第21話:ソフィアのこれから
私たちの小競り合いをハラハラした様子で見守っていたソフィアは、魔力が霧散したのと同時にトスンッとソファに腰を下ろした。
というより、緊張が解けて立っていられなくなったっぽい。
「ほら、お茶飲んで」
「あ、ありがとう、ございます……」
ソフィアは震える手で私からハーブティーを受け取る。
「ルシアちゃんが魔力なんかお漏らしするからよぉ。S級なんだから少しは加減しないとぉ!」
「言い方に悪意を感じるんだけど。それに、師匠だって圧かけてたじゃん」
「私はルシアちゃんだけにかけてたもん! まだまだ制御が甘いわねぇ」
「私は万一を考えてソフィアを包んでたの! 知ってるくせに……」
三年間会っていなかったけど、師匠はほとんど変わっていない。
おっとりしているように見えて、時折厳しくて鋭い七賢者の顔を見せる感じはすごく懐かしい。
ただ、昔よりも会話の中に変態的なワードを混ぜてくるようになった気がする。
まあ、十二歳から十五歳になったから、私に合わせて変態レベルを上げているのかもしれない。
ぶっちゃけいい迷惑なので、他の子に接する時みたいに普通に話してほしいんだけど。
それとも、久しぶりの再会でテンションが上がっているんだろうか。
可愛いところあるじゃんって思うけど、やっぱりそれで変態度が上がるのは理解不能だ。
「それで、ソフィアちゃんはどうするの?」
ソフィアの震えが収まったところで、師匠が優しい口調で尋ねる。
「私は……私はリリスを受けたいと思っています」
「それは、ルシアちゃんが受けるからかしら?」
師匠は胸元のペンダントを触りながら尋ねる。
「それもありますが……それだけじゃありません」
ソフィアは一度私を見てから、師匠に真っ直ぐ目を向ける。
「私はリリスに入って、もっと魔術を学びたいんです!」
「魔術を?」
「はい……私は生まれつきこの"眼"のせいで、祖父を始めとした周囲の大人から過剰に守られ、世間から隠されてきました。幼い頃はそれでも幸せだったのですが、祖父が亡くなり叔父夫婦に引き取られた時から、すべては変わってしまった……私は"眼"を封じられ、誰からも忌避される外見となりました。同時に、多くの人から"眼"を狙われるようになったのです」
ソフィアは私の思った通りの箱入り娘だったようだ。
というより、おそらく貴族の家という「箱」に文字通り閉じ込められていたんだろう。
そこでどんな事件が起こったのかは想像もできないけれど、"眼"を封じられてからは一人も味方がいない状態になって、相当苦しい想いをしたに違いない。
「でも、私はこれも運命だと受け入れていました……いえ、私の力ではどうすることもできないからと、何もかも諦めていたのです。私にできることは、信仰している天使様に祈ることだけでした。そんなある日、領地のすぐ近くで戦争が起こって、私は叔父が出資している修道院に隠されることになったのです」
「……その道中で私と出会ったってわけか」
私が口を挟むと、ソフィアは静かに頷いた。
あの時の修道女の恰好や、馬車の護衛に兵士がいたのもこれで説明がつく。
「叔父は私が敵の手にかからないようにと、ダミーの馬車をいくつも異なる地方に飛ばしました。本命の私が乗る馬車も、護衛の兵士は少数でした。領地を脱することはできましたが、結果的には裏目に出て、オークの野盗団に壊滅させられてしまったのです」
地方とはいえエルグランドの街道でオークと出会ってしまうとは、ソフィアは相当運が悪い。
あるいは、それすらも"眼"が運んできた災いの一端なのかもしれない。
「オークに組み敷かれた時ですら、私は天使様に祈るしかできなかった……そこでルシア様に助けていただいて、その凛々しいお姿や毅然とした態度に一目惚れしました」
ソフィアに笑顔を向けられ、ドクンと心臓が跳ねる。
態度とかは幻想で、私の顔が良すぎるから惚れたってだけのはずだけど、それにしてもソフィアの好意はいつも真っ直ぐだから対処に困る。
「私は、この先もルシア様と一緒にいたいです! でも、無力な私のままじゃ、ルシア様の足手まといでしかありません……祈ることしかできないのは、もうイヤなのです!」
ソフィアはスッと立ち上がり、決意を込めた表情で告げる。
「だから、私はリリスに入りたい! リリスでもっともっと魔術を知って、この"眼"のことを理解したい! そして、どんな災いも退けるだけの強い私になりたいのです! ルシア様の隣に立つのに相応しい、強い私に! だから、お願いしますシスレー先生! 私にリリスを受験させてください!」
ソフィアはそして、勢いよく頭を下げた。
師匠は胸のペンダントから手を離し、ゆっくりと立ってソフィアの隣までやって来る。
「顔を上げて、ソフィアちゃん」
「……シスレー先生」
「あなたの本気の想い、伝わったわ」
師匠はニコリと微笑んで、ソフィアの"眼"を真っ直ぐに見る。
「私は元から、あなたにはリリスを受けてもらおうって思っていたわ。その方が守りやすいし、"眼"が引き起こす災いにも対処しやすいって思っていたから」
師匠の言葉を聞いて、私は思わず「えっ」と叫びそうになる。
普通に反対しているのかと思っていた。
「……でも、私の覚悟が決まっていなかった。だから、あんな厳しい言い方をしてくださったのですね」
ソフィアも、どうやら師匠の意図を把握した上で自分の気持ちと向き合っていたらしい。
何も分かっていなかったのは、どうやら私だけだったようだ。
「魔術使いはエゴにまみれた生き物よ。ソフィアちゃんが言ったような"誰かに恩を返したい"なんて考え方じゃ、どのみち魔術なんて究められない」
師匠はチラリと私を見る。
確かに、魔術使いはみんな自分勝手で傲慢なところがある。
私も生きるために魔術を学び、その深みに魅了されてからは自分の楽しみのために研鑽を続けてきた。
「魔術使いに絶対必要なもの。それは膨大な魔力でも、精緻な魔術の腕でも、深遠な知識でもない……魔術使いに必要なのは、魔術に対する強い
「はい……!」
「ソフィアちゃんは強くなれるわ。その意志を、決して忘れないでね」
「ありがとうございます、シスレー先生!」
二人はしっかりと見つめ合い、うんうんと熱く頷き合う。
二人の本心は私には全然読めなかったけど、結果的にいい感じになって良かった。
「……師匠って、たまに教師らしくなるよね」
「たまにって何よぉ! 私はいつでも美しくて優しいシスレー先生なんだからぁ!」
私の言葉に、師匠は子どもっぽく怒って頬っぺたを膨らませた。
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