第8話 棚橋農園
倉庫には広大な敷地があります。
倉庫もあり、その周辺はアスファルトでトラックの荷積みもでき、さらに桜の木もあり、以前書きましたように、パターゴルフのコースができるくらいの芝生もありました。
さらに倉庫裏には40坪くらいの空き地があり、そこにはなぜか網が張られてていたり、明らかに鳥よけの器具がありました。
これを我々は「棚橋農園」と呼んでいました。
棚橋さん、元は営業でした。
棚橋さんは転職組ですが、僕が新卒で入社した際、新入社員研修でご一緒させて頂き、それ以来、仲良くさせて頂いています。
「じょーほーしすてむしつの堀ちゃん、おまへんか…?」
と内線でよくかかってきてました。
******
「堀ちゃん、筑波はええで~」
僕が倉庫に異動になったさいに、一番でお電話をくれましたね。
「ええところやで~、二週間後と言わずにすぐ来いや」
大阪の方でして、東京勤務が長くなっても変わらない話し方をされていました。
僕より四、五年前くらいに営業から筑波勤務となり、パーツセンターや検品、物流もやっていましたね。
ただ、営業時代からいわゆる“できる”人でしたので、のらりくらりと人に見せておいて、実はしっかり仕事をしていました。
仕事が早いので、しかも単身赴任だし、棚橋さんちょっと時間ができちゃいました。
筑波で趣味を見つけました。
農業です。
土いじりなんてものはすぐに卒業して、いろいろな物を栽培しはじめました。
きゅうり、トマト、なす、インゲン、いろいろです。
でも一番凝ったのは“スイカ”でした。
考えてみればパートの女性のみなさんは農家の方々です。プロです。
「これ、どうするんかな…」
と訊くと
「土はこれで、肥料はこれとこれを混ぜてさ…」
なんて教えてもらえるのです。
あと、人当たりがいいので、知り合いもすぐにできて、
「堀ちゃん…、プロの使う肥料は、その辺で売っているのとちゃうんやで…」
と知り合いの農家の方から個人で肥料や土をもらったり買ったりしていました。
本当に凝ってましたね。
収穫があると配ってくれます。
ただ、プロの人たち、パートの農家の女性には遠慮して、素人の僕らにくれます。
「どうや、俺がつくったんやで…」
いつもありがたく頂いてました。
盆やGWにも休日なのに、水を与えてに来てました。
さて、スイカのシーズン。
おいしいのができました。
これは物流センターのみなさんで頂きました。
本社にも配ってましたね。
「堀ちゃん、ちょっとええか…」
「はい…」
「これ持ってかえりいな…」
「いいんですか…」
手提げの紙袋に入った重いものを渡されました。
中を覗くとスイカです。
「ちょっといびつだし、小さいしな…。でも味はいっしょや…」
「もらっていいんですか…」
「ああ…、みんなに見つからんよう持っててな…」
「ありがとうございます、でももったいないですよ…」
「ええんや…」
僕に強引に袋を持たせる棚橋さん。
「このスイカ、俺がつくったと思われるのが嫌なんや…」
「いいじゃないですか、こんな立派なスイカ…」
「違うんや…、『俺のスイカ』はもっと形もよくておいしそうでないと、『俺のスイカ』じゃないんや…」
家で頂きましたが、おいしかったですけれどね。
筑波で一緒に仕事させてもらったのは2年くらいだったと思います。
ご本人は非常に嫌がっていましたが、また営業に戻られて、その後すぐに定年を前に退職されました。
退職時にご挨拶に来られました。
「辞めてどうするんですか…」
当然訊かせて頂きました。
「堀ちゃん、俺な…、農業するねん…」
「え…!」
「弟子いりするんや…、その後どっかの土地で農業やる予定なん…」
「本当ですか…」
「うん、弟子入りするのはこの近くやから、たまに来るで…」
本当に農業を始められました。
ときどき遊びに来てくれました。
「ぶつりゅうの堀ちゃん、おまへんか…」。
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