第5話:ひとまずギルド会館にやって来た

 王都ギルド会館は四階建ての石造りの建物だった。

 新品の仮面をつけた私は、オーク材の大きな正面扉をくぐって中に入る。


 一階は集会所を兼ねていて、依頼の受付やアイテム購入の他に食事もできるようになっていた。

 たくさんあるテーブルのあちこちでは、冒険者たちが昼間から酒を飲んでいる。

 彼らは私をチラリと見たが、すぐに興味をなくして会話に戻った。

 新しい仮面の効果のおかげで、平凡な能力値のよそ者だとでも思ったのだろう。


 ちなみに、冒険者は怪我の多い職業だから、顔の傷を隠すために仮面をつけていること自体はおかしなことではない。


「なぁ、最近冒険者が増えたよな? ちょっと前の倍はいるぜ」


「ああ、魔物もやけに増えてるしな。なんでも魔王が復活するとか……」


「魔王だか何だか知らねえが、こっちはいい迷惑だぜ。こんな依頼の倍率じゃ、いつまで経っても仕事にありつけねぇ!」


 ギルドでは毎日朝と昼の二回、掲示板に依頼書が張り出される。

 酒を飲んでいる人たちは、早朝の依頼請負に失敗して午後の依頼請負まで暇を持て余しているのだ。


「そういえば、勇者パーティーにいた"死領域"が資格偽造で国外追放らしいな」


「ああ、あの気色悪い仮面つけてたチビな。アン王女様が助命して死刑を免れたとか」


「そうだったのか。まっ、あんなパッとしないのがS級なんておかしいとは思ってたけどよぉ」


(そういう風に伝わってたんだ……)


 あることないこと噂されるのは正直不快だ。

 でも、「もうここに来ることもないんだろうな……」という感傷の方が大きくて、クソみたいな陰口でさえも今は愛しく思えてしまう。


「……こんな旅立ちになるなんてね」


 何だかんだ、三年間ずっと拠点にしてきた王都には愛着があった。

 美味しい料理屋とか、好きだった静かな本屋、お気に入りの噴水ともお別れなのだ。


「冒険者資格についての相談はここでいい?」


 私は総合受付のカウンターに歩いて行って、メガネをかけた美人受付嬢・セリーヌに声をかける。

 忙しい時間は他にランク別の受付が三つ稼働しているけれど、今は総合受付しか開いていない。


「いらっしゃいませ。初めてのお客様ですね?」


 受付用の笑顔を浮かべるセリーヌの瞳が、メガネの奥で一瞬だけ青く輝く。

 私の装備、特に仮面の効果を調べるために"鑑定眼"という魔術を発動したのだ。

 並の冒険者なら、鑑定眼を向けられたことにさえも気づかなかったであろう早業だった。


(さすがは元A級冒険者……)


 彼女は受付嬢たちのまとめ役として自ら受付に立ちながら、こうして同時にエルグランドの冒険者たちの値踏みも行っている。

 もっとも、この仮面はS級冒険者の私が作った逸品。

 セリーヌの鑑定眼をもってしても、D級くらいの品にしか映らなかったはずだ。

 それに、全身を覆う装備もすべて、"死領域"としてはあり得ない低級のものにしてある。


「身分証はございますか?」


 案の定、鑑定を終えたセリーヌはD級用の用紙に指をかけつつ尋ねてくる。


「はい、これ」


 私は冒険者資格をカウンターに置く。

 セリーヌは氏名の欄を確認し、小さく肩を竦める。


「……あなただったのね」


 セリーヌの声色には、自慢の鑑定眼で私の正体を見破れなかった悔しさがわずかに滲んでいた。

 しかし、そこは優秀な受付嬢。

 すぐにいつもの丁寧な笑顔を貼り付けて、改めてDの受付用紙と羽ペンを出してくる。


「それではこちらにご記入ください。ギルド長がお会いになります」

 

 その用紙は記入欄が穴あきになっており、下にS級用の用紙が重ねてあった。

 私は罪を犯して追放される犯罪者だけど、まだ一応冒険者でもある。

 セリーヌは、私が新しい仮面をつけてきたことから何となく事情を察してくれたのだろう。

 誰が見ているとも分からないこの場で、私の正体がバレてもめごとになるのを回避してくれた。

 あくまでも冒険者に寄りそってくれるセリーヌの姿勢に、私はプロ意識の高さを感じる。


「……終わったよ」


「はい、これで大丈夫です。奥の階段から二階へお上がりください」


「了解」


 私が受付を去ろうとすると、セリーヌは目で礼をするようにゆっくりと瞬きをした。

 そして、他の冒険者たちには聞こえないくらいの声で言う。


「……今までお疲れ様でした。アルフィの風が吹いたなら、またどこかで」


 受付嬢のマニュアルにはない、冒険者が好んで使う別れの挨拶。


「うん。アルフィの風が吹いたなら」


 私は同じ『冒険者』として挨拶を返し、カウンターを後にした。

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