トロッコ問題
どくどく
トロッコ問題
『問1:
線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。
この時たまたまあなたは線路の分岐器のすぐ側にいた。あなたがトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でも1人で作業しており、5人の代わりにその人がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。
あなたははトロッコを別路線に引き込むべきか?
1:分岐器を切り替える(5名を助ける)
2:分岐器を切り替えない(1名を助ける)』
トロッコ問題。トロリー問題ともいわれるこの問いかけは、50年前に作られた倫理学的な問いかけだ。派生問題として歩道橋から1人を突き落せば5名が助かるなどもあるが、キモは1人を見捨てて5名を助けるか、1人を助けて5名を見捨てるかだ。そのどちらかしか選べず、声をかけたり分岐器を中途半端にしたりはできないという前提である。
ほとんどの人間が5名を助ける選択をするだろう。助かる人数は多いに越したことはない。死んでしまう人間は不幸かもしれないが、それでも助かる命が多いほうがいいのは確かだ。
今スマホの画面に現れたトロッコ問題。ヒマつぶしにSNSを探っていたらたどり着いたページ。アンケートでも取ってるのかな、と何とはなしに見ていた。
「まあ、普通はこっちだよな」
選択肢の『1』をタップする。そうしたら次の問題が出てきた。
『問2:
線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。
この時たまたまあなたは線路の分岐器のすぐ側にいた。あなたがトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でもあなたの友人が作業しており、5人の代わりにその人がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。
あなたははトロッコを別路線に引き込むべきか?
1:分岐器を切り替える(5名を助ける)
2:分岐器を切り替えない(友人を助ける)』
「おお、別バージョン」
なるほど凝っている。今度は助ける対象が自分に身近である存在を持ってくるパターンだ。確かにこれなら迷う。自分の友人を救うか、見知らぬ5名を救うか。先ほど数が多い方を助けるのが正しいと言っていた人でも、この選択肢なら迷うはずだ。
「でもまあ、倫理的には数の多い豊富だよな。さらばマイフレンド」
またも選択肢の『1』をタップする。そうしたら次の問題が出てきた。
『問3:
線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。
この時たまたまあなたは線路の分岐器のすぐ側にいた。あなたがトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でもあなたの恋人が作業しており、5人の代わりにその人がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。
あなたははトロッコを別路線に引き込むべきか?
1:分岐器を切り替える(5名を助ける)
2:分岐器を切り替えない(恋人を助ける)』
「友人との派生系か。いやまあ、これはなあ」
友人でも殺して多くを助けると言ったのだから、ここでブレるのは間違いだろう。
3度目の『1』をタップする。そうしたら次の問題が出てきた。
『問4:
線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。
この時たまたまあなたは線路の分岐器のすぐ側にいた。あなたがトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でも1人が作業しており、5人の代わりにその人がトロッコに轢かれて確実に死ぬ』
「あれ、問題同じじゃね?」
問題文を読みながらそんなことをつぶやいた。だけど続きは少し違った。
『この選択後、貴方はこの6名の誰かと入れ替わる。どこと入れ替わるかはランダムだ。
あなたははトロッコを別路線に引き込むべきか?
1:分岐器を切り替える(5名を助ける あなたは約83%の確率で助かる)
2:分岐器を切り替えない(1名を助ける あなたは約17%の確率で助かる)』
成程、少し凝った問題だ。死ぬのが自分なら確かに思い悩む。身勝手なもので人間は自分の命がかかると悩んでしまうモノだ。それが架空の問題でも。17%、6分の1で死ぬのだ。サイコロを振って、1が出たら死ぬというのは確かにリスキーと言えよう。出ない確率は高いが、出てもおかしくない確率だ。
「まあ、でも。確率的にはこっちだよな」
4度目の『1』をタップする。そうしたら次の問題が出てきた。
『問5:
あなたはこれまで多くの命が助かるような選択を繰り返してきました。
助かる命が多い方が助かるべきだと思いましたか?
1:思った。
2:思わなかった』
「……まあ、そりゃなあ」
5度目の『1』をタップする。そうしたら結果が発表された。
『あなたが救った人数:20名
あなたが殺した人数:4名
見知らぬ人1名。友人。恋人。
見知らぬ人:一名(約83%) あなた(17%)』
「うーむ、殺した数まで出るのは後味悪いというか」
暇つぶしのつもりだったけど、少し陰鬱になった。ため息をついてブラウザを落す。気分を切り替えようとしたら、メールが届いていることに気づいた。なんだと思ってみたら、友人からだ。連絡はSNSが中心だから珍しいと思ってあけてみれば、
『訃報:
このメールは兄の友人フォルダに入っていた全員に送っています。
兄は×月◇日に死亡しました。死因は交通事故です』
「……は?」
十年来の友人の訃報に、思わず頭が真っ白になった。え、なにそれ? そう思っていたら、突然電話が鳴った。今付き合っている恋人からだ。深呼吸の後に、電話に出る。
「はい、どうした?」
「▽▽さんのお知り合いですか? こちら●〇警察署ですが。
実はこの電話の持ち主が交通事故にあいまして。身元を確認するモノがないため緊急で連絡させていただいたのですが」
「…………え」
頭部を殴られたような衝撃。いやまってくれ。どういうことだ。
「……嘘、でしょ?」
「残念ですが、事実です。
車はまっすぐに▽▽さんに突撃して、即死です。運転手の話ではブレーキもハンドルもまるで利かなかったとか。かろうじて通学中の子供5名を避けたのですが、その先に――」
…………うそ、だろ?
何がどうなっているのか、まるで分らない。そんな馬鹿なと思いながら、さっきのトロッコ問題の事を思い出していた。5名を助けるために1名が犠牲になる。そんなどこにでもある問題。そこに友人と恋人の項目があり、それを選んだから友人も恋人も死んだ? そんな馬鹿な――
真っ白になった頭の中、誰かがサイコロを振る景色を幻視した。6面体は地面を転がり、赤い1つ目を上にして止まる。
「あ、危ない――!?」
迫りくる車を見たのが、最後の光景だった。
その日、交通事故で4名の命が失われた。
不幸中の幸いだが、死亡した者たちは健康的な臓器を有しており、臓器移植手術により多くの命が助かったという――
トロッコ問題 どくどく @dokudoku
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