第三稿、専門学校は入学オリエンテーションでこんな地獄みたいな事は言わないが二年生になったらうん
仙台漫画専門学校では、漫画学科の生徒がダントツで多い。事前にネットで調べた限りでは、二十数名ずつのクラスが、毎年二つはできるそうだった。
よって、漫画学科だけは、多学科なら教室で行われる学科別入学オリエンテーションが、クラスごとそれぞれの教室に分かれる前に、まず4階大教室に集められて行われる。
エレベーターの行き来があまりに遅く、ロビーがどんどん寸詰まってくるので、ユウとみっちゃさんは早々に階段で移動した。
各階教室が三つしかなく、階段は建物のほぼ真ん中を通っているので、大教室はすぐにわかった。
階段を登ってすぐ右手側。
壁にのっぺり貼られた「大教室」のパネルの隣では、奥にスーツ姿の誰も彼もを納めて動き回らせている空間が、外開きのドアを開けっ放しで固定されている。
「みんなもう座ってるって。奥の方」
「奥……は難しいと思う」
SNSでほかのグループメンバーの様子を確認したみっちゃさんに、ユウは渋い声を返した。
大教室は長方形の空間だが、講壇のある長辺の一編以外は、余ったパイプ椅子やスツール、クロッキー用の石膏像、初歩デッサン用のブロック型・ボール型・円錐形などの単純模型発泡スチロール、イーゼル、カンバス、マスキングテープや鉛筆用の固定スプレーを詰めたキャビネットが場所を取っている。
新入生のためのキャスター付きデスクとパイプ椅子はそれら備品と備品の間いっぱいに並べられているが、前後の間隔が狭く、人のおさまったパイプ椅子と机の間には、ほとんど隙間がない。一番後ろの席も、備品と座席の間に余裕はなく、今年度の入学者数がキャパギリギリか、備品が豊富にありすぎることを物語っている。
机の列と列の間は余裕があるが、奥の席にたどり着くには、一番前を通って行かなければならない。
入学初日、互いへの関心と警戒心と自意識が一番高いこの日に教室横断するなんて、ランウェイを歩かされるみたいで、気後れする。
みっちゃんさんも同じ心境のようで、数秒の話し合いの結果、みっちゃさんはほかのグループメンバーに合流を諦める旨をDMし、ユウは空いている手近な席を探した。
机の並びはやや扇型で、四人がけの机が真ん中に二つ五列程並び、左右の端は二人がけの机が五列ずつ、講壇にむかって斜めに、講壇中心の講義机を見やすいように設置されていた。
講壇に対して入り口は垂直なので、ユウたちは続く入室者の邪魔にならないよう、なるべく手前の席は避け、奥に詰めて座る事にする。
四人がけの席の左端にユウが、隣にみっちゃさんが座ってオリエンテーションプログラムなんかを取り出していると、ほどなく時間になり、新入生が行儀よく座る大教室に、先生方が入って来た。
みっちゃさんの隣の2席は空いたままだが、ユウがぐるっと見渡した限りほとんどの座席は埋まっており、新入生は60人くらいいる。
先生方がそれぞれ、自己紹介と簡単な祝辞を述べる。
凝った自己紹介をして笑いを取ってくれる先生や、不思議なトーンで話す先生、先生による先生いじりもあって、緊張していた室内は、徐々にアイスブレイクしていった。
続いて、学科長先生の挨拶だ。
ユウが何回か来た学校見学でも、よく教卓で学校説明してくれた、長嶺先生という快活な女性講師が、マイクなしでもとおりそうなハキハキした声で、講義机設置のマイクに向かって喋る。
新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。
不揃いだが、和やかな空気で、ありがとうございます、と新入生が返す。
「さて、新入生のみなさんにいきなり課題を出すよー! よく聞いて、どちらかに手を挙げるように!
ここに、25歳の健康優良な男性会社員がいます!
彼はあなたの親しいお友達です。
ある日あなたに、こう相談してきました!
”脱サラして起業しようかと思うんだけど、どう思う?”
あなたは、応援してあげる? それともやめた方がいいって言う?
話し合ってもいいよ! 考えて!」
一拍の沈黙ののち、さわぁ……と、凪いだ湖面に波紋を作るようなささやきが、会場全体に広がった。
ユウもみっちゃさんと顔を見合わせる。
「はい、この曲が流れてる間に、考えて、考えて!!」
大教室のスピーカーから、洋楽が流れてきた。
ユウの好きな映画の曲だ。No Day, But Today.
好きな映画の中でも一等好きな曲なのに、ユウは少し顔がひきつった。
日々などない、でも今日はある。
ユウの好きな映画では、主人公が属するエイズ自助グループの人たちが、そんなふうに歌いながら、ひとり、またひとりと透けて、消え、空席ができる。
そして曲の最後には主人公の友人が消え、主人公の仲間は空中分解し、喪失を越えた物語は、エンディングに向け佳境を迎える。
作中最もヴィヴィッドなキャラクターの、主人公の友人を欠いて。
友人を欠くから。
(しおりちゃん)
「これもう俺答えでてるけど。ゆ〜さん、どう思う?」
みっちゃさんが、答えを持ってる者特有の余裕だろうか、ふふ、と笑う。
「答え、……わたしは」
曲がサビに入る。日々などない。
ユウは、少年っぽく笑うみっちゃさんを見据えた。
(友人を欠くから)
「わたしには……一択だよ」
doxaーー仙台マンガ★専門学、校!! や @yanoaki
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