第12話:魔術の秘密はしゃべらないけど……

 グリフォンの旅は続く。


「それにしても、リリスを受験できるということは、ルシア様は私と同い年なのですね。それなのにその卓越した魔術の腕前……特にあの反転術には驚きました」


 私がソフィアの手枷に詠唱した『反転術』は、物に刻まれた魔術式の効果を反転させる光属性の基礎的な魔術だ。


「普通なら四つの術式を反転させることだって困難なのに、その効果を維持したままで手枷まで破壊してしまいました。私にはどんなことをしたのかまったく分かりませんでした!」


「反転術は通常、一つの術式に一つしかかけられないからね」


「はい……二つ目を同時がけすると一つ目の反転効果は失われてしまう……私は魔術の講師からそう教わったのですが」


「間違ってはいないよ。複数の反転術を同時に使う際は、複数人の魔術使いが行うのが一般的」


「それでは、ルシア様は一体どうやって……?」


「あれは……私の得意分野だったから」


  さっきの反転術は、私の独自の要素を加えて、「領域反転術・水風」としてある。

 その効果は、主に三つ。

 一つ目は、同じ物に刻印された複数の魔術式を一つにまとめて反転させる効果。

 二つ目は、指定した物から水分を抜く効果。

 三つめは、指定した物に逆に水と空気を反応させる効果。

 つまり、あの手枷は最初に様々な妨害魔術をひとまとめに無害化させられた状態で、木の部分はガサガサに乾燥、鉄の部分はズタボロに酸化して崩れ去ったのである。


「例えるなら……魚をたくさんバケツに入れた上で、バケツにまるごと反転術を使ったって感じ。その状態で、手枷を風化させたの」


「す、すごいです……ルシア様は反転術がお得意なんですね!」


「いや、得意なのは反転術じゃなくて……」


 領域魔術、と口にしかけて、私は少しだけ言い澱む。

 何と言っても、私は元"死領域"。

 ソフィアは貴族だろうし、S級冒険者の名前を知っていてもおかしくない。

 ルシア=死領域だとバレれば、色々厄介なことになる。


「……領域魔術、なんだけど」


 言いながらそっと振り返り、ソフィアの様子を窺う。

 ソフィアは何かに気付いたようなそぶりは見せず、年相応の可愛らしい仕草で首をかしげる。


「領域魔術? 聞いたことのない種類ですね……」


「マイナーだから。もっと大きく分類すればエンチャント……付与魔術の一種、かな」


「そうなのですね。てっきり私は名前からして結界魔術の一種だとばかり」


「それも間違ってはいない。確かに領域と結界は似ているから。でも、そもそもこの二つは付与魔術の一種なの」


 話しながら引き続きソフィアを観察するが、特に変わったそぶりは見られない。

 どうやら"死領域"については何も知らないようだ。

 私は専門分野を語る喜びに身を任せて、領域魔術について早口で講義する。



▼(以下、説明的なので飛ばしてもらっても構いません)


の。結界魔術は主に地面や壁に魔術陣を描いてその陣内を保護する術式だから、広義の付与魔術にあたる。領域魔術もこの点は変わらない」


「なるほどです。領域魔術も同様に広義の付与魔術である、ということですね。では、両者の違いは?」


のに対し、効果があるという点。ようするに、外からの刺激に対して張るのが結界、内側に何かを閉じ込めるのが領域。こう覚えておけばいい」


「はい、先生!」


「せ、先生……こほん。したがって、先程の"領域反転術"は、手枷という物体を領域の内側に閉じ込めた上で、反転術式をかけたというわけ。複数の反転術式がかけられたことも、ソフィアの腕には"風水"の効果が及ばなかったことも、すべては手枷が領域に閉じ込められていたからできたこと」


「つまり、バケツという領域に、手枷の術式という複数の魚を丸ごと閉じ込めて、魚を一つの大きな塊とみなして反転術をかけた上で、バケツ内の物質を操作したのですね! だからバケツの外にある私の腕には効果がなかったと!」


「そういうことだね。ちなみに、一つの対象には四つまでしか術式が付与できない。それ以上だと術式同士が反発して打ち消し合っちゃうの。これを"平行記述の安定性理論"っていう」


◆一言まとめ


・付与魔術=何かしらの物質に陣や印、道具、あるいは魔力のみを用いて魔術効果を施す魔術のすべてを指す。下記の二つは主として陣によって発動するため付与魔術に含まれる。

・結界魔術=外から陣の内側の何かを守る。

・領域魔術=陣の内側に何かを閉じ込める。



「勉強になりました! ルシア様は今からでも立派な魔術講師になれますよ!」


「わ、私はただの無職だから……」


 尊敬の念を背中にひしひしと感じて我に返る。


 いくら"死領域"だとバレてないからって、専門分野の話をしすぎた。

 自分が使う魔術の情報というのは生死を分けるし、どこでかでボロが出て正体がばれたらめんどくさいことになってしまう。

 いまさらかもしれないけれど、ちゃんと口止めしておかなければ。


「語っといてなんだけど、私が魔術を使ってソフィアを助けたことは師匠以外には内密にしてほしい……まだリリスの受験前で、免許もない身だから」


「はい、それはもちろん。恩を仇で返すようなマネはいたしません!」


「それから、グリフォンのことも秘密で。私が領域魔術を使うことも。そもそもあの場で出会ったことも、師匠以外には言わないで……約束できる?」


 私は人差し指をピッと立てて問いかける。

 そのポーズはオークを殲滅した時と同じ、語外の脅しだ。


「分かりました……ルシア様は秘密が多い方なのですね」


「これくらい、魔術使いなら普通だよ」


「……確かに、そうかもしれません」


 ソフィアも自身の"眼"のことを私に話していないと思い出したようだった。


「とにかく、しゃべったら、殺すから」


「……はい」


 そうして二人の間に、しばし気まずい沈黙が訪れる。


(……これが、私に友達ができないことの理由だよ、ギルド長)


 魔術使いというのはみな秘密主義者だ。

 詠唱を"力ある詞"と言うことからも分かるように、魔術の根本とは"ことば"なのだ。

 故に、魔術使い同士の会話はどうしても腹の探り合いになる。

 言葉の端から情報を読み解き、いかに相手よりも優位に立つかのゲームになってしまう。


 私がこのゲームを苦手としているのは、初対面のソフィア相手にペラペラしゃべってしまい、脅すって手しか打てなくなったことからも分かるだろう。

 自覚があるから、冒険者時代もずっと無口で通して極力コミュニケーションを取らなかったのだ。


(単にコミュ障で面倒だったのもあるけど……)


 疑い合い、騙し合い、誰のことも信じない。

 弱みを握られれば、力で脅して黙らせる。

 そんな自己中心的な魔術使いの文化に染まり切った私とコミュニケーションなんて、誰も取りたがるはずがない。


「……では、魔術のことは除いて、ルシア様自身のことをもっとお教えくださいな!」


 そう思っていたのに。

 ソフィアは私の人差し指をキュッと握って、明るい声色でそんなことを言う。

 意味が分からなくて、私は思わず聞き返してしまう。


「わ、私のこと?」


「はい。たとえば好きな食べ物などは?」


「……チーズケーキ」


「可愛いです! 私もチーズケーキ、大好きですよ。レーズンジャムなどとも合いますよね」


「その組み合わせは、食べたことない」


「それなら今度ご一緒しましょう! 私、ラ・ピュセルのいいお店のウワサを知っているのです」


「……気が向いたらね」


「約束ですよ! そうだ、チーズケーキといえば他にも……」


 脅されたはずなのに、ソフィアはなぜか余計にグイグイ話しかけてくるようになった。

 どうしてなのか分からなくて、聞かれるがままに答えてしまう。


(たくさんしゃべってもらえるのは場が持つから楽だけど……)


 何だか、不思議な気分だ。

 ソフィアみたいな子は、今まで私の周りにはいなかった。

 冒険者としての私に求められていたのは、魔術と戦闘とサバイバルの知識だけ。

 私自身のことを知ろうとしてくれる人なんて、これまでの人生には皆無だった。


「ルシア様のこと、もっと教えてくださいね!」


 そう言われると、胸の奥がかゆくなる。

 その理由について考えようとすると、何故だかすごく恥ずかしい。

 けれども、決してイヤな気分ではない。


(……本当に、厄介なものを拾ったな)


 そうして私たちはラ・ピュセルが見えて来るまで、出自やこれまでの人生などの核心には触れず、それなりの会話を続けたのだった。

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