第25話:スリとの遭遇
「すごい都会ですね……エルグランドの王都も立派でしたが、ここは建物が密集している分、活気もより感じられます!」
職人街を抜けて大港周辺に近づくにつれ、また街の感じが変わってきた。
立派な集合住宅や豪華な一軒家が増え、道幅も馬車八台が余裕で並んで走れるくらい広くなる。
お店の種類もレストランや服屋さん、食料品店など、人がたくさんくるタイプの店舗が目立ってくる。
頭上を飛び交う箒乗りたちも増え、その恰好も軽装の住人から重装備の兵士まで様々なものが見受けられる。
そして、地上の道を行く人々も老若男女、あらゆる年齢、立場の人がごった返してくる。
「ホントだね。あの遠くに見えているのは"巨人の口"……大港の駅舎かな?」
通りをずっと行った先に、石造りの巨大な建造物がどっしりと建っているのが目に入った。
それはいくつものアーチを重ねた構造をしており、門で作った積み木の城というのがピッタリの外見だ。
大小さまざまなアーチには、それぞれ異なるマギカ・フラッグがはためいており、ひっきりなしに人を吸い込んだり、吐き出したりしている。
「ですね。ここからでは見えにくいですが、あれは左右やラ・ピュセル側面の地下部分にまで広がっているんですよ。何でも最初にあった大きなアーチに、魔術使いたちが勝手にアーチを足していったのだとか」
「へぇ、だからあんなにガタガタしてて、歯並びが悪いんだね」
「ですね。ちなみに、荷物も人も膨大な飛空艇は、地下部分だけに停泊します。ここらにある建物は、その地下にある大食堂街"巨人の胃袋"と直に繋がっているお店も多いらしいです」
私は言われて足元を見る。
凹凸一つない完璧な石畳、これを維持するだけでも大変だろうに、この下に地上と同じような街が広がっているなんて。
「どんな魔術を巡らしてるんだろう……」
「石一枚一枚に魔術式が刻んであるらしいです……ぜんぶ、ウィリアム・コンラッド『ラ・ピュセル探訪紀』の受け売りなんですけどね」
ソフィアが恥ずかしそうに舌をちょこっと出す。
「覚えてるだけすごいよ。さすがの博識だね」
「ル、ルシア様~」
照れるソフィアをしり目に、私は適当な交差点で立ち止まって看板を眺める。
冒険者ギルドの場所は載っていないが、ギルド街という表記はあるので多分そっちだ。
「この辺りが目的地なのですか?」
「うん。冒険者ギルドにちょっと用があってね」
「そう言えばルシア様は元冒険者でしたね。失礼ですけど私、冒険者というのはもっと大柄で怖い方たちなのだと思っていましたから、驚いちゃいました」
「まあ一般的にはそうだよね。あっ、"死領域"の呼び名ともども、口外無用で頼むよ」
「はい、もちろんです!」
ソフィアは冒険者には疎いようで、"死領域"がS級だとは知らないようだ。
常識的に考えても、十五歳でS級冒険者ってのはあり得ないから、仮に知っていても結び付けられはしなかっただろうけど。
「じゃあ行こうか……ってソフィアっ!?」
二人で歩き出そうとした瞬間、私はソフィアの指輪が反応したのを感じ取る。
「いってぇっ!」
それとほぼ同時に、ソフィアの正面から歩いて来たくすんだ茶髪の少女がいきなり尻もちをついた。
「えっ、あの、大丈夫ですかっ?」
咄嗟にソフィアは少女に駆け寄ろうとする。
「ソフィア、いいから! こいつ、財布をスろうとしてたんだ」
私はソフィアの手首をスッと掴んで引っ張り、二人の間を遮るように立つ。
「財布を? この方が?」
ソフィアは訳が分からないという表情で少女を見つめる。
私はその間にも複数の感知魔術を"隠形"で展開しつつ、周囲への警戒を強める。
もしもこの子が暗殺者だったら、注意を引いている隙に本命が襲ってくるはず。
「……ちぇっ、護衛付きかぁ」
少女は右手をさすりながら立ち上がり、探るような目つきで私たちをジロジロと見つめる。
魔女見習いのローブ、スカートから大胆に露出した太もも、くすんだ茶髪、たくさんピアスのついた耳、セストラル語に残る強い北方訛り……一見すると地方から来た派手目の受験生だけど、その正体は分からない。
「世間知らずの受験生だと思ったのにさ」
「残念だったね。それと、お仲間は助けに来ないみたいだよ」
張り巡らした感知魔術には誰も引っかからないけれど、私は一応かまをかけてみる。
「仲間なんていないって! ちょっと同じ見習い魔女の実力を探ってやろう~って思っただけだからさ~。それにしてもあんた、魔女見習いにしか見えない護衛は反則だよ! どうやったか知らないけど、結界も強すぎるし。まったく、右手なくなったかと思ったよ~」
少女はへらへらと笑って、私たちに軽く頭を下げる。
スリが出たのかとやや緊張していた通行人たちの空気が、見習い魔女同士の小競り合いだと知って緩くなる。
「ルシア様も魔女見習いですよ!」
ソフィアは私の両肩に手を置いて、「すごいでしょ」とでも言わんばかりに胸を張る。
背中にむにゅっと柔らかいのが当たると、何となくだけど茶髪の少女を警戒してるのが馬鹿らしく思えてくる。
「……じゃあ、仮面のあんたも貴族なの?」
少女は目をぱちくりして私たちを見比べる。
「私は違う。ただの庶民」
「へぇ……庶民であんな結界張れるんだ」
少女の探るような目線は気持ちの良いものではない。
この子の前で少しでもボロを出せば、私と"死領域"が同一人物だって瞬時に悟られるかもしれない。
根拠はまったくないけれど、少女からは情報に対する鋭い嗅覚のようなものを感じるのだ。
「それに、貴族様が庶民を"様"付けで呼ぶのも変だよねぇ……」
「変ではありません! ルシア様を知れば、誰しもがルシア様とお呼びしたくなるのです!」
「いや、ならないから……」
謎の熱弁は、正直止めてほしい。
少女は私たちのやり取りを見て、ニヤッと快活な笑みを浮かべる。
「あんたたち、面白いね!」
フッと、私たちに向けられていた警戒心や猜疑心が薄れ、少女の瞳が好奇心でキラキラと輝く。
「スろうとしたのは謝るよ。それで、あたしをどうする? 憲兵に突き出すってんなら、まあ逃げるだけ逃げてみようとは思うけど」
少女は私を見て「無理だろうけどね」と達観した表情で肩を竦める。
「……どうする?」
私はソフィアに判断を仰ぐ。
「決まっています、どうもしません。だって、私たちは何も盗まれてはいないのですから」
「ソフィアがいいなら、それでいい」
随分甘いようにも思うけれど、確かに私たちは何も盗まれていないのだ。
というか、触れられてすらいないんだから、憲兵に突き出すなんて不可能だ。
それでも、冒険者時代の私だったら骨が折れる程度の魔術をぶつけていただろうけれど。
「貸し一つね」
私は最低限の感知魔術以外を解きつつ、少女に目配せする。
「……分かったよ。ありがとさん」
私の言葉に頷いて、少女はすぐに人ごみにまぎれて消えた。
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