第14話:騎士パーティーの姫(side:イザヤ)
エルグランド王国の誇るS級冒険者パーティー『エルドラド』の面々は、いつものように王都の最高級宿屋・ドラゴンの牙亭で朝食をとっていた。
勇者専用のVIP個室は豪華な作りで、壁には盗聴防止の魔術式がかけられている。
A級盗賊(シーフ)の"
まだ寝ているらしいアン王女を除いたパーティーメンバーの三人は、毒見が終わった料理を片っ端から乱雑に取っていく。
「それにしても"死領域"の奴、一体どこへ行ったんだ? 打ち上げにも顔を出さずに消えて以来、もう三日も連絡が取れていないぞ!」
こんがり焼かれたパンにバターを塗りつつ、S級剣士"勇者"アイザック・レオンハルトが、そう言って仲間たちの顔をぐるりと見渡す。
「ボクは何も知らないよ。それより早く代わりを補充しよう。次の依頼は明後日から始まるんだし」
最初に答えたのは、アイザックの正面に座った小柄な男だった。
前髪で目を隠した彼の名は"
見た目は少年にしか見えないが、エルグランド王国でも最高峰の攻撃力を持つS級の双剣使いだ。
しかし、イザヤからすれば「いつも殺しのことしか考えていないイカレ野郎」である。
「うむ。何かあったのかと配慮して依頼を受けなかったが、そろそろ潮時であろうな」
そう言って朝からエールを大ジョッキで飲み干すのは、ドワーフ族のS級斧使い、"
ドワーフらしからぬ恵まれた巨躯と、ドワーフらしい山盛りの髭が特徴の頑強な戦士だ。
イザヤの評価としては「悪い奴じゃなんだが、思慮が浅すぎるから話しているとこっちが疲れちまう」であり、いわゆる前衛バカである。
「どうやら"死領域"は資格偽造の罪で国外追放になったらしいですよ。冒険者資格の方か、魔術免許の方かは知りませんがね」
イザヤは仕入れたばかりの情報を伝えつつ、メンバーの出方をうかがう。
彼は斥候やかく乱、毒殺などのS級が苦手とする小技を得意としており、ダンジョンで罠を見分ける嗅覚も鋭い。
おまけに情報系ギルドにも顔が効くから、一年前からA級の身ながらS級の勇者パーティーに籍を置かせてもらっているのだった。
「資格偽造? そんなくだらないことで勇者パーティーのメンバーを裁けるわけないだろ! 一体どういうことだ!」
アイザックは紅茶の入ったコップをダンッとテーブルに叩きつける。
「資格偽造というのはあくまで建前よ」
そこに、最後のパーティーメンバーであるA級回復魔術使い・アン王女がやって来て、アイザックの隣に腰掛ける。
「実はあの子、前からいかがわしい副業をやっていたらしいの」
アン王女がそう言って、テーブルにこぼれた紅茶を拭く。
「いかがわしいってぇと、性風俗関係ですかい、アン王女?」
「そうよ、イザヤ。ほらあの子、ずっと隠していたけどあの顔であの幼女体型だったでしょう? 休暇には変態が通う違法なお店で働いていたみたい」
「だからいつもさっさと帰っていたのか! せっかくパーティーにいるのに一人が好きだなんておかしいと思っていたんだ!」
アイザックがポンと手を打つ。
「これは他言無用なんだけどね……違法な風俗店を一斉摘発したら、複数の店舗の従業員リストに"死領域"の名が載っていたのよ。つまり、冒険の旅に全国各地で違法な変態行為に手を染めていたってわけね。冒険者ギルドはメンツ丸つぶれ、資格偽造と合わせてあの子は死刑を求刑されたわ」
アン王女が告げた真相に、イザヤ以外のメンバー全員が「くだらない」という顔をする。
「せっかく強かったのに愚かな奴だな!」
「ボクにも理解できないね。殺し以上の快感があるわけないのに」
「うむ。わしにも色狂いのやることは理解不能であるな」
脳筋トリオの反応に、アン王女はニヤニヤと嬉しそうな顔をして、話を続ける。
「一応、"死領域"は勇者パーティーの一員だからね。本当のことが知れたらパーティーの名誉に傷がつくでしょう。それにいくら変態でも、かつての仲間だから可哀想で……私が陛下に懇願して、表向きにはただの国外追放ってことにしたのよ」
「アン、お前はそんなに俺たちのことを考えてくれたんだな! それに、愚かな"死領域"の名誉のことも! 俺は感激した!」
アイザックが立ち上がり、アン王女の手をギュッと握った。
「当たり前よ、アイザック。私たちは仲間なんだから」
とろんとした目でアイザックを見つめるアン王女。
その顔には「ぜんぶ上手くいったわ」という優越感と満足感が滲み出ていた。
(絶対アン王女が裏で手を回してんじゃん……うっわぁ、王族にかかっちゃ"死領域"でも消されんのかよ……)
アン王女はずっとアイザックに盲目的な恋をしていて、邪魔な女はすべて汚い手で排除してきていた。
しかし、イザヤ以外のパーティーメンバーは、アイザック本人を含めて誰もアン王女の恋心には気づいていなかった。
("死領域"の素顔を見ちまって、自分とは天地の差があるって思ったんだろうなぁ……)
イザヤからすれば、アン王女も普通に美人の部類だが、"死領域"は神話の女神様レベルに顔が良かった。
顔を見たのが戦闘の真っ最中でなかったら、イザヤは気絶してしまっていたかもしれない。
(現状は誰もあんなチビを恋愛対象としちゃ見ていないが……将来のことを思ったら、アン王女は不安になっちまったに違げぇねぇ)
顔が良すぎるだけで殺されてしまうとは、"死領域"もとんだ災難だったろう。
この話題にあまり首を突っ込むと火傷じゃすまなそうだ。
イザヤはそう思い、今後"死領域"について、特にその顔について話すのはよそうと心に決める。
「そんなことより、代わりはどうするの? ボクは支援系の魔術使いに当てなんかないけど」
オラクルの言葉に、ゼゴラゴスが「わしもない」と腕を組んで大仰に言い放つ。
「俺は何人か思い浮かびますが、"死領域"ほどの腕利き魔術支援職ってなるとねぇ……?」
イザヤが肩を竦めてアイザックを見ると、勇者は仁王立ちしたままはっきりと言う。
「うむ、それなら魔術支援職は必要はないな! 確かに昔はいなければ危うかったが、今の俺たちなら大丈夫だろう! それより魔術火力職を探そう!」
「私もアイザックに賛成よ。回復は私がするし、足りないのは魔術による火力だわ」
「確かに火力はあっても困らないからね。ボクも賛成」
「わしも賛成である。魔術による支援など、今の我らには不要! 攻撃こそ最大の防御なり!」
(おいおい、マジかよ……)
あまりの脳筋な意見にイザヤは頭を抱える。
彼らはパーティーとしてはS級だが、"死領域"が抜けた今、個人でS級冒険者なのは前衛の三人だけだ。
イザヤは雑魚掃除やデバフ担当の後衛支援職だし、アン王女に至っては実力はC級なのに、コネでA級になっているお荷物。
今のままじゃ、明らかに防御力が足りていない。
これまでなんとかなっていたのは、S級の前衛たちを攻防自在の"死領域"が的確に支えていたからだ。
(単独戦闘はともかく、大規模戦闘は"死領域"の支援がなきゃ戦えねぇ……アン王女のへなちょこな回復魔術だけじゃ、とてもじゃねぇがS級の戦場じゃ追いつけねぇよ……)
「イザヤはどうなの? まさか、反対?」
アン王女に語外の圧力をかけられ、イザヤはため息をつく。
「いいえ、俺も賛成ですよ」
もしかしたら、エルグランドの勇者パーティーはもうダメかもしれない。
だが、ここでA級のイザヤが反対意見を言っても誰も聞く耳を持たないだろう。
それに、最悪アン王女に目を付けられて"死領域"のように消されるかもしれない。
(……これだから騎士パーティーの姫はイヤなんだよ)
イザヤは明後日から始まる任務への不安を忘れようと、濃いめのコーヒーをすするのだった。
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