041_questlog.隠事

 太陽が城壁の向こうに隠れ、長い影が旧市街を覆い始めた頃、俺たちはとある酒場にやってきていた。

 旧市街の繁華街にある、外観からして高級そうな雰囲気の店だ。しかも、個室。

 あまり他人に聞かれたくない話を仲間にしたい、とモクレールに店を紹介してもらったのだ。

 教会の重鎮や行政機関のお偉いさんと「お話」をするのによく使う店らしく、ドアも壁も分厚く堅牢な造りだ。内装もシンプルなデザインながら高級な素材でまとめられており、酒場というより高級レストランの個室みたいだった。

 

 ちなみに、お会計は神殿騎士団もちだ。

 今回のスパイ騒動は戦利品が特になく、謝礼があまり出せないのでこれぐらいはさせてくれと言われてしまった。もっとも、あまり出せないと言いつつ、魔銀ミスリル貨を1枚もらっているのだが。ちょろまかしたスパイの軍資金と合わせると結構な収入になった。

 

 とりあえず、席について最初の一杯が行き渡ったところで、乾杯をした。

 もちろん、俺はいつもの96度の酒だ。

 ルルエはすぐさま料理の注文を開始した。それはもう片っ端から注文している。


「こうやって皆と一つのテーブルにつくのは久しぶりのような気がする」


 俺がそう呟くと、ルルエが唇を尖らせて言った。


「そうですよう。テツオさん、領都に来て、ほとんど夜いなかったじゃないですか」


 言われてみればその通りだった。

 領都に来てからというもの、モクレールに呼び出されたり、チェンジリング計画が発動したりで、あまり卓を囲んだ記憶がない。


「……はい、ごめんなさい」


「ほんとね、せっかくパーティ組んだのにさ、放置プレイとかひどいよね」


 カーライラもぷりぷりしているが、イシュは首を傾げた。


「分担して個別に行動など、よくあることだろう?」


「そうかもしんないけどさ……」


「そういう理屈じゃないんですよう」


 女性陣のぷりぷりをおさめるために、話題を変える。


「あー、そうそう、今回の分配なー」


 と言って、皆の前にそれぞれ魔銀ミスリル貨1枚と大金貨6枚を置いていく。


「「え!?」」


 ルルエとカーライラは驚いているが、スパイの軍資金をちょろまかした本人であるイシュはさほど驚いてはいない。むしろ、訝し気な視線を俺に向けてくる。


「少し、多いな?」


 イシュはちょろまかした金を四等分したのでは、この額面にならないと知っているのだ。しかし、そのことを女性陣は知らない。


「「少し!?」


「モクレールに報酬を少しもらったからな。それも上乗せだ」


「なるほど」


 カーライラは目の前に置かれたアルマイト処理された艶のある銀色の貨幣を、じっと見つめていた。


「魔銀貨はじめて見た……えっと、このお金って、どういうお金なの? 危ないお金じゃないよね、ないよね!?」


 ルルエとイシュは、盗賊団をやっつけたときの分配金で魔銀貨はすでに懐に入れたことがある。だが、カーライラは今回初めて見たようだ。出所が非常に気になるようだった。


「大丈夫。賊から奪ったものだ」


「そうだな。賊だ」


 俺とイシュはうんうんと頷く。

 賊の定義によるが、平和を脅かす存在と考えれば、問題ないだろう。ないといったら、ない。


「……そう。ならいいけど」


 と言いながら魔銀貨を手に取ったカーライラの目は「$」マークになっていた。


「ギルドに預けとかないとね」


 そう言って、カーライラは魔銀貨と大金貨を胸元に入れた。胸元というか、胸の谷間だ。ルルエほどではないが、そこそこの谷間である。

 そんなとこにポケットあるんだな……と思ってガン見していたら、気づかれた。


「スケベ……変態……」


 カーライラは顔を赤くしながらも俺を睨んできた。


「すまん。てか、そんなとこに入れて痛くないの?」


「痛くはないですけど、邪魔な感じですね。冬は冷たいですし」


「スリ対策としては、一番安全なの。それにギルドに預けるまでの間だけだしね」


 女性陣はそんなことを言った。

 たしかに、女性の胸元に手を突っ込むのはハードルがかなり高い。気づかれて手首を落とされても文句は言えないだろう。しかも、冒険者ならマジで手首を落としそうだ。

 スリから見たらリスク高すぎだ。


 ちなみに、冒険者ギルドは銀行業務も行っている。

 商人ギルドじゃないんだ、と思ったが国際的なネットワークを持っているのは、冒険者ギルドだけらしい。

 銀行と言っても、21世紀の銀行のように遠隔地での出し入れがすぐさまできるようなものではない。預け入れができるのは、各支部単位だ。

 ただ、別の支部の口座に指定金額を入れる「送金」はできるそうだ。

 それを可能にしているのが、冒険者ギルドの魔力通信ネットワークだ。

 冒険者ギルドは、進出した国に魔力線によるネットワークを構築する。魔力線、すなわち電線である。

 主要な都市のギルドには魔力通信交換局なるものが存在し、各支部との情報交換が即座に行えるようになっている。

 ていうか、電話会社そのものです。

 冒険者ギルドはこの技術を独占しており、通信と金融をがっちり握っているのである。

 そりゃ、半端な国じゃギルドに逆らえないわけだ。

 100年ほど前のグランドマスターが強力に推進し、冒険者ギルドの勢力を大いに伸ばしたそうだ。言うまでもなく、そのグランドマスターは再生者だろう。


「それで、話があるんだろう? こんなところに集めたのだから、大きな声では言えないことなのだろうが」


 イシュはワインのグラスを置いて、俺を見つめた。

 その眼差しは真剣そのものだ。

 ルルエとカーライラも背筋を伸ばした。


「俺はこの領都を追放処分になった……ごめんな」


 しばしの沈黙。

 イシュたちが視線を交わしあう。


「……それだけ、か?」


 イシュが怪訝な顔で問うてきた。


「ああ。明日の12時までに、領都を出ないと逮捕される」


 再びイシュたちは視線を交わしあった。


「あの……追放だけなんですか?」


 ルルエが不思議そうな顔で聞いてきた。


「うん? そうだけど?」


 イシュたちが一斉に溜め息をついた。


「なんだ~、心配して損した……もっと飲んじゃお」


 カーライラがそう言って、グラスをあおった。


「てっきり、この後すぐに神殿騎士の手引きで領都を脱出するものだと思っていたが……」


 イシュがちらりと床に置かれている荷物を見た。ルルエとカーライラも大きな鞄を持ってきている。


「あ、もしかして、夜逃げになると思ってた?」


 3人が頷いた。

 だから、荷物を全部持ってきていたのだ。


「貴族を殺して、ただですむとは思っていませんでしたから」


「そうだよな。ちゃんと説明するよ……」


 俺は皆を見渡して、モクレールの尽力で追放処分ですんだことを語った。

 ただ、今回のことは秘密にするようにとも付け加えておいた。


 イシュはワイングラスをあおって、ふっと笑った。


「なるほどな。貸しは作っておくものだな」


「情けは人のためならず、ってな」


 俺の言葉にカーライラが首を傾げる。


「それって、どういう意味?」


「人に親切にしておけば、巡り巡って自分に親切が返ってきますよって意味らしいです。お父さんもよく言ってました」


 ルルエがドヤ顔で言った。


「へー、いい考え方ね」


 カーライラはそう言って手に持っていたグラスを置いた。

 そして、アイスブルーの瞳でじっと俺を見つめる。


「……ねえ、テツオ、どうして男爵を殺したの?」


 イシュが頷いて、


「男爵を許せなかったというのは分かるが、いささか性急だったな」


「あの子たちが死んだときのあなた、どこか変だった。ううん、正直に言うわ……怖かった」


 二人の視線を受けて、俺は身をすくませてしまった。

 ルルエの視線は落ち着きなくイシュとカーライラの顔を往復している。


「もしかして、あなたの過去に何か原因があるんじゃない?」


 カーライラの真っ直ぐな視線は、誤魔化しを許さないと語っていた。

 俺は心中で溜め息をついた。

 今の状況を生んでしまった原因は、カーライラの言う通り俺の過去にある。

 言いたくはないが、言わなければならないだろう。

 俺は腹をくくって立ち上がった。


「そうだな。正直に話すよ……その前に、トイレ行ってくる」


 俺はそう言って、窓の外を見る。

 通りを挟んだ向かいの建物の屋根が見えた。その屋根の上にいる一匹の猫も。

 イシュは俺の言葉のおかしさに気づいているようだったが、視線を寄越すだけで何も言わなかった。


    ○


 クーディンは屋根の上から、テツオたちがテーブルを囲んで談笑している様をぼんやりと見つめていた。

 

 神殿騎士団の本部からようやく解放されたとき、既にテツオたちは宿を出ていた。

 嗅覚を頼りに、なんとかここまでは追跡できた。犬人ほどではないが、猫人も嗅覚は優れている。独特な匂いを発しているカーライラの痕跡をたどることはさして難しいことではなかった。これが匂いをほとんど出さないテツオだけだと無理だったろう。

 だが、やっとのことで店にたどりついたものの、入り口で追い出されてしまった。

 いくらあの黒騎士の仲間だと言っても、店の者はがんとして首を縦に振らなかった。モクレール騎士団長から、テツオが許可しない限り誰も案内しないようにと言われていたからだ。

 

 そこまで言われてしまっては、さすがのクーディンも回れ右をするしかなかった。

 そうしてテツオたちが見える屋根の上に登り、一人寂しく暖かそうな部屋を覗き見ることになったのだ。


「アンデッドのくせに酒を飲むとか生意気だ……」


 そう独り言を漏らすも、クーディンは自分の言葉が矛盾に満ちていることに気づいていた。

 アンデッドが酒を飲むわけがないのだ。パーティを組んで、仲間と冒険をするわけがないのだ。

 それは――人間のやることだ。

 

 それでも、とクーディンは思った。首を飛ばして平気な人間などいるのだろうか、と。

 視線の先に見えるテツオの顔をじっと見つめる。

 あの頭を確かに打ちぬいたのだ。

 だが……あのときの感触はおかしくなかったか。

 冷静な今なら思いだせる。ほとんど手応えがなかったのだ。

 不意にクーディンの頭に、一つの言葉が思い浮かんだ。

 

 ――遺物アーティファクト

 

 それも世にも珍しい、鎧の遺物。

 どのような力が秘められているのか、外見から読み取ることなどできないのだ。

 

「もしかして、幻術……?」


 妖精さんが住んでいる鎧の遺物だ。幻術の一つや二つ使ってもおかしくはない。

 クーディンはそう思ってしまった。

 自分はしてやられたのだ、と。

 歯噛みすることしかクーディンにはできなかった。

 そうして、自分の状況が非常に不味いことに気が付いた。


 教会からの任務は「黒騎士がアンデッドである証拠を見つけてこい」なのだ。

 自分が言った言葉がそのまま返ってきたような命令だったが、それは存在しないものを見つけてこいと言われたのに等しい。

 ここにきて、ようやく任務の矛盾にクーディンは気が付いた。

 残念ながら、思考回路が途轍もないポンコツというのは真実であった。

 

「どうしてこうなった……?」


 クーディンは自らの過去を思い返す。

 ポンコツ思考回路は、思い出す必要のない遠い過去まで時計を巻き戻してしまった。

 

 思い出せる最古の記憶は、司祭に手を引かれて王都のユグリア教会の神殿を見上げたことだった。

 それからは、いつも一人だった。

 何のための修行か分からぬまま、厳しい鍛錬をひたすらやらされた。ついていけたのは自分一人だった。新しい子供が入っては消えていく。その繰り返し。

 食事はいつも一人だった。他人との接触が禁じられていたからだ。

 最低限の知識とユグリア教の教義を詰め込まれ、ひたすら神に尽くすことを教えこまれた。

 気が付けば15歳になっていた。

 そこで初めて、自分が何なのかを聞かされたのだ。


『お前は、異端掃滅官となった。神敵を滅する聖職者である』


 ――ぐう。


 不意に体の中から音が鳴り、回想が中断された。

 腹の虫がご機嫌斜めのようだった。


「……お腹すいた」


 スパイのアジトで見つけた異端の証拠を取り上げられたついでに、今週のお小遣いまで巻き上げられてしまったクーディンに、腹の虫を鎮める手段はなかった。

 頼みの綱……というか、たかりの綱であるテツオは窓の向こうだ。

 だが、窓の向こうにいたはずのテツオの姿は見えなかった。


「異端掃滅官のくせに油断しすぎだろ、お前」


 不意に背中から声が聞こえ、クーディンは慌てて屋根の上を転がり構えを取る。

 目の前に、夜の闇に溶け込むような黒い鎧を着た騎士が立っていた。


「……何の用?」


「お前の任務は俺の監視だろ」


「アンデッドの証拠をさがすこと……」


 クーディンは自分で言ってて空しくなってしまった。

 テツオはクーディンの前で腕を組み、「ふむ」と言った。


「見方を変えれば、アンデッドの証拠が出ないかぎり、お前の任務は終わらないわけだ」


「それがどうした」


 テツオが半歩クーディンに近づく。


「お前、俺の協力者になれよ。教会の任務を続けるついでに、俺と一緒に冒険すればいい。もちろん、敵対行動は禁止だけどな」


 テツオがそんなことを言った。


「は……? 意味が分からない」


「毎日ちゃんと飯を食わしてやる。宿にも泊めてやる。分け前もちゃんとやるぞ。そうだな……ついでに毎週の報告書も書いてやろう。それを持って教会に行けば、金貨一枚もらえるんだろう? いいお小遣いになるなあ」


 悪魔の囁きとしか思えなかった。

 だが、黒騎士と行動を共にしてはならないと言われてはいないのだ。

 そう――アンデッドの証拠が出なければ、ずっと一緒にいてもいいのだ。お小遣いをずっともらえるのだ。しかも、食費はテツオ持ち。

 クーディンは雷に打たれたかのような衝撃を受けた。

 それは天啓であった。

 三食昼寝付きで旅ができる!


 クーディンは尻尾をくねくねさせて、テツオに一歩近づいた。


「お前に協力する」


 そう言って、クーディンはにへらと笑った。

 何をやらされるのか、確認すらせずに悪魔と契約してしまったのだ。

 クーディンの思考回路は、やはりポンコツだった。


    ○


 俺がクーディンを伴って酒場に入ると、店の従業員は目礼しただけで何も言ってはこなかった。

 

〈アンタって、ほんと悪党よね〉


 錆子が大変失敬なことを言ってきた。

 向こうがそれでいいと言ったのだから、何の問題もない。

 毎週の報告書など、分体にペラ一枚書かせればいい。


〈ご飯と寝床用意しただけで、傭兵を雇ったようなものじゃない〉


 相手の弱みに付け込むのは、交渉の基本だ。

 それに、前衛職が欲しいとずっと思っていたのだ。

 俺の必殺技は、光学迷彩からの不意打ちだ。一瞬でもいいので、足を止めて受けられる奴が欲しかったのだ。

 それに、クーディンの武力を腐らせるのは惜しい。

 体に埋め込まれているのであろう遺物をうまく調整できれば、とんでもない戦力アップになるはずだ。


〈そこは任せてよ。たぶん上手くやれるから〉


 俺と錆子が腹黒いやりとりをしていることなどつゆしらず、クーディンが期待に目を輝かせていた。


「何食ってもいいのか?」


「ああ。今日は好きな物を食べていいぞ。旅の途中は粗食になるけどな」


「それはしょうがない」


 クーディンはご機嫌な様子で、尻尾をピーンと立てていた。

 ほんのちょっとだけ、心が痛んだ。

 

 仲間が待つ部屋に戻ると、案の定、クーディンを引き入れたことを問い詰められた。

 俺の能力を生かす上でどうしても必要な人材であり、クーディンの持つ武力は有用であると力説した。もちろん、雇用形態には一ミリも触れない。

 クーディンの完遂不可能な任務のことを知っているイシュたちは、クーディンに同情的な目を向けただけで、特に反対をすることはなかった。


「では、黒鋼くろがねの絆に新メンバーを迎えられたことに、乾杯~!」


 俺の音頭に皆が盃を掲げた。

 腹ペコクーディンはエールを一息に飲み干し、テーブルの上に並べられた料理をかきこみはじめた。


「まさか、トイレに行った隙に、猫を拾ってくるとは思わなかったな。戦力アップになるのは認めるが……」


 イシュは苦笑いだ。

 俺がトイレに行く必要がないと知った上で言っている。


「遅いから逃げたのかと思ってたけど……ふーん?」


 カーライラはそう言って、クーディンと俺の顔をチラチラと見ている。


「テツオさんは、優しいですから。クーちゃん、可哀想ですもんね」


 ルルエは肉を飲むように食っている。まるでクーディンと対決しているかのような食いっぷりだ。


「で、すっきりしたところで、聞かせてもらおうかな?」


 カーライラが俺をじっと見つめてきた。

 イシュはグラスを置き、ルルエはフォークを置いた。

 クーディンはパンを喉に詰まらせている。


 俺は皆を見渡して頷く。


「俺が突っ走った理由……だったな。俺の妹が原因だ」


「妹さんと、何かあったの?」


 カーライラはアイスブルーの瞳を真っ直ぐと向けてくる。

 魔法使いらしく、興味を持ったことには物怖じしないようだ。


「ああ。俺には妹がいた・・


 イシュとカーライラが目を細めた。

 過去形で言ったことに気が付いたようだ。


「妹は…………俺が殺したんだ」



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