第二稿、専門学校が学校法人のグループ校だと入学式が共同だったりする

 ユウの入学する仙台漫画専門学校は、仙台専門学校連合グループのグループ校だ。

 同じ運営母体の専門学校に、服飾・美容系の仙台理美容ファッション総合専門学校、医療・福祉系の仙台福祉医療技能専門学校、公務員系の仙台法律会計事務専門学校、工業系の仙台プロダクト専門学校、以下IT系、タレント育成系、スポーツ系、ペットビジネス系、料理系、他諸々、実業に役立ちそうなものから虚業に特化したものまで、職業に貴賎なしとばかり、様々な学校がある。

 入学式はグループ合同で、収容人数六千人程度のイベントホールを午前中借り切って行われる。

 親子連れで来る新入生も多く、そこここで写真を撮っている。

 一部服飾系を除いてほとんどはリクルートスーツにトートバッグ装備なので、パンツスーツのユウは、170cmに3cm高のパンプスを履いていようと、あまり目立たない。


(す、すごい。こんなに十代に囲まれたの、大学ぶり。みんなっか〜)


 ユウはスマホでSNSを開くと、フォロワーの一人に「今どちらですか」とDMを送った。

 事前に繋がっている、同じ学科の同級生のひとりだ。”みっちゃ”さんという。

 仙台歴は10年前後で生まれは海外、両親同伴ではないというので、一緒に行動しようと約束していた。

 みっちゃさんからは秒で返信がくるが、なにしろ人数がいてユウには馴染みのない土地。「駅に近い方にいます! 商業スペとは反対の方!」と教えてもらえても、ユウだって駅からきたはずなのに、駅がどちらかわからない。駅にも小規模ながら商業スペースがあったので、なおさらだ。

 結局みっちゃさんとは合流できないまま、ユウは学生で寿司詰まった電車に揺られ、一駅しか違わない学舎に向かった。

 歩いて行けなくもなさそうな距離だったが、土地勘のない場所で冒険して初日に遅刻するよりは、一駅分の乗車賃をケチらない方が賢明に思えた。

 何より、みっちゃさんから「じゃあ改札で会お! 改札いっこしかないから迷わないし」と提案されたうえ、何にも悪くないのに「場所説明わかりにくくてごめん!」謝られてしまった。


「あの! ”ゆ〜”さんですか」


 改札を出た途端ナンパされて、ユウの声は裏返った。


「は、ひぇ、あっ、あ、”みっちゃ”さん??」

「うぇ〜、初めまして? だよねぇ! え、全然初めて感なくない?」


 みっちゃさんは、SNSグループでも大喜利で挙手する落語家師匠よろしく、活発に提案・発言・訴求をする人だった。

 SNS上で事前に写真なんかも送り合って、DMで夜を徹して話しもしていたが、文章だと雄弁だけれど実は内弁慶、なんて珍しくない。その点、みっちゃさんにはブレがない。

 声をかけてくれたのもみっちゃさんからなら「よろしく!」と手まで差し出されて、ユウは流されるように握手した。

 みっちゃさんはそのまま「改札ふさいだらダメだね」と手を繋いで、改札から少し離れたフリーペーパー置き場の前まで、エスコートをしてくれる。


 ピッとアイロンのかかったシャツにユナイテッドアローズのメンズスーツ、髪色だけが、事前にもらっていた写真より明るい。全体的に黄味がかっているのに、色味にムラがあって、所々茶色く、襟足は少し刈り上げているが、その刈り具合にも長短のムラがある。セルフカットだろうなぁ、というのがよくわかる仕上がりだ。

「あ、握りっぱごめんね!」と言いながら離れる手が、ユウとあんまり変わらない。


「改めまして、一色いっしきマイケル千会せんえです! 学校あっちだから、歩きながら話そ!」

「ん? うん! う、うん。うん!! あっ、ユウ。彩織あやおりゆうです」


 みっちゃさんは、ユウの地声を聞いて、一回だけ瞬いたあと、にっと笑った。


「写真と全然違わないね。背、高いし。すぐわかった」

「みっちゃさんは、髪色、写真と違うね。そっちが地毛?」

「まさか! 写真と同じ、黒っぽい赤だよ。これは昨日のブリーチの失敗」

「ブリーチ失敗するとそうなるんだ」

「ゆ〜さんも地毛? 天パ? 長いね、伸ばしたの?」

「肩までは地毛。それより長いのはエクステ。ユル巻きのとこは全部エクステ」

「エクステか。その手があったか。でもお高いんでしょ? あっ、入学式で美容系の友達作ったらカットモデルとかしてもらえたかも。美容系の人ってオシャレだからすぐわかるのね、何人か服の好み合いそうな人とはID交換したんだけどさ、最初何こいつって警戒されてさ、みんな美容系なんだけど厳密にはファッション系? で、俺服しか見てなかったから」

(陽キャだな〜〜〜!!! でも、いい人ぽくて、良かった)


 降車駅はショッピングモール直通で、改札からそれ程歩かず、長いエスカレーターにたどり着く。

 地元民のみっちゃさんが前、ユウが後ろになる。

 エスカレーターの先に、ショッピングモールのデザインドライティングが注ぐ。白い。


「エスカレーター、仙台は右と左、どっちに乗るの?」

「適当だよ。前の人が乗ってる方。左が多いけど、逆に左にこだわるのは市外の友達が多い。ゆ〜さん前もそれリサーチしてたよね」

「うそ」

「ネットで調べて真偽確かめてきた」

「そうだ。やった」

「入学通知きた頃だから、もう去年の話だよね」

「光陰矢の如し……」

「それ日本語?」


 みっちゃさんは去年まで高校生だった若者らしく、エスカレーターでもユウの方を見て話しかけて来る。

 若者の、向こうを見なくても踏み出せる若者らしさを見ている気がして、ユウには少し眩しい。

 ショッピングモールの過剰照明のせいかも知れない。

 そのまま二人で話していると、高層とも低層とも言えないビルに行き当たる。

 ユウは少しどきっとしてしまう。

 ビルの一階と二階との境界に「仙台漫画専門学校」と島本和彦が書いたようなロゴの立体看板がギラギラ銀色に光っていて、外からよく見える一階ロビーは、外側こそ紙花と「ご入学おめでとうございます」の横断幕でまとめられているが、その豊かな色合いが周囲の民家から浮いている。ガラスには、内側からデビュー実績をうたったポスターや卒業生の作品のキャラクター等身大パネルや単行本が設置してあって、率直に「恥ずかしいな」と思ってしまうのだ。

 ロビーはスーツ姿の若者でごった返している。


(こういう感覚って、今の十代って感じないのかな。私が十代の頃は、漫画とか描いてると、相当うまくない限り陰キャって言われたな)


 と思っていたら、隣でみっちゃさんが「この等身大パネル部屋に飾りたい」と目を輝かせるので、余計にユウは「恥ずかしい」と言えなくなる。

 事前にクラスと教室場所はメールで案内されていたので、二人は目配せしながら、中に踏み込んだ。

 その時、懐かしい声がユウの鼓膜をぶち抜く。


「声優科でーす! GWにイベントやるのでー、良かったら!」


 ユウは一瞬息ができなくなった。


 ハイトーンの、アニメ声みたいな、甘さのある女性の声。

 ピアノの一番高いトーンの白鍵盤から出る、ぽーんとひとの耳を掴む声。

 新入生で賑わうロビーでも、はっきり、そこにいる誰も彼もとは違うとわかる独特の、


(しおりちゃん)


 ここにあるはずのない声だ。

 もうどう足掻いてもユウの手元には転がって来ない声だ。


「あ、ありがとうございます!」


 気づけばみっちゃさんが私服で「声優科2年 小鳥遊晶」の手作り腕章をつけた腕から、チラシを受け取っている。


「そちらの彼女も! 良かったら!」

「えっ、ありがとうございます」


 反射でチラシを受け取ったユウを、「声優科2年 小鳥遊晶」先輩が、おやっという顔で見返してくる。

 ユウも確かめるように、見返してしまう。

 そして動揺する。


(違う、しおりちゃんどころか、性別が違う! 両声類のひとだ!)


「声優科2年 小鳥遊晶」先輩は、さわやかな角刈りの、眼鏡の男性だった。

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