第15話:無事ラ・ピュセルに到着

「さて、と……着陸の準備をしようか」


 ラ・ピュセルがいよいよ目と鼻の先に迫ってきたところで、私は仮面をつける。


「……ああ、美しいお顔が」


 ソフィアの名残惜しそうな声を無視して、私はセイランに着地点の指示を出す。

 書物によればラ・ピュセルの城壁には防衛魔術が張られているらしく、入国するには無数にある港のどれかに寄港して入国審査をくぐらなければならない。

 こういう点も、ラ・ピュセルの治安の良さと強い独立性を象徴している。


「浮島群まで来るとさすがに混雑するね」


 ラ・ピュセルの周囲には無数の小島が浮かんでいる。

 それぞれに所有者がいるらしいその島の影を、飛空艇や箒乗り、私たちのような騎獣に乗った者たちが混然と飛び交っている。


 一応移動手段ごとに決められた飛行時の高さが何となく決まっているようだから、私たちも騎獣用らしい高さに合流する。


(箒乗りたちは全然守ってない人も多いけど……)


「あの……ルシア様。実は私、まだ言っていないことがありまして……」


 ふとソフィアが私の裾を引いて、申し訳なさそうにそう言った。


「なに?」


「入国には身分証が必要でしょう? 私も所持してはいるのですが……」


「身分証にかけられた追跡魔術で、ソフィアの居場所も敵対者にバレてしまいそう?」


「ど、どうしてそれを……?」


 実は、ソフィアが何を言おうとしているのかは事前に予想がついていた。


「安心して。対策はあるから」


 私は荷物の中から事前にしたためておいた文を出すと、詠唱する。


「"吹き荒ぶ風よ、主の枝となり飛翔せよ、紙鳥"」


 私の魔術によって文は鳥の形に折れ、目にも止まらぬスピードでラ・ピュセルの方へ飛んでいった。


「これで大丈夫だと思う。ソフィアはあとでちょっと苦労するかもだけど、入国には問題ないはずだから」


「あの手紙には一体何が……?」


「ついてからのお楽しみ」


「はぁ……」


 よく分からない、という風に首を傾げるソフィアをしり目に、私はセイランに指示を出す。


 視界にラ・ピュセルしか入らないほど近づいた辺りから、騎獣用の飛行ルートはいくつかの方向に分かれ始めていた。

 多くの者は『大港』とか『巨人の口』とか呼ばれている正面の巨大な桟橋へ向かっている。

 残りの者は無数にある港から、それぞれの目的地を選択して飛んでいる。

 混雑回避のために有能な個人や組織は、自分たち専用の港を確保しているのが常だった。


「私たちはリリス受験生用の港を目指すのですか?」


「いや、ソフィアがいるからね。降りるのはもっと静かな場所」


 私は目的地を指さす。

 そこは大港から西へ二キロメルケルほどの地点にある、花と緑に囲まれた港だった。

 城壁からせり出すように作られた庭園の先には桟橋があるが、停泊している飛空艇や騎獣の姿は見当たらない。


「すごく綺麗な港ですが……旗印は"赤いスペードとイバラ"……まさか?」


「うん。いつかラ・ピュセルに来たら使うようにと師匠に言われてたんだ」


「では、あれはお師匠様の……ルシア様は、本当に何者なのですか? だって、あの旗印は……」


「まあ、色々あるんだよ。それと、入国審査中は私のこと、名前で呼ばないでくれる?」


「わ、分かりました……」


「じゃあ、着くからつかまって」


 私は手綱を引いてセイランに着地の指示を出す。

 セイランはグルルォ! と嘶くと、ググっと急角度で旋回降下を始めた。


「きゃっ、ルシア様!」


 突然のことにびっくりしたソフィアが私にギュッと抱きつく。

 背中に発生するむにゅっとした柔らかさと、布越しにも伝わる人肌の熱。


(なんでこんなにドキドキするんだろ……)


 早く着地してほしいような、もう少しこの感触を味わっていたいような、じれったさ。

 他人から密着されるというのは、これほどまでにおかしな感情を発生させるものなのだろうか。


(……ソフィア以外とくっついても、こうなのかな)


 余計なことを考えつつも、手綱を操る手は緩めない。

 セイランは指示通り、スーッと滑るようにして桟橋に降り立った。


「……さあ、もう着いたよ」


 いまだに私に抱きついているソフィアにそう声をかけると、彼女はハッとして私から身体を離す。


「あっ……すみません、私ったら! しがみつくなと言われていたのに!」


「気にしないで。着地時に落下したら、目も当てられないし」


 私の言葉に、ソフィアは恥ずかしそうに顔を伏せた。


「あなたもお疲れ様、セイラン」


 私はセイランの首筋を撫でてやり、好物の兎肉をその口に放り込む。


「ありがとうございました、セイラン」


 ソフィアも手を伸ばして、私と同じようにセイランを撫でて感謝を示す。

 セイランは嬉しそうにグルルルォと鳴き、私たちが降りやすいように頭を垂れてくれた。


「さあ、行こうか」


 私は先にセイランから降りると、ソフィアに手を差し出す。

 ソフィアは頬を赤らめてそれを握った。


「ルシア様、騎士様みたいでかっこいいです」


「要人護衛の任務じゃ、こうするのが普通だったから」


 私はセイランに待機の指示を出すと、ソフィアと並んで入国審査のためのゲートへと歩き出した。

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