第2話:クビになっただけじゃなく国から永久追放される

「……そういうわけで、あなたは顔が良すぎるからクビなのよ!」


 ビシッとアン王女が私に指を突きつけた。

 彼女は五分くらいひたすら文句を言い続けていた。


「終わった?」


「ちっ……でも、涼しい顔をしていられるのもここまでよ」


 アン王女は舌打ちしつつ、一枚の紙を取り出す。


「なに、それ? 土地の権利書?」


 ちょっと煽り気味に尋ねる。

 さすがに銀貨三十枚じゃ少ないとでも思ったんだろうか。


「ふふふっ……これはね、あなたへの国外追放宣言書よ」


「……は?」


「"死領域"、あなた、魔術免許を持っていないんでしょ?」


 アン王女はニヤリと笑う。


「……持ってるよ」


 平静を装って答えるけれど、私の心臓の鼓動はどんどん速くなる。


 魔術免許とは、魔術ギルドが発行している公に魔術を行使するための許可証のことだ。

 魔術は、一般人には扱えない非常に強力な武器だ。

 そのため、どこの国でも成人した魔術師は魔術ギルドの管理下に置かれることになっていた。


 魔術免許がない者は、授業などの例外を除いて魔術を行使してはならないと国際協定で定められている。

 そして、魔術免許を取るためにはいずれかの魔術学園を卒業していなければならなかった。 


 私は三年前に十二歳で冒険者になったけれど、その時にはすでに最高レベルの魔術を使えたため、冒険者ギルドのギルドマスターが魔術ギルドの"上"に便宜を図ってくれた。

 優秀な魔術使いはいつも人手不足だから、魔術ギルド側も免許の有無については見て見ぬふりしてくれていたのだ。


「隠しても無駄よ! あんたのことはちゃんとぜんぶ調べたんだから!」


 アン王女は得意げに胸を張って叫ぶ。


「成人済みとか言って、本当はやっと魔術学園に入学できる十五歳、家名もなければ名前もない、うそつきで卑しい孤児の小娘。これまでは見逃してもらっていたみたいだけど、私の目はごまかせないわよ!」


「……確かに、私は魔術免許を持っていない。だけど……」


 正直、痛いところを突かれた。

 私が魔術免許を持っていないことは、バレるわけないトップシークレットのはずだったのに。


 一体誰が、私を裏切ったんだろう。


 冒険者ギルドのマスターか、あるいは魔術ギルドのトップに近いところにいる人間か。


「口答えは無用よ、この卑しいチビの犯罪者が!」


 アン王女は手にした書物を広げ、わざとらしく声を張り上げる。


「私、アン=ブルーリン・フォン・エルグランドは、エルグランド王国の第三王女として宣言します! 冒険者"死領域"を免許偽造の罪でエルグランド王国から永久追放するわ!」


 アン王女は偉そうにふんぞり返る。


「魔術免許の偽造に連座して、S級冒険者の資格も当然だけどはく奪ね」


「それは重すぎるっ……」


 動揺する私を見て、アン王女はニヤリと口元を歪める。


「可哀想だけど仕方ないのよ。あなたは仮にもS級、そのスキャンダルは世間への影響が大きいのだから、処罰も重くしなくちゃね」


 満面の笑みを浮かべながら、アン王女は私に追放宣言書を手渡してくる。


「あなたは今後一切、どこの国でも冒険者になることはできないわ。財産も没収させてもらう。あなたの口座はすでに凍結済みよ」


 S級冒険者じゃなくなったら、私はただの十五歳の小娘。 

 しかも無駄に顔面だけが良くて、世間知らずで、コミュ障で、お金もない。

 おまけに魔術も公には使えない。

 こんなの悪人から見たら絶対いいカモだ。


「せめて冒険者資格を返してっ……返して、いただけないでしょうか」


 へりくだった態度で頭を下げる私を見て、アン王女は楽しそうに言う。


「図々しいわね。本当は極刑だったところを、私が懇願して永久追放にしてあげたのよ? それなのに、まだ不満なの?」


「お願い、します……どうか……」


「……冒険者になれないのはそんなにイヤ?」


「はい……イヤです……」


「じゃあ、仮面を脱いで私のクツを舐めなさい」


 アン王女は自らの足にわざと砂をかけ、私の前に突き出した。

 一瞬、この場で魔術を使ってアン王女を吹き飛ばしてやろうかと思った。

 でも、そんなことをしたらエルグランド王国を敵に回すことになる。


「舐めたら返して……いただけますか?」


「誠意を見せたら考えてあげるわ」


「……分かっ……分かり、ました」


 私は仮面を脱ぎ、その場に跪いて地面に両手をつく。


(冒険者としてくぐってきた修羅場を思い出せば、これくらい……)


 でも、いざ汚れた靴を目の前にすると中々舌を伸ばせなかった。


「ほら、さっさと舐めなさいよ。冒険者資格を返してほしいんでしょう?」


「うぐっ……はい……っ」


 私はできるだけ心を無にして、アン王女の上等な革靴に顔を近づけた。


(舐めるだけ、舐めるだけ……)


「……ぁ……はっ……っ」


 そして、私は舌を伸ばしてぺろりと舐めた。


(うぇ……まずい……砂っぽさと革の苦みが最悪……)


「あはははっ! 本当に舐めたわ! いい気味ね、"死領域"!」


「……これでいいですか」


「いいわけないでしょう! まだ汚れているわよ!」


 アン王女が私の口元に靴を押し付ける。


「うぅ……れろっ……くちゅ……っ」


 仕方なく、私はぺろぺろと砂を舐めていく。


(……こいつ……殺してやりたい……)


 冒険者時代に何度も泥水をすすってきたけれど、それは生きるために必要だからだった。

 一方、この靴舐めはまったく違う。

 たかが靴を舐めるだけなのに、実際にやってみると実に屈辱的だ。

 地面に這いつくばり、自らを陥れた相手の靴を、獣のように舐めてキレイにする。

 温厚な私でも、さすがにはらわたが煮えくり返る想いがする。


「ああ、あの"死領域"が! S級冒険者が! イヌのように私の靴を……あはははっ!」


 嘲笑されながら、私はアン王女の靴をキレイにした。


「いい様ね、淫売がっ!」


「あの、舐めたから、資格……がふっ!」


 突然、アン王女に蹴とばされて私は地面に転がった。

 歯でほっぺの裏を切ったようで、口の中に鉄の味が広がる。


「うっ……何を……」


「何をって、下賤な生まれの小娘が私の靴を唾液で汚してくれたから、おしおきしたのよ」


「……し、資格を、返して……」


「資格ですって? 私の靴を汚しておいてよく言うわ!」


 アン王女はそう言って私に背を向ける。


「ま、待って……」


「もう二度とその顔見せないで頂戴ね! あはははっ!」


 アン王女は耳障りな高笑いと共に去っていった。


「……うぅ」


 こうして私は、顔が良すぎるからという理由で、勇者パーティーをクビになったのだった。

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