doxaーー仙台マンガ★専門学、校!!
や
第一稿、専門学校は入学前に課題が出る
ことほど斯様に、Gペンとは思い通りに動いてくれない。
「くそ、くそ、くそ、くそ、くそうんこ」
クソというのは下品だなと思って、途中から上品に言い直す。
うんこ。
多分それすら、今のユウには自由に描けない。
窓にぺらっぺらのコピー紙をセロテープで貼って、その上から上質なケント紙をマスキングテープで留め、春の陽射しをトレス台のバックライト代わりに、コピー紙に描いた下絵を透かしてケント紙にペン入れしようとしている、今のユウには。
がり、とGペンが紙に引っかかる嫌な音をたてて、拡がったペン先から墨汁がつつぅうと垂れる。
「うわぁ! ああ!! あああ!!!」
ユウは怒り半分絶望半分で窓からケント紙を引っぺがした。雑な扱いに、ケント紙は「痛い!」と抗議するようにしなり、しなった拍子にまだ紙に浸透していなかった墨汁の滴が細かな粒になって、フローリングとユウに数滴散った。
「あ! あ〜! うわー!」
スパッタリングに失敗した痕みたいに、墨の滴が服に拡がる。
ユウはその日、仙台に越してきて最初に買った、ローズバッドの変形白シャツワンピを着ていた。個性的な形が戦闘服みたいで、これから入学する専門学校から出される(であろう)様々な課題に、立ち向かうにたびに着て行こう、と選んで買ったおろしたてだ。
(ワンピ三万、寮費五万!!)
ユウはケント紙を床と平行に持って、これ以上の墨垂れを防ぐと共に、どっから何を処理すればいいかわからなくなって地団駄を踏んだ。
フローリングは拭けばいいとして、服は早く染み抜きをしなければ。でもケント紙の墨も拭わなくては。墨は、ツヤツヤして吸水性の低い紙の上で、墨垂れの根元だけぽこっとした墨ドーム状になっている。
このまま乾いたら、修正液では手に負えない墨塊になってしまうかもしれない。そうなったら、カッターで凸部を削って墨塊をならすしかないが、墨汁は表面が乾いていても、内側まで乾いているとは限らない。
半熟卵の要領で、カッターで墨塊表面に切れ目を入れた途端、液状の墨がとろっと拡がったら修正の手間は倍増だ。
というか何より、カッターを使うとして、自分の手先に墨を紙ごと抉り取らない繊細さはあるだろうか?
(もう〜! もう〜! もう〜〜〜!! こんなの、こんなのタブレットが生きてたら、デジタルだったら、レイヤー削除で一発なのに!)
ユウはどうにか苛立ちを飲み込んで、ケント紙を寮備え付けの机にそっと置いた。
備え付け家具のありがたさを噛み締めながら、ワンピを脱ぐ。脱衣所はないから、引っ越し業者の段ボール林と化した廊下を抜けたら、下着姿のままユニットバスに直行する。
墨汚れを水で濯いだら、汚れは薄くなったがワンピ表面に薄墨の花が咲いた。
(ぎゃ〜〜〜!! 拡がった! 先に染み抜き洗剤使わないとだめか!)
しかし引越し後間もない部屋に、最低限の日用品はあれど、染み抜きなんて高等洗剤、ない。
(買ってこなきゃだよ!)
ユウは急いで、衣類が半分はみ出ている段ボールを漁った。適当にマキシデニスカとパーカを装備し、はっとスマホで時間を確認する。
(これからドラッグストアに行くとして、帰って何時だ?
ワンピ洗ったとして、1回広がっちゃった墨汚れって、そんな簡単に落ちるっけ? 墨って炭素だよ??
課題は? 間に合うの??
服より優先すべきものがここに、あったりしないか???
まして私は今、使い慣れたデジタル画材を全部引越しの衝撃でクラッシュさせて、慣れないアナログ画材で1ページ漫画を仕上げるしかないっつうのに)
ユウは、今年の4月から仙台の漫画専門学校に通うため、新潟から越してきた。
入学式およびオリエンテーションは明後日。
明後日のその日、入学前課題の1ページ漫画を提出しなければならない。
なんで漫画を学びに来たのに何一つ教わる前に漫画を描かされるのか、と思わなくもないが、学校側も、それぞれの生徒がどれだけの力量か見たいんだろう。
(専門学校だつったって、プロデビューできるのは、ほんのほーーんの一握り。教員の数だって限られてる。どの生徒にリソースを割くべきか、ある程度の指針にしようって魂胆でしょう)
ユウは創作者特有の邪推で、今回の課題をそのように解釈していた。
だったら見せてやろう、私の本気。私が目をかけるべき生徒だって、この課題で宣言してやる!
決意したユウは、愛用のペイントアプリで、画力とタブレットの処理限界まで描き込んだ一枚を引越準備の合間に着々と制作していた。
課題の載った入学要綱が届いたのは年末で、1ページ漫画を描き切る時間はたっぷりあった。
ところがタブレットは精密機器、新潟駅==上越新幹線==乗り換え・大宮駅==東北新幹線==仙台駅の長距離移動中、引越し荷物でパンパンになったリュックにしまって歩いていたら、寮に着く頃には液晶が真っ二つに割れていた。電源は入ったものの、画面は前衛アートのようなノイズしか映さず、最悪なことに、データの保存先はタブレット内のストレージだった。
ユウの手元に残ったのは、愛機で描いてコンビニ印刷したラフが数枚、どれも印刷後肉眼で見た時にどう映るか、リサーチするためにプリントした大雑把なラフオブラフの、構図や配置や消失点をメモ描いたようなものばかりだった。
タブレットの修理屋に駆け込んだが、部品取り寄せ液晶交換にしても、データ復元移行にしても、提出日までに直る保証はない、しかも寮費ひと月分よりお金がかかる、とのことだった。
(アナログはミスってもデジタルみたいなワンクリック修正はきかない……「ひとつ前に戻す」も「次に進む」もない。最悪制作途中で最初から描き直しになるかも知れない。
私の武器は、細かい描き込み……洗濯してたら時間が……心許ない……!!)
ユウは逡巡ののち、地図アプリでクリーニング屋を探すことにした。
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