第23話:可愛い弟子との再会(side:シスレー)

 夕暮れの庭を眺めていたら、私の可愛いルシアちゃんから鳥の形をしたお手紙が届いたの。

 すごい達筆で「私はリリスの試験を受ける。訳ありの少女を連れている」って書かれていてね。


 相変わらず要件しか言わない子ねぇって、懐かしくなっちゃった。


 あの子は私の唯一の弟子なんだけど、ちっちゃい頃から育ててきたから娘とか妹って言っても違和感はないの。

 私は早くに両親を亡くして一人で生きてきたから、家族がいたらこんな感じかなぁって、ずっと温かい気持ちで一緒に暮らしていたわ。


 だから、ルシアちゃんが冒険者になって独り立ちした時は嬉しかったけど、同じくらい寂しかった。

 エルグランドには、受付嬢のセリーヌちゃんをはじめ優秀な"教え子"がたくさんいたから、逐一報告はもらっていたけれどね。


 それにしても、あっという間にS級冒険者になっちゃって。


 さすがねって思っていたら、いきなり「魔術資格の偽造で国外追放になった」なんてニュースが飛び込んできて。

 ルシアちゃんが犯罪なんてするはずないから、きっと勇者パーティーで陰謀に巻き込まれたのねって可哀想になったわ。

 でもまさか、私が教授をしているリリス魔術女学園を受けることになるなんて思わなかったけどね。


 冒険者になる時に"上"に根回しした私の責任でもあるし、ルシアちゃんの手助けはしようって決めたわ。

 まあ、師匠だから頼まれれば責任とかなくてもあげちゃうけど。

 むしろルシアちゃんの方がそういうの気にするのよね。


 あの子は人付き合いが下手すぎる。

 無償の愛とか、友情とか、そういう見返りを求めない関係を知らなすぎるんだわ。

 私が拾って弟子にした理由でさえ「私に魔術の才能があったこと。私の両親を助けられなかったことへの罪悪感。そうでしょう?」なんて冷めた目で言っちゃって。


 理由なんて、「私がこの子を守ってあげたい」って思ったからってだけなのに。


 ただれた人間関係しか築けなかった私の人生で、唯一心から愛しているって言えるのがルシアちゃん。

 あの子と出会ったことで、ささくれた自分の心を癒やすためだけに人助けをしてきた偽善者の私が、初めて無償の愛を知れたのよ。

 魔術の才能がなくったって、私はルシアちゃんを育てていたって断言できるわ。


 本人に言っても信じてもらえないけどね……というか、愛っていう概念を知らないの。

 魔術を見たことない人が、魔術を初めて見てもそれを人が為しているとは思えないのと一緒。


 だから、リリスに来るのは私としても歓迎よ。

 お友達やライバル、恋人なんかも作っちゃってほしいなぁ。


 その第一候補がソフィアちゃんね。

 訳ありの少女、と書かれた手紙だけで、私もうずきゅんってきちゃった。

 さすがルシアちゃんは、私のことをよく分かっているわ。


 姦淫の魔女なんて陰で呼ばれているけれど、私は誰とでも寝るわけじゃないの。

 身体的な快楽は大人の女同士で貪って、少女たちには精神的な快楽を教え込むのが私のやり方よ。

 そして、精神的な快楽は絶望が深いほど大きくなるの。


 ソフィアちゃんはだから、私の大好物なのよ。

 馬車に乗る前から小鳥のゴーレムを通して観察していたけれど、見た目もすごく可愛いし、私のものにしちゃおうって思ったわ。


 そんな下心もルシアちゃんには見抜かれていたけれど。


 幻覚を見せる花の香りも、歓迎のふりをした媚薬入りのお茶も、さりげない握手も、ぜんぶルシアちゃんが隠形で展開していた"領域"に阻まれちゃった。


 また腕を上げたわねって嬉しくなっちゃったからいいけれどね。


 ルシアちゃんは領域魔術の天才。

 本気を出されたら、七賢者の私でもその防御を破れないわ。


 ソフィアちゃんの指輪がいい例ね。

 あんなに強力な指輪を送るなんて、ルシアちゃんも本気でソフィアちゃんを気にしているのね。

 あの指輪に刻まれた魔術陣によって、ソフィアちゃんの身体には常に複数の防御魔術がくっついているの。

 いうなれば不可視の鎧を着ているようなもの。

 私であっても正面から破ることはできないわ。


 初めてルシアちゃんと出会った日もそうだった。

 あの子は無自覚に自宅を魔術で囲っていたから、正面のドアから家に入ることができなかったの。


 私は防御が薄かった窓から侵入して、魔術使いを探したわ。

 そしたらね、暗い廊下でドアの前に座って、両親が帰ってくるのを待ち続けているルシアちゃんがいたの。


 私はすぐそばまで行って、石みたいに固まっているルシアちゃんにご両親の死を静かに告げたの。

 遺品の髪留めや血の付いた服の切れ端なんかを見せて、外に遺体もあるわって言ってね。


 それでも一向にドアの方を向いたままだったあの子を、私はたまらず後ろから抱きしめたわ。

 そのドアはもう開かないのよ、ご両親はあなたを守って亡くなったわ、だからお別れを言いに行きましょうって、繰り返し繰り返し囁いた。


 やがて、あの子の頬にツウッて一筋涙が流れてきて、それを見て私も泣いちゃったの。

 二人で朝まで泣きはらして、それからご両親とお別れしたわ。


 あの子はその日のことをはっきりとは覚えてないらしいけれど、とにかくそうして私たちは出会った。

 その縁が巡り巡って、今度はルシアちゃんがソフィアちゃんを助けることになった。

 人生って不思議だわ。

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