第11話 覚悟

 「ベル、おめぇさんに頼みがある」


 それはかつて見せたことない、怒りとも焦りとも見える。


 集落の方向の視線を変えることなく、


 「少しここで待って―


 「ちょっと待ってくれ、ザン爺さん。…俺も行かせてくれ」


 次の言葉を待つことなく、ベルは続けた。


 「俺だって、集落に少なからずお世話、あ、いや、愛着がある……」


 今までちゃんとした会話をしてきたのはザン爺さんだけだが、集落のゴブリンともごくたまに一緒に行動をしたせいで少しながらも愛着が湧く。


「だから……、俺もついていく…!」


 ベルは無意識に力こぶを握る。なぜなら、今までの経験則に直感に告げるこの危機感知能力はバカにならない、未だに『危険だ』と壊れたパソコンがエラーを表示するように繰り返していた。


 足元に目を向ければ、足が震えている。だが、体が動かないということでもない。死ぬ覚悟が無ければ怖い以外の言葉も出ない。だが、前世と同じみたく過去を後悔したくないという考えが気持ちを震え上がらせていた。


 「っかっか…!随分とここに来た時との顔ぶりが変わっているようだな。安心したぜ」


 少しだけだが表情が和らいだようだ、と密かに安堵する。


 「だが、ちゃんと俺の指示にしたがえよ?」


 と、一度真剣な眼差しで問いただされ、


 「あぁ、分かってる…」


 「そうか。じゃあ、ついてこい!」


 ザン爺さんの俊足じみたその足の速さでギリギリのところで食いつくベルであった。


 ◇


 (……………やはり慣れないな…)


 その光景におもわず目を瞑る。


 そこにあったのは、無数に広がるのは同胞の死体だった。初めてではないにせよ、この光景に吐き気を覚えてしまう。また、集落での数が少ないということもあって、どれも知ってる顔ぶれではあった。その事実に嫌でも目をそらしたくなる。


 「……ベル。ちゃんと目に焼き付けるんだ」


 そう、いつの間に横にいたザン爺さんは諭してくる。


 「……これがわしら、最弱。どうあがいてもこの世は強いものが生き残るんだ」


 ザン爺さんは苦虫を嚙み潰したような表情でつぶやく。


 周辺は藁で作られた家々がすでに火事が燃やされており、そこらじゅうが黒煙で立ち昇っていた。


 同胞の焦げた匂い、あと数分で死ぬかもしれない、わずかに聞こえる死に際の鳴き声、鉤爪かぎづめでえぐったであろう、その地面。ベルは一つ一つの出来事に見守ることしかできないでいた。


 (もう少し、早く気づいていたら助かる命があったはずなのに……)


 ベルも悔しそうに仰ぐ。


 突如に――


 ザン爺さんは俺の背中をかばうように駆け抜けた。突然の出来事に唖然する。後ろを振り返ると、ザン爺さんがベルを庇い、腕には小型の短剣のようなものが突き刺さっていた。


 「―――無事か?ベル」


 「…それは、こっちのセリフだってッ!腕に短剣が!」


 ダガーのような短剣、といっても深く突き刺さっているようで腕を貫通し、その刺された隙間から血が垂れ落ちる。だが、ザン爺さんは特にそれを気にした素振りもなく、深く突き刺さった短剣を引っ張り出さず、投げたであろうところに視線を向けた。


 「こんなちいせぇナイフに俺がやられるとでも思わねぇことだぜ」

 

 そして、小声で――


「ベル、お前も決して敵から目を逸らすな」


 投げられた方向に視線を定める。


 そこに立っていたのは銀色に輝く鎧を纏い、否応でも同胞を殺した跡であろう血に濡れた長剣を持っていた人間だった。


 (人………?)


 ベルは最悪の形で半年ぶりに人と会うのだった――









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