第11話:色々な意味でヤバい美少女を拾ってしまった……
「これがグリフォンの上からの景色……すごい……すごいですね! ルシア様!」
ソフィアは私の後ろで、興奮した様子で手を叩く。
目元には襲われた際に剥がれた聖布が巻き直されているが、その状態でもやはり見えているらしい。
ちなみに、鑑定眼で調べたところ聖布は一般的な教会で儀式に使われるものと大差なく、特に魔術的な仕掛けは施されていなかった。
「あんまり暴れると落ちるよ」
「そ、それはまずいですねっ」
注意すると、ソフィアは私の腰に回した手をギュッとして身を寄せてくる。
背中にむにゅッと柔らかな感触が発生し、何故か心臓の鼓動が速くなる。
「今度は、くっつきすぎ」
「そうですか? ではこれくらいで」
胸の感触は和らいだけれど、腰に手を回されているのは変わらない。
同年代の他人に密着されたこと自体が初めてのため、慣れなくて変にドキドキしてしまう。
「……だけど、災難だったね。オークに襲われるなんて」
私は謎の緊張を誤魔化すように、そんな言葉を口にしてする。
「はい……この辺りの治安はいい方なのですが、近頃は魔獣や魔族が活性化しているようなのです」
魔獣とは魔力を操る獣たちの総称で、魔族とは魔獣の中でもある一定以上の知能を持った種族を指す。
最下等であるとはいえ、オークは人の言葉を介するれっきとした魔族だ。
人族を凌辱して食すことを至上の喜びとする残忍な連中で、かつては魔王に付き従って多くの村々を荒らしていた。
だが、八年前に魔王が滅ぼされてからは、各地の山奥に逃げ込んだはずである。
主要街道を避けているとはいえ、こんな人里近い地域に出没するとは考えにくい。
(しかもちゃんと武装していたし……魔王復活が間近だってウワサは、本当なのかな?)
「でも、おかげでルシア様と出会えましたから!」
ソフィアはまたもギュッと胸を押し付けてくる。
すると、さっきの戦闘でかいた汗の香りに混じって、なぜかソフィアから甘くていい香りが漂ってきた。
これまでの冒険中には嗅いだことのない香りで、何だか落ち着かない気分になる。
「……ソフィアは前向きなんだね」
「いえ、不幸に慣れているので幸せを見つけるのが上手くなっただけですよ!」
「そういうところが、前向きなんだよ」
こんな状況でも嬉しそうな声色でそう言えるソフィアに、私は素直に感心する。
目のことで散々苦労してきただろうに、明るさを失っていないのはすごいと思う。
(それにしても私、けっこう上手くしゃべれてるな……)
最初に天使とかワケの分からないことを言われたせいだろうか。
思ったよりも自然な感じで、私はソフィアと話すことができている気がする。
今のうちに、必要事項も伝えてしまおう。
「話は変わるけど、ソフィアに確認しておかなきゃいけないことがあるんだ」
「なんでしょうか?」
「この旅の目的地なんだけど……魔術都市国家ラ・ピュセルを目指してるの」
「ラ・ピュセル……もしかして、リリス魔術女学園を受けられるのですか? ルシア様ほどの魔女なら絶対合格間違いなしですが!」
「いや、確かに受験できる年齢ではあるけど、今は関係なくて……ラ・ピュセルには私の師匠がいるんだ」
「お師匠様が?」
「ソフィアは私の手に負えそうにないし、そこで師匠に預けようと思ってる」
「えっ……」
「安心して。師匠はラ・ピュセル有数の魔女だし、かの高名なリリス魔術女学園の講師だから。構わない?」
「……」
「……ソフィア?」
「あっ……はいっ……いえ、そうですよね。仕方ない、ですよね……ええ、構いません」
ソフィアはこの世の終わりみたいな声で言う。
「そ、そんなにイヤ……?」
「助けて頂いた身で烏滸がましいのですが……正直、イヤです」
ソフィアははっきりと言う。
確かに、いくら命の恩人の紹介だからって知りもしない魔女に預けられるのは、貴族的には陰謀のニオイがするのかもしれない。
だけど、私にはそれ以外の解決方法が思いつかない。
「そっか……でも、どうしよう。私、師匠以外の知り合いがいないんだけど……」
私が別の手段を考えようとすると、ソフィアが慌てたように言う。
「違います、信頼はしています! ルシア様の紹介ですから!」
「えっ、じゃあなんでイヤだと……?」
「私はルシア様と離れ離れになるのがイヤなのです! ルシア様をお慕いしていますから!」
「…………は?」
「好きです、ルシア様! 一目ぼれです、運命の恋です、愛しています!」
「……………………」
(何言い出すんだ、この子?)
私が「無」の顔で思考停止すると、ソフィアはイタズラが成功した時の子どもみたいに肩を竦める。
「フフッ、冗談です……イヤなんて言える立場ではありませんし、ルシア様のご提案なら何であれ喜んで従いますよ」
「そ、そう……」
また私の良すぎる顔面が悪さをしちゃったのかと思ったから、冗談と言われてホッとする。
「……でも、本当に良いの? 提案した身で言うことじゃないかもだけど、こんな見ず知らずの相手の師匠だよ?」
「ええ。だってルシア様はとてもお優しい方ですもの。私の身を案じて、最善策を考えてくださったのでしょう?」
「……私はただ、面倒くさがりなだけだよ」
「それでも、です。私の目のことだって、ルシア様は驚きこそすれ詮索しようとはなさらなかった……お優しくて、思慮深いお方です」
ソフィアが目に複雑な事情を抱えているように、私も自分の顔によって運命を狂わされてきた。
そういうことに触れれば、おのずと相手の事情に深く踏み入ることになる。
話を聞けば情が湧き、責任も持てないのに手助けしたくなるかもしれない。
そして、どうせ最悪な出来事に巻き込まれてしまう。
世の中には知らない方が幸せでいられることがたくさんある。
だから私はあえて触れなかった。
それは優しさではなく、ただの保身だ。
「……私はそんな人間じゃ——」
「——あっ、でもお慕いしているのは冗談ではないですよ! 大好きです、ルシア様!」
ソフィアはそう言って、また私をギュッとした。
「ソフィアと話すと、疲れるな……」
短時間でこんなに感情を振り回されたことはない。
私はソフィアの腕を軽く払いつつ、ため息をついたのだった。
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