037_questlog.尋問

 ――認識誘導装置。

 

 スカウト七つ道具の一つだが、この世界で使うのは初めてだ。

 これを使われた人間は脳に障害が出る。それも不可逆な損傷。よほどのことでなければ使うことは許されない……というツールだ。

 かつて、ゲームの中で一度だけ使ったことがある。

 使わなければクリアできないという特殊な情報収集クエストのせいで、斥候スカウト系の職をカンストまでやっている者なら、必ず通る道でもある。クエスト報酬リワードが良いので、やらないという選択肢はなかった。しかも、そのクエスト、斥候系以外の職でも受注できてしまう。報酬目当てで「クエスト未クリアのスカウト様一名募集」のような全チャが流れることも多々あった。

 

 ちょっと懐かしい気分になったが、目の前に転がっている奴は帝国のスパイだ。

 人の命をなんとも思っていないクソ野郎であるのは間違いないが、攻略手順がWikiに載っているNPCではないのだ。

 失敗は許されない。

 

 認識誘導とは、早い話が「ひどい勘違い」をさせることだ。

 しかも、勘違いしていることを本人に悟らせてはいけない。頭にねじ込んだ誘導装置が脳内にマイクロマシンと薬物を放出して冷静な思考を奪ってくれるが、やりすぎて記憶の混濁を起こしてしまっては本末転倒だ。

 あくまで誘導でしかないので、こちらが欲しい情報をしゃべらせるために相応の準備が必要になる。質問するにしても、ぼんやりとした質問だと、回答もぼんやりとしたものになってしまう。ゲームの中であった笑い話だが、「お前の秘密を吐け!」と問うと、「幼い頃にやらかした痛い秘密」を自白されたというものがある。欲しい情報を得るためには、具体的な質問をしなくてはならないのだ。

 

 そのために、ある程度の情報収集が必要だった。特に、この中尉と呼ばれる茶髪の男の「背景」についての情報が。


 錆子にセットアップをさせて、いよいよ尋問に入る。

 シチュエーションとしては、「任務が失敗して、下っ端スパイに回収され、領都の南方にある港町マセイヤのアジトに撤退した」というものだ。

 マセイヤに帝国のアジトがあることは、盗聴で判明していた。

 そして、責任者である中尉は「本国から送られてきた監察官の大尉に査問を受けることになった」のだ。

 監察官というのはデタラメだ。諜報部員すら知らない、内部監察部署という設定だ。

 

 中尉には余計な情報を与えないために目隠しをしている。

 また下水であることを気づかせないために、感覚神経に海の匂いであったり、遠くから聞こえるカモメの鳴き声みたいな音も感じさせている。

 

 ひとしきり、任務失敗という大失態をなじった後で、別の監察官(錆子)から庇われるみたいな茶番もやっておく。典型的なムチと飴手法だ。

 さらに、傀儡くぐつを制御する御者が死んでしまった責任の追及をして心理的においつめ、間違いなく帝国の査問を受けていると思い込ませる。


 ちなみに、傀儡と御者が夜の山にいたのは、山の隠し通路を使わないと、人目に触れず地下下水道に入ることができないからだ。地下下水道の出入り口は領都の行政が管理しており、どの入り口も施錠されていて人目の多い通り沿いにしかない。

 唯一の例外が、孤児院の裏にある出入り口だ。あそこは孤児院の拡張にともなう工事のどさくさで塀に囲まれたのだ。その指示は、オラント男爵から出されたようだ。けっこう前から男爵は帝国のスパイと接触していたのだ。


 隠したかった事実まで把握されていたことで、中尉はたいそう焦っていた。

 この手の人間がこういう状況に陥った際に考えるのは、まず保身。

 そして、最初に取る手段は「人のせい」にすることだ。

 だが、そんなことは先刻ご承知であるので、機先を制する。


「少尉は作戦の失敗を悟り、すぐさま自決したのだがね。君は何故、自決しなかったのかね?」


 少尉――黒髪の男が俺に殺されたことを、この中尉は知らない。

 嫌な汗を流し始めた中尉に対し、本丸である情報を引き出しにかかる。


「君には、王国のスパイであるという疑いがかけられている」


「本物の中尉は既に死んでおり、魔法で外観を変えた王国の人間がなりすましているのではないか、という声もあってね?」


 俺監察官と錆子監察官が、ステレオで中尉を追い詰める。

 中尉は半狂乱になって無実を訴えた。当然といえば、当然だろう。だが、自分がかなり疑われているとも理解している。

 このままでは、良くて投獄。下手を打てば、あの世行きと思い込んでいるだろう。


「だが、これから行う確認作業で本人だと証明できれば、疑いは晴れる。多少の降格は覚悟してもらうが、処刑されることはないので安心したまえ」


 絶体絶命のピンチに垂らされた、一本の細い蜘蛛の糸。

 それにすがらない人間などいない。

 

 入れ替わっていないのに、入れ替わっただろうと疑われる「逆チェンジリング計画」の発動である。


〈その計画名、いま思いついたよね?〉


 無論である。

 

 さて、確認作業――偽者では知りえない秘密の情報をモリモリ吐いてもらおう。


    ○


 中尉はこちらの質問に何の疑問も抱かず、それはもうペラペラとしゃべってくれた。

 認識誘導装置やお薬が良く効いたのは間違いない。

 ただ、聞いてもいないことまでしゃべりはじめてウンザリもした。

 上司が経費でお水の女性に貢いでいるとか、同僚が不倫しているとかどうでもいいから!

 帝国の組織も普通の会社と変わらないな、と妙な感心をしてしまった。

 

 結論から言うと、大した情報は得られなかった。所詮は中尉というところか。

 戦略的な情報はあまり持っていなかったし、帝国内での軍の配置や規模も外から観測できる程度のことしか知らなかった。

 とくに、欲しかった皇帝の情報は何も得られなかった。

 ただ、気になったのは、中尉は皇帝の顔を見たことがないということだ。長く公の場に姿を見せていないのだ。仮にも軍の士官が最高指導者の顔を見たことがないって、どうなのよと思うのだが。

 

 ただ、本職だけにスパイ関連の情報は多かった。

 どの国のどの都市に、どの程度のスパイが入り込んでいるか。重点目標はどこであるのか。

 フランド王国の王宮にまでスパイが入り込んでいると聞いて驚いた。しかも、十年前から仕込んで、着実に出世しているらしい。ただ、残念ながら名前までは聞き出せなかった。情報漏洩した際の被害を最小化するために、別部隊の情報は知らされていないのだ。


 スパイの主な作戦は典型的な連環計れんかんのけいだ。破壊工作、民心離反、叛乱誘導、諸侯調略。あの手この手で相手の国を内部から弱体化するというものだ。

 うまくはまれば、万の兵よりも有効だ。


 帝国の諜報機関は、軍事系諜報機関である「情報統括部」と帝室直轄の防諜機関である「帝国特殊警察」の二つ。

 外事を扱っているのは、情報統括部のみだ。

 地球で言うところの、イギリスのMI5とMI6みたいなものか。

 なんというか、すごくちゃんとした諜報機関で驚いた。21世紀の地球でも、ここまでやれている国はあまりない。


 対するフランド王国の諜報機関は、王室付きの暗部がある程度だ。国家情報機関というにはお粗末にすぎる。

 それも、貴族相手の暗闘がメインであり、たいした所帯ではない。主な業務は貴族の情報集めと暗殺ぐらいだ。

 対外任務はあまり派手にやっていない。というより、国内のことで手一杯なので、外事にさけるリソースがないというのが実情だろう。


 正直な感想を言うと、「帝国怖い」だった。

 やっぱり、ヴォーズ帝国皇帝は再生者だと思う。軍にしても情報機関にしても、他の国と比べてぶっ飛びすぎている。あと、銭湯な。


 そして、俺にとってはさほど重要ではないが、この国――いや世界にとって重要な情報が手に入った。

 

 ――ヴォーズ帝国は一年後に行動を起こす。


 茶髪の中尉がやっていたのは、領都を内側から切り崩す作戦だった。

 市民の不安を煽り、領主の不甲斐なさを嘆かせ、陪臣たちを取り込み、帝国の侵攻とタイミングを合わせて叛乱を起こす。そんな計画だったのだ。

 

 今回の件で期せずして露見することとなったが、事実上手遅れと言える。

 あと一年で、対帝国の準備など整わない。複数国家による大同盟など寝言に等しい。

 しかも、帝国のスパイ網はすでに様々な国に張り巡らされている。

 佐々木さんが怖れていた動乱の時代が始まるのだ。

 

 悪党とそしられるかもしれないが、俺の本音を言えば、戦争状態は大歓迎だ。

 傭兵の需要は増すであろうし、対外侵攻を始めれば帝国内部の兵は減る。長く蟄居ちっきょしていた皇帝が姿を現すかもしれないし、御親征ともなれば戦場に姿を現した皇帝――魔王を暗殺できるかもしれない。

 そもそも、今の俺に帝国の侵攻を押しとどめるほどの力はないのだ。


 中尉から引き出した情報は、すべて錆子のメモリーに記録した。

 俺のお脳と違って、思い出せないことはないので便利だ。後で文書化してモクレールに渡すとしよう。

 

 俺は正座してガタガタ震えている中尉に向かって無感情に言う。


「さて、中尉。残念だが、君は帝国の重要な情報を敵に流してしまったようだ」


「は……? そんなことはありません!」


「あるんだよ。なんせ、俺は帝国の人間じゃないからな」


 中尉の目隠しを取る。ついでに、誤魔化していた感覚も元に戻す。

 混乱しているのであろう、中尉は目を何度も瞬き、落ち着きなく視線を彷徨わす。

 そして、目の前に立っている俺を見上げて、目を見開いた。


「へ、は? え? 傀儡……?」


「違うぞ。勝手に勘違いしたのはそっちだからな。俺は黒騎士と呼ばれている」


 俺の言葉がしばらく理解できなかったのだろう。

 ポカンとしたのちに、絶叫をあげた。


「…………うおあああっ!」


 中尉は立ち上がろうとして体を起こしたが、鎖にぐるぐる巻きにされているせいで無様に倒れた。

 顔を石の床に打ち付け、鼻血を流している。


「お前は楽に死なせない。消し炭になった子供と同じように絶望を味わって、死ね」


 意味不明な言葉をわめき散らしてもぞもぞと暴れる中尉の頭を掴み、認識誘導装置に指先を向ける。設定の変更をするためだ。

 このクソ野郎には素敵な夢をプレゼントすることにした。

 それは錆子分体から無理やり転送されてきた記憶だ。錆子はご立腹だったが、有効活用させてもらう。

 ネズミに齧られて巨大なGに囲まれてじわじわ食われる地獄を、痛覚三倍で無限ループ再生だ。


「ひぎゃああ!」


 俺はじたばた暴れる中尉をその場に残して、地上へと向かう。

 酷いことをしているという自覚はあるが、精神的な痛痒つうようはまったく感じなかった。

 機甲兵の精神フィルターはいい仕事をしていると思うことにした。


「報告書は、錆子分体に任せるかな」


〈そうね。それがいいわね〉


 面倒な文書作成は、分体に丸投げだ。


    ○


「なんだか、とっても嫌な予感がした……」


 錆子分体はイシュの肩の上で、ぶるりと身を震わせた。


「どうせテツオが碌でもないことを言いだしたのだろう」


 即座に正解を言い当ててしまうあたり、イシュはテツオという人間をよく見ていた。

 

 イシュと錆子分体はテツオの指示に従って、隠し部屋にあった書類をすべて「スキャン」し終えていた。錆子分体が一瞬見るだけでいいので、早々に終わってしまったのだが。全ての書類データは錆子分体の頭の中に保存されている。

 そのほとんどは帝国スパイの活動記録だった。また、買収した市民や協力者の名簿もあった。スパイの証拠としては申し分のないものだ。


 ついでのように、金庫の中にあった現金を半分ほどちょろまかしている。

 これも、テツオの指示だ。スパイの軍資金が無い、などというわけはないので、さすがに全部持っていくとバレるから半分なのだ。どうせ教会が懐に入れるのだから、手間賃としてもらってもいいだろ、とはテツオの談だ。イシュも異存はなかった。


「こっちでいいの?」


 イシュの後ろを歩くカーライラが、照明のない暗い廊下を見て不安気な声をあげた。

 カーライラは、地下下水道で下っ端スパイを始末した後に、イシュと合流していた。

 鼻を引くつかせたイシュが答える。


「間違いない。ところで、バカ猫はどうした?」


「異端の証拠を探すってさ」


 鼻息を漏らしたイシュが肩をすくめた。


「バカ猫に荒らされる前に証拠を押さえておいてよかったな」


 イシュが地下へと続く階段の前で足を止める。すぐ脇の扉はテツオが粉砕したせいで、外が見えていた。


「ここだ……」


 地下の牢獄には8人の子供がいた。

 イシュは子供たちを落ち着かせるように、帝国のスパイは排除したと宣言した。


「王国の法にしたがって、君たちは保護される。もはや帝国の陰に怯えることはない」


 それを聞いた獣人の子供たちは心の底から安堵したようだった。

 獣人の子供はイシュの姿と柔らかな物腰に安心感を抱いているようだったが、魔族の子供二人は未だに猜疑の目をむけてきていた。

 さぞかし裏切られてきたのだろう。そのせいで人の言う言葉をすべて疑うようになってしまったのだ。イシュはそう感じていた。

 そんな魔族の子供が入れられている牢の前にカーライラが立った。

 目線を合わせるように屈んだカーライラが魔族の二人に呟く。


「あなたたち、魔族ね。兄妹かな?」


 体の大きいほうの男の子は10歳ぐらいだろうか。自分より一回り小さい女の子を背中に庇っていた。

 二人とも同じグレーの髪と赤い目をしている。


「…………」


 相変わらず疑いの目を剥けてくる二人の子供に、カーライラは微笑を浮かべる。


「大丈夫。大丈夫だから。帝国の悪い奴は、私たちの騎士が倒したから」


「ほんと……?」


 女の子がぼそっと呟いた。

 

「信じられるか!」


 男の子はまだまだ警戒を解かない。


「私たち、仲間よ」


 そう言って、カーライラは自らの下まぶたを指で押し下げた。あっかんべーをしたように見える。

 カーライラの顔を見て、魔族の二人が目を見開く。


「あ……」


 女の子がみるみる目に涙をためていく。


「信じてくれた?」


 カーライラの問いに、女の子は何度も頷く。男の子は大きく目を見開き、信じられないものを見たかのように声を震わせていた。


「本当に、助かるのか……?」


「もちろん。お家に帰してあげたいんだけど、君たちどこで捕まったの? 帝国?」


「違う。俺たちは王国生まれの王国育ちだ……」


「え……? じゃあ、どうしてこんなとこに?」


「男爵だ……オラント男爵の屋敷で働かないかって、神官に誘われててここに連れてこられた。みんなそうだ……」


 カーライラが眉間にしわを寄せる。


「ちょっと待って。神官って、ユグリア教会の?」


 男の子がしかめっ面で頷いた。


「ああ」


 ユグリア教会の神官という言葉に、イシュとカーライラは身をこわばらせた。数日間の監視をしてきたが、そんな者の影はまったく見えなかったからだ。

 イシュとカーライラが視線を交わし、声を潜める。


「……これはうかつにしゃべれん。神殿騎士には聞かせたくないな」


「そうね。テツオと話して、どうするか決めないと」


「テツオを呼ぶか?」


 イシュの視線を受けて、カーライラは首を何度も横に振る。


「まだダメ。この子たちはテツオを傀儡と思い込んでるもの。それに、ルルエの姿も見せないほうがいい。まずは安心できる場所でちゃんと話をしないと……」


 二人が声を潜めて会話するなか、地上へと続く階段から足音が聞こえてきた。


「もう~、今でも耳が痛いんですよ~」


「あとでモクレールに慰謝料請求してやるから。それで好きなもん食っていいぞ」


 ルルエのぷりぷり声と、どこか辟易しているテツオの声が聞こえてきた。


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