第22話:服の感想を言うのは苦手で……

「じゃあ師匠、私ちょっと出かけてくるね。ソフィアをお願い」


 今後の話もついたから、私はギルド長のお使いを済ませるべく立ち上がる。


「えっ、ルシア様、お出かけになるのですか?」


「うん。市街地に野暮用があるから」


「それならば私もご一緒します!」


「いや、ソフィアはこの家で待ってて。長旅の疲れもあるでしょ」


「全然大丈夫です! これでも私、体力はすごくあるんですよ!」


「でも、夜だし……危険かもしれないし……」


 初めての街で、初めての夜。

 しかもここはラ・ピュセルだ。

 治安はいいらしいけれど、この街には世界最強レベルの魔術使いたちがひしめいている。

 仮に襲われた場合、自分自身はともかくソフィアまで守り切れる自信がない。


「いいじゃないの、ルシアちゃん。連れて行ってあげなさいよ」


「……師匠」


「だって、ソフィアちゃんはこれからもラ・ピュセルで暮らすのよ。あんまり過保護じゃ、本人のためにならないわ。それに、私も手を打っておくから」


「ルシア様、足手まといにはなりませんので、どうか!」


 ソフィアは私の手をギュッと握る。

 いきなり他人に触られると普通はイヤなのだけれど、ソフィア相手だと何故かそうはならない。

 恥ずかしいような、もどかしいような、くすぐったい気持ちになる。


「……指輪もあるし、大丈夫か。いざとなったら私の言うことは絶対聞いて、無茶しないでね」


「もちろんです……私、がんばります!」


 ソフィアは私から手を離し、グッと握りこぶしを作って大きく頷く。

 もうちょっとだけ握っていてくれてもいいのにな、なんて考えてしまうのはどうしてだろう。


「……ルシアちゃんも隅に置けないわねぇ。さすがは私の唯一の弟子」


 師匠はニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべると、「さて、ソフィアちゃん」と立ち上がる。


「さすがにその服じゃサイズが問題だわ。それに、身体も拭いた方がいいわね。見習い魔女用の服とローブを貸してあげるから、ちょっと待っていてね」


 そうして師匠は一旦部屋を出ると、すぐに衣服を持ってきた。


「それでは……」


 すると、ソフィアはいきなりその場で脱ぎ出そうとする。


「なな、何やってるの! "風霧"!」


 私は慌てて立ち上がり、師匠に向かって風属性の幻覚魔術を放ちつつ目を伏せる。


「いきなりすぎるわよぉ、ルシアちゃん!」


「いいから師匠も目、つぶってて!」


 魔術は当然防がれたけれど、「やきもち焼きなんだからぁ」と師匠は目をつぶってくれる。


「私は、ルシア様にならば見られても一向に構わないのですが……」


「私が構うからっ」


 目を伏せながら、師匠がニヤニヤ笑っているのが分かってムカつく。

 他人の裸なんて冒険者生活で見慣れているけれど、ああいう外で見るのと、こうやって家の中で見るのは全然違う。

 しかもソフィアは、これまで私の周りにはいなかった同世代。

 そんな子に何の前触れもなく目の前で脱がれたら、動揺するのは仕方ない。


「……いかがでしょう、ルシア様」


 やがて、身だしなみを整えたソフィアに声をかけられ、私は目を開ける。


「うん、魔女見習いって感じだよ」


 白シャツにベストとロングスカート、黒いローブという見習い魔女の格好は、ソフィアによく似合っていた。

 目を覆う聖布も、魔術使いっぽい恰好をすればそこまで違和感はなくなる。

 ちなみに、ベストやローブの裏地の色は、師匠の趣味でえんじ色だ。

 所々についていた旅のヨゴレも、濡れた布で拭いてすっかり綺麗になっている。


「……そうですか」


 思ったことを口にしただけなのに、ソフィアはなぜか不服そうに黙り込む。


「ルシアちゃん、ソフィアちゃんが聞きたいのはそういう端的な事実じゃないのよ……ソフィアちゃん、よく似合っているわ。これなら、私の弟子だって言っても通じそうね」


 師匠に褒められ、ソフィアは嬉しそうにくるりと回る。


「ルシア様、シスレー先生のこのローブ、薔薇の香りがするんです!」


「へぇ……これって薔薇の香りなんだ」


 私には花の香りの区別はつかない。

 ただ、甘ったるい感じだなぁくらいしか分からない。

 毒の嗅ぎ分けなら得意なんだけど。


「いいでしょう、うちの庭に咲いている薔薇から採ったのよぉ。さすがに前の服は血のニオイがひどかったからね……ルシアちゃん、きっと乱暴な助け方しかできなかったんでしょうねぇ」


「たくさん敵がいたんだから、まとめた方が効率的でしょ」


 そう答えると、師匠はため息をついてこめかみを押さえる。


「はぁ……まっ、いいわ。それよりルシアちゃん。ほら、ソフィアちゃんに言うことがあるでしょ? 魔女見習いの格好はどう?」


 師匠に促され、私はもう一度まじまじとソフィアを見つめる。

 ソフィアは頬を染めながら腕を上げたり、裾を引っ張ったりして衣装を細部まで見せてくれる。


「あー……似合ってるよ。うん。いいんじゃないかな」


 似合っているとは思うけど、それ以外の言葉が見つからない。

 進歩がない私の言葉に、師匠はまた頭が痛そうな顔をするけれどソフィアは嬉しそうに笑ってくれる。


「ありがとうございます、ルシア様!」


 その笑顔のためなら、もう少しコミュニケーションを勉強してもいいかなって思えた。


「あとルシアちゃんにも、これ。薔薇のエキスを沁み込ませた小袋よ。風の魔術で血のニオイは消せても、冒険者特有の野性味はまだ服に残っちゃってるから」


「あー、うん。魔術的な効果はなさそうだし、もらっておくよ」


「もう、用心深いんだからぁ!」


 私は小袋をローブの胸ポケットに入れると、ソフィアと一緒に部屋の出口へと向かう。


「師匠、私たちが戻ってくるまでにお風呂の準備をよろしくね。ご飯は適当なところで食べてくるから」


「ええ、任せて。あと、大港の方に行くのなら"魔女の海百合亭"がおススメよ。魔女見習いが集まる気軽なお店で、海鮮パスタが絶品なの」


「……覚えておくよ」


 そうして、私たちは応接間を後にした。


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