033_questlog.牢獄

「私の分体、うまくやってるのかな」


 動くものが何もない漆黒の闇の中で、錆子がボソッと言った。

 宿で俺の帰りを待っているであろうイシュたちに、俺の状況を知らせるべく錆子のコピーみたいな人形を作って送り出したのだ。

 それから数時間経っているが、特に状況は変わっていない。

 分体が外に出るまでは追跡できていた。色々あったようだが、なんとか外には出たようだ。さすがに地上に出てしまうと、電波が届かないが。

 分体に持たせたアンテナと送信機は大きいものなので、こちらが地上に出さえすれば通信が可能になるはずだ。


「朝になれば、イシュが来てくれると思うんだがな」


 下水道のクエストはちょいちょいある。冒険者が入っても不審には思われないだろう。


 さしあたっての目論見としては、帝国のスパイらしき男たちから情報を得ることだ。

 もっとも、「本当にスパイなのか」を確認しないといけないのだが。

 帝国の機密とか、皇帝のこととか聞きだせれば御の字だ。すんなり話してくれるとは思えないので、スカウト七つ道具の一つを使うことになるだろうけども。


「問題は、領都の中で、あいつらがどういう立ち位置にいるかだな」


「そうね。ただの町人のフリをしているだけなら簡単なんだけど」


「多分だが、領都の有力者がバックにいるぞ」


「裏切り者がいるってこと?」


「商人か、陪臣か。金に困っている騎士か。何をするにしても、地元の人間を抱き込んだほうがやりやすいからな」


「それはそうか……でも、権力のある人間にちょっかいをかけると面倒ね」


「まあな。保険の意味も込めて、モクレールのオッサンに話は通しておこうと思う。俺は領都の権力中枢に知り合いなんかいないからな」


「悪くない考えね。ヴォーズ帝国の国教であるツァロズ教とユグリア教は犬猿の仲だし」


「この国はユグリア教会の力が強いしな」


 この国――フランド王国は中央集権化が進んではいるが、まだまだ王権は強くない。典型的な封建国家と言える。

 そんな王国の支配の一翼を担っているのがユグリア教会だ。王国と教会は持ちつ持たれつといった関係性なのだ。故に、教会の言うことを王は無下にはできない。

 その教会とパイプを繋いでおくことは、この国で活動する上で損にはならないはずだ。


 朝になる直前の夜、地下下水道に面したかび臭い倉庫に二人の客人があった。

 背の高い茶髪の男と、中肉中背の黒髪の男。俺の中では、帝国のスパイに分類されている二人だった。

 当然、今の俺は、命令を受けていないただの木偶なので微動だにしない。


「特に異常はないか」


「あったら大ごとだ」


 茶髪の男が、三角おにぎりのような形をした遺物アーティファクトを俺に向けた。


「俺の後についてこい」


 そう言うと、男が握りしめた遺物が微かな光を放った。

 俺はゆっくりと動き出し、茶髪の男の横に移動する。


「問題はなさそうだな。しかし、魔力補給はどうする?」


 黒髪の男が、茶髪の男に問うた。


「常に動かさなければ、一年は余裕で持つと言われている。しかし、御者が死んでしまったのは痛いな」


「本部に派遣要請を出すか?」


 茶髪の男が眉根を寄せた。


「……一ヵ月もすれば、定期便が来る。どうせ報告書を提出するんだ。そのときまでにある程度の運用実績を積んでおきたい。その際に、御者のミスで死んだということにする」


「ふむ。我々の不手際をわざわざ報告することもないか」


 思わず笑いそうになった。

 典型的な組織で働く人間の思考だ。しかも、かなり組織が大きいと感じる。いよいよもってヴォーズ帝国のスパイ説が現実味を帯びてきた。

 

 茶髪の男は俺に一瞥をくれて、背を向けて歩き始めた。

 俺は歩き出した茶髪の男に続いて下水道を歩くのだった。

 ここに来るであろう、イシュへの置き土産を残して。


    ○


 茶髪の男に続いてしばらく地下下水道を歩いた後に、階段を上がると石の塀に囲まれた庭のような場所に出た。

 塀は俺の身長よりも高く、辺りを見渡すことはできなかった。塀の向こうには旧市街の古びた建物が見える。だが、整然と整備された領主の城館や行政機関が建っている区画とは趣が違う。剥がれた漆喰がそのままであったり、石壁の一部が壊れたままで放置されていた。

 旧市街でも城壁に近い区域。場末であろうと思われた。

 地上に出た茶髪の男は、地下下水道へと続く鉄柵に鍵をかけ、脇にあった建物へと向かう。薄暗い建物の陰にあった分厚い木の扉に鍵を差し込んで捻ると、硬い音が鳴って扉が開いた。

 建物の内部は暗く、闇の中へ長い廊下が続いている。

 茶髪の男は廊下を進むでもなく、すぐ脇にあった扉を開く。扉の先には、地下に続く階段があった。

 

 そこは牢獄だった。

 俺の臭気センサーが、ビンビンに反応している。実際に臭い。すぐにフィルターがかかって臭いという感覚はなくなったが。

 さして広い牢獄ではない。中央の通路の左右に鉄格子のはまった部屋が四つ。通路の天井から吊られた魔灯球が、部屋の中に格子の影をくっきりと落としていた。こんな場所ですら、旧市街なら魔力線が通っているのだ。


「お前は突き当たりの壁の前で待機だ」


 茶髪の男がそう言って、俺に遺物を向けてきた。

 俺は言われた通りに、中央の廊下を歩く。

 鉄格子の前を通るたびに、中から息を呑む声、小さな悲鳴があがる。

 廊下の突き当たりの壁を前にして、ゆっくりと振り返る。

 俺の姿に満足したのか、茶髪の男は俺に背を向けて階段を上がって行った。

 辺りには、小さなしわぶきと、すすり泣く声だけが環境音のように響いていた。

 

「……さて、これはどういうことなんだろうな」


 誰にも聞こえない極小音で俺は溜め息と共にそんな言葉を漏らす。


〈ここにいるのは、全員子供ね。数は8人〉


 俺の視界に、牢内にいる子供たちの姿が小さなウィンドウで開いていく。

 そのすべてが薄汚れて、痩せ細っていた。

 8人中、6人が獣耳と尻尾を持っていた。犬、猫。そして、狐に、熊。ケモ耳の見本市状態だ。言うまでもなく、スペクトルは赤い。オレンジや紫に近い者もいたが、赤系統だ。

 ただ、2人だけ、ケモ耳ではない子供がいた。

 青みのかかった薄いグレーの肌。濃い灰色の髪。目の色は赤。

 そして、スペクトルが黒に近いグレー。かすかに、青成分が入っているが、ぱっと見は黒にしか見えない。

 だが、外見はどう見ても人間の子供だ。ケモ耳だったり、角が生えてたりはしない。


「この2人、人間……か?」


〈不明。スペクトルは、地球人類から派生した特色を抽出しているだけだから〉


 逆に言えば、地球人類からは遠い存在ということになる。

 仮に、この世界がゲーム世界だとすると、ザン、ユーグリア、キシリス以外の第四の種族がいるということになる。


「後でイシュにでも聞いてみるか……しかし、胸糞悪い予感しかしねえな」


 子供たちはどう見ても、健康状態が悪い。

 怪我や病気はなさそうだが、このままだと遠からず体を壊す。

 最初は非合法奴隷の倉庫かとも思ったが、商品である奴隷の扱いが悪すぎる。売るためにはもっと小綺麗にしておくはずだし、健康状態にも気を配るはずだ。

 ということは――。


〈この子たち、買ってこられた子供ってこと?〉


 だが、扱いかたが解せない。

 反吐が出るが、貴族の慰みものにするなら、こんな扱いはしない。この世界にあるかどうか分からないが、臓器摘出をするのなら、やはりこの環境はありえない。

 しかも、子供ばかりが8人だ。

 いやまさか、子供が大好きな悪魔的な何かの餌にするとかないよな……。


 もういっそのこと、あの二人をさくっと殺って、この子たちを解放したほうがいいんじゃないかとすら思えてきた。

 

〈ひとまず、集められるだけの情報は集めましょうよ〉


「それもそうだな」


 背中からドローンを放出して、この建物の様子を探らせることにした。

 トンボ型のドローンが階段を上がり、扉の隙間をくぐり抜け、暗い廊下を飛んで行く。

 

 そうして、ドローンから送られてきた映像を見て驚いた。

 この建物、どうやら孤児院のようだ。

 建物の表には、たいして大きくはないが前庭があり、様々な肌や髪の色をした子供たちが無邪気に遊んでいた。年齢に幅があり、学校のようには見えない。

 年かさの女性が、十歳を超えているであろう年長の子供らに指示を与えて何かの作業をやらせていた。

 見る限りでは、虐待や劣悪な環境での労働のような非道はなかった。

 俺の今いる場所との温度差に戸惑うばかりだ。

 だが、俺は気づいた。

 表にいる子供も大人も、全員がスペクトル青だ。ケモ耳の子供や青灰色の肌をした子供は、ただの一人もいないのだ。


「この国って、人種差別酷い国だっけ?」


〈この国にはないはず。ユグリア教だって、人種という概念がないもの〉


 俺の記憶でもそうだ。

 領都に入ってから、そんなそぶりは毛ほども感じなかった。

 イシュを変な目で見る人はいなかったし、ギルドの受付嬢は犬耳のお姉さんだ。

 ならば、何故ここにいる子供たちはこんな扱いを受けているのか。

 もしかして、特有の病気で隔離されてるとか。


〈予断はすべきじゃない。情報が少なすぎて判断できない〉


 錆子の言う通りだ。

 さしあたっては、帝国のスパイらしきあの二人を盗聴したほうがよさそうだ。

 俺はドローンたちを、建物の内部へと飛ばす。


『テツオ、聞こえるか?』


 突然、イシュの声が脳内に響いた。


「ああ、聞こえている。すまんな、勝手に動いて」


『問題ない。だいたいのことは錆子から聞いた。きな臭い話だが、放っておくわけにもいかんだろう』


 イシュは錆子の分体の誘導で、俺が収納されていた倉庫まで来れたようだ。

 そこからは俺の置き土産――特徴のある匂いを付けた生理食塩水を、点々と置いてきたのだ――をたどってここまでこれたのだ。イシュなら追跡できると考えてのことだ。


『私は、早いとこ記憶のマージをしたいところだけどね……』

 

 どこか暗い調子の錆子の声が聞こえた。

 イシュと一緒にやってきた錆子分体の声だった。


〈ろくでもない記憶を私に刷り込もうっての? そんな記憶、デリートね〉


『冗談。とっても貴重な戦闘経験なんだから、フィードバックしないなんてアリエナイ』


 なんだか知らないが、同じ人格同士でギスギスしはじめた。

 似すぎた者同士はいがみ合うというのは事実らしい。


「お前らは黙れ。イシュ、モクレールには話を通してくれたか?」


『それは、ルルエたちに任せた。問題ないだろう。ただ……』


 珍しくイシュが言いよどんだ。


「何かあったのか?」


『錆子が、異端掃滅官を引き込んだ……』


「は……?」


 想定外にもほどがある言葉を聞いた。


「異端掃滅官って、もしかして、あのクーディンっていう猫か?」


『……そうだ』


〈ちょ! アンタなにやらかしてんの!?〉


『私は悪くない……悪くない……』


 錆子分体が自己暗示をかけるようにブツブツ言い始めた。

 ただ、イシュから事のあらましを聞いた限りなら、運が悪かったとしか言いようがない。


「しかし、俺を脅して飯を奢らせようとか……頭オカシイな?」


『猫人の頭など、その程度だ』


 あいかわらず、猫人には優しくないイシュだった。

 

 イシュは俺が通った出口が施錠されていることに気づき、一度引き返して地上からこの建物が見える場所まで来たという。

 俺が今いる場所は、花街のさらに裏手。俗に言う、旧市街の貧民街と呼ばれる地域らしい。城壁の内側である旧市街と言えども、常に城壁の日陰になるこの辺りは人気がない。さらに、領主や貴族の墓地もあり、そもそも人が近寄りがたい場所なのだ。

 そして、この建物は俺の予想通り、孤児院で間違いはないそうだ。主に花街からあふれでてくる孤児を預かる、領主が支援している施設だった。

 よりによって、領主がらみだ。


「面倒なことになりそうだな……」


『テツオさーん、聞こえますかー?』


 今度はルルエの声が聞こえてきた。


「ああ、聞こえている。モクレールのほうはどうだった」


『えっと、ゴーレムに間違えられて連れていかれたって言ったら、爆笑されました』


 どうやらこの世界だと、非生物を制御して使役するのは、ゴーレム扱いらしい。

 しかし、爆笑されるとか、納得いかん。


「そうか……」


『それで、本当に帝国のスパイだとしたら、国家規模の話になるので、情報の秘匿は厳密にしてくれって言われました』


 それはそうだろうな。


『あと、連絡役として、副団長のスランジュさんが同行されます』


 副団長というと、あの黒板背景が似合いそうな黒髪の女騎士か。

 モクレールとしても、今回の情報は本当に信用のおける部下だけにとどめておきたいのだろう。


「了解した」


 そして、俺は皆にここまでの経緯と、現状を伝えた。

 地下牢に子供が8人いること、全員が只人ただびとではないこと。そのうちの2人は、青みのかかった灰色の肌をしていることを。


『灰色の肌って、本当なの?』


 カーライラの押し殺した声が聞こえた。


「ああ。髪も灰色。目は赤だ」


 俺がそう言うと、カーライラは息を飲んだ。


『……その2人は……魔族よ』


 この世界に来て、初めて聞いた言葉だ。

 もちろん、ゲームの中でも聞いたことはなかった。

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