第26話:お使い完了
「ここがラ・ピュセルの冒険ギルド……」
スリの少女と別れてから五分くらいで、私たちは目的地にたどり着いた。
「ザクセンブルグ帝国の様式でしょうか? すごくオシャレでカッコいいですね……」
ラ・ピュセルの冒険者ギルド会館は、石造り三階建ての
奥の方には六階建てくらいの高さのドームが見えており、さらにその向こうに練兵場のような施設も見える。
外開きになったファサードには、魔術使いや戦士の彫刻が細かく彫られている。
さらに、その扉の上に豪華な金文字で『ラ・ピュセル冒険者ギルド』と書かれた額縁が誇らしく掲げられていた。
「うわぁ……」
「圧倒されますね……」
開け放たれている扉からギルド会館の中に足を踏み入れると、外から見た以上の驚きが私たちの胸に湧き上がって来た。
室内の作りは他の冒険者ギルドと同じく、酒場兼集会所が手前にあり、奥に受付カウンターと掲示板が設置されている形式だ。
しかし、三階分をぶち抜いた開放感のある高い天井と、圧倒的に広い奥行きのせいで、まったく別種の建物のように感じる。
「ギルドっていうより完全に教会だね……しかも食堂付き」
私は辺りを見渡しつつひとりごちる。
ギルド会館内では様々な格好の冒険者や、それ以外のお客さんたちが、思い思いのテーブルに座って笑い声を上げながら宴会を楽しんでいた。
ラ・ピュセルという場所柄もあって魔術使いの姿が目立つが、さすがに見習い魔女は見当たらない。
左右の壁にはいくつも屋台やバーカウンターが設置されており、世界各国の料理が手ごろな価格で売られている。
中にはゲテモノもあるけれど、美味しそうなニオイしかしないのは、魔術によって臭いニオイは天井に逃がしているからだろう。
「お腹が空いてきちゃいましたね」
「うん。早く終わらせてご飯にしよう」
私は早足で受付カウンターまで歩いていって、『総合案内』の窓口に立つ。
そこはドーム天井の真下に位置し、採光窓から射しこむ日光がやたら神々しい場所だった。
「ちょっといいかな」
「なんだい、お嬢ちゃんたち。依頼でも持ってきたのか?」
対応する受付嬢は、片目に眼帯をした三十代半ばくらいの女性だ。
その身に漂う雰囲気から、どう見ても最近まで冒険者をやっていたって感じがする。
「"ストレンジャー"って奴を探してる。ちょっとしたお使いでね」
「ああ、あの飲んだくれか。それなら店の左にある暖炉前に座ってるよ。ほら、あの長いソファーのところだ」
受付嬢が顎で指した先には煌々と火の燃える暖炉があり、その前に設置されたビロードのソファに、一人の男が座っていた。
「ありがと」
「気ぃ付けなよ、魔女見習いのお嬢ちゃんたち。あいつは流浪街のならず者だ。危なくなったら遠慮なく声を上げるといい」
眼帯の受付嬢がニヤッと笑ってバキバキと拳を鳴らす。
「そうするよ」
私は肩を竦めると、暖炉の方へ歩いていく。
「ル、ルシア様……」
「大丈夫。いざとなったら指輪もあるから」
震えるソフィアを背中に隠して暖炉の所まで行くと、私はパンパンッと手を叩く。
「んっ、なんだぁ?」
「あなたが"ストレンジャー"?」
「魔女見習い……? 入学試験の受付ならここじゃないぜ」
ストレンジャーはフンッと鼻を鳴らしてウィスキーを飲む。
私たちを魔女見習いと見て、完全に舐めてかかってきている。
「ここであってるよ。"ザ・ボム"から預かってきたものがある」
私は懐から木箱と手紙を取り出して、ストレンジャーの前に置く。
すると、なぜか木箱を見たソフィアが背後で息を呑む。
何に驚いているんだろうと疑問に思いつつ、私はストレンジャーに用件を伝える。
「これをあんたに渡せって言われた。心当たりはある?」
「……オリヴァーの野郎、考えやがったな」
ストレンジャーはソファに沈めた身体を起こし、私たちをまじまじと見てから木箱に視線を移す。
「魔女見習いに運ばせれば、確かに誰も気づけまい。この時期のラ・ピュセルには掃いて捨てるほどいるからな……よし、お前らはもう行っていいぞ」
ストレンジャーは木箱を大事そうに一撫ですると、しっしっと手を振って私たちを追い払おうとした。
「……その箱については教えてくれないの?」
「あー、気にすんな。忘れろ。ほら、これで飯でも食えよ」
ストレンジャーはギロリと私を睨むと、中銀貨を一枚投げてよこした。
それは、エルグランドでは熟練の職人が一日働いて得られる位の金額だ。
お使いの報酬としてはけっこうな価格。
それだけ、木箱のことは探られたくないのだろう。
「中銀貨一枚か……どうする?」
私は指の間で銀貨をくるくると転がしつつ、チラリとソフィアの方を見る。
ソフィアはよく分からない、といった顔で首を傾げる。
「ちっ……ほら、後ろの奴の分だ」
ストレンジャーはそんなソフィアの仕草を勘違いして、もう一枚中銀貨を私によこした。
「まいど」
私はそう言って踵を返し、ソフィアと一緒にギルド会館を後にした。
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