035_questlog.陰謀

 禿げ頭で細身の男爵は、正面に座る茶髪の男を見据えていた。

 茶髪の男は頷き、


「順調です。傀儡くぐつ……こちらではゴーレムと言うのでしたか。最低限の動作は確認しています。一流の騎士、とまでは言えませんが、黒狼3匹程度でしたら屠れるほどの力はあります」


 男爵は細い目を見開き、感心しているようだ。


「ほう、さすがはヴォーズ帝国のゴーレムといったところか。なかなか、すごいのではないかね?」


 さらっとヴォーズ帝国と男爵が言ってくれた。こいつらはやはりヴォーズ帝国のスパイで確定だ。そして、この男爵も王国を裏切っていることが確定した。男爵の付き人二人も身じろぎ一つしないことから、共犯なのは間違いない。


「はい。並の兵士よりは強いでしょう。何より、死の恐怖に怯えることも、痛みを感じることもありません」


 自慢げに茶髪の男が言った。

 だがしかし、あの真っ黒フルプレートの傀儡くんは、どう考えても黒狼3匹に遊ばれていた。痛みで動きが鈍ることはないだろうが、四肢をバラバラにされて黒狼の後ろ脚に蹴られ、斜面を転がり落ちていたであろうことは想像に難くない。


「ふむ。であれば、市民に不安を与える工作とやらを前倒してもよいのではないかね?」


 禿げ男爵の言葉に、茶髪の男が頷く。


「では、明日の夜にでも」


「そういえば、黒騎士なる者がいるらしいな。最近、領都で噂になっておるようだ」


「そのようで。私も小耳に挟んだ程度ですが」


 男爵が悪い笑みを浮かべた。


「その黒騎士とやらに罪を被せるというのはどうだ?」


 ハゲが碌でもないことを言い始めた。


「……なるほど。我らの傀儡も黒いですからね。よろしいかと。市民の不安を煽るには黒い見た目は効果的でしょうし、件の黒騎士が謂れのない罪に抗ってくれれば被害も出ましょう」


「うむ。良い事ずくめではないか」


 自画自賛して笑みを浮かべるハゲ。

 良い事なんか一つもねえよ、このハゲ。

 

 俺は錆子に指示を出して、イシュたちのところにいるであろう錆子分体にハゲ男爵の似顔絵を描かせた。

 石墨の粉末を焼き固めた棒、というか21世紀の地球にもあるコンテと同じ物を借りて分体が器用に描きはじめると、スランジュが息を飲んだ。

 

『……すごく上手ですね』

 

 上手いもなにも、映像からトレースした絵だ。

 電子制御された分体が正確にコンテを動かすのだから、プロッタそのものだ。

 

『これは……オラント男爵……』


 スランジュの低い声が聞こえてきた。


    ○


 翌日の日付が変わりそうな深夜。

 俺は帝国のスパイに引率されて、旧市街の裏通りの陰に潜んでいた。

 

 実は茶髪の男と黒髪の男以外にも、帝国の奴らは入り込んでいたようだ。ここにいるだけでも4人。孤児院にも4人がいた。全員が茶髪の男の部下のようだ。

 それはそうかとも思った。外国で諜報活動するのに、二人だけとかないわな。

 スパイ二人が留守の間に、イシュと錆子分体に孤児院を調べさせようとしたのだが、無理そうなので諦めた。


 今日の目的は、市民に不安を与える工作、だそうだ。

 もっとも、無関係な市民を殺せと言われたら、すぐさま回れ右してスパイ共を無力化するつもりだ。

 

 モクレールからは、帝国のスパイと領主が繋がっている証拠があれば欲しいと言われている。繋がっていない可能性もあるので、強くは言われていない。

 もっとも、繋がっていないと分かれば、スカウト七つ道具の一つでお脳のあたりを細工して、帝国の情報を抜きだしてもいいかなとは思っている。

 それともう一つ。集めた子供たちをどうするのかを確認しておきたいのだ。


「中尉、ころあいのゴロツキを見つけました」


 暗がりから声が聞こえてきた。

 帝国のスパイの一人だ。どうやら、茶髪の男は「中尉」という階級らしい。

 ヴォーズ帝国の軍は近代化が進んでいる。軍隊は政府が掌握する常備軍であり、兵士は職業軍人だ。もうこれだけで、古臭い封建制のフランド王国には勝ち目がないと思えてしまう。


 スパイの声に従って暗がりを移動すると、薄汚い路地裏で一人の女性が男3人に囲まれていた。女性は酒場の従業員だろうか、安っぽい麻の服に前掛けをしていた。しかも、口には雑巾のようなボロをねじこまれ、声が出せない状態だ。


 思わず溜め息が出そうになった。これ以上ない、犯罪現場だったからだ。

 女性を囲んだ男たちは下卑た笑みを顔に張り付け、ナイフで女性の服を切り裂いている。


 茶髪の男がその様を見て、鼻で笑った。


「どこにでもゴミは沸くものだな」


 そう言って、三角おにぎりのような遺物アーティファクトを握りしめ、俺に向けた。


「あのゴロツキを始末しろ。女には恐怖を与えて逃がせ」


 なるほど。黒騎士が暴れているという噂を流したいわけだ。そのために女性を逃がすと。

 ゴロツキは有罪ギルティなのでこの世とオサラバしてもらうとしても、あの女性にトラウマを刻み込む必要はないよな。

 

 俺は持たされたナマクラの剣を引きずりながら、暗がりからゆっくりと歩きだす。

 石畳に切っ先が触れて、チリチリと音を鳴らした。

 その音に気づいたのか、ゴロツキの一人がこちらに振り返った。


「あん……?」


 無造作に剣を突き出す。

 ゴロツキが開いた口に剣が飛び込み、後頭部から切っ先が飛び出た。

 ゆっくりと剣を引き抜くと、ゴロツキは口から血を噴きだしながらその場に崩れ落ちる。

 そこでようやく俺の存在に気づいたのか、残りの二人は女性を突き飛ばし、慌ててナイフを構えた。

 一人が俺にナイフを突き出す。

 ガリっと鳴って、ナイフが俺の胸で止まる。きちんと装甲の継ぎ目を狙っているあたり、素人というわけではないのだろう。だが、鋼のナイフでどうにかなるような体ではない。

 剣を横に払う。

 俺にナイフを突き立てた男の頭が、くるくると回りながら石畳に転がった。

 俺がさらに一歩踏み出すと、残った一人は妙な声を上げて背中を向ける。

 逃げるにしても、判断が遅い。

 俺はさらに踏み込みながら、剣を袈裟懸けに振るう。

 雑に力を入れ過ぎたからか、男の体の中ほどまで進んだ剣がポッキリと折れた。

 男は声すら出せず、そのまま地面に転がった。

 

 俺はへたりこんで、地面に血ではない染みを広げる女性に優しく声をかける。

 涙と涎でぐしゃぐしゃだが、どこかあどけなさの残った顔をした女性だった。


「大丈夫だったかい。ここは危ない。はやく家に帰りなさい。後のことはまかせてくれ」


 落ち着いた労るような声を、女性の耳に向けて放つ。

 指向性の高い音声を飛ばしたので、背後でこちらを見ているスパイ共には聞こえない。

 ついでに光学迷彩の応用で、顔にイケメンを投影しておく。これだけ暗ければ、うっすらと透けている機甲兵フェイスは見えないだろう。

 俺の顔を見て、口をパクパクさせた女性はなんとか立ち上がり、お礼を言いそうになった。


「あ、あの、あの、ありが――」


「さあ、早くいくんだ」


 俺が強めに言って、折れた剣で通りの向こうを指すと、慌てたように駆け去っていった。


「は、はひぃ!」


 ミッションが完了した俺は、顔に投影していたイケメンをさっと消して、その場で棒立ちになる。

 これ以降の命令は受けていないからだ。

 背後から茶髪の男の声がした。


「上出来だ。あそこまでうまくいくとはな。よし、引き上げるぞ。俺の後につづけ」


 茶髪の男はご満悦だった。


    ○


 翌日の夜更け。再びハゲ男爵――オラント男爵がやってきた。

 

 昨日の今日で、なかなか精力的なことだ。

 俺はいつものように、地下の牢獄の壁際で棒立ちである。もっとも、各所に潜ませたドローンからの映像を見ながらだが。


 先日通された二階の部屋に入るなり、オラントは口を開いた。


「黒騎士が屑共から女を救ったと噂になっているぞ。黒騎士の評判を高めてどうするのだ!」


 オラントはご立腹だった。

 どうやらクレームをわざわざ入れに来たようだ。

 案外、小物かもしれない。

 その言葉を受けて、茶髪の男は戸惑っていた。自分の認識とずれていたからだろう。

 まあ、あの女性の慌てっぷりを見れば、恐慌をきたして逃げたと判断してもおかしくはない。

 

「……分かりました。次は屋台街で、無差別の殺戮をしてみましょう」


 茶髪の男が、さらりと酷いことを言った。

 逆説的だが、ありがたいとすら思えた。

 こいつらが、どうしようもない連中だと再確認できたからだ。

 どうせ、俺に酷い目に合わされるのは決まっているのだ。せいぜい、悪党っぷりを暴露してくれ。俺の気が暗くならずにすむからな。


 オラントがイラつきながら口を開く。


「例の爆弾とやらは使えないのか?」


「……そうですね。試験は完了したので、少しずつ投入してもいいでしょう。いずれ帝国の侵攻が始まれば本格的に使用しますし」


「見せてくれないかね。少し興味がある」

 

 期待に目を輝かせたオラントが言った。


「いいでしょう」


 茶髪の男が、傍らの黒髪の男に頷く。

 黒髪の男は、部屋の隅に置いてあった頑丈そうなチェストから、お椀のような鉄の塊を取り出した。


「ほう。これが?」


 オラントが鉄のお椀をぺたぺた触っていた。


〈……テルミット爆弾よ〉

 

 錆子の低い声が聞こえた。

 俺の視界に、錆子が解析した画像が映る。

 鉄の外殻を貫通して、マグネシウムの導火線。中に酸化鉄とアルミの粉末。さらに中心には水、という解析結果だった。

 テルミット反応で溶けたアルミと鉄を、水蒸気爆発を起こして飛散させるというものだ。かなり性質の悪い焼夷爆弾だと言える。

 そこそこ考えられてる上に、製造精度がかなり高い。しかもこの世界では超高価な魔銀ミスリルと呼ばれているアルミをふんだんに使っている。どう考えても、そこいらのゴロツキに用意できるものではない。


「これは、どう使うのかね?」


「点火装置に魔力を流せば爆発しますよ」


 そう言われたオラントは、慌てて鉄のお椀から手を離した。


「大丈夫です。両側から魔力を流さなければ点火しません」


 オラントはどこか引き気味だ。


「……誰が点火するのかね?」


 茶髪の男が、歪んだ笑みを浮かべていた。


「第二階級と第三階級のゴミ共です。指定した場所で、これに魔力を流せば自由にしてやると言えば喜んでやってくれますよ」


 一瞬、目の前が暗くなった。

 地下に捕らえられている子供たちの使途・・が判明したからだ。


「ああ、先週の新市街の火災がそうだったのか」


 オラントは納得したように頷いていた。

 俺は慌ててスランジュに確認をとる。


『新市街で、火災があったか?』


『はい。6日ほど前、新市街の外れで火災が発生しました。原因は放火であろうと言われています。ただ、火勢が強すぎて疑問点が多いのも確かです』


『火元で、子供が死んでいなかったか?』


 スランジュが言葉を詰まらせた。


『……どうしてそれを? 非公開の情報のはずですが』


『いいから答えろ!』


 俺の怒気に息を飲んだスランジュが答えた。


『……おっしゃる通り、炭化した骨が発見されています。損傷が激しすぎて、獣人の子供としか分かっていませんが』


『情報、感謝する』


 俺の心中でくらい炎が燃え上がった。

 

 ――こいつらは皆殺しだ。

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