040_questlog.駐屯地

 牢屋体験はほんの数時間で終わってしまった。

 昼過ぎにはモクレールとスランジュがやってきたのだ。

 

 俺を牢から出して謎の書類にサインをしたモクレールに、衛兵たちはペコペコと頭を下げがら、「ほんとありがとうございます。助かります」と半泣きで言った。

 軽く意味が分からない。


「あの衛兵は何で泣いてたんだ?」


 俺が首を傾げつつそう呟くと、モクレールは苦笑いを浮かべた。

 モクレールの半歩後ろを歩くスランジュは、「こいつ本気で言ってんの?」みたいな微妙な表情を浮かべていた。


「お前に牢をぶち壊される前に、俺が引き取ったからだろ」


「失敬なやつらだ。俺はそんな乱暴なことはしないぞ?」


 俺が笑いながらそう言うと、モクレールも笑った。


「俺が迎えにいかなかったら、どうするつもりだったんだ?」


「鉄の棒を四、五本貰っていたかもな」


 モクレールは爆笑していたが、スランジュは引き気味だった。


「それ、牢を蹴破られるより高くつきますから!」


 モクレールと共にやってきたのは、ユグリア教会領都神殿に隣接する神殿騎士団の駐屯地だ。


 現代の国に慣れた俺からすると、とんでもない話ではある。

 宗教団体が軍隊を持って、好き勝手に国内を闊歩しているのだ。

 とはいえ、王や領主の許可がなければ領土に入ることはできないし、武力を行使することもできない。勝手にやったら戦争になる。

 神殿騎士団は「神罰の代行者」というなかなか中二心をくすぐる肩書をひっさげていはいるが、実態は教会の私兵だ。

 主な任務は、教徒の保護。教区の治安維持、神敵の討伐。

 領都を闊歩できるのは領主との取引で、治安維持も分担して受け持つからだ。

 ただ、あくまで教会の私兵なので、国や領主同士の戦争に顔は出さない。

 例外は異教徒との戦争だ。特にヴォーズ帝国との戦争になれば、神殿騎士団が勢揃いする。そういう背景もあるので、ユグリア教を国教と定めているフランド王国は教会の武力を当てにしている部分もある。なので、フランド王は教会に協力的だ。


 初めて神殿騎士団の施設を訪れたが、駐屯地と言ってもたいした広さはない。狭い城壁に囲まれた旧市街だけに、大きな練兵場など確保できない。騎士団本部と営舎に、ちょっと広めの中庭がある程度だ。中庭と言っても綺麗な庭園ではない。土の地面がむき出しで、弓の的や木人が屹立しているちょっとした訓練施設だ。本格的な練兵場は、新市街の外側にあるらしい。

 

 騎士団本部は、装飾の一切ない質実剛健な造りだった。

 窓が少なく、壁が分厚い。ちょっとした要塞と言えなくもない。たぶん、立て籠もって戦うことも視野に入れているからだろう。

 

 「騎士団長」と書かれた真鍮のプレートが張られたドアをくぐると、小洒落た部屋が現れた。

 床は毛足の長い絨毯。窓際にはマホガニー製の大きなデスク。部屋の中央には、控え目な装飾が施された堅牢そうなローテーブルとソファ。壁際には天井まで届く黒檀製ラックに様々な書物と美術品、宝剣。逆側の壁には、南方教区神殿騎士団の団旗が張られていた。

 

「意外に綺麗な部屋だな」


 俺がそう漏らすと、モクレールは苦笑いを浮かべた。


「意外とは聞き捨てならんな」


「もっと殺風景で、剣だの斧だのを飾ってると思った」


 スランジュがくすりと笑った。


「さすがですね。その通りです。最初は酷いものでした」


 モクレールは梅干しを食ったような顔をしてそっぽを向いた。


「…………」


 俺がドアの脇で突っ立っていると、モクレールがソファを指した。


「座ってくれ」


「俺が座っていいのか?」


 頑丈そうなソファではあるが、粉砕する可能性は高い。


「大丈夫だ。クソみたいな鎧を着たまま座るゴリラ用に作ってある」


「なるほど……」


 俺が座っても少し音が鳴っただけで、普通に座れた。

 このソファ、クッションがコイルスプリングだ。しかも、不等ピッチスプリング。最初は柔らかく、だんだんと硬くなるものだ。この世界、意外に金属加工技術は高いのかもしれない。

 

 モクレールは俺が腰を落ち着けたのを見て語りはじめた。

 スパイの摘発と裏切り者の司祭の捕縛、男爵の異端認定。それらの顛末を。

 そして、俺の処遇。

 

 ――領都ディゾラからの追放。

 

 明日の正午までに出て行かなければ、逮捕されて財産が没収となる。

 貴族を殺したわりには、随分とぬるい罰だと言える。

 モクレールが尽力してくれたことは想像に難くない。


「すまんな黒騎士、土壇場で領主が口走ってどうすることもできなかった」


「いや、頭を下げるのは俺の方だ。むしろ、それぐらいで済んで良かったと思っている。ありがとう」


 俺がそう言うと、モクレールもスランジュも微妙な顔をした。


「あの豚、自分が黒騎士のおかげで生きてると理解してないんですよ。男爵もまどろっこしいことしてないで、さっさと豚を吊るせばよかったんです」


 スランジュがとんでもないことを口走った。

 やはり、この黒板背景が似合う副団長は口がドSだ。


「それはそれで、領都が大変なことになっていたがな。あと一年しかないんだ。豚野郎でも使えるうちは使う」


「……ここの領主は人望がないんだな」


「ないな。あるのはパンパンに膨らんだ欲望だけだ。おかげで、コントロールしやすいという利点はある」


 鋭い視線で領主をこき下ろすモクレールは、年相応のちょい悪親父に見えた。

 さすがに騎士団の団長ともなると、政治の世界に片足を突っ込まざるをえないのだろう。


「オラント男爵を殺したのはやはりマズかったか」


 俺がそう言うと、モクレールは首を横に振った。


「いや。結果論だが、手間が一気に省けた。証拠を提出して、王に裁可をみたいなことをやっていたら、ヴォーズ帝国の方が先に動く」


 スランジュが頷いて、


「その通りですね。この街は既に掃除がほぼ完了しています。スパイの摘発にリソースを割かずにすみました。防衛力の向上に全力をあげられるでしょう。うまくやれば、この街は帝国の侵攻ルートから外れます」


「俺にとっては、それが一番助かる。もっとも、北のルートで王都まで蹂躙されるだろうがな。とはいえ遠回りになるからな。時間が稼げる」


 モクレールは既に帝国の侵攻にどう対処するかを考えているようだった。

 あと一年で、ヴォーズ帝国が動き出す。

 それは避けようのない未来に思えた。


「しかし、お前に貰った証拠と報告書、出来が素晴らしいんだが」


 そう言って、モクレールはデスクの引き出しから紙の束を取り出した。


「これ印刷か? それとも、タイピストに頼んだのか?」


 そうなのだ、この世界、タイプライターがあるのだ。しかも、手書きの書類を清書してくれるタイピストなる職業もある。

 

 紙も普通に買えるし、活版印刷は当たり前のように存在する。本がとても安いのだ。

 ボールペンこそないが、コンテに鉛筆、万年筆まで筆記用具は普通にある。

 紙はサトウキビのしぼりかすから作られたバガス紙が主流らしい。サトウキビの一大産地である南方の国から砂糖と一緒に大量にやってくるそうだ。

 おかげで、砂糖も紙も比較的安価だ。

 木のパルプを使った紙もあるらしいが、安価なバガス紙に押されてあまり流通していないという。


「情報の漏洩が気になりますが……」


 スランジュが眉根を寄せた。

 機密情報の塊である文書の内容を気にしているのだろう。

 

「いや。うちの妖精さんに書かせた。情報漏洩はないから安心してくれ」


 泣きながら紙束の上に立って、万年筆を抱えていた錆子分体の姿が脳裏に浮かんだ。

 どれだけ嫌がろうとも、命令には決して逆らえないのだ。

 電子制御の手書きだから、印刷みたいに見えるのはしかたない。


「あの妖精ってなんなんだ?」


「言ってしまえば、俺の鎧にくっついてきたオマケだ」


〈オマケとか言うな!〉


 脳内で錆子が抗議の声をあげた。

 ていうか、実際オマケだろうが。


 モクレールとスランジュが顔を見合わせる。


遺物アーティファクト由来なのか……うちにも一匹欲しいな」


「さすがにそれは無理だが。レンタルならできるか……?」


「マジか!? いくらだ?」


「そうだな、一日金貨五枚でどうだ」


「たけえよ! いやしかし……この出来栄えの書類が量産できるなら、そうでもないか?」


「そうですね、どっぷり書類漬けにしてしまえば、元は取れるかと」


 スランジュが物騒なことを言った。


「言い方……あんたんとこの騎士団、違法な薬の取引でもしてんの?」


 しかし、錆子分体を騎士団に放り込むだけで、一日金貨五枚が出てくるのか。

 ボロい、ボロすぎる。一か月放り込んだら、いくらになるんだ。

 俺の下種というか、ヒモな思考に錆子が呆れた。


〈本気で言ってないよね? 分体が苦労した記憶、最終的に私とマージしちゃうんだけど〉


 笑みを浮かべたモクレールが紙束を叩いた。


「まあ、冗談はさておき、この資料のおかげで、領都の掃除もはかどりそうだ。しかし、ますますお前が分からなくなったな。あの短時間で、どうやってここまで調べ上げた?」


「……遺物の力と言うしかないな」


 俺は正直に答えたが、モクレールは探るような視線を向けてきた。


「そういうことにしておくか」


 そう言ってニヤリと笑ったモクレールが、声を潜めた。


「話は変わるが……スパイのアジトに現金はなかったか? 扉の開いた空の金庫があったものでな。お前が持っていったのなら、別に構わんのだが……」


 隠し部屋にあったスパイの軍資金の話だろう。


「あったぞ。というか、証拠品として残してあるはずだが? 魔銀ミスリル貨5枚と大金貨4枚ぐらいはあったはずだ」


 それでも半分だけどな。

 しかし、全部持ってきてはいないはずだ。イシュも半分だけいただいたと言っていた。

 モクレールは厳しい表情を浮かべた。


「まさかと思いたいが、騎士の所持品検査をしないとダメか……」


 スランジュも渋い顔だ。


「魔銀貨5枚ですか……結構な大金です。もし窃盗が事実なら、首が五回飛びますね」


 そうなのだ。この世界、窃盗の罪がやたら重い。

 魔銀貨1枚で首が飛ぶ。

 見せしめの意味合いが強いのだろう。

 ただ、全額弁償できると、鞭打ちぐらいで収まる。けっこう現金な世界だ。

 とはいえ、盗人の証である焼き印をされてしまうらしいが。


「そういえば、クーディンが異端の証拠を探すと言っていたらしいが?」


 俺の言葉で、モクレールが椅子を鳴らして立ち上がった。


「あのクソ猫かっ! スランジュ、クソ猫をすぐに調べろ!」


「はっ!」


 スランジュが部屋の外にすっ飛んでいき、廊下で待機していた騎士に指示を出した。


「至急、女性騎士3名をまわせ! あのクソ猫はどこだ?」


 廊下を慌ただしく走る騎士たちの足音が聞こえ、すぐ近くの部屋の扉がバーンと開かれる音が響いた。

 

「クーディン異端掃滅官、所持品確認をさせてもらいますよ!」


「にゃ、にゃんで!?」


 むちゃ噛んでるし。


「証拠品の現金が行方不明でしてね……黒騎士の証言によれば少なくとも魔銀貨5枚と大金貨4枚。ご存じない?」


「し、知らないにゃー」


「私の目を見て、ユグリアの神に誓って、盗んでないと言ってください」


「…………」


 重い沈黙が立ちこめた。


「てか、なんでクーディンがここにいるんだ?」


 俺の質問にモクレールは唇を尖らせた。


「あのクソ猫だけお咎めなしとか、納得いかんだろ。呼び出して活動報告をきっちり書かせている。書ききるまで逃がさないつもりだ」


 どうやら、モクレールはクーディンに含むところがありそうだった。というか、ないわけはないか。


「それで、クソ猫は迷惑をかけてないか?」


「まあ、ウザいことはウザいが。迷惑というほどではないな」


 モクレールは首を何度も横に振った。


「心が広いな、お前は……俺には真似できん」


「今回は、まあ役に立ってくれたと思う。中身はともかく、異端掃滅官という肩書に助けられた」


「それは認めざるをえんな。だが、お前ならあのクソ猫がいなくとも、上手く切り抜けたのではないか?」


「それはどうかな。男爵の娘がやってきたのは想定外だった。そういえば、あの娘はどうなった?」


「どうにもならん。本来なら、反逆者の家族だ。連座して縛り首が普通だが、娘だからな。売り飛ばされるのが関の山だろう。所詮男爵家の娘、血筋に価値はたいしてない。買ってやるか?」


 反逆した男爵家の娘は人として扱われないようだ。美術品や宝石と同じ資産扱いだ。

 男爵と勲爵士二人を殺したことに後悔はまったくないし、そのままバックレるつもりだった。だが、男爵の娘は別だ。口封じのためだけに殺すとか無理だ。

 かすかな後悔が胸をよぎるが、俺にはどうすることもできないし、するつもりもない。

 俺の背負う十字架だ。


「買ってどうする。足手まといにしかならん」


「ま、そうだよな。親父の悪行の裏で、能天気に甘い汁だけ吸っていたんだ。ある意味、能動的に悪事を働いて金を稼いでいる奴より性質が悪い」


「貴族には厳しいんだな」


 モクレールはふと遠い目をした。


「……碌な思い出がないからな」


 静寂が部屋を満たすが、すぐに廊下の向こうから響く声にかき消された。


「おい、猫! お前の胸、そんなになかったろ!? そこか!」


「あ……やめっ!」


 コトン、コトトン……と硬い何かが床に落ちた音がした。


「ち、違う……違うの、違うから! これは異端の証拠なの!」


 クーディンの空しい言い訳が廊下に響いた。


「どうして、人はやましいことがばれると、第一声が『違うんです』なんだろうな?」


 俺の呟きに、モクレールは白い顔をして答えた。


「……知らん」


「こ、こんなにガメていたの!? この泥棒猫がっ! まだ隠してるでしょ! かまわん、この場で裸にむいておしまい!」


「はっ!」


 スランジュと女性騎士の硬い声が聞こえてきた。

 板床の上で柔らかいものが転がされる音が響く。


「ニギャー!」


 チャリン、チャリン――。

 小銭の音がした。なんだかその音がひどく悲しい音に聞こえた。


「にゃああああ! ゆるして! そのお金は今週のお小遣いだから! それまで持っていかないで! ご飯食べられなくなるから!」


 因果応報すぎて笑えない。

 

 しばらくして、ホクホク顔のスランジュが部屋に入ってきた。


「黒騎士の言った通りでした。魔銀貨5枚と大金貨4枚、あとは小銭でしたね。ご協力感謝します!」


 廊下の向こうから、すすり泣く声が聞こえてきた。

 あとで焼き鳥でも買ってやろうと思った。


「あー、なんだ……無事に証拠品の現金は見つかったようだな。すまん。今聞いたことは……」


 モクレールの言葉を遮る。


「俺は何も聞いていないし、スパイの軍資金は確かに教会に渡した」


 溜め息をつきながら、モクレールが頭を下げた。


「……感謝する」

 

 ポンコツ部下を抱えた中間管理職の悲哀を感じた。

 厳密には部下ではないのだろうが、同じ会社の人間だものな。


 とりあえずは、仲間に領都を追放されたことを伝えないといけない。

 また仲間に苦労をかけてしまう。

 ちょっと胃が痛くなってきた。胃なんかないけども。


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