こちらになります。ご注文が決まりましたらお呼びください!」


 店員につれていかれたのは、二階の窓際の席だった。

 一階に比べたら、その辺りは店内の喧騒が比較的穏やかなので助かる。


「あっ、ここ、空けますね!」


 やって来た私たちを見て、先に座っていた魔女見習いの二人が奥に詰めようと席を立つ。

 ちなみに料理はまだ何も来ていないようだ。

 私は二人が座っていた椅子にドカッと座る。


「ご相席、失礼いたします。私はソフィアと申します。こちらはルシア様。こうしてご一緒するのも何かの縁。できましたら、お名前をお聞かせ願えませんか」


 一方、ソフィアは二人が席に着くまで立って待っていて、それから優雅にローブを抓んでお辞儀をした。

 そして、座って水を飲もうとしている私に、「立ってください」と無言のオーラを向けてくる。

 冒険者の相席だったら相手のことなんて別に気にしないから、私の行動は普通なんだけど、どうやら貴族的にはまずいらしい。

 しぶしぶ立ち上がって「ルシア」とだけ名乗る。


「うっわ~、ガチのお嬢様やん! いや、お嬢様ですね! うち、カーラ・ソヴリン言います! ザクセンブルグの商都・ミュンヘルでソヴリン商会っていう店やってます。お見知りおきを!」


 二人組のうち、赤髪のショートヘアでいかにも明るそうなカーラが先に名乗って、ちゃっかり名刺まで手渡してくる。

 ソヴリン商会と言えばザクセンブルグ帝国で一、二位を争う大商会だ。

 エルグランドにも支店を出していて、冒険者時代は物資の買い込みでけっこう利用していた。

 その娘と知り合えるとは、さすが世界中から人材が集まるラ・ピュセルである。


「ボクはミーシャ。獣人だよ~。よろしく~」


 おっとりした雰囲気のミーシャは、被っていた帽子をずらしてネコミミをチラリと見せてくる。


 獣人とは、ザクセンブルグ帝国のさらに南にある「ライオネル」という国に暮らす、狩猟や交易を生業とする氏族国家の国民の総称だ。

 みな温かい地域を好むため、北方であるエルグランドにはあまり数がいない。

 そのため、エルグランド出身者の中には、あらゆる獣人に対して差別意識を持つ者も多いという。


 ちなみに、獣人の人気職業は上から「冒険者」「兵士」「猟師」であるため、私としては見慣れた存在だ。

 ソフィアも特に差別意識を持っている様子はなさそうだ。

 というより、こっちは世間知らずすぎて獣人を見るのもほぼ初めてなんだろう。

 その証拠に、柔らかそうなネコミミを見て口元が嬉しそうに緩んでいる。


「よろしくお願いします!」


「……します」


 ソフィアが礼をするのに合わせて私も軽く頭を下げ、もう一度全員で席に着く。


「あの、ソフィア様!」


「ソフィアでいいですよ。何でしょう?」


「それじゃあ、うちのこともカーラで! ソフィアたちはリリスの受験生?」


 さっそくおしゃべりが好きそうなカーラが、ミュンヘル訛り全開で話しかけてくる。

 私はメニュー表を広げて悩むふりをし、こっちに話が来ないように祈る。


「はい。ということは、お二人も?」


「うん! 実はミーシャとは幼馴染でね、今日は壮行会ってことで噂の海鮮パスタ食べにきたん! なっ、ミーシャ?」


「そうだよ~。ここの名物と言ったら海鮮パスタだからねぇ~。食べたことないなら、二人もそれにしたらどう~?」


「海鮮パスタ……ルシア様、どうしますか?」


「……いいんじゃない。タコも入ってなさそうだし」


「で、ではそうしましょう。あのっ、すみません!」


 ちょっと照れながらも、ソフィアが店員さんに海鮮パスタとノンアルコールのスパークリングワインを頼んでくれる。


「二人の関係性も面白そうだねぇ~?」


 私に向かってニヤニヤしながら尋ねてくるミーシャ。

 答えなきゃとは思うけど、何て言えばいいのか分からなくて、私は固まってしまう。


「ルシア様は私の命の恩人なのです!」


 そこにスッとソフィアが助けに入ってくれる。


「命の恩人かぁ~。それならも付けるよねぇ~」


 ミーシャは納得したように頷き、コップの水をずずずと啜る。

 何とかこの場は命拾いしたようだ。


に感謝、と……)


 私はコップの水に口をつけ、会話に入る意思がないことを暗に示す。


「うちも命の恩人には様付けるなぁ! ああ、リリスに受かってシスレー様に会いたいわぁ!」


 カーラが突然師匠の名前を出したので、私は含んだばかりの水を吹き出しそうになる。


「シスレー先生とお知り合いなのですか?」


「うん! 五年前な、うちが流行りの熱病で死にかけてんのを救ってくれたんよ!」


「素敵ですね! 私も幼い頃からシスレー先生の紀行文を読んで憧れてきました!」


「ボクも好きだよ~。特に『墳墓の国』でアンデットたちに薬草を試すところなんか最高でさぁ~」


「わかる!」


「わかります!」


 三人が師匠の話題で盛り上がり始めたので、私はますます小さく縮こまって空気になる。

 五年前、師匠は私を連れてザクセンブルグ帝国の山奥に出かけ、新種の薬草を多数見つけた。

 そして、その効果について自分と私を使って人体実験を繰り返した。

 その過程で、当時流行っていた熱病の特効薬を発見、ソヴリン商会と手を組んで大量生産に成功したのである。

 カーラはその時に助けた無数の人々のうちの一人というわけだ。


(あの時はひどい目にあったな……二人でわざと熱病にかかって、苦い草を何回も食べて……)


 もちろん、世間的には私の存在は知られておらず、師匠が一人で特効薬を華麗に調合したことになっている。


(『墳墓の国』へ行った時は、私は五歳だったっけ。まだE~D級くらいの腕前だったのに、試練の間に置き去りにされたりして……見守ってくれてるのは分かってたけど、一歩間違えれば私もアンデットの仲間入りだったなぁ)


 師匠は敵の対処を私に任せて、自分はゾンビを始めとした多様なアンデットたちに無数の薬草を試していた。

 私の顔の良さはアンデットにも効果てきめんのようで、次から次へと亡者が墓から湧いて出てきたっけ。

 それなのに、紀行文には私のことは一言も記されていない。


(そりゃ、私の顔が世界にバレないように護ってくれてたわけだけど……手柄独り占めなんだから、いい性格してるよ、師匠……)


 師匠が褒められるのは嬉しいけれど、同じくらいイラっとする。

 その後も三人は、海鮮パスタが来るまで師匠の美談で盛り上がっていた。

 私はその裏側でいつも死にかけていたなぁと、苦い思い出に浸るのだった。 

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