039_questlog.追放
オラント男爵の娘らしき少女が部屋に踏み込んできた。
ほっそりとした体躯に、肩まで伸ばした金髪が綺麗な少女だ。きつめの目をしているが、どことなくオラント男爵の面影が見える。
少女は慣性で二歩進み、三歩目の途中で部屋のなかの異常事態を認識したようだった。
「ひぃぃっ! お父様!?」
驚いて後退ろうとして、後ろに尻餅をついた。
少女の後ろに控えていた私兵二人が慌てて部屋に入ってくる。
「お嬢様!」
「な、なんだ、お前らは!?」
驚きに目を大きく開いた少女が口をパクパクとしている。
〈三名を抹殺の後、逃走を推奨〉
錆子が物騒なことをさらりと言ってきた。
お前、もういいってさっき言ったろうに……。
鎮静剤のおかげで心の冷えた俺は、錆子の言葉に引き気味だ。
〈任務遂行が第一だもの。貴族殺しは重罪でしょ。この国での活動が大きく阻害されるわ。口を封じるべき〉
そういや、こいつは任務が完遂できるなら、俺が死んでもいいと言い切る奴だった。
だからといって、こいつの言う通りに少女を殺して知らんぷりとか無理だ。
そんなことをしたら、俺は帝国のクソ共と同じ畜生に墜ちることになる。
俺と錆子が脳内で言い合っている隙にクーディンが前に出た。
「異端掃滅官。オラント男爵は異端。だから処理した」
クーディンの無感情な声に、少女と護衛らしき私兵二人は硬直した。
「お父様が、異端!?」
「お前たちも異端審問にかけられる」
クーディンの冷えた言葉に、私兵二人が目に見えて動揺している。
「な、なにかの間違いでは……?」
クーディンは鋼鉄のガントレットこそ装備していないが、ユグリア教会の意匠を施したボディスーツを着ている。ぱっと見で教会関係者だと分かる。しかも、男爵の死体が転がっているのに微塵も揺らぎがない。
真正面から異端掃滅官だと名乗られてしまえば、信じるしかないだろう。
「これが何か知っているはず」
動揺している3人を無視して、クーディンは黒い表紙の小冊子を掲げた。先ほど男爵の引き出しから失敬したものだ。
邪教の経典と言っていたか。
だが、それを見せられた少女と私兵二人はポカンとしていた。
「「「……?」」」
そんな3人をクーディンは順番に見つめて、首を傾げた。
「む……目も開かないし、心音も変わらない……ハズレ?」
〈心拍数変化なし。発汗も、筋肉収縮もなし〉
俺ですら分かる。この三人は異端じゃない。
隠そうとしていることを指摘された人の反応ではない。隠し事のある人は、まるで待ち構えていたかのように反論をするものだ。
「白だな」
「チッ……」
クーディンは何故か残念そうに舌打ちした。
「なんなの、君らの仕事って、歩合制なの? 異端いっぱい処したらお給料増えるの?」
「……増える」
「ひでえ組織……」
そりゃ、証拠捏造するわ。
異端掃滅官の組織は見直したほうがいいと思う。
「待ってください……お父様は、貴族です。王の許可なく異端審問にかけることはできません!」
尻餅をついたままだが、少女が気丈にも言い返してきた。
「陪臣は王国貴族じゃない」
「いいえ! お父様は、領主さまの陪臣ですが、王国男爵でもあります!」
あー、封建制度あるあるだな。王と領主、どっちとも契約してる貴族ってやつか。
クーディンが困った顔で俺を見てきた。
「どうしよう……?」
なんで、ここで俺に振るんだよ。どうもこうもねえよ。
俺は溜め息をつきつつも、少女に正面から対峙することにした。
「……俺は黒騎士テツオ。君の父親、オラント男爵を殺したのは俺だ。君の父親は悪いことをした。その報いを受けた」
少女は目に涙を浮かべて、俺を睨み付ける。
「だから……父親を殺されて黙っていろと言うのですか!」
「いいや。君に罪はない。俺に復讐したいのなら、いつでも刃を向けていい。君にはその権利がある。ただ……君の父親が何をやってきたのかを知って欲しくもある」
屋敷の中が騒がしくなってきた。
眼前の私兵二人も殺気立った目で、剣を抜いてじりじりと間合いを詰めてきている。
俺は神殿騎士団長モクレールの世話になっており、出頭命令が出されれば従うと言い残し、クーディンを抱えて窓から飛び出した。
少女には悪いが、ここで時間を潰すわけにはいかなかった。
俺を待っている仲間に、ごめんなさいをしないといけないのだ。
○
俺は神殿騎士団に囲まれている孤児院に戻ってきた。
陣頭指揮を執っていたモクレールには俺がやらかしたことを正直に話した。
モクレールはイシュたちから既に話を聞いていたようで、溜め息をつきながらも俺の行動を批判することはなく、むしろ感謝されてしまった。
最優先タスクが完了した時点で、錆子から分体に情報が渡ったようで、男爵が領主と繋がっていなかったこと、子供を集めていた司祭のことはモクレールに伝わっていた。
教会の威信をかけて悪いようにはしないので、宿でしばらく大人しくしていろと言われてしまっては、首を縦に振るしかなかった。
ただ、領主の使いが来たら、決して逆らうなとも言われた。
その後宿に戻った俺は、正座して仲間たちにオラント男爵を殺してしまったことを報告して、一人で突っ走ったことを詫びた。
正義感が溢れすぎているイシュは「よくやった」と鼻息荒く頷いていた。
ルルエは「逃げるときは一緒ですよ」と駆け落ち前提みたいなことを言った。
珍しくべろんべろんに酔っぱらっていたカーライラには、「バカバカ」と言いながらぺちぺちと叩かれた。
お前には付き合いきれんと言われるかと思っていたが、誰一人としてパーティを抜けると言わなかった。
ありがたくて、涙が出そうになった。涙腺機能つけようかな。
ちなみに、いつの間にか俺のベッドでクーディンが気持ちよさそうに寝ていた。
なんで、こいついんの?
○
男たちの問答の声が聞こえてきて、目が覚めた。
日はとっくに登っており、レースカーテン越しの光は柔らかな影を絨毯に描いていた。
大きなデスクの下では、いつものようにイシュが丸くなって寝ており、ベッドには女子たちが川の字になって寝ていた。真ん中で寝ているカーライラが、左右からルルエとクーディンのムッチリコンビに絡みつかれて苦し気に眉を寄せていた。それでも起きないのだから、よほど疲れがたまっていたのだろう。というか、クーディンが我が物顔で俺のベッドで寝ているのにちょっとカチンときた。
そもそも、なんで全員が俺の部屋で寝ているのか小一時間ほど問い詰めたい。
かくいう俺は、絨毯の上で体育座りだ。
機甲兵は睡眠の必要はあるが、姿勢はおかまいなしだ。
立ったままだろうが、水中だろうが、崖っぷちにぶら下がっていようが、ぐっすり眠れる。周辺警戒は錆子が24時間体制でやってくれる。実はこれが最大のチートじゃなかろうかとすら思える。
階下のロビーから聞こえてくるのは、ここに詰めている神殿騎士の声だ。
地獄耳の機甲兵イヤーをもってすれば、微かな声でも鮮明に聞けるのだ。
「テッツォ卿は、異端の摘発に協力しただけだ!」
「あのぅ、我々は黒騎士を連れてこいと言われただけでして……」
どうやら、領主の使いが来たようだ。
俺は昨晩のモクレールの言葉を思い出し、ロビーに降りることにした。
神殿騎士二人と向かい合うように、粗末な装備の衛兵が二人立っていた。
「お騒がせして申し訳ありません、テッツォ卿!」
「この者らが、筋の通らぬことばかり言うので、追い返しているところです!」
若い神殿騎士たちが、キラキラした眼差しで俺を見上げてくる。騎士団長のモクレールと互角に渡り合った俺は、彼らから妙に尊敬を受けていた。
そんな彼らは、俺の護衛であり、監視役でもあるのだ。
昨晩の捕り物のおかげで、オラント男爵が異端であったという事実は神殿騎士団に知れ渡っている。
ユグリア教会の神殿騎士にとって、ツァロズ教徒は不倶戴天の敵である。さらに、男爵は市民でありユグリア教徒でもある子供たちを不正に搾取していたのだ。神罰の代行者たる神殿騎士から見れば、オラント男爵は悪魔の使徒に等しい。
その上司である領主からの呼びだしだと言うのだから、反発したくもなるだろう。
対して、ろくな情報を持っていない使い走りの衛兵は、心底困惑していた。
ただ、黒騎士を引っ張ってこいと言われただけなのだろう。
もしかして、俺が抵抗して衛兵を伸してしまったら、その罪状をもって正式に引っ張るつもりなのかもしれない。それぐらい派遣された衛兵は弱そうだった。神殿騎士とやりあえば、数秒でけりがつきそうなほど体格が貧弱で練度が低い。
「いや、出頭しよう。騎士団長には、黒騎士は領主の使いに連れて行かれたと伝えてほしい」
そう言って、俺は衛兵と共に宿を後にした。
〈モクレールになんとかしてもらうしかないわね〉
ひとまずは、言われた通りに大人しくしておこう。
いざとなれば、壁なり鉄格子なりをぶち抜いて逃げればいいし。
そうなったら、マジもんの犯罪者になりそうなので、なるべくやりたくはないのだが。
そうして俺は、すごく丁寧に案内されて牢屋に入った。
衛兵には「ほんとスミマセン」とかなり恐縮されてしまった。どうやら彼らは、俺がゴロツキ共から女性を救ったという噂を知っていたようだ。
彼らも上司に言われて従っているだけなのだろうから、むやみに抵抗するのも可哀想かなと思う。
そもそも、この世界に刑法があるのか怪しい。法律イコール領主の気分、みたいなところはあるだろうし。
生まれて初めて牢屋というものに入れられた。
そこは衛兵の詰め所の地下にある小ぢんまりとした部屋だった。
部屋の隅には潰れた藁が申し訳程度に積まれており、逆側の隅には大き目の素焼きの壷が置いてあった。漂ってくる臭いからして、用足しの壷だろう。
黒錆た鉄の格子はかなりの太さで、俺の力をもってしても曲げるのに苦労しそうだった。身体強化が当たり前に存在する世界なので、堅牢に作っているのだろう。
逃げるとしたら、ナノワイヤーでカットだな。
カットした鉄棒はいい武器になりそうなのでそのまま頂くとしよう。
牢の中央に突っ立ってそんなことをボンヤリと考えていると、鎧をガシャガシャと言わせた一団が下りてきた。
モクレールとスランジュだった。
二人は暗がりに突っ立っている俺を見て、ビクリと体を揺らした。
「よう」
俺が声をかけると、モクレールは頷いた。
「大人しく連行されてくれたようだな。助かる」
「色々と迷惑をかけてるのは間違いないからな。しばらくはここで頭を冷やすよ」
俺はそう言って、鉄格子がはまっている天井を見上げる。
鉄枠はなく、鉄の棒が一本ずつ天井のコンクリートに埋まっていた。
「……黒騎士、何を考えている?」
「いやなに、逃げるとしたら、どうやるかを考えていた」
俺の言葉を聞いた二人は、スッと顔を青ざめさせた。
「頼むから、もう少し大人しくしててくれ。すぐに出してやるから。しばらくの我慢だからな。お願いだから、じっとしててくれよ?」
随分と念入りに頼まれてしまった。
「俺って、そんなに信用ないかね?」
「「ない!」」
モクレールとスランジュがまったく同じタイミングで叫んだ。
ステレオで言われてしまった。
〈あると思ってんの……?〉
脳内で錆子の声が重低音で響いた。
2.1チャンネルになってしまった。
俺は素直に頭を下げた。
「ほんと、すみません……」
モクレールは夜までにもう一度来ると言い、再三「じっとしててね」と俺にお願いして去っていった。
ひとまず、イシュたちにはモクレールとお出かけするので、今日一日は休養にあてると連絡した。
○
モクレールは、南方教区枢機卿であるバルぺと共に領主の城館へと来ていた。
異端であったオラント男爵と、男爵を殺したテツオの処遇についての話し合いのためである。
「ただの平民が、わしの臣下を、貴族を殺したのだぞ! 貴族を手にかけるなど、言語道断であろう。即刻吊るし首だ!」
ディゾラ伯モイーズは肥えた体を揺すりながら唾を飛ばした。
「ほっほ、伯爵、手にかけたのは、異端掃滅官ですぞ」
バルぺ枢機卿は、さらりと嘘をついた。
「そうですな。それに、帝国との密通、反逆準備、公金横領と子供の略取。三回ほど死を賜るはずだった男爵が死んだだけです。若干、順番が前後した程度のことでしょう」
モクレールも大したことではない、と言わんばかりに頷く。
「ふざけるな! 男爵家の長女から、黒騎士に殺されたと訴えが出ておるのだ」
バルぺは首を捻る。
「おかしいですな。ご息女は、異端掃滅官が処理をした後にやってきたと報告を受けておりますが」
「屋敷の者に聞き込みをしたところ、男爵の部屋で物音がした後にご息女が男爵の部屋を訪れた、と多数の証言がありますが」
枢機卿と騎士団長の反論に、少女の訴えを聞いただけでしかないモイーズには抗する材料がなかった。
「……では、娘が嘘をついていると?」
微笑を浮かべたバルぺは首を横に振る。
「そうは申しません。聞けば、黒騎士はご息女に、仇をうちたければ受けて立つと言ったそうではありませんか。通常なら、異端掃滅官は処理をするだけです。復讐の対象とはなりえない。ですが、黒騎士はあえてご息女の心情を汲んだのです」
「まこと、誇り高い騎士ですな」
モクレールがしたり顔で頷くと、モイーズは舌打ちをしてモクレールを睨み付ける。
「……黒騎士とは何者なのだ?」
「我々の協力者です。口外を控えていただきたいのですが、彼はヴォーズ帝国と敵対する国の特務騎士です。言うなれば、我が教会、フランド王国の味方なのです」
「なんだと……聞いたこともない話だが」
「もちろんです。このことを知るのは、私と枢機卿だけですから」
モイーズは腕を組んで考え込む。
黒騎士という正体不明の騎士の話は最近よく耳にしていた。角熊の処理に貢献し、領都界隈を荒らしていた盗賊団を神殿騎士団に先んじて処理したとも言われている。怖ろし気な外見とは裏腹に高潔な人物であり、市井でも弱者を救う騎士であると噂もたっている。
逆に悪い話がまったく出てこないことに、モイーズのような者は疑念を抱いてしまうのだが。
しかしそれも、ヴォーズ帝国と敵対する他国の特務騎士であるという裏を考えれば、理解できなくもない。味方にすべき国で悪行を成すなど、本末転倒であるからだ。
「しかしだ、王国貴族である男爵は、王の許可なくして異端審問はできないはずだ。結果論で言えば死は確定だが、今回の教会の対応には問題があると言わざるをえん」
モクレールが頷く。
「報告が遅れたことは誠に申し訳ないと思っております。ですが、緊急を要しておりましたので、処理を優先しました」
「緊急だと?」
「はい。スパイの摘発は一気呵成にやり遂げなければならない事案です。時間をかけてしまえば逃げられる確率が跳ね上がります」
「だからといって、貴族である男爵を殺していいということにはならん」
「それに関しては、我々の不手際があったと認めます。ですが、男爵が死ぬことで、伯爵のお立場が守られたとも言えるのです」
モイーズは怪訝な顔で眉間にしわを寄せた。
「どういう意味だ?」
「男爵の口が固く、尋問は難航を極めました。ですが、ぎりぎりのところで、男爵自身の口から、伯爵が関与していないと聞き出せたのです。結果、男爵は命を落とすこととなりましたが、早々に重要な自白が得られた意味は大きいかと」
そう聞かされたモイーズは唸り腕を組んだ。
「ぬう……」
モイーズとて長く伯爵領を預かる領主である。
ただの欲深いバカではない。今回の事件は、早々に畳んでしまうことが重要であると理解をしていた。
仮に男爵を拘束していたとしても、口の堅い男爵がいつまでも粘れば、伯爵と帝国が通じていたのではないかという疑いが残り続ける。
帝国スパイの暗躍を知った王は、自らの手足である暗部を派遣するだろう。
するとどうなるか。暗部がねちっこく調べていけば、今回の事件とは関係のないことまで調べられてしまう。清廉潔白とは程遠いモイーズにとって、傷の多すぎる脛を見られるのは大変都合が悪い。
そう考えると、伯爵の潔白を証明した上で、さっさと死んでくれた男爵は都合がいいのだ。むしろ、都合が良すぎて、伯爵に謀殺されたのではないかと疑われかねない。
「教会の協力は得られるのだろうね?」
モイーズの打算にまみれた視線を受けたバルぺは笑みを浮かべたまま頷く。
「もちろんです。今回の伯爵の身を切るご決断で、ツァロズ教の暗躍が阻止できたのです。教皇猊下には、伯爵の献身を王にお伝えするよう書簡をしたためます」
バルぺの言葉で、モイーズは落としどころを見出した。
どうせお取り潰しになる男爵家だ。小娘一人の戯言など放っておけばよい。むしろ教会の協力を引き出すほうが得である。モイーズはそんな打算を頭の中で組み立てた。
「大変結構。教会の不手際と黒騎士による男爵殺害の疑いはなかったこととする」
モイーズの言葉を聞いたモクレールとバルぺは内心で安堵の溜め息をついた。
「だが、黒騎士はわしの顔に泥を塗った。よって、この街からは追放処分とする」
ディゾラ伯モイーズは意地の悪い男でもあった。
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