第24話:職人街の音楽
師匠の家からユニコーンの馬車に乗り、ひとまず新市街地へ向かう。
石畳と森の境界付近には光を放つ綺麗な花が咲いており、うす暗い道をぼんやりと照らしている。
「ルシア様、この森、とても怖いですね……生き物の気配はしますが、それ以外にも何やら恐ろしいものが巣食っていそうで……」
ソフィアは怯えた顔で窓の外を眺める。
「惑いの魔術がかかってるんだよ。この石畳から一歩でも森に踏み入ると、とたんに道を見失っちゃうんだ」
「……さすが、七賢者ともなると用心深いのですね」
「いや、師匠は昔からこんな感じだったよ。懐かしいな……」
昔から、師匠は棲家の周りによくこういう罠を仕掛けていた。
その罠をかいくぐってお使いに行くのも、私の修行の一つだった。
とはいえ、この広さの森全部が罠だなんてあまりにも大規模だ。
(七賢者ともなると、敵も多いんだろうなぁ……まっ、私には関係ないけど)
修業時代を思い出しながら馬車に揺られること五分、石畳の先に薔薇の装飾が施された巨大な鉄の門が現れた。
自動で開いていく門の左右は、港方面と同じく高い緑の壁で覆われている。
「さて、と」
門を出たところで馬車が停車したため、私は仮面を被って馬車を降りる。
続いて、ソフィアに手を貸して馬車から降ろす。
「これがラ・ピュセルの市街……すごい、夕方でも、こんなに明るいなんて」
ソフィアが、目の前に広がる景色を見て驚きの声を上げる。
師匠の家の門前からは、馬車がすれ違えるくらいの横幅の通りが、遠く聖城ダルクの方まで伸びていた。
地面は石畳で整備され、一定の間隔で背の高い魔導灯が設置されている。
「うん、この通りだけでも、小国の半年分の魔術予算は喰い潰せそう」
魔導灯を一年間維持する費用で、エルグランド王国の都市に家を一軒買える。
だから普通の国だと、せいぜい王宮と都市の主要な通りに設置されているくらいだ。
けれども、見た感じラ・ピュセルでは、細い通りにまでびっしりと魔導灯が設置されているようだ。
「さすがは魔術の総本山ですね……」
ソフィアは目をキラキラさせながら、活気ある夕方の街をしげしげと眺める。
この辺りは新市街地に位置していることもあり、目に映る建物はどれも比較的新しい石造りである。
その多くは四、五階建てのアパートメントで、一階部分は飲食店や書店、雑貨屋になっている。
そして、各店の軒先では「割れた聖杯」を始めとした色とりどりのマギカフラッグがはためいている。
「歩いているのは女学生が多いですね……あっ、ローブやタイの色でどの学校か分かるのです」
「そうなんだ。じゃあ、この辺りは安全そうだね」
夕方でも制服で出歩けるということは、この街の治安が安定している証拠だ。
学生ってのは実家がお金持ちの場合が多いから、ヤバい場所で制服なんか着ていたらすぐに攫われてしまう。
アパートメントが多いことからも、きっとここは学生街なのだろう。
時折頭上をすごい勢いで飛んでいく箒に乗った学生の姿も、それを裏付けている。
「真っ直ぐ行くと旧市街地、右に行くと大港、左に行くと新市街地の魔術女学園群……なるほどね」
交差点の看板を見て、私は方向の見当をつける。
旧市街地はそのまま聖城ダルクに繋がっている。
大港はラ・ピュセルの玄関口で、メインの市街地もその周辺に広がっている。
魔術女学園群は、多分その名の通り魔術女学園が密集している地域だろう。
わざわざ女学園群と書くくらいだから、共学や男子校は別のところにある可能性が高い。
(冒険者ギルドがあるのは、便利そうな大港かな。依頼で島から出たり入ったりするだろうし)
「ソフィア、大港の方へ行こう」
「分かりました。お供します!」
ソフィアは私の腕に自分の腕を回して歩き出す。
その仕草があまりにも自然だったから、断るタイミングを逃してしまう。
「ルシア様とデート~♪」
「デート……ただ歩くだけなのに……」
「一緒にお出かけすればぜんぶデートです!」
「……そういうもの?」
「はい!」
もちろん、私にデートの経験はない。
貴族育ちのソフィアにだってないはずだけれど、自信満々に頷かれれば黙るしかない。
「あっ、見てください! あんなにたくさんの魔術書が売っていますよ。そっちのお店ではペット用に魔獣ですって! すごいですね、エルグランドでは考えられない光景です!」
「……そうだね」
ソフィアはあちこちに目をやっては、いちいち驚きの声を上げる。
顔の半分くらいが聖布で隠れているのに、私の知る誰よりもソフィアは表情豊かだ。
「入学試験が終わったら、一緒にお買い物しましょうね!」
「あぁ……って、そういえば入学試験っていつなの?」
私の質問に、ソフィアは怪訝そうに首を傾げる。
「明後日に筆記、明々後日に実技と面接ですが……」
その顔には「まさか知らなかったのですか?」と書かれている。
「てっきりお急ぎになられているから、グリフォンに乗っているとばかり……」
「……あー、まあ、うん」
意味不明かつ曖昧な返事で誤魔化しつつ、脳内のスケジュール帳に日取りを書き込む。
グリフォンが借りられて良かった。
馬車だったら、アン王女の策略がなかったとしても試験日までに辿り着けなかったから。
「私がしっかりしないと……」
ソフィアはホッとする私を見て、謎に気合いを漲らせていた。
その後、あまり細い通りには入らないよう気をつけつつ歩いていくと、十五分ほどで街の様子が明らかに変わってきた。
アパートメントが減って一軒家が多くなり、道幅も馬車三台が横に並べるくらいの広さになってくる。
道行く人の多くは文様の入ったマントやローブを羽織っていて、みんな異様にガタイがいい。
また、これまでは話し声や食器の音が目立っていたのに、今は金属音や怒号、豪快な笑い声ばかりがそこら中から聞こえてくる。
「ガラス屋さん、鍛冶屋さん、塗装屋さん……ルシア様、ここって職人街なのでしょうか?」
「うん、宝石屋さんに大工屋さんもあるし、きっとそうだろうね。それに……聞こえる?」
私は自分の耳を指さし、ソフィアに問いかける。
実は先程からずっと、あちこちから怒号や笑い声とは違った"特殊な声"が響いているのだ。
「特別な音は……聞こえませんが?」
ソフィアは私から腕を離してじっと耳を澄ませるも、どうやら掴むことができないらしい。
「普通はそっか……えっと、ソフィアは他人の魔力を視れるよね?」
「はい」
「それと同じ感覚で、空気に乗った魔力を聴いてみるの。たくさんの楽器が奏でるオーケストラから、目当ての楽器の音だけを見つけるみたいに」
「や、やってみます!」
ソフィアは再び街の音に耳を澄ませる。
真剣なその様子に、何だか懐かしい気持ちになる。
私も四歳の時に、師匠に初めて連れていかれた職人街で同じことを教わったっけ。
「……あっ!」
ソフィアは一分ほどで、街に溢れる魔力の音を聴き取った。
「歌声がします! すごく綺麗な声……」
「よくできました。これが有名な親方の魔唱"マイスタージンガー"だよ」
「これが……! 確か、鍛錬する剣や鎧に魔力を込める歌、でしたよね?」
「うん。正確には、魔力を込めるための魔術式を刻む歌、だね」
魔力を流すと刻まれた魔術が発動する道具のことを、"魔道具"という。
たとえば私の仮面やソフィアの指輪は、自動的に魔力を吸って常時発動している魔道具だ。
「この場でただの石ころに魔術式を刻んでも、一応魔道具にはなるんだ。ただ、それだとたくさん魔力を流さなくちゃ発動しなくて、効率が非常に悪い」
「だから魔力が効率よく通るように、専用の魔術式を事前に道具に組み込むのですね?」
「そう。拾ったばかりの木はなかなか燃えないけど、乾かすとすぐ燃えるでしょ。それと同じで、魔力も雑味が多いと、上手く流れてくれないんだよ」
この分野は付与魔術に当たる、私の専門分野だった。
そのため、つい長々と解説してしまう。
「それにしても、不思議な歌ですね……カンカンという金槌の音に合わせて、陽気なものもあれば、悲し気なものもある……」
「素材によって旋律が違うんだ。金属にも色々あるし、石や木、布なんかもあるからね」
「すごいです……私、こういう場所には足を運んだことがなかったので……まさか職人街が、こんなに美しい音に溢れているなんて。ルシア様、魔力の聴き方を教えてくださってありがとうございます!」
ソフィアは"マイスタージンガー"にすごく感動しているらしい。
耳で魔力を聴くというのは、『魔力感知』の基礎の一種だ。
私が教えなくたって、ソフィアならそのうち勝手に習得していたことだろう。
そしたら、この職人たちの歌だってすぐに見つけられたはずだ。
「お礼なんていらないよ。こんなの、リリスに入れば誰でも習うし……」
「いいえ、感謝しますとも! だってルシア様が教えてくださらなかったら、今こうして感動は出来なかったんですから!」
ソフィアは歌声に合わせてくるくると回る。
「ルシア様と出会ってから、私の世界は広がりっ放しです。一秒一秒がとても楽しくて、生きててよかったって心から思えているんです! ルシア様、大好きです!」
心底嬉しそうに微笑みかけてくるソフィア。
まんざらでもない気持ちと、恥ずかしさが同時に込み上げてきて、私はプイっと目を逸らす。
「大げさだよ……それに、"マイスタージンガー"に関しては、ラ・ピュセルの職人街が特別なんだ。普通の街じゃ、こんなに綺麗に魔力だけは聞こえない。声を出して歌ってる職人がほとんどだからね」
「声を出すのと出さないのでは、やはり違いがあるのですか?」
「うん。より澄んだ魔力を込めるには、声すらも雑味なんだってさ。"マイスタージンガー"を極めるほどに、普通の歌声は聞こえなくなる。だからこの街はすごいんだ。真昼間だったらきっと徒弟たちもいるから、もう少し普通の歌声も聞こえるはずだけどね」
「なるほど……ルシア様、さすがの博識です!」
ソフィアは私の腕をギュッと握って身体を寄せてくる。
いつまで経っても慣れない胸の柔らかさに加え、サラリと流れてきた金髪が首筋に当たってくすぐったい。
「別に、博識とかじゃないし……」
「照れてるお顔も素敵です! これが仮面越しじゃなかったら、きっと私倒れちゃってました!」
「……やっぱソフィアと話すの、疲れる」
「え~!」
私たちはそんな感じで歩きながら、職人たちの音の芸術に耳を傾けるのだった。
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