第10話 異変

 ――無言になったぜ?」


 それはベルにとって少なからず予想していた回答だった―


 ザン爺さんは思い出を振り返るように面白おかしく笑った。


 だが、予想できていても、それはどういう意味なのかベルにはまだ難しかった。ただ単にキャピーバー混乱で思考停止になったのか、はたまた普通に分からなかっただけで無言になってしまったのか。少ない情報で物事を判断するのは危険だ。


 「わしらも当たり前のように飯を食う。あいつらもそれと同じで、当たり前のように武器をつくる」


 そしてザン爺さんは続く。今のベルの限界ではザン爺さんから映りだされるその目の奥にある景色が違っていると感じる。


 「話を逸しちまったな…。まぁ、つまりは、わしらゴブリンは神からっつう与えられた恩恵はほとんど皆無ってこった。なら、それを補う技術と知恵を磨かなければならん」


 そして、力強く、またどこか儚げに


 最後にこう締めくくった―


 「わしらは、人間どもより弱い」


 それはどれがどう見てもなんの変哲もない当たり前のことを言っただけに過ぎない。だが、ベルはこの違和感の正体に気づかないでいた。


 ツリーハウスに戻る背中をベルは体中の悲鳴を我慢しながら眺めるしかなかったのだった。


 ◇


 あれから一ヶ月後、

 

 「おらぁぁ!」


 ザン爺さんはごりごりの武器を使わない、武闘派だった。なら自然とベルも武闘派になる。


 お互いがお互いに集中していた。


 あの小さな身長で繰り広がる大威力の拳が降りかかる。


 今と今まで幾度となく戦い方を分析してきた。その培った技術と知恵が相まみえる。


 ベルは姿勢を低くした直後にバックステップをし、回避する。予測できた攻撃だ。


 だがザン爺さんはそれを読んでいたのか、すかさず、一歩前の土を蹴り、上から下に振りおるすような蹴りを入れる。周囲に砂ホコリが出来る―


 「あ、あっぶねぇ……!」


 ベルは降るような蹴りをバク転の形で避けた。一歩間違えれば、顔面に直撃する行為、だがリスクを承知の上で無傷で避けるのにこれが最適だった。


 「かっかっか、これも避けるか、洞察力に磨きがかかってるじゃねぇか!」


 「それでもあぶねぇよ…!」


 すかさず、ツッコミを入れる。毎度ながら一対一は常に寿命が縮んでいる気がしてならない。


 「だが、今日は上出来だったぜ。まぁ、反撃はこねぇけどな」


 「反撃したくても、早すぎて今は防御で手一杯なんだよ…」


 何度もやっていながら、未だに一つぐらいの反撃をしていない。なんだが、サンドバック化の訓練になっている気がする。


 だが、そんなザン爺さんも突然表情が消え、視線を変える。その視線の先には集落のあった場所だった。


 ベルもその視線にならって向き、ずっと鳴り止まない耳鳴りに不愉快に思いながらも嫌な予感が告げていたのだった―


 

 


 


  

 

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