私は顔面が良すぎる ~顔が良すぎて勇者パーティーを追放されたコミュ障少女、魔術女学園でがんばって青春を送る~

洲央

第1章:顔が良すぎて国外追放

第1話:顔が良すぎてS級勇者パーティーをクビになる

「"死領域しりょういき"、あなた顔が良すぎるからクビね」


 四日間もかかった高難易度依頼をようやく終えて、ギルド会館で報告を済ませた後のこと。

 私はパーティーメンバーのアン王女に「ちょっと二人で話したいことがあるの」と、路地裏に連れていかれた。

 そして、そっけない口調でクビを告げられた。


「……本気?」


「当たり前よ。これは手切れ金。無条件の追放じゃないだけましと思いなさい」


「中銀貨三十枚……」


 投げ渡された革袋に入っていたのは、王都の裕福な庶民が一か月で稼ぐ額。

 それは、最上位のS級冒険者の私的には週給にも満たない。


「何か不満があるかしら?」


「……顔が良すぎると、冒険者やっちゃダメなの?」


 私は自分の顔面がキライだった。


 新雪を思わせる透き通った柔肌、最高級の絹よりもサラサラの黒髪、夜空を閉じ込めた宝石のような黒い瞳、小ぶりながら筋の通った理想的な形の鼻、薄紅に淡く色づいた花弁のごとき唇……それらのパーツが、完璧な曲線を描く小さな顔面上に、至高の黄金比で配置された、良すぎる顔立ち。


 この整いすぎた顔面のせいで、私の人生はメチャクチャだった。


 両親の日記によれば、物心つく前から私の顔は人心を惑わしていたらしい。


 村人たちが私を一目見ようと集まって大喧嘩をしたり、一日に十五回も誘拐されかけたり、私を買いたいという貴族が押し寄せてきたり、とにかく災難だったという。

 私の顔面が良すぎるせいで両親は村を追われ、人里離れた山奥に小屋を建てて暮らすことになった。

 そして、すぐに魔獣に襲われて死んでしまった。


 私が思い出せる最初の記憶は、いつまでも開かない一枚のドア。

 今でも時々夢に見る、帰ってこない両親を待ち続ける冷たい時間。


 そうしている間にも、魔獣は家の周囲を徘徊し、侵入経路を探していた。

 低い唸り声と血のニオイに囲まれ、私は死を覚悟した。

 けれども、たまたまそこにやって来た一人の魔女が魔獣を倒し、私を助けてくれたんだ。

 これが私の師匠との出会いになるのだけれど……まあそれは別のお話。


 ともかく、そういうわけで私の顔面は呪われているんじゃないかってくらい神がかった造形をしていた。

 だから、冒険者になってからは肌身離さず道化師の仮面をつけていた。


「当たり前でしょ。あなたの顔面は冒険者に相応しくないわ!」


 アン王女は憮然とした表情で言う。


「フードと仮面で隠していても?」


 これまで、私の素顔を見たことがあるのは魔術の師匠くらいのものだった。

 けれど、先週受けた別依頼での戦闘中に、攻撃も受けていないのになぜか仮面が砕けてしまったのだ。

 慌てて予備の仮面をつけたけれど、パーティーメンバーにはしっかり素顔を見られてしまっていた。


「そういうの、自意識過剰で厭味ったらしいのよ! そんな顔で冒険者やろうなんて、場違いも甚だしいわ! あんたには娼館がお似合いよ!」


(冒険者稼業は実力至上主義だし、顔がバレても大丈夫だって思っていたけど……)


 私の見立ては甘かったらしい。


「……ごめん。私の顔が良いばっかりに……」


 やっぱりもっと、仲間とコミュニケーションを取った方がよかったのだろうか。

 目立たないよう大人しくしていたつもりが、逆にアン王女の私怨を買っているなんて気が付かなかった。


(人間関係、難しい……)


 物心ついてからほとんど師匠としか会話していなかったせいか、私は人づきあいがものすごく下手なのだった。


「ほら、そうやってまた顔の良さをひけらかす!」


「申し訳ない……」


「そのくせすぐ謝る! あーっ、腹立たしいわね、その大人しくて従順な性格! アイザックはこんなのがいいっていうの?」


 アイザックとは、このパーティー『エルドラド』のリーダーで"エルグランドの勇者"の称号を持つ男性のS級冒険者だった。


(そう言えば前の依頼達成後に「お前はそんなに整った顔をしていたのだな! というか、女だったのだな!」って驚いた顔で言われたっけ……それだけで会話は終了したけど……)


 思い返してみれば、アン王女は日頃からアイザックに対してやけにベタベタくっついていた。

 あれはアン王女なりの求愛行動だったんだ。

 でも、アイザックは脳筋で鈍感だから、アン王女から好意を向けられていることにまったく気づいていなかった。


 そんなところに運悪く晒されたのが、私の良すぎる顔面だ。

 アイザックの発した私への無自覚な褒め言葉に、アン王女は相当ムカついたんだろう。

 だけど、突然クビにするのはいくらなんでもやりすぎだと思う。 


「アイザックとは、なにもない」


 私は弁明を試みる。

 しかし、アン王女は「だまらっしゃい!」とヒステリックに叫ぶ。


「大体、家名も持たない小娘がS級冒険者だなんて生意気なのよ! どうせ裏じゃ散々他人ひとをたぶらかしてきたんでしょう? この色狂いの淫売チビが!」


 アン王女はその豊満な胸を張って、露骨に私を見下してくる。


(私、処女なんだけどな……)


 今まで男女問わず誰かと付き合ったことはないし、これから付き合う気だってない。

 そう思ったけれど、口に出しはしなかった。

 ここで口答えしても、アン王女がさらに怒るだけだろうから。


(もう、クビになるのは仕方ないか……私はS級冒険者だし、次のパーティーもすぐ見つかるでしょ)


「……私の後任は決まっているの?」


 パーティーが今後どうなろうと私には関係ない。

 けれど、三年間籍を置いていたから、一応後任の名前くらい知っておきたい。


「ふんっ、紹介料でもせびる気かしら? でも残念ね、勇者パーティーの誘いを断る魔術師なんているわけないんだから!」


 アン王女はそう言って、何人かの著名な冒険者たちの名前を挙げていく。

 ちなみに、単に『魔術使い』と言った場合は性別を問わないことが多く、『魔術師』なら特に男性、『魔女』なら特に女性をそう呼ぶ。


「……全員、私より融通利かないと思う」


 私はアン王女が挙げた候補者たちについて素直な感想を述べる。


 エルグランド王国や周辺国において、あらゆる職業や技能は高い順に「S,A,B,C,D,E,F」という七つのランクに分類されている。


 一般的に、S級冒険者の魔術使いに求められるのは一ジャンルに特化した圧倒的な強さだ。

 火力の要として後衛に陣取り大魔術をぶっ放したり、凶悪な精神魔術で他者を操ったり、強力無比な召喚獣を使役したり、得意分野は様々だが、とにかくみんな突き抜けた能力を持っている。

 そしてその派手さ故に、誰もかれも自己主張が激しくて扱いづらい連中ばかりだった。


「関係ないわ。いくらS級でも王女の命令なら聞くでしょう!」


「……だといいけどね」


「何よ、S級一地味なくせに口答えするの?」


「いや、別に……私が地味なのは事実だし」


 私は攻撃も防御もできる。

 しかし、『エルドラド』は前線メンバーばかりだったから、主に後方で味方を支援しながら戦ってきた。

 その結果、周囲からは支援系だって思われていた。

 実際、私がいるといないとでは、パーティーとしての強さが級二つ、いや三つは違ってくる。

 だけど、他のS級たちに比べて地味に見えると言われればその通りだった。


「あんたの代わりはいくらでもいるのよ!」


「……そうかもね」


 アン王女は一年前、アイザックが勇者になった時に王宮からの『目付け役』としてパーティーに加わった。

 よくてC級止まりのその実力じゃ、私の支援の重要さなんて分かるはずもない。


「へぇ~? 随分とそっけない態度を取るのね。これから職を失うっていうのに」


(そりゃ、地味でコミュ障でも引く手あまたのS級冒険者だから……)


 もちろん口には出さなかったけれど、どうやら目には出ていたようだった。


「ふんっ、生意気な目! 何とか言ったらどうなの? いっつも冷静な顔しちゃって、そんなところがムカつくのよ! それにあんたはダンジョンでも何も言わずに冷静なツラして……」


 くどくど、くどくど。


 アン王女からは、早口言葉かってくらい流暢に私への罵倒が飛び出してくる。

 それを適当に聞き流しながら、私は今後の身の振り方を考える。

 クビはいいとして、次のパーティーは慎重に探さないといけない。

 顔は絶対隠すとして、パーティーメンバーの色恋沙汰にも注意しないと。


(あーあ、勇者パーティーは黙って仕事に徹していればよかったから、楽だったんだけどなぁ……)


 多分、そんなビジネスライクな態度も「従順」と取られてアン王女の不興を買っていたのだろうけど。

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