034_questlog.監視

 ――魔族。

 カーライラによれば、只人ただびとや獣人、エルフとは出自が違うという伝説があるのだという。

 魔物が進化した姿、魔王の落とし子、さまざまな俗説があるがどれも証拠はない。

 それとは別に、人類が違う環境に適応しただけだという説もある。その説を裏付ける論拠として、人との交配が可能だという事実があった。

 種族の特徴としては、魔法器官が発達しており、発魔力、放出力どちらも高い。

 ただ、近年は数を減らしており、純粋な魔族に会うことはほぼない。


 それだけのことを一気に話したカーライラは深く溜め息をついた。


『……帝国からは、ほとんど逃げ出したはずなんだけどね』


「逃げ出した? どうして?」


 低い声でカーライラが言う。


『ヴォーズ帝国は、魔族を認めていないのよ』


『帝国の国教、ツァロズ教の教義ですね……』


 ルルエが暗い声で言った。

 

 ツァロズ教。ヴォーズ帝国の国教であり、ユグリア教とは根本的に対立している宗教だ。

 どちらかと言えば世俗的でおおらかなユグリア教に対し、ツァロズ教は絶対の戒律と身分制度を併せ持った厳格な宗教と言える。

 そして、ユグリア教にはない「人種」による差別を定義していた。

 世界を治めるべき第一階級人種は只人であり、獣人やエルフなどの亜人は只人を支えるために存在する第二階級である。そして、悪魔の落とし子である魔族と魔物はこの地上から抹殺されるべき第三階級であるとされていた。

 ツァロズ教の教義にかかれば、たとえ見た目が人間であり同じ言葉をしゃべろうとも、魔族はゴブリンやオークなどの魔物と同列なのだ。


「ひでえ宗教だな……」


〈でも、そう考えると、ここの状態も納得よね〉


 錆子がそう言って、牢獄の中の子供たちを俺の視界に映した。

 どの子供も獣人と魔族だ。只人は一人もいない。

 しかし、ここはユグリア教を国教と定めるフランド王国だ。ヴォーズ帝国ではない。


「あのスパイっぽい二人が、ここを牛耳ってるってことか?」


〈そう考えたほうが色々と納得できるでしょ。アンタをここに連れてきたわけだし〉


 状況証拠で判断するなら、あの茶髪の男と黒髪の男は「ヴォーズ帝国のスパイ」で間違いない。

 しかし、貧民街とはいえ、施設を一つ丸ごと掌握しているのだ。やはり、背後にこの国で力を持った者がいる。

 まかり間違って、領主と帝国のスパイが繋がっているとしたら大変なことになる。下手を打ったら、領主の私兵に囲まれて秘密裏に処理されてしまうだろう。

 俺だけなら何とでもなるが、ルルエやカーライラ、イシュを巻き込むわけにはいかない。


「証拠を集めて、モクレールに投げたほうがよさそうだ……」


〈そうね、そのほうがいいわね。教会に貸しが作れるし〉


 錆子も俺の考えに賛成のようだ。多分に打算が含まれてはいるが。

 ひとまずルルエに、こちらの状況と予想されうる最悪の事態も含めて説明をした。

 ルルエの息を飲む声に続いて、初めて聞く女の声が脳内に響く。


『私はユグリア教会南方教区神殿騎士団、副団長のスランジュです。今回の件で、連絡役として任命されました。協力に感謝しますが、領主が関与しているかもしれないという情報については、なるべく口にしないようお願いします』


 ルルエの耳元で話しているのだろう。少し声が遠く感じる。ルルエの「ひふっ」と妙に艶っぽい息遣いが混じる。ルルエの弱点は耳のようだ。

 骨振動で音声を伝える通信機なので、ほとんど音は漏れないはずだ。だが、スランジュと名乗った副団長は、俺の声が聞こえていたようだ。


「了解した。なるべく証拠を集めるつもりだが、無理をするつもりはない。最悪はここの子供たちだけでも保護してほしい。頼めるか?」


『……無駄に高潔ですね。分かりました。可能な限り善処します』


 騎士団の副団長ともなれば、安請け合いはできないのだろう。すごく微妙な返答だった。印象通りの落ち着いた声だが、さらっと失礼なことも言っているあたり、実は口が悪い人なのかもしれない。

 

『しかし、この遺物アーティファクトはすごいですね。どこで手にいれたのです?』


 スランジュの探るような声が聞こえた。

 さすがに「作りました」とは言えない。教会なんかに知られたら、捕まって通信機製造工場にされそうだ。

 

「……生きて教会に戻れなくなるぞ。それでも知りたいか?」


 軽く脅しておくことにした。


『それは困りますね。忘れてください』


 あっさりと諦めてくれたのでよしとしよう。

 その後は、軽く監視体制のことなどを話して、通信を切った。

 イシュたちには俺の思い付きに付き合わせてしまって、申し訳ない気持ちになった。


〈ノープラン計画通りじゃない〉

 

 だまらっしゃい。


    ○


 モクレールは副団長スランジュの報告を受けて、頭をかかえていた。


「状況証拠だけだが、最悪に近いな……」


 黒騎士の聞いた言葉、黒騎士の忍び込んだ孤児院の状況。

 バカでも分かる。帝国のスパイが領都に忍び込んで活動しているのだ。

 しかも、悪いことに、帝国のスパイの情報など、これまで一切聞こえてこなかったのだ。にもかかわらず、あの黒騎士はスパイそのものに接触している。

 教会の情報収集能力がザルだと言われても仕方がない。


「もう一度、領主の行動を洗い直せ。たぶんだが、これは陪臣のだれかが噛んでるな」


 モクレールの前に立つスランジュが無言で頷いた。


 領主自らが帝国のスパイと接触しているとは、モクレールも考えてはいない。

 領主の行動は逐一監視しているのだ。報告を上げてくる「協力者」も特異行動は見られないと言っていた。しかし、陪臣の誰かを連絡役として、帝国と通じている可能性がある。故に、現時点で領主は白と言えない。


 最悪は、誰にも気づかれることなく領主と帝国が繋がっていた場合だが、これは黒騎士のおかげで未然に防ぐことができそうだった。

 どこまで証拠を集められるかは微妙だが、上手く立ち回れば王と教会で秘匿した上で領主の首のすげ替えで収められる。領主が関わっていなかったという証拠があれば、なおよしである。首のすげ替えすら必要ないからだ。

 

 最悪に近いのは、情報が暴露された上で芋づるで領主まで御用になることだ。そうなると、フランド王国に激震が走る。下手をしたら疑心暗鬼に陥った王による粛清と、それに反発した領主の叛乱が起こる。国家として機能が麻痺するのだ。それで誰が喜ぶかといえば、近隣諸国とヴォーズ帝国だ。


 ユグリア教会としては、ヴォーズ帝国の躍進は困る。たいへん困るのだ。

 ここ数十年、ヴォーズ帝国は大人しい。逆に言えば、「魔王の時代」が近いとも言える。

 そのための諜報活動であると考えれば、今回の件は十分納得できる。

 枢機卿のジジイを通じて、教皇と各教区に「帝国の暗躍アリ」と通達は出してもらったが、どこまで本気にするかは教皇と教区枢機卿しだいだろう。


「黒騎士は何か言っていたか?」


「まだ情報が足らないと……それよりも、孤児院に捕まっている子供たちをなんとしても、助け出しましょう!」


「教会関係者の子弟でもいたのか?」


「そうじゃないんですけど……黒騎士がかなりこだわっています」


 歯切れの悪いスランジュに、モクレールは首を傾げる。


「なんだ? らしくないな」


 スランジュが珍しく怯えた表情を浮かべた。


「私、黒騎士に殺されます……」


 モクレールは苦笑いを浮かべる。


「どうせ、余計なことを口走ったのだろう?」


「遺物の出どころを聞いただけなんです……」


「ああ、あの魔力線なしで通話ができる遺物か。たしかに、あれはすごいな。どこの迷宮ダンジョンで手に入れたのだ?」


「……知ったら殺すと言われました」


 モクレールの表情が固まった。


「そうか……なら、触れないほうがいいな」


 スランジュはカクカクと何度も頷いた。


「あの黒騎士って、いったいなんなんですか!?」


 いつもは冷静沈着なスランジュが珍しく取り乱していた。


「なんだろうな?」


 モクレールは改めて黒騎士のことを考えた。

 当初こそゴーレムに間違えられて連れていかれたと聞いて爆笑してしまったが、冷静に考えてみればいくらなんでもありえない・・・・・のだ。

 たまたま夜の山に登ったら、偶然にスパイと待ち合わせをしていた黒いフルプレートのゴーレムを従えた傀儡使いと遭遇し、説得空しくゴーレムを蹴散らしてしまい、運悪く傀儡使いが死んでしまって、困っていたらスパイ二人が現れ、ゴーレムに勘違いされて連れていかれたのだ。


「ねーよ」


 モクレールは、思わず素の言葉が漏れてしまっていた。

 どう考えても、帝国のスパイの情報を掴んで、入れ替わるつもりで待ち伏せしていたとしか考えられない。そこまでやっても、看破される確率は高いと思える。

 にもかかわらず、まんまと施設にまで潜入し、情報をもたらしているのだ。

 プロの諜報員ですら、ここまで鮮やかにやりきれるか疑問だ。

 なにより、見た目が似ているとはいえ、ゴーレムのふりを続けるなど人間技ではない。

 食事や排せつ、睡眠の問題をどうクリアしているのか、想像すらできない。


「もしかして、ヴォーズ帝国と敵対する国の特務騎士か何かか?」


「ありえますね……あの強さと、遺物の数が常軌を逸しています」


 帝国の暗躍を阻止しつつ、帝国と対峙する可能性がある国々を回って情報を集める特務騎士。

 そう考えると、色々と辻褄があう。

 飛び抜けた武を持ち、信じられないほどの遺物を所持している。鎧の遺物など、教会ですら保有していないのだ。

 さらに遠距離での通話を可能とする遺物を複数、最低でも4つを持っていることになる。

 それほどの遺物を集中運用している者など、この国、いやユグリア教会全体を見渡してもただの一人もいない。優遇されている異端掃滅官ですら、2つがいいところだ。

 しかも、傍らには身長20センチの妖精がはべっている。種族は不明だが、話す言葉の端々に高度な知性を感じさせる。

 ヴォーズ帝国を挟んで、さらに遠方の国の出身であると考えれば辻褄はあう。この辺りの文化に疎いことにも納得だ。

 何故か、クソ猫まで一緒に居るのが解せないが。

 どうせ黒騎士の監視命令を受けていたのだが、見つかってしまったので開き直って一緒にいるとかそのレベルだろう。

 

「ふむ……黒騎士だけでなく、その背後にある国を意識したほうがいいかもしれんな」


「はい。ヴォーズ帝国と対峙する上でも有益かと」


 モクレールはそのことを枢機卿に報告すべく、腰を上げた。


    ○


 何もすることがなく、暇を持て余していた俺は錆子と脳内で仮想訓練をしていた。

 もちろん、この施設の間取りを再現した仮想空間で動き回るシミュレーションだ。

 

 夕方を過ぎたあたりで、茶髪の男と黒髪の男が現れた。黒髪の男は、手にバケツと木の器を持っていた。

 黒髪の男がバケツと器を地面に置くと、茶髪の男は懐から三角おにぎりの形をした遺物を取り出して、俺に向けた。


「この食料をガキどもに与えろ。一人につき、杓子一杯だ」


 どうやら、茶髪の男は俺に夕食の配膳をさせたいらしい。

 俺はゆっくりと動きだし、バケツと器を手に格子の前へと進む。

 ロボットぽい動きをしながら、器にスープを掬って地面に置くという動作はなかなか大変だった。

 二人の男は、俺の動く様を興味深げにじっと見つめていた。

 8つの器を牢屋に差し入れ、空になったバケツを茶髪の男の前に置いて動きを止める。


「ほう……できるとは思わなかったが、意外に細かな動作もできるのだな」


「動きは酷いものだが、これは応用がききそうだ」


 二人の男は俺を見上げて満足気に頷き、俺を定位置に戻してバケツを持って去っていった。

 しばらくして、器をすする音が牢屋に満ちた。


「あれ、今日のスープ美味しい!」

「なんか甘いね」

「はー、生き返る」


 子供らがそんなことを言った。

 そうだろう、そうだろう。一杯ずつに、俺の1日分の糖分と栄養素を追加したのだ。痩せ細った子供たちには染みるはずだ。


〈アンタ、子供好きなの?〉


「別に子供が好きってわけじゃない」


 理不尽なめにあって苦しんでいる人を見たくないだけだ。

 

 そうして、夜になり、少し動きがあった。


『テツオ、建物に男が3人入った』


 イシュからの通信だった。

 どこかの部屋から、この建物を監視しているのだろう。なんだか刑事ドラマみたいで面白くなってきた。


『テッツォ卿、こちらからでは面貌が確認できなかった。可能なら、面をおがんでくれないか』


『耳を引っ張らないでくださいぃ』


 スランジュの声と、ルルエのぼやきが一緒に聞こえた。


「了解した。が、あまり期待しないでくれよ」


 俺は建物内部に忍ばせてあったドローンからの映像をチェックする。トンボ型のドローンを物陰や松明掛けに潜ませてあるのだ。

 裏口が見える位置にいたドローンが、入ってきた3人を捕捉した。

 3人は黒いフード付きローブを着ており、男であろうという体格以外の情報を得ることができなかった。

 暗い廊下から姿を現したのは、中肉中背の黒髪の男だった。どうやら立場的には、茶髪の男のほうが上のようだ。

 黒髪の男に案内された3人は、階段を上がり二階の部屋へと入った。

 その部屋は、運よくドローンを配置してある部屋だった。

 3人の男がフードをとった。

 茶髪の男が立ち上がり、頭を下げた。


「ようこそ男爵。お待ちしておりました」


 中央の男が頷き、茶髪の男の前へと座った。


「計画の進捗を聞こうじゃないか」


 男爵と呼ばれた男は、禿げた頭をつるりと撫でた。

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