第19話:私の師匠は相変わらず最低でした

 お屋敷に入ると、私たちはだだっ広い応接間に通された。

 壁には複雑な文様のタペストリーがかけられ、暖炉の上には女神の彫刻が並び、天井からは豪華なシャンデリアまで下がっている。

 ソフィアと並んで腰かけたソファはふかふかで、大理石のテーブルにはいい香りの花が生けられた花瓶が置かれている。


「ユニコーンの馬車はいかがだったかしら? あの子たち、暴れたりしなかった?」


 師匠はキッチンから特製のハーブティーを持ってきて、私たちの目の前で淹れてくれる。


「はい、とっても快適でした! 乗る時に挨拶したらすごく喜んでくれて!」


「そう、よかったわぁ」


 師匠はソフィアを見て嬉しそうに微笑むが、その際にぺろりと舌で唇を舐める。

 何でもない仕草のようだが、私には通じない。


「ソフィア、今ならこの人を殴っても構わないよ」


「えっ、突然何をおっしゃるのですか、ルシア様?」


「そうよ、ルシアちゃん。ちょっと目を離した隙に暴力っ娘になっちゃったの?」


 ソフィアはともかく、師匠まで悲しそうな顔をするが、私は騙されない。


「白々しい……私たちが"そう"じゃなかったらどうするつもりだったの?」


「それはそれで美味しいじゃないの。それに、ルシアちゃんは絶対"そう"だって思ってたから問題ないわ! 一対一なら、うちのユニコーンちゃんたちは我慢できるもん!」


「できるもん! じゃないよ。いい年した大人がまったく気持ち悪い……」


「あ~、そんなこと言うと破門しちゃいますよ!」


「どうぞどうぞ、清々するから!」


「あ、あのっ!」


 にらみ合う私たちの間に、ソフィアがバッと割って入った。

 師匠はトロンと顔色を変える。


「なぁに、ソフィアちゃん?」


「お二人はさっきから何の話をしているのですか? 私、シスレー様のユニコーンに何か失礼を?」


 あたふたと尋ねるソフィアを見て、また師匠が舌なめずりをする。


「失礼なんてないわよ。むしろいいことをしてくれたわぁ」


「……ソフィア、ユニコーンが凶暴でなくなる条件を知ってる?」


「いえ……幻獣種には詳しくなくて」


「やだぁルシアちゃん、イッちゃうの? イッちゃうの~?」


「変なイントネーションはやめて……いい、ソフィア」


 私は師匠を睨みつけてから、ソフィアに向き合う。


「ユニコーンは、従順になるの」


「――っ!」


 ソフィアはそれを聞いた瞬間、真っ赤になって両手で顔を覆った。


「いやぁ~ん、可愛い~!」


 師匠はそんなソフィアを見て身をくねらせる。


「もう分かったでしょ、ソフィア。これが私の師匠。女とみたらセクハラせずにはいられない、世界最低の魔女」


「ひどいわぁ、ルシアちゃん! 私だって誰にでもこんなことはしないわよぉ」


「出入国審査官のイバネス氏にさえ、師匠の息がかかっているのを感じたけど?」


「気のせいじゃないかしらぁ? 七賢者の私が、マギカ・セネイトのお役人さんと"仲良し"なわけないじゃない」


「……どうだか」


 今のやりとりで、私が事前に知っていたラ・ピュセル内の政治的な関係性はおおむね正しいのだろうと推測できた。


 ラ・ピュセルには表向き、君主である「王族」と、執行機関である「マギカ・セネイト」という二つの政治機構が存在する。

 しかし、外交や祭祀を司る王族はお飾りなので建前上の君主でしかない。

 実際の政治は元老院である「マギカ・セネイト」の議員たちによって運営されている。


 それに対して、個人として強大な力と名声を持つ"七賢者"は、その気になればラ・ピュセルの政治に口を出すことができてしまう。

 さらに七賢者たちは基本的に支配されることを嫌うため、政治執行機関のマギカ・セネイトと水面下の対立関係にあるのだ。


(まあ、私と師匠の師弟関係は誰も知らないし、今後も政治にかかわるつもりはないからどうでもいいけど……)


 問題はソフィアのことだ。

 おそらく師匠の紹介でラ・ピュセルで暮らすことになるソフィアは、師匠の息がかかったお店で雇われる可能性が高い。

 薬草屋や食堂ならいいけれど、風俗店だった場合はさすがに黙っていられない。


(いや、本人がいいなら勝手だけど、私が助けた手前、できれば別のお店にしてもらえると心のつっかえがなくなるというだけで……ソフィアは目のこともあるし、風俗店に入ったらお客にいじめられそうだし……って、なんで自分に言い訳してるんだ、私は……)


 とにかく、ソフィアから目を離すのは危ない。

 師匠は女を篭絡ろうらくすることに関しては世界一。

 だから、いざという時は渡した指輪が効力を発揮してくれないと困る。

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