第6話:王都ギルド長はお節介

 階段を上がったら、二階の廊下を突き当りのドアまで歩いていく。

 重厚な樫の扉をノックすると、「入れ」と低くて太い声が聞こえてきた。


「……お邪魔」


 執務室に入ると、まず天井から吊るされたドラゴンやグリフォンの小型骨格模型が目に入ってきた。

 右の壁には大人の背丈を優に超える骨太な両手剣と、グレートアイアン製の全身甲冑が飾られており、左の壁には天井までうず高く地理や歴史の高価な本が収納されている。


「おう、座ってくれや、"死領域"」


 部屋の正面奥、特注の大型デスクに腰掛けた王都冒険者ギルド二十七代目ギルド長・オリヴァー・"ザ・ボム"・ドボルザークはそう言って、来客用のソファーを顎で指した。

 二メルケルを超える巨漢の彼は五十代半ばになってなお筋骨隆々で、今すぐ現役復帰しても片手でモンスターの首をへし折れそうな迫力がある。

 いつでもトレーニングができるから、という理由で常に禿頭にタオルを巻いてタンクトップ姿で執務に臨んでいるのも相変わらずだ。


「良いニオイしてるけど……洞窟ハーブ?」


 私は魔獣ポヤポニスの体毛を使ったふかふかの来客用ソファーに腰掛けつつ尋ねる。

 ちなみにテーブルは、魔獣ベヒモスの骨で作った分厚くて厳つい品だ。


「さっきまで鍛錬していたからな。お前さんが来たと報告があったから、急いで空気を入れ替えて香を焚いたんだ」


 オリヴァーは口角をクイッと上げて大胸筋をピクピク動かす。

 彼は顔に似合わず気遣いのできる男なんだけど、いつも感情が顔より筋肉に出るから笑ってしまう。


「最近流行ってるらしいぜ、洞窟ハーブのお香。ウィンスレッド侯爵家がいくつも発売してる。こういうのは若いお前さんの方が詳しいんじゃないか?」


「全然知らない。興味もない」


「そーかい。十五歳っていえば乙女の盛りのくせに、相変わらず花のない生活してるみたいだな」


 ギルド長は師匠の元パーティーメンバーで、私の性別や年齢も知っている。

 素顔の方は知らないはずだけど、師匠から何か聞いている可能性はある。


「余計なお世話」


 私はテーブルの上に置かれたティーポッドに紅茶を注ぐ。

 執務室にはいつも最高級の紅茶が用意されているから、ここに呼ばれた時はできるだけ飲むようにしている。


「……私を売ったのが誰か、知っているんでしょ?」


 私は紅茶の香りをかぎつつ、単刀直入に言う。

 ギルド長は私の視線を受け止めて、ムキムキの肩をシュンと竦める。


「そんなに睨むなよ……俺を疑う気持ちは分かるが、今回の件は俺にとっても青天の霹靂だったんだ。アン王女からギルドへの通達書には国王陛下の紋章印ばかりか、魔術ギルドの総会の紋章印まであってな。さすがに逆らえなかったんだよ」


「魔術ギルド総会の? アン王女って意外と政治ができたんだね」


 全世界の魔術ギルドを束ねているのが魔術ギルド総会であり、その権力は下手な国王よりも強いとまで言われている。

 そんな組織の紋章印まで入手するというのは、並大抵の根回しでは不可能だ。


「いや、あれはきっと腹心のフランツ公爵あたりの仕業だよ。総会員の誰かを買収したんだろ……ってか、お前さんも追放宣言書をもらったはずだろ。紋章印は確認しなかったのか?」


「……いや、開くのもイヤだったから」


 アン王女の名前を聞くだけでも、口の中に革靴の味がよみがえる。

 追放宣言書なんか開いたらイラつきすぎて燃やしてしまうかもしれない。

 だから、追放宣言書は荷物の一番下に押し込んでいた。


「はぁ? てめぇのことなのに他人事みたいに言う奴だな……」


「だって、どうせ追放は確定しちゃったんだから。イヤなものは見ないに限る」


 そう答えると、ギルド長は深くため息をついた。


「はぁぁぁ……こりゃ、性格に問題ありだな。いい年こいて友達の一人もできねぇわけだぜ」


「本当に余計なお世話!」


「とにかくそんなわけだから、表向き冒険者ギルドが"死領域"を助けることは禁止されてる」


「……まあ、そうなるよね」


「筋書きとしちゃこうだ。『アン王女がパーティーメンバーの資格偽造に気付いた。しかし、仲間を極刑にするのは避けたかったため、情状酌量を懇願して永久追放に減刑した』……第二王女派にとっちゃ、いい宣伝だよな」


「聞けば聞くほどムカつく……そのフランツ公爵とかいう貴族、もし会ったら殺しちゃっても構わない?」


「おいおい、目がマジだぞ。S級の冗談はシャレにならんからやめてくれよ?」


「大丈夫、ギルド長には迷惑かけない」


 私はにっこりと笑う。

 半分冗談だけど、半分は割と本気。


「頼むぜ……んで、本当のところは何があったんだ?」


「本当のところって?」


「お前さんほどのS級魔女を国外追放しちまったら、エルグランド王国の国益を大きく損なうだろうが。アン王女の名を上げる程度のリターンじゃどう考えても釣り合わねえ。なあ、お前さんを追放する本当の理由は何なんだ?」


 ギルド長は額に浮かんだ汗を拭い、私のことをギロリと睨む。


 確かに、言われてみればエルグランド王国的には私を追放することのリスクは計り知れない。

 表向きにはS級は偽造だったことになっているけれど、私の実力は本当にS級だ。上層部もさすがにそれは把握しているだろう。

 今後私が敵対国に行くかもしれないし、逆恨みしてアン王女を襲うかもしれない。

 私としては面倒だからそんなことしないけど、可能性は否定できない。


 S級魔女を敵に回すだけのリスクを冒してでも、私を追放する理由が第二王女派にはあると考えるのが普通だ。


「大した理由じゃないよ……」


 まあ実際は、そういう陰謀めいたことはちっともないのだけれど。


「私の顔が良すぎて、アン王女が嫉妬しただけ」


 素直に答えると、ギルド長はぽかんとした顔で固まった。

 その大胸筋が信じられないとでも言う風にピクピクする。


「どうしたの?」


「いや、お前も冗談言うんだなって……冗談だよな?」


「本当だよ。勇者アイザックが私に惚れるかもって思っちゃったみたい。なんなら顔、見る?」


 私は仮面に手をかけるが、ギルド長はすごい勢いで首を振る。


「いや、いや、いや、遠慮しておくよ! ……シスレーの言ってた重大な秘密ってのはこれか」


「重大な秘密?」


「気にするな、こっちのことだ……しっかし、恋ってのは怖ろしいねぇ。お前さんほどのS級魔女をそんな下らねえ理由で追放しちまうんだから」


 ギルド長はこめかみに手を添え、深く深くため息をついた。

 心なしか、全身の筋肉もしぼんでいる。

 私がエルグランド王国から追放されるということは、王都のギルドの力が大きく削られるということを意味する。

 しかも真の理由がアン王女の私情だというのだから、ギルド長からしたら最悪の気分だろう。


「大変だね、私の顔が良すぎるばかりに……」


「おめぇさんのその態度も問題だぞ? まったく一から十までふざけた事件だぜ……」

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