第3話:自宅も差し押さえられていた
「……とりあえず、帰ろう」
アン王女が去ったのを確認して私は立ち上がる。
顔のよごれを拭いて仮面を被ったら、人目を避けて自宅を目指す。
私の自宅は表通りから少し奥まったところにある何の変哲もない一軒家だ。
冒険者あるあるなんだけど、ランクが上がるほど忙しくなり家に帰る頻度が減っていく。
私もその例に漏れず、自宅は寝床兼倉庫にしか使っていなかった。
故に思い入れはないけれど、差し押さえられる前に荷物をまとめてしまいたい。
「まだ少し痛むな……」
アン王女に蹴られた頬がヒリヒリと熱を持つ。
けれども私は、あえて傷の治療はしない。
この屈辱を忘れないように、口の中の血の味をしっかりと覚えておかなくちゃ。
「……遅かったか」
十五分ほど歩いて辿り着いた自宅は、風の結界魔術によってすっぽりと覆われていた。
私は近くに行って魔術の詳細を観察する。
「これは……裁判所がよく使うやつかな」
ゴウゴウと渦巻く風の壁が、小さな家をドーム状に覆い隠している。
少しでも風に触れると術者に情報が届く上に、その部位が粉々に切り刻まれてしまう。
残存する魔力の新しさから、ついさっき差し押さえが終わって結界がかけられたことが分かった。
「ここまで手回しが早いとは……現場じゃ役立たずだけど、腐っても王女なんだね」
前回の依頼でアン王女が私の顔を見てから一週間そこらしか経っていない。
その間に、私が魔術資格を持っていないことを突き止め、冒険者ギルドと魔術ギルドに話を通し、裁判所に差し押さえ命令を出させ、国王に追放宣言書まで書かせるなんて、尋常じゃない政治手腕だ。
きっと裏で糸を引いている奴がいるんだろうが、アン王女自身の政治力も少しは認めざるを得ない。
「だったら、もっと穏便に済ませてくれればいいのに……」
周囲に人がいないことを確認すると、私はため息をつきながらこっそりと魔術を発動する。
「"吹き荒ぶ風よ、踊る影法師を空に惑わせ、反転術・回"」
私の魔術を受けて、結界に人一人が通れるほどのトンネルが開く。
「ずっと開けてれば裁判所も気づくだろうけど……」
私は早足でトンネルに踏み込み、正面玄関から自宅内に入る。
家具などが根こそぎ持ち去られた家の中はがらんとしており、売り出し中の中古物件のようになっていた。
私は真っ直ぐキッチンへ行って、床石の一部に手を当てる。
「工房は無事……裁判所の魔術使いもまだまだ甘いね」
私の魔力を感じ取り、石の裏に刻まれた魔術式が発動する。
ガコッガコッと音を立てながら床石が次々と動き、目の前に地下工房への階段が現れる。
私は急いで階段を下りると、金銭や素材、魔道具などのめぼしいものを鞄と袋に詰め込んだ。
「一応は自宅なのに、泥棒みたいな気分だな……」
地上に出たら別の魔術式に魔力を流して、工房を跡形もなく崩す。
そして、裁判所が気づく前に敷地を出てトンネルを閉じると、私はさっさと自宅を後にした。
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