036_questlog.暗闘

 俺は地下の牢獄から動きだす。

 無差別殺戮だの、爆弾テロだの言いだしたのだ。お優しい聞き込みの時間は終わりだ。


「帝国のクソ共を大掃除するぞ。イシュ、すまんが証拠を押さえてくれ」


 無線通信にそう流すと、イシュの声が真っ先に返ってきた。


『了解だ。気をつけろよ』


『んじゃ、私は先行しとくね』


『はーい。騎士団と一緒に入りますねえ』


 カーライラとルルエが応じた。

 一人、神殿騎士団のスランジュだけが困惑していた。


『え!? テッツォ卿、どういうことですか!? 説明してください!』


「俺が帝国のスパイを始末すると言っている。騎士団を投入しなくていいのか?」


『ちょ、え? 待って、待って!』


 スランジュの戸惑いなど無視だ。

 パーティメンバーには、俺が動き出した後にどうするかは予め伝えてある。

 帝国のスパイ二人とオラント男爵の似顔絵は、スランジュを通じて既にモクレールにわたっている。

 オラント男爵は、ここディゾラの領主の陪臣だった。古くからこの地域の小領主で、ディゾラ伯に仕えて長い。

 男爵についてきた二人は男爵子飼いの勲爵士、要するに騎士だ。その二人については既に面も割れているし、教会の調査で昨晩男爵と共にいたという裏も取れていた。モクレールからは、主要メンバーが割れたので離脱してもかまわないと言われてはいる。

 だが、俺はあくまで俺のために動く。神殿騎士団への協力は、保険と貸しを作る程度でしかない。

 

 勝手に動き出した俺を見た子供たちが、牢の中から悲鳴をあげる。この子たちは後回しだ。すべてが終わるまでは、ここでじっとしていたほうが安全なのだ。

 

 俺は階段を上がり、施錠されている分厚い扉を蹴破った。

 派手な音を轟かせて、扉が吹っ飛ぶ。向かいの石壁に当たり、砕け散った。

 

 視界には、二階の部屋の様子が映っている。

 突然の轟音に驚いているようだ。

 オラント男爵のお付きの二人が、慌てて剣の柄に手を置いていた。騎士というのは間違いないようだ。

 黒髪の男が部屋を出ようと扉を開けたところで、配下のスパイが飛び込んできた。


「大変です、中尉! 傀儡くぐつが勝手に動いています!」


 その場の全員がギョッとしていた。


「ここは我々にお任せを。男爵たちは表からお帰りください」


 茶髪の男の言葉に頷いた男爵とお付きの二人がそそくさと部屋を出て行った。

 今のところ男爵に用はない。どうせ帰る場所は分かっているのだ。

 

 俺は外に出て、施錠されている地下下水道への入り口を無理やりこじ開ける。勢いをつけて引きすぎたせいか、鉄柵の蝶番のほうが先に悲鳴を上げた。

 枠ごと外れた鉄柵を横に放り投げ、地下へと歩みを進める。


 何度もこの状況を脳内でシミュレートしていた。

 結論から言うと、地下下水道に誘い込むのがベストと分かった。孤児院の施設内部での戦闘は、無関係な孤児たちを巻き込んでしまう可能性が高かったのだ。

 帝国のスパイは茶髪の男と黒髪の男、他に8人。合計10人だ。

 こいつらを下水道に誘い込んで、殲滅する。

 可能なら、茶髪と黒髪の男は捕縛するつもりだ。


 視界の片隅には、ドローンからの映像が表示されている。

 二階の部屋は既にもぬけからだ。

 うまくこちらに誘導できたようだ。

 ゆっくりと地下下水道を進み、水路が交差する比較的広い場所に出た。


「いますぐ停止しろ!」


 背後から茶髪の男の声が聞こえた。

 手には三角おにぎりのような遺物アーティファクトが握られている。


〈命令コードを受信〉


 俺はいかにも命令を受けて停止したように見せかけて足を止める。


「くそ、いったい何がどうなってるんだ?」


 茶髪の男の声が近づいてくる。

 すぐ後ろには、黒髪の男がついてきている。その目は油断なく俺の体を見つめていた。


「原因が分からん。むやみに近づかないほうがいい」


「命令は通っているようだ。近づかねば調べようがないだろう」


「御者がいないのがここにきて仇となったな。どうする? この状態では、工作任務には使えんぞ」


「……使い捨てで投入すればいい」


 茶髪の男の投げ槍気味な言葉に、黒髪の男は眉根を寄せた。

 この二人の関係性もだいたい把握できている。

 茶髪の男がスパイグループのリーダーで中尉。遺物を使いこなせていることから、魔法使い系の職のようだ。どちらかと言えば、中間管理職のような印象を受ける。

 対して、黒髪の男は、実働部隊の指揮官のようだ。階級は少尉。明らかに中尉よりも身体能力が高い。下っ端スパイも、だいたいがこの少尉に指示を仰いでいる。

 やはり警戒すべきは、黒髪の男のほうだ。


 茶髪の男が俺の前に回って、しげしげと俺の顔を見上げてくる。


「特に損傷はなさそうだが……?」


 俺は無音で茶髪の男の首筋に指を向ける。


「へ……?」


 スカウト七つ道具の一つ、麻酔薬をしこたま打ちこむ。

 何が起こったのか理解する間もなく、茶髪の男はその場に崩れ落ちた。


「なに!?」


 異常事態が起こったと瞬時に察して、黒髪の男が腰を落とす。

 パパンと素早く手を合わせた男の筋肉が盛り上がった。


〈身体強化、レベル3の発動を確認〉


 どうやらあの拍手が、黒髪の男の魔法器官発動の条件のようだ。


「拘束しろ!」


 黒髪の男が声を上げると同時に、俺に向かって分銅付きの鎖が飛んで来る。

 その数、4つ。

 下水道の陰に潜んでいた下っ端スパイが放ったものだ。

 とっくに位置と手に持っている得物は分かっていたので、余裕で対処できる。

 俺はすかさず、超脳駆動・8オーバークロック・オクタプルをかけ、加速した時間の中で飛んで来た分銅の予想進路をはじき出す。

 腕を振るって一気に分銅を掴み、強引に手繰り寄せる。

 物陰に潜んでいた下っ端スパイが、下水道脇の通路に転がり出た。二人ほど勢い余って下水に落ちていたが。

 掴んでいた鎖を放り投げ、黒髪の男に詰め寄る。

 

「傀儡ごときに遅れをとると思うなよ」


 黒髪の男は、両方の手で己のこめかみをパンと叩く。

 途端、黒髪の男の髪がザワッと伸びる。伸びた黒い髪が波打ち、男の体を覆ったかのように見えた。

 俺は黒髪の男を拘束すべく手を伸ばす。

 伸ばした手が伸びた毛に触れたと思った瞬間、すり抜けた。

 いつのまにか男は俺の懐に踏み込んでおり、体を捻りこんで全身の力を乗せた掌底を俺の腹に打ちこんだ。

 ゴンと音が鳴り、俺の上半身がブレる。

 ここまで綺麗にもらったのは、この世界に来て初めてだ。だがしかし、俺には折れる骨も痛む内臓もない。

 素晴らしい体術だとは思うが、徒手でダメージを食らうような軟な体ではないのだ。


〈損傷なし〉


 すぐさま懐の男を掴むべく腕を回すと、再び伸びた黒髪が男を覆ったように見えた。そして、俺の手は何の手ごたえもなく、黒い髪をすり抜ける。


〈視覚的な欺瞞映像を投射しているみたいね〉


 俺の光学迷彩と同じような感じか。

 だが、俺の機甲兵アイは可視光域以外も見える。赤外線域で見れば、男の体が左手側に抜けたことが分かった。

 男が両腕を下に振ると、袖の内側に隠していた短剣が飛び出して両の手に握られた。徒手では有効打にならないと判断したのだろうが、あれは暗器というやつなのか。なかなかカッコイイ。刃先が濡れているように見えるのは、毒でも塗ってあるからだろう。

 俺の左腕の付け根を狙って短剣が突き上げられる。

 いちいち狙ってくる場所が的確だ。

 軽く上半身を捻って、突き出された短剣の切っ先が最も分厚い胸部装甲に当たるように受ける。

 カカンッと鳴って、胸に火花が散った。

 一瞬だけ目を見開いた黒髪の男は、サッと後退り距離を取った。

 男と入れ替わるように、手下のスパイたちが一斉に躍り掛かってきた。

 その数、5人。1人は上から。2人は前後から。2人は左右から。

 それぞれが別の関節を狙って短剣を繰り出してくる。

 素晴らしい連携だ。練度も高い。

 だが――。

 上から迫るスパイはワイヤーガンの分銅で心臓を貫き、右から迫るスパイはワイヤーガンを振るって、ワイヤーを首に絡ませて引いた。

 左から迫るスパイは重力式コイルガンから撃ちだされた鉛の弾丸に頭を撃ち抜かれた。領都に来てコイルガン用の弾丸を鉛で作っておいたのだ。

 前から迫るスパイは軽く上げた足で頭を粉砕し、後ろから迫るスパイは左腕を背後に回して頭を握り潰した。人間の関節可動域をはるかに超えた機甲兵の動きに、反応できていなかった。

 ほんの一瞬。

 同時に息絶えた下っ端スパイ5人が、俺を中心に倒れた。


「なんなんだ……なんなんだお前は!? 傀儡などではない! 何者だ!」


 黒髪の男は、驚愕に目を見開いていた。

 俺は無言で黒髪の男に体を向け、軽く肩をすくめる。


「黒騎士ってことにしといてくれ」


「!? そうか……お前が……まんまと騙されたというわけだ!」

 

 ギリっと歯を食いしばった黒髪の男が、足を何度も踏み鳴らした。

 そして、両の手で自らのこめかみを叩き、再び髪を波打たせ――。

 俺の右手に走った。赤外線放射まではごまかせないのだ。種が分かればどうということはない。

 男が突き出してきた短剣を手ごと握りつぶす。


「ぐあっ!」


 俺はすかさずスカウト七つ道具の一つ、麻酔薬を撃ちこむべく指先を男の首筋に向ける。

 男が微かに笑い、ぎりっと噛み合わせた歯を横にずらした。歯軋りをしたように見えたが、男はすぐにビクンと体を揺らし、口から滝のように血を噴きだして死んだ。

 ほんの一瞬、俺は遅かったようだ。


〈自殺か……にしても、すごい毒ね〉


 負けたと思った瞬間、躊躇なく歯に仕込んだ毒を飲んで死んだのだ。

 プロ中のプロというやつか。

 ちょっと怖くなった。俺には真似できそうもない。

 

 暗闇で何かが光った。

 俺は咄嗟に昏倒している茶髪の男に覆いかぶさる。

 カンカンと俺の装甲に当たった投げナイフが弾け飛んだ。刃にはぬるりとした艶があった。毒を塗ってあったのだ。

 敗北を悟った後詰めの下っ端スパイ2人が、昏倒している茶髪の男を処理しようとしたのだろう。

 それすら失敗した2人の下っ端スパイは、脱兎のごとく逃げ出した。


「徹底してんな……」


 さすがプロの組織は違うなと思った。

 もっとも、俺も打てるだけの手は打ってあるのだが。

 

 しばらくして、ずっと向こうの水路でオレンジ色の光が溢れた。


『テツオ、こっちの2匹は片付けたから。猫に1匹取られたけどね……』


 カーライラからだ。

 錆子の誘導で、下っ端スパイが逃げる先で待ち伏せしていたのだ。

 しかし、クーディンまでついてきているのは意外だった。


『邪教徒は掃滅しないといけないんだってさ』


 無駄に仕事熱心な猫だ。

 これで下っ端スパイは7人を始末したことになる。確認した下っ端は8人いたはずだ。

 もう一人は、孤児院に残っているのかもしれない。


『テツオ、こっちも一人始末した』


 イシュからの通信だ。

 イシュの肩に乗ってる錆子分体からの映像が映った。

 暗がりの壁に矢で縫い付けられた下っ端スパイが見える。正確に心臓に一本。首に一本。二連続で射たのだろう。イシュの得意技だ。


 イシュが一人始末してくれたので、これで下っ端スパイは全滅したはずだ。

 それ以外にも、買収されていたり市民に浸透している者がいるだろうが、さしあたっては大きな脅威にはならないだろう。


『錆子のおかげで暗がりに潜んでいる奴を見つけられた』


 錆子分体の目が役に立ったようだ。

 イシュの使う弓は1メートルほどの短弓だ。外観で言うと、地球にあったトルコ弓に近い。合成弓コンポジットボウであり、W型にゆるやかに曲線を描いたリカーブボウでもある。素材は植物系とモンスター系の複合だ。

 小型の割に強力で、重く硬いやじりを使えば板金鎧すら貫く。

 さすが身体能力の高い獣人というべきか。イシュはそんな強い弓を軽々と引き、瞬時に二射できる。


 イシュは誰もいなくなった二階の部屋へとするりと入った。

 そこは、茶髪の男と男爵が打ち合わせをしていた部屋だ。その部屋の奥には、隠し部屋があり様々な書類や物資が収められている。

 ドローンをこっそりと飛ばして、下調べは終わってはいたが、さすがに俺が動くわけにはいかなかった。

 だが、今なら誰にも邪魔されず物色できるだろう。


『テツオさーん、これから騎士団の方と一緒にむかいまーす』


 ルルエからだ。

 スランジュが慌てて騎士団を呼びつけたのだろう。

 モクレールの張りのある声が聞こえてくる。わざわざ騎士団長が出張ってきたようだ。

 まあ、扱う情報が情報だけに、団長自ら動いたほうがいいのだろう。というか、モクレールが現場好きなだけの気もする。


『黒騎士! ちゃんと説明してくれるんだろうな!』


『いたいいたい、耳を引っ張らないでえ!』


 モクレールの怒声と、ルルエの悲鳴が一緒に聞こえた。


「おいオッサン、俺の相棒の耳を引っ張るな。ちゃんと聞こえてる。帝国のスパイは一人をのぞいて、始末した」


『……聞いてた話と、違うんだが?』


 モクレールの声が一段低くなる。

 当初の予定では、俺は証拠を集めるだけで、モクレールに後のことを任せるという話をしていたのだ。

 多少の罪悪感はあるが、正直に言う。


「すまんな。想像以上のクソで、悪臭に耐えられなかった。引っこ抜いた情報はちゃんと回すから安心してくれ」


『……後で詳しい話を聞かせてくれよ。それで、オラント男爵は?』


「帝国のスパイと一緒になって碌でもないことをやっていたよ」


『そうか……領主との繋がりはあったか?』


「それはそちらに任せることにした。帝国のスパイ以上の情報を持っているとは思えんからな」


 俺が欲しいのは帝国の情報であって、陰謀の有無ではない。

 男爵のお脳をこちょこちょやって、情報の裏付けや、追加の情報を得られるかもしれないとは思ったが、貴族にちょっかいをかけるリスクを考えると、後のことはモクレールに任せてもいいかと思い直したのだ。


『やはりお前は……』


 モクレールが言いよどむ。


「なんだ?」


『いや、こっちの話だ。男爵の件は了解した。しかし、また借りが増えたな』


 オラント男爵は、ユグリア教会が追い詰めてくれるだろう。

 この世界、反逆罪はもれなく縛り首だ。生きてはいられまい。


「おいおい返してくれればいい」


『タダより高くつくものはないと言うがな……まあいい、協力、感謝する』


 モクレールは、神殿騎士団と共に孤児院へと入ったようだ。

 名目は「ツァロズ教徒が活動しているというタレコミがあった」、というものだ。

 フランド王国では、ツァロズ教の信仰は禁止されている。また、ユグリア教会の異端掃滅官による処分も合法とされているのだ。

 もはや宗教がどうこうというより、政治の領域だと思う。「政教分離って何ソレ美味しいの?」な世界だと、無理からぬことではあるのだろうが。


 俺はモクレールとの通信を終え、足元に転がる茶髪の男に視線を落とす。


「さて、洗いざらい話してもらうぞ」


 スカウト七つ道具の一つ、「認識誘導装置」を茶髪の男の頭にねじ込んだ。


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