第17話:師匠の馬車と勘違いの指輪
ゲートを抜けた先には石畳の道が延びており、二頭立ての馬車が用意されていた。
馬車の側面には港の旗印と同じ"赤いスペードとイバラ"の紋章が刻まれている。
御者は木人ゴーレムで、曳いているのは二頭の白いユニコーンである。
「……師匠、いきなりこれか」
まさかの一角馬車に、私はため息をつきつつ独り言ちる。
「ユニコーンって幻獣種ですよね? 私、生きているものは初めて見ました……」
ユニコーンたちはこちらに気付くと、恭しく頭を下げた。
ブルル……という鼻息は穏やかで、とても「人刺し馬」と巷で恐れらているような雰囲気はない。
「ルシア様、この子たちは随分大人しいのですね。ユニコーンは目が合った人間を問答無用で突き殺すほど気性が荒いと聞いていたのですが……」
「ソフィア、角に触ってあげて。ユニコーンは礼儀を気にする生き物だから」
私はそう言いつつ、先にユニコーンたちのところに行って軽く角を撫でてやる。
硬質でひんやりとした角は大理石のような触り心地がする。
「よ、よろしくお願いしますね……」
ソフィアもやって来て、おそるおそる角を撫でる。
するとユニコーンたちは嬉しそうに
「ふふっ、くすぐったいですよ」
白い
貴族出身だから馬に慣れているのだろう、その手つきは私よりも馬の気持ちいいところを分かっているように見える。
(これは絵になるな……)
金髪の美少女がユニコーンと戯れる光景はどこか現実離れしており、私はついつい見とれてしまう。
「……挨拶が済んだら出発しよっか」
ずっと見ていると何だか照れ臭くなってきて、私はそう声をかけた。
馬車に乗り込み向かい合って座ったところで、ゴーレムが静かに馬車を発進させる。
森の道には一定の間隔で魔導灯が立っており、薄暗くなった辺りを幻想的な光で照らしている。
「それにしても、ルシア様はいつも堂々としていてすごいですね……入国審査も、ユニコーンの相手も、いつでも頼りになります」
「慣れだよ、慣れ。特別なことじゃない」
私は十二歳から冒険者として自活してきた。
それに対して、貴族出身のソフィアはこれまでほとんど"家"の庇護下から出たことがなかったのだろう。
いつから手枷なんかハメられる状況になってしまったのかは分からないけれど、それ以前はだいぶ箱入りだったに違いない。
「私も足を引っ張らないようにしなくては……」
「適材適所だよ。何事も」
私はソフィアのように会話を弾ませることはできないし、愛嬌もない。
ユニコーンに懐かれもしないし、死者を弔う慈悲もない。
(そう考えると太陽みたいな子だな、ソフィアは……)
そんな明るい少女の目をむごたらしく封じたのは、一体どんな人間なのだろう。
(関係ないって割り切ったつもりだったけど……やっぱり気になっちゃうな……でも……)
この手の好奇心は、探られる側にとってはすごく気持ちの悪いもの。
私自身、"死領域"時代に散々探りを入れられたから身に染みて分かっている。
(もうすぐ師匠にすべて預けられるんだから……態度に出さないようにしないと……)
「ところでルシア様、この馬車はルシア様のお師匠様のおうちへ向かっているのですよね?」
「……おそらくそう」
「ルシア様のお師匠様ですから、きっと素敵な方なのでしょうね」
ソフィアがキラキラした目で言う。
「いや、この世で最もろくでもない人間」
「そ、そんなこと……」
私の悪しざまな言い方に、ソフィアは驚きの表情を浮かべる。
「……ソフィアは師匠の旗印を知っていたようだけど、師匠……シスレー・アグル・ヴァージニアについてはどれくらい知ってる?」
「ええと……ラ・ピュセルの誇る"七賢者"のお一人で、薬草学の分野に多大な功績を残す"
「じゃあ、もう一つの二つ名については?」
「……"
「ウワサ、ね」
「はい。それに、"沈香"のシスレーといえば、未知の薬草を求めて世界を旅し、各地で人々を治療する慈悲の魔女としても知られています。そんな方が"姦淫"など……」
ソフィアはそう言って悲しそうに顔を伏せる。
「……ソフィアは師匠のこと、尊敬してくれているんだね」
「はい。私も幼い頃に本を読み、いつか"沈香"のシスレー様のように人の役に立ちたいと思っていましたから」
「ふーん……」
どうやらソフィアは、かなり美化されたシスレー像を信じているらしい。
(現実は、良いウワサも悪いウワサも、両方が真実なんだけどね……)
それを告げて夢を壊していいものか悩む。
(余計なことを言ってソフィアに嫌われたくないな……い、いや、別にすぐ師匠に預けるだけの関係だけど? そ、そう、余計なことを言うと酸素の無駄だから! それだけで、別に嫌われるとかは関係なく……)
私はなぜか、必死に自分に対して言い訳をしてしまう。
誰かに嫌われたくないだなんて、初めて思った。
そのことが何だかこそばゆく、とても恥ずかしい。
「ルシア様? いかがしましたか?」
黙り込んでしまった私に、ソフィアが心配そうな声で話しかける。
「ソ、ソフィア……いや、なんでもない」
私はハッと顔を上げて首を横に振る。
「そうですか?」
「うん。それよりも、ラ・ピュセルについたら渡そうと思っていたものがあるの」
私は懐を探り、目当てのアイテムを手に取る。
「渡そうと思っていたもの?」
「うん。念のため、これをソフィアに預けとく」
私はきょとんとしているソフィアの左手をスッと取ると、その人差し指に赤い魔石の指輪をはめる。
「なっ、これは! まさかルシア様、いきなり求婚ですかっ?」
ソフィアは飛び上がりそうな勢いでそう言って、私と指輪を交互に見比べた。
「それだったら薬指でしょ……違うよ。これは守りの魔術が込められた指輪」
「守りの?」
「これをつけている間は、私以外の誰かがあなたに触れるのを防ぐ結界を発生させるの。もちろん、魔術に対しても有効。それで、もしもあなたに誰かが触れたり、魔術をかければ私にそのことが伝わる」
守りの指輪は、大貴族が幼い娘に持たせる定番の高級品。
だから絶対、婚約指輪なんかじゃない。
「でも、これから行くのはルシア様のお師匠様のおうちなのでしょう? さすがに安全なのでは……」
「万が一、ということがあるから」
「はぁ……そこまでおっしゃるのなら頂きますが……」
ソフィアは怪訝そうな顔をしつつ頷いた。
確かに、師匠の家の中にいれば、たとえ魔王がやって来ても恐れることはないだろう。
この"死領域"の師匠だけあって、その結界術は世界でもトップクラスだから。
けれども一方で、結界に守られた"家の中"が安全であるとは限らない。
なにせ師匠の嗜好は……。
「求婚でも、私は全然受け入れたのですが……」
「まだ言ってるの……」
しつこいソフィアに私は呆れて頭を抱える。
ソフィアはニコニコ顔で私を見てから、窓に手を向けて指輪を外光にかざす。
(喜んでくれたみたいでよかった……いや、別に嫌がられたってつけさせたけどね?)
私がソフィアに指輪を渡したのは、師匠と対等な交渉をしてほしいからだ。
それ以外の意味は何もない。
「それにしても綺麗な指輪ですね……って、あれっ、ルシア様! あれをご覧ください!」
ソフィアに言われて窓の外に目をやると、そこには高さ五メルケルはある植物でできた緑の壁が聳えていた。
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