第10話 猫ではないです、偉い人の手を借りました

「俺がやるよ…」

 初老と言ったら失礼ですね、今の僕と同じくらいの年齢の男性が当時40代前半だった僕に言いました。

「いいですけれど、わかりますか…?」


 詳しくは書きません、書けませんが僕は当時メーカーの物流部にいました。

 日々、出荷業務に追われていましたが、当社製品でリコールがありました。


 これって大変です。

 大量の消費者からの返品の受け入れ、交換品の出荷。

 書くと簡単ですが、当然通常の物流部のメンバーでは手が足りません。


 普段は製品にさわりもしない、人事、総務、財務、経営企画部、役員、そんな人たちも手伝いにきます。


「おう、大丈夫、俺だって昔は開発部にいたんだぜ」

 知ってますがね、それは。


「じゃあ、お願いします…」

 今回のリコール対応は問い合わせを受けたのち、代替品を出し、リコール品を返品してもらい、それを修理してお届けし、代替品を返してもらう。

 そんな方法でした。

 複雑ですよね。


 何百と並んでいます、商品。

 色、あとは商品のグレードというのかな、あるのですね、そうゆうものが。

 今回は個配、個人宅に送るので正確に送状を貼らないといけません。お詫びの手紙、お詫びの粗品、送状荷札、セットにしておいて当該製品に入れて、貼って、ふたをして。

 県ごとに集めておいて、宅配業者に渡します。


 その男性の商品のところだけ進みが遅い。

 見ると慎重に、そして送状もきっちり貼っている。

 ちょっと斜めだと貼りなおしたりしている。


 僕は目である人を探した。


 いたね、こちらは適当とは言わないが、ちゃっちゃと作業をしている。


「ねえ、菊池さんさ、皆川専務…、遅いんだけど…」

 僕より若い、経営企画部の菊池さんに近寄り小声で言った。


 彼のことは彼がまだ営業時代から知っている。

 こちらもそのころはシステム室にいたのでよく話していたし、いろいろと教えてあげたこともあった。


 作業の手を止め、専務を見る菊池さん。

「まじめだからな…」


 ちょっとこまった感じでつぶやく彼。

「一日中いるつもり…? 専務は…」

 こちらの本音が伝わるかな、菊池さんに。

「いや…僕が半日なので、その時に連れて帰ります。なにかと理由をつけて引っ張っていきます」

 そう言ったあと、

「すいません…」

 と付け加えた。


「悪いね、そうしてくれると…帰ってもらえると…」

 専務がふいにこちらを見た。


 僕は軽く会釈をして笑顔を返した。

 専務は笑っている、いい人なんだけれどね。

 小声で菊池さんに僕は言った。


「すっごい助かる」


*****


 物流用語でバンニングというのがあります。

 コンテナはご存知だとは思いますが、あのコンテナに積み込む作業をバンニング、コンテナから物を取り出すことをデバンニングといいます。


 どちらもきつい作業です。


 ある冬の日の月末。

 月末はどこでも忙しいですね、営業も物流も。


 通常出荷だけでてんやわんやの物流現場に40フィートコンテナ2本のバンニングがありました。

 海外出荷用です。

 どうしても日にちをずらせず、その日になってしまったそうです。


「堀ちゃんも俺も日比谷も月末なんて手伝えないし、現場も運送会社も人が出せないですよ…」


 野沢さんがセンター長に言いました。

 物流部はリーダーの日比谷さん、最年長の野沢さん、そして僕にあと事務の女性二人だけです。


 人が出せないのは当然ですね。


「大丈夫だと思うよ…、俺もあと購買部からも人だしてもらうから」


 当日、倉庫の裏でバンニングをセンター長と数人がしていました。

 さすがにフォークリフトは扱えないので一人だけ運送会社から手伝いを出してもらいました。


 僕は作業の合間に何度か遠くからバンニングを見ました。

 順調そうでしたね。

 右向きに置かれた茶色のコンテナの後ろの扉から数人で一生懸命バンニングしていました。


 昼前、あらためてバンニングの現場に行くと、先ほどの茶色いコンテナと3,4メートル離してつながるように左向きに青色のコンテナを置き、それにもバンニング、積み込みをしていました。


 コンテナがお尻を付け合わせながら置いてある感じですね。


「おお、すごい、2台同時にバンニングするのか…」

 素人と言っては申しわけないですが、普段その作業をやらない人はいろいろと考えますね。


 コンテナ、扉はひとつです。後ろというのも変ですが、そこだけです。

 2台のコンテナのその扉側を若干空けてつなぐように置けば、その間に積み込む荷物をフォークリフトで持ってきて、両方のコンテナに同時に積み込めます。


 作業の人数は必要ですがね…。

「おかしいな…、人数少ないはずなのに…」


 僕は僕の作業を続けていました。



 さて、やっとやっと落ち着いた夕方、センター長が汗だくになりながら事務所にあがってきました。


 僕はまだまだ事務作業が残っていたので残業もしていましたし、日比谷さんも野沢さんも現場で作業中でした。


「堀ちゃん、痛い目にあった。誰かに最初だけでも手伝ってもらえばよかった…」


 疲れ切った顔でセンター長は僕に言いました。


「そうですか…、画期的な方法でしたよね。2台いっしょにバンニングするなんて考えもしませんでしたけれど…」


 お尻を向き合わせたコンテナをすぐに思い出した。

 センター長くらいになるとすぐにそうゆうことを考えつくのかと思ったんだよな。


「ちがうんだ…、あれ…、ちがうんだ…」

 首を振りながらセンター長は続けます。


「バンニングさ…容積計算ってすっごいしっかりするんだね…」


「はぁ…?」


「いやね、1台目のバンニングしていたらさ…、30センチくらい出ちゃうんだ…、扉が閉まらなくなって…」


「え…?」


「ぴったり、密に、しっかり入れないと入らないんだね…。縦、縦、縦といれて少し空いたら横にしてでも物を入れないとダメなんだね…」


 容積計算は当然しっかりやります。

 すきすきでもいっぱいでもコンテナ一個は一個です。

 ぴったり、密にいれないと絶対に入りません。

「まさか…、一回入れたのを…?」


「うん、出した、デバンニングした…」


「え…! それじゃあ、あのお尻を突き合わせていたコンテナって…?」


「うん、デバンしながらバンニングしてた…。今度はしっかり密にいれた…」


 1台のコンテナから荷物を出しながら、後ろのコンテナに入れていたのだ…。

 

 センター長と数名は今日、二回のバンニングと一回のデバンニグをしたことになる。


 想像しただけでも…、きついな…。


 僕はようやく仕事が一段落すると喫煙室に行った。


 案の定、日比谷さん野沢さん、運送会社の運行管理者がおいしそうに煙草を吸っていた。


「さっきセンター長から聞きましたけれど…」

 僕はコンテナ積み込みの話をしたが、すでにそれはみなさんご存知でした。

「困ったもんだよな」

 野沢さんが言えば、

「物流の誰かにでも最初だけ声かければな…」

 日比谷さんがつぶやき、

「彼、フォークで手伝った西野からね、ぼやかれましたよ…『何やってんだろうな…』ってね」


 慣れない人が慣れないことをやると…。


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