第9話 ワークマン

 1月にシステム室から物流に異動になったので、屋外作業は寒かったし、東京と茨城では2℃くらい体感温度が違ってました。


 センター長に言われました。

「ドカジャンと安全靴さ、買ってきなよ、経費で出すから」

 僕は最初、ヨット部時代のウィンブレを着て作業をしていましたが、ヘリーハンセンのそれは着古しているとはいえ、作業着ではなかったですから。


 あとは靴ですね。

 今思えば普通の靴でよく倉庫を動きまわっていたな…と思います。


「ドカジャンと安全靴ってどこで売っているんですか…。ホームセンター、東京ないんですよ…」


「堀ちゃん、ワークマンがあるでしょ」

 吉村さんに言われました。


 ワークマン…。

 今はおしゃれ着でも有名だけど、当時はバリバリの作業着の専門店でした。

 この前のニュースで都心100店舗、銀座進出なんてありましたが、都内にはほとんどなかったです。

 埼玉の倉庫に行くさいに見たときがあったな…。

 戸田市のどっかでも見たな。


 ワークマン、次の休日に車で埼玉まで家族で行きました。

 初ワークマン。


 安全靴だけでも種類が豊富でした。

 作業着もドカジャンもたくさんあります。


「りほ、パパこの靴にするね。ちょっと靴の先っぽ触ってごらん」

 僕は黒い革タイプの安全靴が気にいり、それをいくつかはいてみた。サイズがあったものを両足にはき、娘に見せた。

 娘は靴のつま先を指でつついている。

「固い…」

 驚いている。

「そうだろ、すごい靴なんだ」

 初安全靴。ちょっと感動です。


「買い終わったらどんなにすごいか実験しようね」

「実験…?」

「うん」


 ドカジャンもいろいろとあります。

 グレー、黒、青。

 形も、襟に裏ボアのあるものないもの、腰の高さのもの、もう少し長いもの。


「パパどれにするの?」

 妻と娘がこれも興味深そうに訊いてきた。

「やっぱりね…」

 僕はボア付の青を手にとり、少し大きめのサイズを着てみた。

「中に作業着を着るからさ、大きめがいいのと寒いからね、このボア付だな…」

「黒もグレーもかっこいいよ」

 妻がそちらを見ている。

 確かにかっこいいけれど…。


「う~ん…、ぼくらの世代としては、『ドカジャンは青、ボア付』っていうイメージがどうしてもあって…」

 そうなんです、ドカジャンで黒はまだいいけれど、グレーってなんか違う感じがしたのです。

 やっぱり青でしょう、ボア付でしょう。

 初ドカジャンだし。


「なんかさ…この青いドカジャン着てヘルメットしてね、

 休憩時間にあったかい缶コーヒー買って、

『今日も冷えっなぁ…』

 とか言って軍手のまま空を見上げてその缶コーヒー飲んで

『もうちょいやっぺ…』

 そうつぶやきたいんだよね…」


 妻も娘も首を傾けながら僕の妄想を聞いていた。


 お会計をした。

 靴もドカジャンも意外と安かった。

 どちらも4千円くらいだったので、1万円しなかったですね。

 消耗品なんだろうな…。

 結局10年近く物流にいましたが、ドカジャンはずっと着てましたし、今でもたまに着ます。安全靴は一度買い替えました。


 奥さんが買い物かごに白衣を入れていたので、これは別会計にしました。

 ワークマン、白衣も売ってましたね。


 安全靴をさっそくはく。

「りほ、乗ってみていいよ、踏んでみて…」

「え…?」

「乗ってごらん、パパの靴の先っぽに…」

「いいの…」

「うん」

 僕が前に出した左足を、娘がおそるおそる右足で踏んだ。

「へこまない…」

 そりゃそうだよね。

「全体重乗せてごらん」

「え…?」

 僕は娘の手をとり支えてあげた。娘は左足を地面からあげて僕の靴に全体重を乗せた。

「すごい…、痛くないの…」

「ぜんぜん大丈夫」


 本当に大丈夫。自動車くらいがのっても大丈夫だからね。


 安全靴にはきなれてくると、普通の靴で倉庫を歩き回るのがちょっと不安になる。

 倉庫はパレットが置いてあるし、突起物もあるし、フォークリフトが走り回っているしね。

 

 よくつまづくのです。

 でも全然痛くない。


 次の月曜日、経費で落としてもらいました。

「これ買いました、ありがとうございました」

 吉村さんに現金を頂いた。

「物流現場の人っぽいね、もうすこしドカジャンも汚れてくると雰囲気がでるくんだけれどね…」

 吉村さん、まだまだね…、そんな感じで現金伝票を切ってくれました。


「白衣も売ってましたので、うちの奥さんが買いました」

 僕がこう言うと

「何に使うんだ…」

 物流の野沢さん、ちょっと眉をしかめながら僕に訊きました。


「仕事ですよ、奥さんの実家は薬局です」

 すると、野沢さんや吉村さん、センター長までちょっと安心した顔になった。

「いや…、あのな…」

 少し困った感じで野沢さん続けます。

「そうだったな、堀ちゃんの奥さんの実家はそうだった…」

「は…?」

 他に何があるんだ…。

「白衣のコスプレで奥さんがなんかするのかと思ってさ…」


 そうゆう使い方もあるのか、白衣って、というかワークマン。

 妄想って怖いというかすごいね。

「作業着ですね、白衣は…。それ以上でも以下でもないですね」

 

 今私も着ますし、他人のを見ても自分にとって白衣は完全に作業着です。


 初ワークマンでした。

 



 

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